轟け、響かせトロンボーン! ー仄暗い、それでいて甘酸っぱい、中学生な私たちの青春譚ー

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません





 私立法稜第一高等学校。
 きっと吹奏楽に興味のない誰でも、名前だけは聞いたことがあるはず。
 座奏・マーチングにおいても全国……いいや、世界レベルの中高一貫校の高等吹奏楽部、公式の愛称から取るならば、通称「Vitalität(ヴィタリエイト)」だ。

 私立受験をしろ、と言われていた私は、その音に一目ぼれ……ならぬ一聞きぼれをして受験を決めたのである。

 そうして桜の散り始めた四月末、中等吹奏楽部へ体験入部することになった。

 ――ようし、毎日でも練習して、同級生の中で一番上手くなってやる……!

 そんな思いが砕かれたのは、体験入部をしてすぐのことだった。


 私が案内されたのは、二年三組の教室。音楽室は高等部が使っているので、中等吹奏楽部は使えない。というか、使えなくていい。譲らせてください。
 そんな思いを胸に躍らせながら、先輩の教室へと向かう。
 見ると、ロッカーの横に置かれた衝立の隙間から楽器や楽譜が覗いている。

「あの、体験入部で……柳亜子(やなぎ あこ)っていうんですけど」
「おっ、今年は体験入部の子が来るのが早いねぇ。期待期待」

 そう言って先輩は自己紹介をした。「三原先輩……」と顔を見ながら名前を繰り返すと、「そうそう」と三原は微笑んだ。

 ――私、歓迎されてるじゃん!

「亜子ちゃんはやりたい楽器はあるの?」
「はい、木管をやりたくて……サックスとか、フルートとか! もしあればダブルリードもやってみたいんですけど……」
「よく知ってるね。先生に聞いておくから、先にこれを試してみて。楽器を触ってる先輩がいるだろうから、分からないことがあれば聞きなね」

 そう言われて渡されたのは、サックスやクラリネットのリードらしきもの、そして金管のマウスピースがいくつも入ったものだった。

 ――うわぁ、ロマンの塊! はじめは……トランペットがやってみたいな。確か、一番小さいやつ?

 促された席に座りトランペットのマウスピースを手に取ると、近くでロングトーンの練習をしていた先輩がこちらを振り返った。

「トランペット志望? わたし、教えてあげようか」

 すると、先輩はトランペットの本体からマウスピースを抜いて実演してくれた。低い音から高い音へグリッサンドをさせる、たしか”サイレン”といったやつだ。
 吹奏楽部に入部して万が一経験者の子がいても見劣りしないように、そして足を引っ張る役にならないように必死に見あさった吹奏楽の動画がしっかり役に立っている。
 先輩は私にも練習用のマウスピースを持たせ、軽くうなずいて吹いてみるように言う。

 スゥ……という、息の通る情けない軽い音が明確に伝わってくる。

 ――これは難しい! 私は唇が薄いし、金管には向かないかな……。

口の形(アンブシュア)はよくできているから、マウスピースの位置を調整するといいんじゃないかな? あと、息の勢いも関係あるかな」

 なるほど、と頷いて同意する。確かに少し弱かったかもしれない。

 ……ブー。

 情けない音であったのは同じだが、今度はしっかり芯のある音が出た。感動して先輩の顔を見ると、一緒に笑ってくれている。

「その調子。他の楽器もやってみる?」
「はい! えぇと、フルートとか……」


 ◇


「それじゃあ今日は終わりにしようか。起立、これで吹奏楽部の活動を終わります。礼!」
「ありがとうございました」

 部長や部員たちと挨拶をしながら、荷物をまとめる。新入生の体験入部だったからか、今日は五時半までと想定していたよりずっと早く終わった。
 フルート、サックス、チューバ、トロンボーン……本体をつけるとまではいかなかったけれど、どれも最終的には音が出せるようになった。

「お疲れ、亜子! 今日はどうだった?」

 入学初日に好きな作品の話で意気投合し、そのまま友達になった真衣だ。隣の席ということもあって話す頻度も高いし、何より可愛い。一つに縛った、彼女曰く塩素で色が抜け落ちたらしい栗色の淡い髪がふわふわとした真衣の印象とよく合っている。

「今日は、いろんな楽器をやって……そうそう、本体とマウスピース、リードはくっつけなかったんだけど、やらせてもらった楽器では全部音が出てね……やりたかったダブルリードの楽器はなかったんだけど、やっぱりって感じ。ダブルリードは繊細だし高いしアタリハズレもあるから新入生に使わせたくない気持ちは分かる。というか私なら絶対に触らせないよ。それから……」
「待って待って。そのくだり昨日も聞いたよ? どれだけ興奮してるの、亜子」

 もう、とアメリカンなオーバーリアクションをとられて、ハッと我に返る。確かに、まだ吹奏楽に洗脳されきっていない真衣には同じ話は苦痛かもしれない。何の話をしようかと考えていた時に、通りすがりの音楽室から高校生が合奏をしている音が聞こえた。

 十六分音符の木管楽器による特徴的なメロディ、およそ舞曲にあってはならないような目まぐるしく変わる変拍子……。

 ――あっ、ここで八分の七拍子だ。

 そこで確信した。この曲は……

「真衣、クロード・T・スミスの『華麗なる舞曲』だよ! 吹奏楽界の頂点と言っても良い最高難度の難しさといい、この木管のメロディといい……あぁ、こんなに素晴らしい演奏を、しかもまだこのメンバーで今年度の公演もしていないだろうなかでしかも生音! ねぇ、これは法稜生しか聞くことが出来ない超レアな演奏だよ!?」
「うぅ……分かったから分かったから」

 ――ありゃ、引かれてる。