北校舎のトイレは利用者が少ない。夏休み明けのざわめきもここまでは聞こえない。
鏡にはくるくると毛先がカールした金髪が映る。
「染め直すのはまだ早いよな」
指先で摘み上げ根元を確かめれば、黒のフープピアスが耳の先で揺れた。新学期初日は体育がないから外す必要がなくていい。ワイシャツの下から見える赤いTシャツは夏休み中に見つけたもので、すきな漫画のキャラクターが描かれている。背中だから見えないけど。これでも校則違反にはならない。
「よし、行くか」
気合いを入れ、きゅっと眉間に皺を寄せる。これで今日も俺は強くてこわいヤンキーに見えるはず。
わざと足音を響かせながら誰もいない廊下を進む。理想はドスドスなのだが、なかなか難しい。上履きだとキュッと高い音が鳴ってしまう。それなら普通に進むほうがマシだろうか。胸を張って、顎を上げて、睨んでさえいればほぼ成功だろうし。重要なのは可愛いと思われないことだ。
教室のある南校舎へと続く渡り廊下の手前、掲示板が視界に入る。二週間後の文化祭に関するお知らせが貼られていた。
「プリコンか」
正式名称「プリンス・プリンセスコンクール」は、生徒による完全投票制で、立候補はできない。文化祭の一週間前に行われるアンケートで学年別の候補者を絞り、そこからは学年関係なく投票される。そして上位三名が文化祭当日に発表され、ステージに並ぶこととなる。ほかにカップル部門もあるが俺には無縁なのでどうでもいい。
「……アンケートまであと一週間」
去年の光景がよみがえり、力を入れずとも視界が狭まる。
「この見た目でダメなら、どうすればいいんだよ」
去年、俺はなぜかプリンセス部門で三位になった。アンケート結果が発表されて投票に至るまで風邪をひいて休んでいたので、自分がノミネートされていることすら知らなかった。
投票結果を当日知らされ、ステージにまで引っ張り上げられるという悪夢。どっかの誰かが悪ノリしたのだろうが、匿名のアンケートでは犯人を突き止めることはできず、本当に最悪の思い出でしかない。
今年も同じことが起きるかもしれない。いっそ当日休むべきだろうか。高校二年生の文化祭なんて一番盛り上がる行事なのに? もしかしたら俺にもようやく友達ができるかもしれないのに? そう、ヤンキーの俺に足りないものがあるとすればダチ――仲間だろう。仲間がいれば、こんな投票制のコンテストなんてどうにかなるのだから。
「ダチ、仲間……誰か強力な助っ人でもいれば……」
ふと、プリコンに関する記載のなかに赤字で目立たせてある一文があることに気づく。今年から追加された新ルールらしい。
「両部門の候補者になった者は、得票数の少ないほうを辞退できる」
読み上げてから、はっと頭のなかが明るくなる。
「プリンス部門の得票数がプリンセス部門の得票数を上回ればいいってことか!」
それならば、と一番に浮かんだのは新しく生徒会長になった隣のクラスのやつ。協力してもらうとすれば、あいつしかいない。受けてもらえるかはわからないが言うだけタダだ。
「――待ってろよ、相澤遥」
走り出したい衝動を堪え(廊下を走ってはいけない)、早足で南校舎へと向かった。
鏡にはくるくると毛先がカールした金髪が映る。
「染め直すのはまだ早いよな」
指先で摘み上げ根元を確かめれば、黒のフープピアスが耳の先で揺れた。新学期初日は体育がないから外す必要がなくていい。ワイシャツの下から見える赤いTシャツは夏休み中に見つけたもので、すきな漫画のキャラクターが描かれている。背中だから見えないけど。これでも校則違反にはならない。
「よし、行くか」
気合いを入れ、きゅっと眉間に皺を寄せる。これで今日も俺は強くてこわいヤンキーに見えるはず。
わざと足音を響かせながら誰もいない廊下を進む。理想はドスドスなのだが、なかなか難しい。上履きだとキュッと高い音が鳴ってしまう。それなら普通に進むほうがマシだろうか。胸を張って、顎を上げて、睨んでさえいればほぼ成功だろうし。重要なのは可愛いと思われないことだ。
教室のある南校舎へと続く渡り廊下の手前、掲示板が視界に入る。二週間後の文化祭に関するお知らせが貼られていた。
「プリコンか」
正式名称「プリンス・プリンセスコンクール」は、生徒による完全投票制で、立候補はできない。文化祭の一週間前に行われるアンケートで学年別の候補者を絞り、そこからは学年関係なく投票される。そして上位三名が文化祭当日に発表され、ステージに並ぶこととなる。ほかにカップル部門もあるが俺には無縁なのでどうでもいい。
「……アンケートまであと一週間」
去年の光景がよみがえり、力を入れずとも視界が狭まる。
「この見た目でダメなら、どうすればいいんだよ」
去年、俺はなぜかプリンセス部門で三位になった。アンケート結果が発表されて投票に至るまで風邪をひいて休んでいたので、自分がノミネートされていることすら知らなかった。
投票結果を当日知らされ、ステージにまで引っ張り上げられるという悪夢。どっかの誰かが悪ノリしたのだろうが、匿名のアンケートでは犯人を突き止めることはできず、本当に最悪の思い出でしかない。
今年も同じことが起きるかもしれない。いっそ当日休むべきだろうか。高校二年生の文化祭なんて一番盛り上がる行事なのに? もしかしたら俺にもようやく友達ができるかもしれないのに? そう、ヤンキーの俺に足りないものがあるとすればダチ――仲間だろう。仲間がいれば、こんな投票制のコンテストなんてどうにかなるのだから。
「ダチ、仲間……誰か強力な助っ人でもいれば……」
ふと、プリコンに関する記載のなかに赤字で目立たせてある一文があることに気づく。今年から追加された新ルールらしい。
「両部門の候補者になった者は、得票数の少ないほうを辞退できる」
読み上げてから、はっと頭のなかが明るくなる。
「プリンス部門の得票数がプリンセス部門の得票数を上回ればいいってことか!」
それならば、と一番に浮かんだのは新しく生徒会長になった隣のクラスのやつ。協力してもらうとすれば、あいつしかいない。受けてもらえるかはわからないが言うだけタダだ。
「――待ってろよ、相澤遥」
走り出したい衝動を堪え(廊下を走ってはいけない)、早足で南校舎へと向かった。



