ぼくの本当の望みは、夢野の笑顔を独占することだ。
ぼくだけに特別な笑みを見せて欲しい。
それは、友人としてじゃ得られないとの仮説が立った。
もっと近い関係になる必要があるかもしれない。
関係か、距離か、精神的にか、物理的にか。
「これは恋人の距離。俺は鈴白と恋人になりたい」
とんでもない距離——ゼロ距離にまで近づいた夢野が、離れながら言った。
「鈴白とは友達でいたくない。俺と付き合ってくれる?」
思いもよらない概念だった。
読み込んだ資料を脳内で参照しなければならない。
なのに唇にいまだ残っている夢野の体温や感触が思考させてくれない。
呆けていると、夢野は不安そうに眉尻を下げた。
だめだ。こんな顔をさせちゃいけない。
なにか答えなければ。
「ぼくも、きみと友人以上の関係になりたい」
なんとか声を絞り出すと、夢野の顔がくしゃりと笑みになった。
「よかった。もう一度してもいい?」
ぼくは震えながら頷いた。
すると夢野がぼくの襟足を掴み、ぐいと引き寄せて唇を合わせてきた。
どきどきとして心臓が破裂しそうだ。
しかし、胸は喜びに満ちている。
これだ。
そうか。
恋人になるというのが答えだった。
ぼくの望みはシンプルにそう定義づけられるらしい。
夢野はまたもぼくに教えてくれた。
「移ったら、ガチで看病に行くから」
「……ありがたいが、家は母が在宅している。それに夢野くんの勉強を妨げることになる」
「じゃあ、必要ない?」
理屈では必要ない。冷静な頭で考えても同様だ。
しかし、感情のほうは——
「……来てくれたら嬉しい」
夢野は安堵したように笑った。
彼に対しては感情で出した結論が有効らしい。
というより、友人関係で検索した資料はすべて不要のようだ。
これから先は参照先を変更しなければならない。
恋人とはいかなるものか。
両親の指示とは別の方向へ向かってしまったけれど、人間関係という面では、必要なことだとの推論が立てられる。
「じゃ、遠慮しないよ? ちょっと寝るからそれまでそばにいて」
「わかった。おかゆは卵味でいいか?」
「しらすも入れてくれたら嬉しい」
「レシピを参照しておく」
ふふっと夢野は笑ってベッドに寝転んだ。
ぼくはそばに腰掛けて、彼の手を握った。
そうしたいと思った。触れていたいし、おそらくだが恋人としては正解だと思えた。
夢野が握り返してくれたからだ。
目を閉じて、眠りに落ちていく彼を見て思う。
夢野を選んだ自分が誇らしい。
他人とのコミュニケーションなど必要としていなかったのに、これほどまでに幸福な気持ちになれるとは思わなかった。
彼を選んだから得られた感情だ。
彼が、ぼくを受け入れてくれたから。
寝息を立て始めた夢野を見て、ぼくは胸がいっぱいになり、ある衝動に駆られた。
そして頭で考える前に、衝動のまま夢野の額にキスをした。



