ようやく一日の仕事が終わった。
佐藤の母親のクレームのせいで胸の中がスッキリしない。自分がこれまでやってきた仕事をなんとなく否定された気がした。生徒の回答に対して採点をするのはあたりまえのことだ。自分が教えた内容ではない回答が書かれ、その回答が正しく俺の採点が間違っていると言われればプライドを踏みにじられている気がしてやっぱり傷付く。
早く学校から出て、気分を紛らわそう。忘れよう。急いで帰り支度をして、「お先に失礼します。」と言って職員室を後にする。職員用の駐車場までは校舎を出てから3分程歩かなければならない。テニスコートの横を通った。テニス部の部員たちが練習をしていた。ボールがラケットに当たる音が響く。ドン・ドンという音が心のどこかに何かをぶつけられているように感じて俺はさらに嫌な気分になった。
車のドアを開けようとポケットの中のキーを探した。苛立っていたせいか、力強くポケットの中に手を入れてしまったせいで手の平に鍵の尖っているところあたってチクッという痛みがした。今日は本当についてない。ドアを開けて運転席に座った俺はすぐにエンジンをかける気になれず、今日のことを思い出していた。俺は何も悪くない。きっとそうだ。校長室に呼ばれた後、少し苛立っていることが自分で分かっていた。顔や態度に出したつもりはないが、生徒に悟られていなければいいと思っていた。しかし、中学生でも女子というのは意外と鋭い。担任をしているクラスの堀田という生徒が「先生、どうかした?」と聞いてきた。俺は一瞬見透かされたと焦ったが、それを隠すように「なんで?」と聞き返した。
「ちょっといつもより元気ないな。と思って。」
堀田が心配そうに聞いた。
「そんなことないよ。」
俺は元気を装ったが、空元気だった。
そんなやりとりを思い出しながら、車のエンジンをかける。
落ち込んだ気分をあげようとスマホのプレイリストの中によさそうな曲がないか探してみる。高校の時によく聴いていた「主題歌」という曲を見つけた。人生を1本の映画に見立て、その曲自体が自分の人生の主題歌になるという曲だ。最近のお気に入りのプレイリストに「主題歌」を追加して、俺は苛立つ気持ちを抑えるようにアクセルをゆっくりと踏んだ。校門を出る時、部活終わりの生徒数人がこちらに頭を下げた。俺も軽く頭を下げた。学校じゃ先生なんて呼ばれてるけど結局、親からのクレームや校長先生や学年主任への気遣いなどサラリーマンと何も変わらないんじゃないのか。と思った。まぁ、会社員をやったことはないんだけど。と自分にツッコミを入れながら、そんな毎日にうんざりしていた。
俺は学校から車で30分ほどのマンションに住んでいる。学校に近過ぎると生徒や保護者に遭遇してしまうのが面倒なので、転勤のたびにこのくらいの距離のマンションを借りている。
マンションの駐車場に車を停めて、自分の部屋に向かう前にエントランスにあるポストの中を確認する。寿司のデリバリーのチラシと保険会社からのはがきと青い大きな封筒が入っていた。
青い封筒の下の方に大きなゴシック体で"桜ヶ丘高等学校同窓会"という文字がプリントされていた。
母校から定期的に届く会報誌だ。
封筒には宛先が印刷されたシールが貼られている。
第40期 卒業生
〒○○○-○○○○
大分県○○市○○町○○-○
ハイツトキワ 309号
大野 一真 様
ポストから郵便物を取り出し、俺は自分の部屋がある3階へ行くためエレベーターに乗った。
部屋に入り、封筒をテーブルの上に置く。
お風呂の掃除と洗濯を終え、テーブルの上の青い封筒を手に取り封を切る。
見開き6ページのA4サイズ。高校の近況報告や同窓会の活動報告や会計報告などか載っていた。野球部の寄付金のお願いと振り込み用紙も同封されていた。
そういえばうちの高校、昨年、甲子園に出場したんだっけ。ネットニュースで見たな。もう卒業して十数年も経つのに"うちの"なんて思う自分を少しおかしく感じた。あの頃も高校野球なんて全然興味がなかった。1試合ごとに各学年で応援が割り当てられていた。勝ち上がっていけば順番が回ってきて夏休みにわざわざ学校へ登校して学校が用意したバスで応援に行かなければいけないことが面倒くさいと思っていた。内心、早く負けてほしいとも思っていた。野球部は頑張ってたのにひどいやつだよ、俺は。
寄付金の振り込み用紙を丸めてゴミ箱に捨てた。会報誌のページをめくる。じっくり文章を読むわけではなく写真だけをパラパラと見る感じで読んだらすぐに捨ててしまおうと思った。全てのページを見てゴミ箱に捨てようとした時、裏表紙に気になる文字を見つけた。
桜ヶ丘高等学校 文化祭 2026
卒業生、大歓迎!!
ポップな書体で大きく書かれていた。
その下には
○各クラスによる展示、模擬店!
○吹奏楽部、軽音部、ダンス部の演奏、パフォーマンス!
○野球部公開練習試合!
○食堂開放!桜ヶ丘高校名物のカレーも販売!
の文字と一緒に昨年の文化祭らしき写真が載っていた。
文化祭か。懐かしいな。と思いながらも特別楽しかった思い出はない。何人かよく話すクラスメイトはいたものの全員とすごく仲が良かったわけでもないし、恋愛など無縁の学生生活だった。青春なんて言葉の意味も分からず卒業してしまった。
ただ、なんとなく行ってみようかと思った。自分でも不思議だったが母校に帰れば、教師という仕事について何か見つかるかもしれないと思った。ゴミ箱に入る予定だった会報誌をテーブルの上に戻し、スマホのスケジュール帳の6月6日の枠に"桜ヶ丘文化祭"と入力した。
佐藤の母親のクレームのせいで胸の中がスッキリしない。自分がこれまでやってきた仕事をなんとなく否定された気がした。生徒の回答に対して採点をするのはあたりまえのことだ。自分が教えた内容ではない回答が書かれ、その回答が正しく俺の採点が間違っていると言われればプライドを踏みにじられている気がしてやっぱり傷付く。
早く学校から出て、気分を紛らわそう。忘れよう。急いで帰り支度をして、「お先に失礼します。」と言って職員室を後にする。職員用の駐車場までは校舎を出てから3分程歩かなければならない。テニスコートの横を通った。テニス部の部員たちが練習をしていた。ボールがラケットに当たる音が響く。ドン・ドンという音が心のどこかに何かをぶつけられているように感じて俺はさらに嫌な気分になった。
車のドアを開けようとポケットの中のキーを探した。苛立っていたせいか、力強くポケットの中に手を入れてしまったせいで手の平に鍵の尖っているところあたってチクッという痛みがした。今日は本当についてない。ドアを開けて運転席に座った俺はすぐにエンジンをかける気になれず、今日のことを思い出していた。俺は何も悪くない。きっとそうだ。校長室に呼ばれた後、少し苛立っていることが自分で分かっていた。顔や態度に出したつもりはないが、生徒に悟られていなければいいと思っていた。しかし、中学生でも女子というのは意外と鋭い。担任をしているクラスの堀田という生徒が「先生、どうかした?」と聞いてきた。俺は一瞬見透かされたと焦ったが、それを隠すように「なんで?」と聞き返した。
「ちょっといつもより元気ないな。と思って。」
堀田が心配そうに聞いた。
「そんなことないよ。」
俺は元気を装ったが、空元気だった。
そんなやりとりを思い出しながら、車のエンジンをかける。
落ち込んだ気分をあげようとスマホのプレイリストの中によさそうな曲がないか探してみる。高校の時によく聴いていた「主題歌」という曲を見つけた。人生を1本の映画に見立て、その曲自体が自分の人生の主題歌になるという曲だ。最近のお気に入りのプレイリストに「主題歌」を追加して、俺は苛立つ気持ちを抑えるようにアクセルをゆっくりと踏んだ。校門を出る時、部活終わりの生徒数人がこちらに頭を下げた。俺も軽く頭を下げた。学校じゃ先生なんて呼ばれてるけど結局、親からのクレームや校長先生や学年主任への気遣いなどサラリーマンと何も変わらないんじゃないのか。と思った。まぁ、会社員をやったことはないんだけど。と自分にツッコミを入れながら、そんな毎日にうんざりしていた。
俺は学校から車で30分ほどのマンションに住んでいる。学校に近過ぎると生徒や保護者に遭遇してしまうのが面倒なので、転勤のたびにこのくらいの距離のマンションを借りている。
マンションの駐車場に車を停めて、自分の部屋に向かう前にエントランスにあるポストの中を確認する。寿司のデリバリーのチラシと保険会社からのはがきと青い大きな封筒が入っていた。
青い封筒の下の方に大きなゴシック体で"桜ヶ丘高等学校同窓会"という文字がプリントされていた。
母校から定期的に届く会報誌だ。
封筒には宛先が印刷されたシールが貼られている。
第40期 卒業生
〒○○○-○○○○
大分県○○市○○町○○-○
ハイツトキワ 309号
大野 一真 様
ポストから郵便物を取り出し、俺は自分の部屋がある3階へ行くためエレベーターに乗った。
部屋に入り、封筒をテーブルの上に置く。
お風呂の掃除と洗濯を終え、テーブルの上の青い封筒を手に取り封を切る。
見開き6ページのA4サイズ。高校の近況報告や同窓会の活動報告や会計報告などか載っていた。野球部の寄付金のお願いと振り込み用紙も同封されていた。
そういえばうちの高校、昨年、甲子園に出場したんだっけ。ネットニュースで見たな。もう卒業して十数年も経つのに"うちの"なんて思う自分を少しおかしく感じた。あの頃も高校野球なんて全然興味がなかった。1試合ごとに各学年で応援が割り当てられていた。勝ち上がっていけば順番が回ってきて夏休みにわざわざ学校へ登校して学校が用意したバスで応援に行かなければいけないことが面倒くさいと思っていた。内心、早く負けてほしいとも思っていた。野球部は頑張ってたのにひどいやつだよ、俺は。
寄付金の振り込み用紙を丸めてゴミ箱に捨てた。会報誌のページをめくる。じっくり文章を読むわけではなく写真だけをパラパラと見る感じで読んだらすぐに捨ててしまおうと思った。全てのページを見てゴミ箱に捨てようとした時、裏表紙に気になる文字を見つけた。
桜ヶ丘高等学校 文化祭 2026
卒業生、大歓迎!!
ポップな書体で大きく書かれていた。
その下には
○各クラスによる展示、模擬店!
○吹奏楽部、軽音部、ダンス部の演奏、パフォーマンス!
○野球部公開練習試合!
○食堂開放!桜ヶ丘高校名物のカレーも販売!
の文字と一緒に昨年の文化祭らしき写真が載っていた。
文化祭か。懐かしいな。と思いながらも特別楽しかった思い出はない。何人かよく話すクラスメイトはいたものの全員とすごく仲が良かったわけでもないし、恋愛など無縁の学生生活だった。青春なんて言葉の意味も分からず卒業してしまった。
ただ、なんとなく行ってみようかと思った。自分でも不思議だったが母校に帰れば、教師という仕事について何か見つかるかもしれないと思った。ゴミ箱に入る予定だった会報誌をテーブルの上に戻し、スマホのスケジュール帳の6月6日の枠に"桜ヶ丘文化祭"と入力した。
