2026年6月6日(土) 桜ヶ丘高等学校
桜ヶ丘高等学校文化祭 2006
高校の駐車場に車を停めた。駐車場はほぼ満車だった。学生の頃は自転車通学。だから車を運転して母校に来ることが新鮮だった。ドアを開けると生徒たちの呼び込みの声や軽音部の演奏がはっきりと聞こえてきて賑わっているのが分かった。十数年ぶりの母校というのは懐かしさもあるが、知ってる先生や同級生に会ったら恥ずかしいような、気まずいような気がして誰にも会いたくないと思った。俺は助手席からマスクと帽子をとって目立たないように顔を隠した。車に鍵をかけて校舎の入り口に向かって歩いた。周りを見渡しても知っている人がいないようでホッとした。
入り口で在校生からパンフレットを受け取った。校舎内の案内図が書かれていて、どの場所でどんな催し物をやっているのかが書かれていた。特別見たいものがあるわけではなかった。とりあえず食堂が開放されていたので懐かしくなって学生の頃、毎日食べていたカレーを食べることにした。自販機で食券を買うシステムは変わらない。変わったのは値段だ。俺の在学中は大盛りで370円だった。今は並盛りで480円。それでも学生に配慮した値段なんだろう。今の学生は大変だな。と思いながら受け取り口で食券と引き換えにカレーを受け取り、ちょうど空いていた壁際の席に座った。在学中、いつも隠れるように座っていた一番奥の端っこの目立たない席だ。カレーを一口食べるとこんな味だったのか。いや、違うのかと考えてしまうほど記憶の中の味が変わっていた。それに当時ほどは美味しくは感じなかった。あの頃の俺はよく毎日、飽きずにカレーを食べていたな。と過去の自分に感心してしまう。俺が毎日カレーを食べるものだから食券を渡す前から「君はカレーの大盛りだね。」と言ってくれた顔馴染みだった食堂のおばちゃんもいなくなっていた。そりゃ、そうだよな。
食器を返却して食堂を後にすると校舎の外から音楽が聴こえてきた。つられるように外に出ると、軽音楽部が演奏をしていた。男子3人女子2人の5人組バンド。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの編成のバンドだった。3曲ほど演奏を聴いたが、知っている曲は1曲もなかった。俺が在学していた頃は「主題歌」がヒットしていて、文化祭でも軽音楽部が演奏していたことを思い出す。自分の教え子たちも今、演奏されている曲をよく聴いているのだろうか。給食の時に流れる校内放送の生徒リクエストのコーナーでこんな曲が流れているけど、俺にはどれも同じに聴こえてしまう。
バンドの演奏が終わると俺は校舎へ戻った。
ふと、3年生を過ごした教室が見たくなった。でも、どこの教室だったか記憶が曖昧だ。たしか、3階の西側から2番目の教室だったような。記憶を頼りに階段を登っていく。2階から3階の階段を登っていた時にあるものが目に入った。
壁についている傷だ。
見覚えがあった。というよりこの傷をつけたのは俺だった。
高校3年の夏の三者面談。母はなんとしても俺を教師にしたかった。だから、教育学部がある大学に入学させたかった。でも、俺は教師にはなりたくなかった。昔から母の教育熱心なところが嫌いだった。だから教育というものが好きにはなれなかった。誰にも言えなかったデザイナーになる夢もあった。でも、高校の学費を出しているのは両親。だから、先生も母に逆らえなかった。俺は無理矢理納得させられる形で第一志望を教育学部のある地元の大学にするしかなかった。
三者面談の後、母と一緒には帰りたくなかった。だから、無理矢理、理由をつけて教室の前で別れた。母と別れた後、階段に座りながら将来のことを考えていた。学校という場所で教師になりたくないと考えているのだから皮肉なものだ。何度考えても納得がいかず、次第にむしゃくしゃしてきた。気が付いたらポケットの中に入っていた家の鍵とセットでつけていた自転車の鍵を階段の壁にこすりつけていた。その時、つけた傷がこの傷だ。その傷が今になって俺に何かを語りかけている気がした。
決して大きくはないが、斜め右に向かって勢いよくつけた傷。
それは何かに似ていた。
佐藤の答案につけた、不正解の赤線に似ていた。
俺はハッとした。不正解。そうだ、あの日、俺は教師になるという自分の未来に不正解の線を引いたのだ。
でも、その採点は間違っていなかったと思う。教師になったけど、やりがいを感じられないまま教師をやめたいと思っている十数年後の自分がここにいるのだから。
俺は3階に行き、当時の自分の教室を探した。西側の2番目。俺の記憶がここだ。と教えてくれた。中に入ってみたかったけどお化け屋敷をやっていたので教室の前を通りながらチラッと教室の中を見て立ち去った。
もう見たいものはなく、俺は出口に向かうため元来た階段を降りていた。
結局、何も見つからなかったな。と小さくつぶやいた。
あの傷に顔を背けながら、あの壁の前を通り過ぎた。
校門を出ようとした時、ひとりの女子生徒が声をかけてきた。
「あの、良かったらこれから体育館で吹奏楽部の演奏があるので見に来てください!」
明るく、元気のある声だった。
体育館か。懐かしいから覗いていくか。正直、吹奏楽が見たいという気持ちよりも体育館の中を懐かしくて見たくなった。俺は声をかけてくれた生徒に「ありがとう。せっかくだから見ていくよ。」と言って体育館に向かった。
桜ヶ丘高等学校文化祭 2006
高校の駐車場に車を停めた。駐車場はほぼ満車だった。学生の頃は自転車通学。だから車を運転して母校に来ることが新鮮だった。ドアを開けると生徒たちの呼び込みの声や軽音部の演奏がはっきりと聞こえてきて賑わっているのが分かった。十数年ぶりの母校というのは懐かしさもあるが、知ってる先生や同級生に会ったら恥ずかしいような、気まずいような気がして誰にも会いたくないと思った。俺は助手席からマスクと帽子をとって目立たないように顔を隠した。車に鍵をかけて校舎の入り口に向かって歩いた。周りを見渡しても知っている人がいないようでホッとした。
入り口で在校生からパンフレットを受け取った。校舎内の案内図が書かれていて、どの場所でどんな催し物をやっているのかが書かれていた。特別見たいものがあるわけではなかった。とりあえず食堂が開放されていたので懐かしくなって学生の頃、毎日食べていたカレーを食べることにした。自販機で食券を買うシステムは変わらない。変わったのは値段だ。俺の在学中は大盛りで370円だった。今は並盛りで480円。それでも学生に配慮した値段なんだろう。今の学生は大変だな。と思いながら受け取り口で食券と引き換えにカレーを受け取り、ちょうど空いていた壁際の席に座った。在学中、いつも隠れるように座っていた一番奥の端っこの目立たない席だ。カレーを一口食べるとこんな味だったのか。いや、違うのかと考えてしまうほど記憶の中の味が変わっていた。それに当時ほどは美味しくは感じなかった。あの頃の俺はよく毎日、飽きずにカレーを食べていたな。と過去の自分に感心してしまう。俺が毎日カレーを食べるものだから食券を渡す前から「君はカレーの大盛りだね。」と言ってくれた顔馴染みだった食堂のおばちゃんもいなくなっていた。そりゃ、そうだよな。
食器を返却して食堂を後にすると校舎の外から音楽が聴こえてきた。つられるように外に出ると、軽音楽部が演奏をしていた。男子3人女子2人の5人組バンド。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの編成のバンドだった。3曲ほど演奏を聴いたが、知っている曲は1曲もなかった。俺が在学していた頃は「主題歌」がヒットしていて、文化祭でも軽音楽部が演奏していたことを思い出す。自分の教え子たちも今、演奏されている曲をよく聴いているのだろうか。給食の時に流れる校内放送の生徒リクエストのコーナーでこんな曲が流れているけど、俺にはどれも同じに聴こえてしまう。
バンドの演奏が終わると俺は校舎へ戻った。
ふと、3年生を過ごした教室が見たくなった。でも、どこの教室だったか記憶が曖昧だ。たしか、3階の西側から2番目の教室だったような。記憶を頼りに階段を登っていく。2階から3階の階段を登っていた時にあるものが目に入った。
壁についている傷だ。
見覚えがあった。というよりこの傷をつけたのは俺だった。
高校3年の夏の三者面談。母はなんとしても俺を教師にしたかった。だから、教育学部がある大学に入学させたかった。でも、俺は教師にはなりたくなかった。昔から母の教育熱心なところが嫌いだった。だから教育というものが好きにはなれなかった。誰にも言えなかったデザイナーになる夢もあった。でも、高校の学費を出しているのは両親。だから、先生も母に逆らえなかった。俺は無理矢理納得させられる形で第一志望を教育学部のある地元の大学にするしかなかった。
三者面談の後、母と一緒には帰りたくなかった。だから、無理矢理、理由をつけて教室の前で別れた。母と別れた後、階段に座りながら将来のことを考えていた。学校という場所で教師になりたくないと考えているのだから皮肉なものだ。何度考えても納得がいかず、次第にむしゃくしゃしてきた。気が付いたらポケットの中に入っていた家の鍵とセットでつけていた自転車の鍵を階段の壁にこすりつけていた。その時、つけた傷がこの傷だ。その傷が今になって俺に何かを語りかけている気がした。
決して大きくはないが、斜め右に向かって勢いよくつけた傷。
それは何かに似ていた。
佐藤の答案につけた、不正解の赤線に似ていた。
俺はハッとした。不正解。そうだ、あの日、俺は教師になるという自分の未来に不正解の線を引いたのだ。
でも、その採点は間違っていなかったと思う。教師になったけど、やりがいを感じられないまま教師をやめたいと思っている十数年後の自分がここにいるのだから。
俺は3階に行き、当時の自分の教室を探した。西側の2番目。俺の記憶がここだ。と教えてくれた。中に入ってみたかったけどお化け屋敷をやっていたので教室の前を通りながらチラッと教室の中を見て立ち去った。
もう見たいものはなく、俺は出口に向かうため元来た階段を降りていた。
結局、何も見つからなかったな。と小さくつぶやいた。
あの傷に顔を背けながら、あの壁の前を通り過ぎた。
校門を出ようとした時、ひとりの女子生徒が声をかけてきた。
「あの、良かったらこれから体育館で吹奏楽部の演奏があるので見に来てください!」
明るく、元気のある声だった。
体育館か。懐かしいから覗いていくか。正直、吹奏楽が見たいという気持ちよりも体育館の中を懐かしくて見たくなった。俺は声をかけてくれた生徒に「ありがとう。せっかくだから見ていくよ。」と言って体育館に向かった。
