ぼくは生まれて初めて食事が喉を通らないという事態に直面していた。
正確には病気のときを除けばだが、他人の反応を窺うというのは、同等のレベルで胃にくるらしい。
今目の前には見知らぬ年下の男子三人がいる。
「食えよ」
ぼくの右隣から夢野の声がして、三人は湯気のたつ皿に向かって箸を伸ばした。
「めっちゃ美味い」
「なにがどう違うとかまではわかんないけど、とにかく美味い」
「おかわりある?」
末っ子だという小学生の弟が、ぼくを見た。
ぼくは頷きながら、自分の皿をそっと彼のまえへ進ませた。
「もらっていいの?」
「……ぼくは自宅に夕食が用意されている」
「やった!」
「和典!」
夢野のたしなめるような強い声に、ぼくは「いいんだ」と小さく答えた。どきどきとしていて声が出ない。
「でも、せっかく鈴白が味付けしたのに」
「……いいんだ」
だって、味見なんて必要ない。
青椒肉絲はぼくが味付けたものだった。
夢野が具材を炒めていたのだが、途中で干してあるはずの洗濯物が放置されていることに気づき、急ぎ干してくると言ってぼくが炒める手を代わった。
ぼくは時が経つごとにしなっていく具材を見ていて、そろそろ調味料を入れるべきではとそわそわとし、勝手ながらにその場で調べた味付けをしてみたのだ。
だから今、生まれて初めて審判にかけられた気分を体験していた。
テストの結果を待つときの精神状態とは比較にならない。正答のあるものはケアレスミスがない限り事前に結果がわかる。
しかし、料理に正解はない。
「どうした? 具合い悪い?」
うつむいていたからか、夢野から背中をさすられた。
びっくりして顔をあげ、ぼくはぽろりと言葉をこぼした。
「いや……非常に喜ばしい」
そうだ。口に出してわかった。
僕は嬉しいらしい。
あまり経験したことのない感情のせいか、緊張と思い違えていたようだ。
「……いいね、その笑顔。さっきのとは全然違う」
ぼくは目を見開いて、自分の口元を指でなぞった。頬の筋肉が盛り上がって、口の端があがっている。
そうか。
これが笑みか。
ぼくは夢野の顔を見つめながら、同じような笑みができたのかと噛み締めた。
「にやつくのもわかるよ。初めてだっていうのに大成功じゃん」
「それな。鈴白くん、またつくってよ」
「兄貴のより美味い」
「どんなのつくれる?」
弟たちの期待に、夢野が「いい加減にしろ」と言ってたしなめ、俺に心配げな目を向けてきた。
「時間は大丈夫? 腹減ってんじゃない?」
「……いや、そうでもな——」
被せるように腹が抗議の声をあげて、ぼくは顔が熱くなった。
食事が通らないと思っていたが、喉の先は求めていたらしい。
「鈴白の分も食べちゃって、ほんとごめん。せっかく手伝ってくれたのに」
「いいんだ。もともと夢野くんの家族分だったんだ。ぼくがいただくいわれはない。だから、明日はぼくの分を自分で購入するよ」
「……それって、明日も手伝ってくれるってこと?」
聞かれて自分が何を言ったのかに気がついた。
あまりに自然で、気づきすらしなかった。
「夢野がよければだが、……是非試したい」
「よければなんて、頼みたいくらいだよ。めちゃくちゃ楽しかったし。弟たちは手伝ってくれないから、すごく助かった」
「……ならば、明日また来る」
喜ばしく思ったのは、他人を笑顔にできたからだ。
これまでのぼくは、他人とのコミュニケーションに必要を感じていなかった。無論、他人になにかをしてやるなどの発想もなかった。
両親に対してもしかり、義務をこなす以外に自発的な行動など、必要のないことだと思っていた。
なのに、夢野と料理をして、得たことのない興奮を覚えた。
もう一度味わいたい感情だった。
しかも夢野の笑顔が見られるのだから、ひとりで読書しているより、ずっといい。
正確には病気のときを除けばだが、他人の反応を窺うというのは、同等のレベルで胃にくるらしい。
今目の前には見知らぬ年下の男子三人がいる。
「食えよ」
ぼくの右隣から夢野の声がして、三人は湯気のたつ皿に向かって箸を伸ばした。
「めっちゃ美味い」
「なにがどう違うとかまではわかんないけど、とにかく美味い」
「おかわりある?」
末っ子だという小学生の弟が、ぼくを見た。
ぼくは頷きながら、自分の皿をそっと彼のまえへ進ませた。
「もらっていいの?」
「……ぼくは自宅に夕食が用意されている」
「やった!」
「和典!」
夢野のたしなめるような強い声に、ぼくは「いいんだ」と小さく答えた。どきどきとしていて声が出ない。
「でも、せっかく鈴白が味付けしたのに」
「……いいんだ」
だって、味見なんて必要ない。
青椒肉絲はぼくが味付けたものだった。
夢野が具材を炒めていたのだが、途中で干してあるはずの洗濯物が放置されていることに気づき、急ぎ干してくると言ってぼくが炒める手を代わった。
ぼくは時が経つごとにしなっていく具材を見ていて、そろそろ調味料を入れるべきではとそわそわとし、勝手ながらにその場で調べた味付けをしてみたのだ。
だから今、生まれて初めて審判にかけられた気分を体験していた。
テストの結果を待つときの精神状態とは比較にならない。正答のあるものはケアレスミスがない限り事前に結果がわかる。
しかし、料理に正解はない。
「どうした? 具合い悪い?」
うつむいていたからか、夢野から背中をさすられた。
びっくりして顔をあげ、ぼくはぽろりと言葉をこぼした。
「いや……非常に喜ばしい」
そうだ。口に出してわかった。
僕は嬉しいらしい。
あまり経験したことのない感情のせいか、緊張と思い違えていたようだ。
「……いいね、その笑顔。さっきのとは全然違う」
ぼくは目を見開いて、自分の口元を指でなぞった。頬の筋肉が盛り上がって、口の端があがっている。
そうか。
これが笑みか。
ぼくは夢野の顔を見つめながら、同じような笑みができたのかと噛み締めた。
「にやつくのもわかるよ。初めてだっていうのに大成功じゃん」
「それな。鈴白くん、またつくってよ」
「兄貴のより美味い」
「どんなのつくれる?」
弟たちの期待に、夢野が「いい加減にしろ」と言ってたしなめ、俺に心配げな目を向けてきた。
「時間は大丈夫? 腹減ってんじゃない?」
「……いや、そうでもな——」
被せるように腹が抗議の声をあげて、ぼくは顔が熱くなった。
食事が通らないと思っていたが、喉の先は求めていたらしい。
「鈴白の分も食べちゃって、ほんとごめん。せっかく手伝ってくれたのに」
「いいんだ。もともと夢野くんの家族分だったんだ。ぼくがいただくいわれはない。だから、明日はぼくの分を自分で購入するよ」
「……それって、明日も手伝ってくれるってこと?」
聞かれて自分が何を言ったのかに気がついた。
あまりに自然で、気づきすらしなかった。
「夢野がよければだが、……是非試したい」
「よければなんて、頼みたいくらいだよ。めちゃくちゃ楽しかったし。弟たちは手伝ってくれないから、すごく助かった」
「……ならば、明日また来る」
喜ばしく思ったのは、他人を笑顔にできたからだ。
これまでのぼくは、他人とのコミュニケーションに必要を感じていなかった。無論、他人になにかをしてやるなどの発想もなかった。
両親に対してもしかり、義務をこなす以外に自発的な行動など、必要のないことだと思っていた。
なのに、夢野と料理をして、得たことのない興奮を覚えた。
もう一度味わいたい感情だった。
しかも夢野の笑顔が見られるのだから、ひとりで読書しているより、ずっといい。



