惚けたままの一日が過ぎて、二日が過ぎて、三日が過ぎる頃、僕は唐突に理解した。
あっくんはもうこの部屋に帰ってはこないのだと。
昼間、荷物を取りにきたのか、あっくんの物が減っていた。
僕は無くなっている洋服に気づいて愕然とした。
このままだとあっくんの物は一つ、また一つとして消えていき、最後には何も残らないのだと考えたら僕は泣き叫びたいようなたまらない気持ちになった。
あっくんからキスをされた次の日。僕は渡貫先輩に会って正式に恋人を解消してもらった。
渡貫先輩は「せっかく可愛くしたのに。」なんて言って何度か引き止めてくれたけれど、僕の決心は変わらなかった。
最後には「じゃ、友達ならいいだろ。」と言われて僕もそれなら、と握手をした。
だって何だか渡貫先輩は恋人というよりも親戚のお兄ちゃんみたいな感じがしたからだ。
きっと渡貫先輩からキスをされてもあっくんとのキスほど気持ちを乱されはしないだろうと思った。
僕の心はあのキスではっきりわかった。
僕はあっくんが好きなんだと、今更ながら理解した。
僕は自分の気持ちも鈍臭いのだと、ちょっと凹んだ。
だからあんなにあっくんから離れたくないと思ったんだと納得したし、あっくんから嫌われるのが怖くて渡貫先輩のことを話せなかったんだと気づいた。
なんであっくんが僕にキスをしたのかは分からないけれど、僕はこのままジッとしていたらあっくんがこの部屋からだけじゃなく、僕の人生からもいなくなってしまうと思った。早く、早く迎えに行かないといけない。
僕は携帯と部屋の鍵を握りしめて外に飛び出した。
今あっくんがどこにいるか僕は知らない。
あっくんの交遊関係なんて一人も知らなかったから探しようがなかった。
でもたった一つ。大学に行けばあっくんを捕まえられると思った。
それ以外方法がなかった。
空は曇り模様で、今にも雨が降りそうな厚い雲が広がっていた。
僕は大学の門のそばに立ちながら空を見上げ、はぁっと息を吐いた。
雨が降る前にあっくんがやってきてくれるよう祈った。
しばらくして、ぽつ、ぽつ、と僕の頬に雨粒が当たった。
ああ、降ってきちゃった、と思ったけれどこの場所を離れると言う選択肢は全く頭に浮かばなかった。
今日あっくんを捕まえられなければ、あっくんは僕から離れていくという確信があった。
ポツポツは次第にしとしととした降り方に変わって行った。
僕の服は徐々に濡れて重くなっていったけれど、あっくんの姿は見えなかった。
午後の授業はあと一コマと言うところで、通りの向こうから歩いてくるあっくんの姿を見つけた。
いつものキラキラしているメンバーが一緒にいて、あっくんはほっそりとした美人な女の子と一緒の傘に入っていた。
穏やかな横顔が見えて、僕はここであっくんを待っていることがいいことなのか唐突に分からなくなった。
このまま僕があっくんの前から姿を消せば、あっくんは自由になるし僕みたいな煩わしい人間の世話をしなくてもよくなる。
あんな風に美人な女の子と仲良くなって素敵な恋人だってできるだろう。
本当はそうしてあげるのが正解なんだ、と頭ではわかっているのに、僕の心はそれをどうしても許せない。
今すぐ駆け出してあっくんの手を取って傘の下から引き摺り出したい気持ちでいっぱいだった。
そんな衝動に耐えるように俯いていると、僕の前に誰かが立った。
あっくんかと思って顔を上げたら、それは傘を差し出した渡貫先輩だった。
「風邪ひくぞ。びしょびしょだ。」
そう言ってくしゃっと笑った先輩の顔は以前と変わらない優しい笑顔だった。
「先輩……。」
「友達にだって傘ぐらい差し出すだろ?それも濡れて美人に拍車がかかった友達ならなおのこと、さ。」
僕は先輩の冗談にふふ、と笑った。
いつの間にかあっくんたちは僕の前を通り過ぎてしまったようで、少し先にあっくんの後ろ姿が見えた。
その距離がもう埋まることはないのだと僕はひどく悲しくなった。
「さ、ちょっとあったかいものでも食べにいくか。俺が奢ってやるから。」
先輩はそう言って僕を傘の下にいれた。
必然的に相合傘になった僕はくすんと鼻を鳴らしたあと、小さく頷いた。
「何がいいかな。濡れて寒いし、うどんとか?」
「あ、いいですね。」
泣き笑いみたいな顔で笑いかけたら、急に僕の手が誰かに引かれた。
「わっ。」
「すみません、こいつ俺のなんで。連れていきます。」
引かれた手の正体はあっくんだった。
僕を自分の傘の下にいれて手を引いて歩き出す。
「え、え、あ、あっくん。」
「後で。このままじゃ風邪をひく。」
あっくんはそう言うと急ぎ足で駅へ向かって歩いていく。何も言われなかったけど行き先は僕たちの家だとわかった。
僕たちは言葉を交わすことなくただ手をつないだままでいた。
その温かさが心に深く沁みた。
