そろそろ幼馴染みバナレの時間です。



「よ、今日も可愛いな、悠は。」

 会った途端にぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
 渡貫先輩はいつもこうだ。
 僕の頭を撫でるのは癖なのか。それともやっぱり飼い犬と間違っているのか。

 とにかく割と強い力でガシガシやられるから、僕の髪型は最近いつも整わない。
 まるで寝癖がついたまま来たみたいで、ちょっとやめてもらいたい。

「先輩、それ髪の毛ぐしゃぐしゃになるからやめてくださいって言いました。」
「いやぁ、お前の髪の毛柔らかくて手触り良くてな、つい触りたくなるっていうか。」

 目尻を下げて微笑む先輩はどことなく可愛く見える。きっと優しい瞳をしているんだと思う。

「でもぐしゃぐしゃになるのは悠の髪の毛が長すぎるんだよ。前髪なんてこーんなに長い。視界悪くて見えないだろ、これじゃ。」

 そう言って前髪を上げられる。
 途端に光が顔に当たるから、僕はあまりの眩しさに目を細めた。

「先輩、眩しいです。」
「お、悪い、悪い。」

 絶対悪いなんて思ってない。
 渡貫先輩と一緒にいる時間が増えてきた今、この言い方は揶揄っているとわかる。
 僕は頬を膨らませて怒ってますアピールをする。

「髪の毛はいいんです、これで。あっく、じゃなかった友達からあんまり髪の毛は短くするなって言われてるんで。」
「何で?」
「え?」
「一体どういう理由で短くするなって言ってんだ、その友達は。」

 先輩の質問に僕は改めて考えた。

 そういえばどうして僕は髪の毛を短くしちゃいけないんだろう。あっくんに前髪は長めの方がいいと言われて、そのまま今現在まで来てしまった。その方が似合うって言われたんだっけ?いや、どうだったかな。
 あ、僕が周りの視線を気にしていたからかも。あの頃はあっくんと一緒の僕に対する視線の強さが怖くてしょうがなかったから泣いてばかりいたし。でもあっくんのそばを離れるのも怖くてジレンマに陥っていたっけ。
 あっくんに相談したら「前髪伸ばして見ないようにすればいい」って言われたんだ。そうだ、そう言ってた。

 僕は思い出したあっくんからの言葉を先輩に伝えようとして、いや待って、と止まった。
 なんて説明すればいいのか。
 周りの視線を遮るためです、なんてあまりにも情けない理由だし、かといって周りの視線を遮りたかったのはどうしてか、と聞かれても困る。
 僕が幼馴染みのあっくんに依存しまくっていた過去を先輩は知らないんだし。

 むむむ、とどう話そうか悩んでいた僕に先輩の手が伸びる。伸びてきた手は一度僕の頭をいつものように撫でてから、僕の前髪を今度は優しく横に流してくれた。

「ほら、とりあえずこれで顔は見えるだろ。俺はお前が短髪でも似合うと思うし、その可愛い顔が見える方がいいと思うぜ。」

 先輩はお付き合いするようになってから事あるごとに僕を可愛いと言ってくる。
 僕はこの顔と十八年以上付き合ってきたから知っているけれど、僕の顔は十人並だ。平凡で特に特筆すべきところもない風貌だと思う。

 恋人に可愛いっていうのは相手が喜ぶから言うのだな、と先輩を見ていて思う。
 彼は恋人に対する言動が慣れていて、きっと僕みたいな恋愛初心者ではなく恋愛事に関して達人の域に達している人なんだろうと思う。

「先輩はそっちの方が好きってことですか?」
「そうだなぁ。どっちも可愛いとは思う。あとは好みの問題だろ。でも短い方がお互いの顔が見えるだろ。俺は可愛い悠の顔がちゃんと見える方がいいって思うだけだ。」

 なるほど、と思う。
 まだ先輩に恋していない僕でさえ渡貫先輩の言葉は甘く聞こえるのだから、これが先輩に恋をしている恋人であったならきっとメロメロになってしまうだろう。

 僕に向けて恋人ムーブをかます先輩に向けて僕も同じように恋人らしくしてみようかな、とちょっと思う。それが恋人としてのマナー?かなと。

「じゃ、僕短くしてみようかな。」

 ちょっと言ってみただけなのに、先輩はすぐに僕を行きつけの美容院に連れて行ってくれた。明るくて開放的で、普段僕が利用している千円カットとは訳が違う美容院だった。

 渡貫先輩がいつもカットをお願いしているのは佐伯さんというベテランの美容師さんで、僕のもじゃもじゃになった頭を見て一度吹き出し、僕が「おまかせで」というと心得た、とばかりにハサミをジャキジャキ入れた。
 みるみる間に僕の髪の毛は短くなっていき、最後には鏡の中で不安そうな顔で見つめる僕がいた。隠しきれない動揺をなんとか抑え込んで渡貫先輩の前に立った。

「ど、どうですか?」
「うわっ、やっぱり良いじゃん。悠、絶対短い方が可愛い。」
「うん。切った俺が言うことじゃないけど、悠くんは骨格が綺麗だし、顔立ちも整っていると思うよ。隠しているなんて勿体無いよ。」

 佐伯さんの言葉に、お客さん相手の営業トークは大変だななんて思いながらもスッキリした感じは気に入った。
 毎日の入浴も時短になって楽になるな、なんて考えてしまったのは内緒だ。

 軽くなった頭になかなか慣れることはなかったけれど、渡貫先輩の嬉しそうな顔を見て、僕も少しは恋人らしくなったかな、と考えた。