とぼとぼと下を向いて歩いていたから、僕の前で立ち止まっている人がいるだなんてわからなくて思いっきりぶつかってしまった。
「うわっっ。」
ドンっとぶつかって転んだのは僕だった。
手をついて衝撃を抑えたかったのに非力で鈍臭い僕にはそんな芸当無理だった。
強く尻餅をついてしまった。
「いたっっ。」
「あ、悪いっ。」
目の前にいたのは背の高い男の人だった。あっくんよりも少し高いんじゃないだろうか。
がっしりとした体つきで、見るからにスポーツをしていそうな精悍な顔立ちをしていた。
「い、いえ僕こそすみません。」
ぼーっとしていたのは自分なので素直に謝ると、その人は転んだままだった僕の身体をヒョイと持ち上げて土埃に塗れた僕の洋服をパンパンと叩いた。
その勢いが僕には強すぎてヨロヨロよろけてしまったら、その人は僕を抱き込むように腕の中に抱え込んでパンパンと埃を払ってくれた。
「さ、こんなもんかな。」
「あ、ありがとうございます。」
正直勢いが良すぎてクラクラしてしまったところもあるが、助けてもらったのは確かなので頭を下げてお礼を言う。
顔を上げるとその人の顔が思ったよりも近くにあってびっくりした。
「わっ。」
「あ、ああ、悪い。怪我なかった?」
「は、はい。」
間近でジロジロと顔を見られることに慣れていない僕は及び腰になってしまった。
なのに、その人はグイグイ迫ってくるから余計に腰が引けた。
「あ、あの、何か?」
そう言うと、僕の目を見つめてからニコッと笑った。
わっ、笑うと優しい印象になるんだな。と人懐っこい笑顔に僕の緊張も少し減った。
「俺、工学部四年の渡貫。一年生?」
「は、はい。僕は社会福祉学部の稲瀬です。」
「稲瀬なに?」
「稲瀬、悠です。」
「ふーん、悠ね。いい名前。な、悠。お前俺と付き合わないか?」
「え?」
「気に入ったんだよ。な、悠。俺と付き合え。」
渡貫先輩はそう言って僕の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
突然そんなことを言われて僕はどうリアクションしていいのかわからなかった。
でも先輩は僕のそんな様子はお構いなしに僕に触れてくる。
それはまるで飼い犬を撫でているかのようで僕もそのまま撫でられていた。
始終にこにこしている渡貫先輩は熊みたいに大きくて頼もしくて、僕はその勢いに押されて思わず頷いてしまった。
「よし、これから悠は俺の恋人だからな。今日はこれから予定あるか?」
「あ、え、えっと、何にもないです。」
「なら夕飯一緒に食べよう。悠は何が食べたい?」
僕の意見を聞いてくれたのは渡貫先輩で二人目だ。
僕の中で渡貫先輩の印象がぐっと上がって、僕は思わず笑みを浮かべていたようだった。
僕の顔を見ていた渡貫先輩はちょっと驚いた顔をして「これは掘り出しものだったかもな」と呟くのが聞こえた。
掘り出し物?がよくわからなかったけれど、僕の中の打算的な部分がこう囁く。
(これであっくんに余計な迷惑をかけることが無くなるかもしれない。ずっとあっくんにおんぶに抱っこの状態から抜け出せるかも。)
そんな風に思ってしまう自分は嫌な人間だな、と思ったけれど僕の背に手を当てて歩くスピードを合わせてくれる渡貫先輩のそばは心地いいな、と思った。この人と付き合うのも楽しいかもしれない、と僕はこの関係を積極的に受け入れることにした。
一瞬では恋に落ちないけれど、渡貫先輩のような人と恋をするのもいいのかもしれない。
僕は自分に恋人ができたと報告したらあっくんは喜んでくれるだろうか、とぼんやりと思いながら初めて恋人と夕飯を共にした。
