ジェイドアポカリプス


1
「こんな深くまで行って大丈夫かよぉーディルケラー」
アロディヴィが心配そうにそう言う。
 ここは街外れの山道だ。今日は妙に風が強い。
「大丈夫だってぇー、幼き勇者さん」
「ゆ、勇者だなんて…やっぱりおかしいよ」
不満げなアロディヴィを見て私はニヤける。
 二人で長い山道を登っている。人気のなく小屋もない、深い森の中に来ると道に迷いそうだが、迷いのない歩き方で私は進む。やがて遮られていた太陽の光が増え、開けた山頂に出る。街を見ると、大きな木と川を中心に、小さい家々、小さな城が見えた。
「わぁー……」
風が声を掻き消すように、優しく強く吹く。気が付けばまた、街の景色に魅了される。
 地面を見ると、所々に星のような石が落ちている。それらは、灰色の石に混ざって、緑色や白色に輝いている。
 しばらく辺りを見渡していると、店の看板がふと目に入る。行き付けの店で間違いなかった。アロディヴィは何か企みを思いついたかのように微笑む。
「え、まさか今日も…」
私は唾を呑んで、
「どうなっても知らないよー」
そう言葉を投げかけた。彼がイタズラを仕掛けるのはもう3日連続である。それを続ける彼にも感心するが、すぐ修復する店にも感心している。アロディヴィは弓矢を取り出し、ハヤブサが獲物を見つけたかのように構える。シュッと一瞬音が鳴った。
矢は標的のレストランの看板へと当たり、そのまま突き進んで行った。
「……」
数秒、沈黙が続く。2人は顔を見合わせる。背徳感を覚え、少し笑みを浮かべる。
「またこりゃ完全にやらかしたなー」
私は棒読みでそう言った。私は何もやっていない、共犯ですらないと、アロディヴィに全て罪を押し付けるのを想像すると、笑いを堪えられない。
「……?」
急に、強い風が2人を誘うように横から吹く。同時に、街から昼の鐘が鳴る。少しだけ腹が減ったが、わざわざこのまま下山したくはない。しかし、帰らないと心配性のアヴェラスが黙っていないだろう、そう思うと気持ちが落ち着かない。
「なあ、そろそろ帰ろうよ。いい景色も見れて、看板も破壊できたんだし」
なぜそうすぐ帰ろうとするのだろうか。アロディヴィもきっと心配性なのだろう。一人だけ帰らせるのも、そのまま2人で残るのも違うなと思い、家に帰ることにした。
「じゃ、帰るか」
そのまま体の向きを変え、山頂から森へ向かって下山する。強い日差しが木の葉の隙間を突いてくる。日に当たった木の実は、鮮やかに輝いていた。一つ二つと見ているうちに、その実を一つこっそりと口へ運んでいた。その後に、アロディヴィに見られていないか少し焦った。弾力のある実を食べている間に、森の端の地点へ戻って来た。
 昼の街外れなのだから、きっと良い匂いがするだろう、そう思った。
「ねぇアロディヴィ…なんか臭くない?」
「えぇ?そうかな」
 思っていた匂いと違う、料理から出るはずのない悪臭が鼻に突いてきた。私は興味本位で臭いの元を探る。アロディヴィもそれにつられて動き出す。草が生い茂る木の下から、特に強い悪臭が二人の気を引き寄せる。
「これ、多分血の臭いだよね…」
草の背丈のせいで地面がよく見えないが、確かにそこに何かがある。
 意を決して叢へ、アロディヴィが手を入れる。
「なっ……」
感触が嫌だったのか、顔を歪める。そのまま手を離すと思ったが、勢いよく上げられ驚いた。
体が抉れていたが、猫だとはっきり分かった。残酷でとても見れたものではないが。自然に起こることではないはずだ。誰がなぜこんな無残なことをしたのだろう、そんな疑問が頭を過ぎる。
「よく分からないけど、持ち帰って調べてもらおう?」
「アロディヴィ、お前正気か?冗談じゃねぇ。捨てるどころか持って帰って調べる?」
 「……そ、そうなるよね……。そりゃ死体だもの…。でも、普通じゃないもん」
 私が言い過ぎたせいか、アロディヴィは自信無さげに小声で返す。私は正直、面倒事を避けたいだけではあった。私の意思だけで決めてしまうのは、少しアロディヴィが可哀想かと思い、渋々首を縦に振る。そして、猫の死体を持ったアロディヴィと共に森を抜け、家へ向かって歩き出した。その頃にはもう、既に正午を過ぎていた。

2

「お前一体どういうつもりだ。昼に帰って来ず、さらには店の看板まで破壊するのか」
家主のアヴェラスは怒り気味にそう言った。ここは街の真ん中の、どこにでもありそうな木造建築の家だ。私達は彼らの家に一時的に住んでいる。
気不味い沈黙が続く。アヴェラスは二人をまじまじと見つめる。
「なぁ、なんでそんな猫の死体を家に持ってきたんだ?不吉だろう」
「あ、その…つい…」
空腹で教会に持っていく前に家に着いてしまったと言い訳するべきだろうか。本当は調べてもらうつもりなのだから、チャンスを逃すわけにもいかない。生き物の死体は必ず教会に持っていくと、街のルールで決まっているのだ。かなりの問題を起こしていることは自覚していた。
 アヴェラスは呆れた様子でため息をつく。
「上には黙っておくよ。あと、それどうせ調べてほしいんだろ?任せとけ。料理は置いてあるからな、食っとけよ」
「な、なんで分かったの」
「前からそうだろ?」
そういえばそうだ。気になることはアヴェラスにたいてい聞いている。それで勘付かれたのだろう。猫の死体をアヴェラスに引き渡し、私達はそのまま椅子に座り、彼は地下室に移動した。机の上には冷やしシチューと、柔らかいパンが用意されていた。冷めたシチューをスプーンですくい、口に運ぶ。とろっとした舌触りがたまらなく、あっという間に食べ終わってしまう。食器を片付け、花瓶の花に水を足す。アロディヴィは机の上でうつつ寝をしている。私はなんとなく、椅子にまた座る。窓の外から傾き出した夕陽が差し込む。ぼーっとしている内に、私も眠気に襲われる。同時に、遠くで扉が開く音も微かに聞こえた。