俺は、自分が死んだことを自覚した。
走馬灯なんて、あれは嘘だ。
記憶が流れることもなければ、感情が溢れることもない。
ただ、事実だけが頭の中に置かれる。
──死んだ。
それだけだ。
学校を卒業して、四か月。
社会人になったばかりの俺は、いつも通り通勤バスに乗っていた。
会社の始業は十一時十五分。
中途半端な時間のおかげで、バスはいつも空いている。
俺は右側の窓際、前輪の上の席に座っていた。
座り心地はあまりよくない。
揺れがダイレクトに伝わってくるから、少しバランスも悪い。
何となく窓の外を見ていた、その時だった。
一台の高級外車が、バスを追い越していく。
やけに速い。
そう思った次の瞬間――
その車は減速もせず、バスの前に割り込んできた。
「は……?」
運転手の声。
直後。
キィィィィィィィッ!!
ブレーキの悲鳴。
外車はスリップし、ガードレールに激突したまま、真横を向いた。
避けられない。
そう理解するより早く――
ドンッ!!
衝撃。
視界が白く弾けた。
体が宙に浮く。
俺はシートから叩き出され、そのまま前方へ――
運賃箱まで吹き飛ばされた。
そして。
――終わった。
頭に衝撃が走り、
そのまま、何も分からなくなった。
即死。
たぶん、そういうことなんだろう。
気がつくと、白い空間に立っていた。
何もない。
本当に、何も存在しない。
自分の足元すら曖昧な、白。
そこに、俺を含めて三人いた。
一人は――三十代半ばくらいの男。
高そうなブランド服に身を包み、どこかチャラついた雰囲気をしている。
ここに来る前と同じ格好なのか、妙に場違いだ。
もう一人は、二十代前半くらいの女性。
落ち着いた表情で、静かに周囲を見ている。
そして、俺。
なのに――誰も喚かない。
混乱も、絶望も、恐怖も。
まるで、そういう感情が抜け落ちているみたいに、静かだった。
ただ、「こういう状況だ」と理解だけが進んでいく。
俺たちは、死んだ。
それだけが、妙に自然に受け入れられていた。
やがて、声が響いた。
「お役目、ご苦労様です」
どこからともなく聞こえる声。
いや、違う。
頭の中に直接流れ込んでくる。
「皆さんは、第三世界での生を終えました」
抑揚のない声。
感情が感じられない。
「……やっぱり俺、死んだんだな。あんた、死神?」
自分でも驚くくらい、軽く口に出た。
怖くもないくせに、軽口だけは出る。
少しの間の後、声が返ってくる。
「第一声にしては、ずいぶん失礼ですね」
――笑っている。
そんな気がした。
だが、その姿は分からない。
見えないんじゃない。
“認識できない”。
そこにいるはずなのに、輪郭も顔も、情報として頭に入ってこない。
「死神は、“迎えに行く者”です」
「あなた方は、“送られてきた者”」
淡々とした説明。
けれど、なぜか逃げ場のない響きがある。
「私は、あなた方が進む場所を定義する者」
「死神という呼び方に合わせるなら――」
わずかな間。
「“天使”とでも言うべきでしょうか」
誰も何も言わない。
チャラそうな男も、
静かな女性も、
ただ、その声を聞いている。
――それが当然であるかのように。
