それからずっとあっくんは僕の隣にいてくれた。
僕の鈍臭さは相変わらずで、年齢とともに少しは改善した部分もあるけれどそれもあっくんの手助けがあったからだ。僕が周りから浮いてしまってもあっくんだけは「またか」なんて言うだけで怒ったりしない。まぁ、ちょっと呆れていたかもしれないけど。
小、中と地元の学校に進んでいよいよ高校は離れてしまうかと思っていたのに、あっくんは僕と同じ高校を進学先に選んでいた。
僕は自分の鈍臭さを十分わかっている年齢になっていたので家から一番近くの高校にしたんだ。登校に時間がかからないし、忘れ物があってもすぐ帰れそうだからね。
そこそこ進学校だったけれど、成績優秀だったあっくんはもっと偏差値の高い高校に行くと思ってたからちょっとびっくりした。
そう言ったら、「俺と一緒じゃ嫌なのかよ。」と拗ねられたから、慌てて全力で否定した。だって僕はいつだってあっくんと一緒にいたかったから。あっくんと同じ高校に行けるなんて僕にとっては夢みたいだと思ったよ。でも僕のお母さんがあっくんに頼んでいるのを聞いちゃったんだ。高校でも僕のこと面倒見てねって。それを聞いたらものすごく申し訳なくなっちゃった。あっくんはもっと違う高校だって行けたのに、僕のせいで近くの高校に行かなきゃならなくなったんだと思ったから。
「悠が心配だからな。」
なんて言ってくれたあっくんの優しさが嬉しくて同時に苦しい気持ちにもなった。
だから、高校は自分一人でもやってみようって頑張ることにしたんだ。
クラスが離れちゃったのは残念だったけど、これであっくんが僕のお世話をする必要はなくなったからそこは安心した。
高校に入ってあっくんはどんどん忙しくなった。もともと人気者だったけど見た目も男らしくなっていって女子からの人気は凄かった。成績も部活でやってたバスケもとにかく何でもイケてて、学校中の注目の的だった。
さすがにそんな人に今まで通り話しかけることはハードルが高くて、僕は学校であっくんに話かけることをやめてしまった。
それに対してあっくんは案の定文句を言っていたけど、僕の対人スキルの無さを知っているからか、帰ってからは普通に話していたからか、しばらくすると何も言わなくなった。
学校で見かけるあっくんはやっぱりキラキラしていて、同じように目立つタイプの友達に囲まれていた。楽しそうに話しているあっくんを見たら、これが僕とあっくんの正しい距離なんだな、と思った。僕はいつも一人だったけど、キラキラしているあっくんを見れることはすごく嬉しかった。
学年が上がるごとにあっくんとは疎遠になった。あっくんは生徒会役員にもなっていて毎日忙しそうだった。噂で学年で一番美人な女子と付き合うことになったと聞いた。
僕はいよいよあっくんには話しかけられなくなった。
僕は部活に入らなかったし、塾も大勢のクラスには馴染めないだろうと少人数というよりもマンツーマンで教えてくれる塾に入った。
先生は現役大学生の男の人で、数個しか年が離れていないのにものすごく大人に見えた。
僕の鈍臭さが健在だとわかったのはその先生を無性にイライラさせてしまうことで気づいた。
それまであまり表立ってなかったのはあっくんがいたからだと思うと、あっくんにものすごく負担をかけていたんだな、と申し訳なく思った。
塾では先生と二人で個室に入るのだけれど、僕はその空間がすごく嫌だった。
イライラとした先生と、押し殺した僕の息。怒鳴られることはなかったけれどチクチクと嫌味を言われ続けた。そして最近は先生との距離が近いことが気になった。
気にしなければ何ともないのかもしれないけれど、以前よりも肩や腕に触れてくることが増えたように思えた。先生なりに僕と打ち解けようとしているのかと思って何も言わなかったけれど汗ばんだ先生の手の体温がすごく不快だった。
その日は嫌味を言われた上に、定規でパシリと手首を打たれた。痛がっている僕を見て先生は嫌な感じで笑うと徐に僕の手首を掴んで赤くなった手首に唇を当ててきつく吸い付いた。そんなことされたのは始めてで、その感触の気持ち悪さに小さく叫んで先生を突き飛ばした。
先生は驚いた顔をしていたけれど、僕の怯えた顔を見てニタニタ笑ったんだ。
僕はもうその部屋にはいられなくてカバンだけ掴んで外に逃げた。
机に広げていた参考書はそのままだったけど気にしてなんていられなかった。
先生に吸われた感触が抜けなくて、近くの公園の水場で何度も何度も洗った。
そのうち涙が溢れてきて僕は泣きながら手首を洗っていた。
「悠?」
後ろから声をかけてきたのはあっくんだった。
久しぶりに見たあっくんは制服のままだったけどネクタイはやや緩められて着崩した雰囲気が大人びて見えた。
「あ……あっく…。」
「何やってんだ?」
不思議そうに近づいてきたあっくんは僕の泣きぬれた顔と濡れた手首に顔色を変えた。
「おい、いったい何があった?悠、何で泣いてるんだ?」
怒りを抑え込んでいるかのように押し殺した声で僕に聞いたあっくんの様子に僕の身体は無意識に震えた。
それを目の端にとらえたのか、あっくんは深く息を吐くと、今度はゆっくりと優しい声で僕に問いかけてきた。
「悠、どうして手を洗ってるんだ?俺に教えてくれ。」
僕は久しぶりに聞いたあっくんの優しい声とあっくんの眼差しにますます気持ちが昂ってしまって涙が溢れた。嗚咽混じりにこれまでやられた塾の先生からの嫌みと今日の出来事を話す。
時々支離滅裂になってしまう僕の言葉をあっくんは根気よく聞いてくれた。
話しているうちに次第に落ち着いてきた僕だったけれど、あっくんはベンチまで連れて行って温かい飲み物を買ってくれた。
僕の様子を見ていたあっくんはベンチの端に荷物を置いて立ったまま僕に話しかけてきた。毛を逆立てている猫を手懐けようとしている人みたいにおそるおそるだったから、僕は何だか笑ってしまった。
