「大丈夫だよ、もう。あっくんありがとう。」
「いや、いいけどさ。それにしても何だその塾。ちゃんと塾長に訴えろよ。」
「うん……でもさ、僕が悪かったかもしれない。僕がトロくて先生をイライラさせちゃったんだと思うし。」
僕の言葉にあっくんは青筋を立てた。
「ふざけんなっ。トロくてイラついたとしても仮にも塾の先生やってんだ。そんな風に態度に出すべきじゃないし、悠にしたことは度が過ぎてんだろ。」
怒りの矛先は先生だったけど、文句の一つも言えなかった僕にも一言ありそうだ。
またやってしまった。しばらく会ってなかったけれど全く成長していないことがあっくんにバレてしまった。昔から、鈍臭さに一歩引き気味な僕の態度をあっくんは良しとしないところがあったから、これでまた呆れさせてしまったのだろうと思った。
これ以上あっくんに迷惑をかけたくなくてもらった飲み物をグビグビ飲んで空にした。僕は勢いよく立ち上がる。
「時間取らせちゃってごめん。塾のことは相談するより辞めてしまおうかと思うんだ。僕も会いたくないし、先生の方も僕がいなくなったほうが安心すると思うし。」
あっくんはじっと地面を見つめたままでいた。あれ?聞こえてないのかな、と思ったけれど同じことを二度言うのは結構勇気がいるものだ。僕は聞こえたとしても何も言わなかっただけだと思い込むことにしてあっくんの前に立った。
「心配してくれてありがとう。あっくんに話したらすごく楽になった。正直僕だけだとどうしたらいいのか分からなかったよ。」
そう言って立ち去ろうと思ったのに、あっくんが僕の腕を掴んでくるからいけない。
あっくんから触れてくるだなんて何年振りなんだろう。
僕はそれだけでドキドキとした。そのまましばらく待つのに、あっくんは何も言わない。
ああそうか、勢いで掴んじゃったままか、と思った僕は苦笑しながらあっくんの手を片手で外した。
「じゃ、じゃぁ。」
昔だったら家も近いし、一緒に帰ったかもしれない。でも今の僕たちはほとんど話すこともないし、交遊関係も全く違う。今日はたまたま通りかかったあっくんが僕の様子を訝しんでくれたからで、いつもなら声もかけられることはなかっただろう。
昔のよしみで助けてくれたあっくんをこれ以上煩わせたくなくて、僕は何てことないかのように振る舞った。本当はいつあの先生が外に出て僕を追いかけてくるかと気が気じゃないし、参考書なんかは置きっぱなしにしてきたから一度戻らないといけないことは分かっていたのに。
とにかく今のこの瞬間、あっくんに平気だと思わせないといけない。僕だって少しは成長したとあっくんに思われたかった。
「今度塾に行くの、いつだ。」
「へ?」
「俺も行く、悠と一緒に。」
「い、いいよ、そんな。あっくんにそこまで迷惑かけられないよ。」
「迷惑じゃないって。」
あっくんは僕が何度断っても一緒に行くと言い張った。どうしてそこまで、と思ったけれど実際あっくんが一緒に行ってくれてよかった。
すでにその時先生は授業が終わって帰った後で、僕の私物は他の先生が見つけて忘れ物boxに入れておいてくれた。先生がいなくてホッとしたけれど、僕一人だったら塾の中には入れなかったかもしれない。
結局、塾はすぐに辞めた。先生にはそれ以降会うこともなく、僕の手にはもう使わない塾の参考書と問題集一式が残った。
「これ、どうしよう……。」
そう思わず呟いてしまった僕の言葉にあっくんは「俺が教えてやるから、もう塾になんて行くな。」と言った。
それから僕とあっくんは学校が終わってから一緒に勉強をするようになった。
場所は図書館とかじゃなく僕の部屋で。週に一、二回ではあったけれど僕はあっくんとの時間が復活してとても嬉しかった。
あっくんは同じ歳なのに教えるのもすごく上手くて、僕の成績はぐんと上がった。
僕のお母さんは家庭教師代と言ってあっくんにお金を払うと言っていたけれどそれはあっくんが断っていた。「友達の勉強見ているだけですから。」って。
そうか、僕はまだあっくんの友達なんだ、とその日はずっとニコニコしっぱなしであっくんに怒られた。
それでも話さなくなった時の苦しさを考えれば怒られる方が何倍もよかった。
大学はあっくんの勧めで決めた。
学部が違うけれどあっくんも一緒の大学で、僕のレベルにしてはちょっと高めだったけど頑張ればイケるとあっくんが言うので僕も頑張ることにした。
あっくんは自分の勉強よりも僕の偏差値を上げることに一生懸命で、スパルタだったけど僕なんかのために頑張ってくれるあっくんのために必死に勉強した。
受験は本当に辛かったけど、二人で合格通知をもらった時は本当に嬉しかった。
そして、あっくんは最初からその予定だったかのように僕と一緒に暮らすことを決めた。
僕の親はあっくんがいればと二人でルームシェアすることに反対することはなかったし、あっくんのご両親はあっくんに対して全面的な信頼があったから僕たちには何の障害もなかった。
春になって二人で暮らし始めた。桜が咲く頃、大学が始まった。
僕はやっぱり大学でも馴染めなくて、鈍臭さも健在で一人ぼっちではあったけれど。
それでも部屋に帰ればあっくんがいてくれるから寂しくなんてなかった。
あっくんは大学に入ってますますキラキラしていた。
周りのお友達も同じように華やかな人が多くて、あっくんのお友達に相応しいと思える人たちだった。
毎日の生活は慌ただしく、やることも多かったけれど二人で決めた約束事は守ってきたし僕の周りは騒がしいことなんてなかったからそれほど大変じゃなかった。
ただ、少しだけあっくんが僕に冷たくなったように思えた。
僕が話しかけるのが嫌みたいで、いつも目の前からいなくなれ、というオーラを出す。
ま、そうだよね。
こんな陰キャな人間がルームメイトとかって知られたくないよね。
そう思ってあまり話かけないようにはしているんだけど、それでも何度か大学であっくんに話しかけてしまったことで僕とルームシェアをしていると気づかれてしまったようだった。
さっきの不機嫌さはきっと僕の存在を知られたくなかったんだろうな、と思う。
僕はずっとあっくんと一緒にいたいけれど、あっくんの世界はもっともっと広い。僕がそばにいることがあっくんのマイナスになっていると分かっていたけれどずっと離れられなかった。でも、流石にもうあっくんに迷惑かけることはやめないといけないよな、と思う。
