「知ってる天井だ……」
次の日、目が覚めた俺は昨日の一連の流れを思い返して頭を抱えていた。わざとではない、ある意味不可抗力な流れだったとはいえ、彼女の胸を掴んでしまった事は言い逃れ出来ない事実だった。
起こったことは仕方ない。とりあえず即土下座して謝罪をしよう。
そう心に決めた俺はリリスの部屋に向かうためにベッドから立ち上がろうとした時、ドアがノックされ静かに開かれた。
「おはようございます。一緒に朝食へ行きませんか?」
その声には昨日の動揺は見られず、いつも通りの彼女の言葉だった。
「私は朝食後にギルドへ顔を出す必要がありますので少し別行動をさせて頂きますね。あ、あとミリーナさんから手紙が届いています。今回の依頼の詳細だと思いますよ」
リリスはそう言うと一通の手紙を俺に渡してくる。その言動も特にいつも通りで昨日の出来事は不可抗力としてスルーしてくれているように見えた。
「その後、体調の方はどうですか?」
「はい。あれから嘘のように身体のダルさや熱っぽさが無くなりました。今はすこぶる体調は良いです」
「それは良かったです。もし、何かありましたらすぐに相談してください」
「は、はい。分かりました。では先に朝食に行きますね」
リリスは少し頬を赤らめながら頷くとくるりと身体を翻して食堂へと向かったのだった。
「だけどリリスさんの体調が良くなって本当によかった」
そう呟きながら俺も彼女の後を追うように食堂へと歩いていく。食堂は丁度ピークを迎えているようで人がごった返している。その中で先に食堂へ向かったリリスが席を確保してくれており、俺は彼女の向かい側に座った。
「ありがとう。助かったよ」
俺はリリスに礼を言い、渡された手紙の封を切ってから内容の確認をする。
「依頼の詳細でしたか?」
「いや。とりあえず、迎えを遣すから領主邸に来て欲しいとあるだけだな。詳細についてはその時に説明するそうだ」
俺はそこまで言うとため息をひとつ吐いてから口を開く。
「それに、もし詳細が書いてあっても患者の守秘義務があるからいくら斡旋ギルドの職員でも情報は漏らせないからな」
「まあ、そうですよね。っていうかそれでペラペラ喋るようなら逆にギルドから厳重注意の指導があるわよ」
リリスは当然といった表情でそう答えたが、先に聞いてきたのはリリスだったと思うんだけどな。
◆
「――じゃあ俺は伯爵家に行ってくるからリリスさんはギルドの用事をしてくるといい」
「お目付け役なのに一緒に行けなくてごめんなさいね。ギルドの用事が早く済むようならば次からは一緒に行けると思います」
(ああ、お目付け役と言っていたのは本気だったのか。心配してくれるのはありがたいけど大丈夫だと思うんだけどな)
俺はギルドに向かうリリスを笑顔で見送ると指定された時間に迎えに来た馬車に乗り、依頼の確認に領主邸へと向かった。
「――こちらになります」
馬車で領主邸の門前まで送って貰った俺はミリーナの案内で屋敷の応接室へと案内された。
ソファに座って出された紅茶を堪能していると反対側のドアからミリーナと恰幅の良い豪華な服を着た男性が続けて入ってきた。
「領主のアーロンド・フォン・サナール伯爵だ。この度は君が妻の病気を治療してくれると聞いているが本当に治せるのか?」
初っぱなから俺の能力に疑問を投げかける伯爵様だったが、ミリーナからの情報によればこれまで幾人もの医者を頼ったが夫人の病気を完治させることは出来なかったそうだから俺みたいな者の能力に疑問を持つのも仕方ないことだろう。
「治癒魔法士のナオキです。主にカルカルの町の斡旋ギルドに所属して活動しています」
相手が領主とあっていつも以上に失言のないように気をつけて話すよう心がける。リリスにも迷惑をかけたくないからな。
「すまないが、君の経歴や実績は調べさせてもらった。噂も含めてだ。その結果、君には迷い人として神の祝福があり、制約はあれど奇跡に近い特殊な治癒魔法の使い手であることが分かったのだ」
アーロンド伯爵は咳払いを一度すると今回の依頼内容の核心を話し始める。
「今回、君に診てもらいたいのは数カ月前から病に臥せている私の妻だ。正直、妻の病気は他の医者では手に負えないと匙を投げられているものだが君の治癒魔法で治せそうか?」
問診前で病気の詳細が分からない状態で治せるかと聞かれても普通は分からないとしか言えないものだ。だが、俺の治癒スキルは女神様からの祝福だから患者が女性であるならば問題なく治癒出来るだろう。
「奥様のご病気名は分かっているのでしょうか?」
「胸の――心臓の病気であることだけ分かっている。専属の薬師に処方された薬を服用させているが、一向に回復する兆しがない。それどころか妻が痛みを訴える間隔がだんだんと短くなってきていて心配しているのだ」
アーロンド伯爵は神妙な表情で説明をしてくれる。その様子は本当に妻の容態を心配している一人の男性に見えた。
「分かりました。最善を尽くしますので先ずは奥様の容態確認をさせてください」
女神様の祝福があるので必ず治せる自信はあったが、この場では断言はしない。なにせ相手が貴族様なのだ、迂闊な言動は面倒ごとになる可能性が高いからだ。
「ああ、宜しく頼む。妻は今、自宅で休んでいる。ミリーナ、彼を妻に会わせてやってくれ」
「はい。旦那様」
ミリーナはアーロンドにお辞儀をしてから俺の前に立つと軽くお辞儀をして患者の部屋へと案内してくれた。
「――奥様の胸の不調はいつからか分かりますか? また、他に気になることはありませんか?」
俺はミリーナに部屋に案内をされながらも情報収集に努める。
「奥様はもともと物静かな方でしたが、病を患ってからはずいぶんと塞ぎ込むことが増えました。咳き込むことも増えて食事も満足に摂ることが出来ずに前にも増してお痩せになられました」
ミリーナも雇い主の妻である夫人のことを慕っているのだろう。なんとかして欲しいと何度もお願いをされた。
「精一杯やらせてもらうよ」
俺はミリーナに笑顔を返すと手をグッと握って気を引き締める。
「――こちらのお部屋です」
コンコン。
「奥様、ミリーナです。旦那様からのご依頼で怪我の治療を受けてくださった治癒魔法士のナオキ様をお連れ致しました」
「どうぞ、お入りなさい」
「失礼します」
入室許可がでたのでミリーナと俺は伯爵夫人の部屋に入った。
「こんにちは。あなたが私の治療をしてくれる方なのですね? うまく治療出来なくても罰したりはしないから安心して頂戴ね」
そこにいたのは気疲れで少しばかりやつれてはいたが、伯爵夫人に相応しい美しい女性だった。
次の日、目が覚めた俺は昨日の一連の流れを思い返して頭を抱えていた。わざとではない、ある意味不可抗力な流れだったとはいえ、彼女の胸を掴んでしまった事は言い逃れ出来ない事実だった。
起こったことは仕方ない。とりあえず即土下座して謝罪をしよう。
そう心に決めた俺はリリスの部屋に向かうためにベッドから立ち上がろうとした時、ドアがノックされ静かに開かれた。
「おはようございます。一緒に朝食へ行きませんか?」
その声には昨日の動揺は見られず、いつも通りの彼女の言葉だった。
「私は朝食後にギルドへ顔を出す必要がありますので少し別行動をさせて頂きますね。あ、あとミリーナさんから手紙が届いています。今回の依頼の詳細だと思いますよ」
リリスはそう言うと一通の手紙を俺に渡してくる。その言動も特にいつも通りで昨日の出来事は不可抗力としてスルーしてくれているように見えた。
「その後、体調の方はどうですか?」
「はい。あれから嘘のように身体のダルさや熱っぽさが無くなりました。今はすこぶる体調は良いです」
「それは良かったです。もし、何かありましたらすぐに相談してください」
「は、はい。分かりました。では先に朝食に行きますね」
リリスは少し頬を赤らめながら頷くとくるりと身体を翻して食堂へと向かったのだった。
「だけどリリスさんの体調が良くなって本当によかった」
そう呟きながら俺も彼女の後を追うように食堂へと歩いていく。食堂は丁度ピークを迎えているようで人がごった返している。その中で先に食堂へ向かったリリスが席を確保してくれており、俺は彼女の向かい側に座った。
「ありがとう。助かったよ」
俺はリリスに礼を言い、渡された手紙の封を切ってから内容の確認をする。
「依頼の詳細でしたか?」
「いや。とりあえず、迎えを遣すから領主邸に来て欲しいとあるだけだな。詳細についてはその時に説明するそうだ」
俺はそこまで言うとため息をひとつ吐いてから口を開く。
「それに、もし詳細が書いてあっても患者の守秘義務があるからいくら斡旋ギルドの職員でも情報は漏らせないからな」
「まあ、そうですよね。っていうかそれでペラペラ喋るようなら逆にギルドから厳重注意の指導があるわよ」
リリスは当然といった表情でそう答えたが、先に聞いてきたのはリリスだったと思うんだけどな。
◆
「――じゃあ俺は伯爵家に行ってくるからリリスさんはギルドの用事をしてくるといい」
「お目付け役なのに一緒に行けなくてごめんなさいね。ギルドの用事が早く済むようならば次からは一緒に行けると思います」
(ああ、お目付け役と言っていたのは本気だったのか。心配してくれるのはありがたいけど大丈夫だと思うんだけどな)
俺はギルドに向かうリリスを笑顔で見送ると指定された時間に迎えに来た馬車に乗り、依頼の確認に領主邸へと向かった。
「――こちらになります」
馬車で領主邸の門前まで送って貰った俺はミリーナの案内で屋敷の応接室へと案内された。
ソファに座って出された紅茶を堪能していると反対側のドアからミリーナと恰幅の良い豪華な服を着た男性が続けて入ってきた。
「領主のアーロンド・フォン・サナール伯爵だ。この度は君が妻の病気を治療してくれると聞いているが本当に治せるのか?」
初っぱなから俺の能力に疑問を投げかける伯爵様だったが、ミリーナからの情報によればこれまで幾人もの医者を頼ったが夫人の病気を完治させることは出来なかったそうだから俺みたいな者の能力に疑問を持つのも仕方ないことだろう。
「治癒魔法士のナオキです。主にカルカルの町の斡旋ギルドに所属して活動しています」
相手が領主とあっていつも以上に失言のないように気をつけて話すよう心がける。リリスにも迷惑をかけたくないからな。
「すまないが、君の経歴や実績は調べさせてもらった。噂も含めてだ。その結果、君には迷い人として神の祝福があり、制約はあれど奇跡に近い特殊な治癒魔法の使い手であることが分かったのだ」
アーロンド伯爵は咳払いを一度すると今回の依頼内容の核心を話し始める。
「今回、君に診てもらいたいのは数カ月前から病に臥せている私の妻だ。正直、妻の病気は他の医者では手に負えないと匙を投げられているものだが君の治癒魔法で治せそうか?」
問診前で病気の詳細が分からない状態で治せるかと聞かれても普通は分からないとしか言えないものだ。だが、俺の治癒スキルは女神様からの祝福だから患者が女性であるならば問題なく治癒出来るだろう。
「奥様のご病気名は分かっているのでしょうか?」
「胸の――心臓の病気であることだけ分かっている。専属の薬師に処方された薬を服用させているが、一向に回復する兆しがない。それどころか妻が痛みを訴える間隔がだんだんと短くなってきていて心配しているのだ」
アーロンド伯爵は神妙な表情で説明をしてくれる。その様子は本当に妻の容態を心配している一人の男性に見えた。
「分かりました。最善を尽くしますので先ずは奥様の容態確認をさせてください」
女神様の祝福があるので必ず治せる自信はあったが、この場では断言はしない。なにせ相手が貴族様なのだ、迂闊な言動は面倒ごとになる可能性が高いからだ。
「ああ、宜しく頼む。妻は今、自宅で休んでいる。ミリーナ、彼を妻に会わせてやってくれ」
「はい。旦那様」
ミリーナはアーロンドにお辞儀をしてから俺の前に立つと軽くお辞儀をして患者の部屋へと案内してくれた。
「――奥様の胸の不調はいつからか分かりますか? また、他に気になることはありませんか?」
俺はミリーナに部屋に案内をされながらも情報収集に努める。
「奥様はもともと物静かな方でしたが、病を患ってからはずいぶんと塞ぎ込むことが増えました。咳き込むことも増えて食事も満足に摂ることが出来ずに前にも増してお痩せになられました」
ミリーナも雇い主の妻である夫人のことを慕っているのだろう。なんとかして欲しいと何度もお願いをされた。
「精一杯やらせてもらうよ」
俺はミリーナに笑顔を返すと手をグッと握って気を引き締める。
「――こちらのお部屋です」
コンコン。
「奥様、ミリーナです。旦那様からのご依頼で怪我の治療を受けてくださった治癒魔法士のナオキ様をお連れ致しました」
「どうぞ、お入りなさい」
「失礼します」
入室許可がでたのでミリーナと俺は伯爵夫人の部屋に入った。
「こんにちは。あなたが私の治療をしてくれる方なのですね? うまく治療出来なくても罰したりはしないから安心して頂戴ね」
そこにいたのは気疲れで少しばかりやつれてはいたが、伯爵夫人に相応しい美しい女性だった。

