そろそろ幼馴染みバナレの時間です。



 あっくんには僕が渡貫先輩と付き合っていることを言えずにいた。
 というよりもほとんど会えずじまいだったのもあって僕はあっくんにその事実を告げずにいた。

 いつかは言わないと、と思うのにあっくんに何を言われるのか怖くなって伸ばし伸ばしにしてしまったんだ。その上髪も短くしてしまった。あっくんが短い髪にしちゃダメって言ってたのにその言いつけに背いてしまったから、さらにあっくんには言いづらくなった。

 でもここまで来たらバレるのは時間の問題だろう。まぁ、あっくんのことだ。「そうか。ならもうお前の世話はしなくてもいいな。」とでも言ってくるかもしれない。
 そう思うと涙が浮かんでくるぐらい悲しい気持ちになるけれど、僕は自立したいと思っていたはずだ。これで本当にあっくんに頼りきりだった生活から変わっていけると思った。

「悠、どうした?疲れたか?」

 帰りの電車に揺られながら、渡貫先輩が僕の顔を見て優しく聞いてくれた。もう髪をかきあげなくても先輩の顔がよく見えた。
 首を横に振って答えると、先輩は僕の肩に腕を回して僕の身体をトンと引き寄せた。

「寄りかかってもいいぞ。悠は軽いからなぁ。」

 豪快に笑っている先輩はそう言って僕の体重を全部引き受けてしまう。
 百戦錬磨の恋愛の達人はそういうことも息をするように軽くやってしまう。
 回された先輩の体温が優しく僕にも移って温かい。

「寝てもいいぞ。起こしてやるから。」

 どこまでも僕に優しい先輩の声と、電車の軽い揺れに身を任せ、僕は瞳を閉じたのだった。


♦︎

 ふに、と唇に何か触れた気がして目が覚めた。
 ?とはてなマークを浮かべて目を開けると至近距離に先輩の顔があった。
 え?と思うと先輩はにっこりと笑って、「着いたぞ」と言った。

 確かに電車は僕の家の最寄駅に到着していた。
 慌てて身を起こして立ち上がる。
 先輩は今日は用事があると言っていたのでここでお別れだ。

「先輩、今日はありがとうございました。」
「ああ、送ってやれなくて悪いな。気をつけて帰れよ。」

 そう言って笑い合って別れた。
 電車の扉がプシューっと閉じて走り去っていくのも最後まで見届けてからさて帰ろうかと踵と返すと、そこには壁にもたれ僕の姿をジッと見ているあっくんがいた。

「あっくん……。」

 久しぶりのあっくんはやっぱりキラキラしていた。
 ただ、今のあっくんの顔は何かにすごく怒っているようで唇を噛み締めて僕を睨みつけていた。
 こんなに怒っているあっくんを見たのは初めてだ。
 それぐらいギラギラした瞳には憎しみが宿っているように見えて僕は何も言うことができなかった。

「帰るぞ。」

 そうひと言だけ告げて、あっくんは動き出した。いつもなら僕の速度に合わせてくれるあっくんが、今日は一度も後ろを振り返ってはくれない。僕はその背中を見失わないように必死に着いて行った。

 家に着く頃には僕の息は絶え絶えで、はぁはぁと肩で息をしている状態だった。
 あっくんは玄関の扉の前で僕を待っていて、顎で僕に鍵を開けるように促した。
 慌ててポケットから鍵を取り出す。
 そうか、鍵を忘れてきちゃったんだね。だから僕を待ってたのに、今日の僕の帰りが遅くてそれで怒っているんだ。

 僕はやっと納得いく理由がわかってホッと息を吐いた。

「ごめんね、あっくん、僕のこと待ってた?連絡すればよかったね。」

 そんな風に言って鍵を回して中に入る。

「あっくんは今日は早かったの?僕はーーー。」

 滑り込んできたあっくんは僕の身体を反転させて玄関ドアに押しつけた。
 ダンッと身体がぶつかって大きな音を立てる。

「わっ、な、なにっ。」
「あいつは誰だ。」
「え?な、何?」
「悠、一緒にいたのは誰だ。それにその髪はどうした。どうして短い。」

 低く暗い声だった。
 あっくんがこんな声を出せるだなんて知らない。
 至近距離で僕を睨むあっくんの瞳はメラメラと燃えるようで僕はその強さに慄いた。

「あ、あれは四年の先輩で……。」

 ここにきてもまだ僕は渡貫先輩のことを告げるべきか迷っていた。
 この期に及んでと誰もが呆れるだろうけれど、あっくんに何を言われるか分からず怖かった。

「どうやって知り合った。何で一緒にいる。それに何でーーー。」

 最後の言葉は聞こえなかった。あっくんは僕の顔の両脇に肘を付いて僕を囲い込むような態勢でいた。至近距離で見るあっくんは僕の顔を食い入るように見ていた。

「あ、あっく……んっ!」

 近づいてきたあっくんは僕が名前を呼ぶ前に僕の唇を奪った。
 ぶつけるように荒々しい口付けは僕の声を全部吸い込んでいくようだった。

「あっく、ん、んっ。」

 呼ぶ声はあっくんの唇の中に消えていき、僕はあっくんにきつく抱きしめられていた。
 なんでキスをされているのか、抱きしめられているのか、僕には分からなかった。いや、それが現実のことなのかさえ定かじゃなかった。ただその激流みたいな波に飲み込まれてしまいそうだった。

 何度も何度もキスを繰り返されて僕は苦しくなって行った。
 酸素が足りないのかもしれない。
 休むことなく僕の唇を奪っているあっくんはどうして酸欠にならないんだろう、なんて馬鹿なことを考えていた。

 次第にゆっくりとした動きに変わっていったあっくんは、最後にぎゅっと僕をきつく抱きしめた。
 その力強さに僕の身体がふるりと震えた。

「悠……悠……。」

 どうして僕の名前をそんな風に呼ぶんだろう。
 苦しそうに、切なそうに僕を呼ぶあっくんの背中が小刻みに震えている。

「悪かった……ごめん。」

 そう言ってあっくんは出て行った。
 こんな時間にどこへいくのか。僕は呼び止めるべきだったのに声が出ないままで。
 あっくんは後ろを振り返らなかった。そのまま玄関のドアがガチャっと閉じた。