そろそろ幼馴染みバナレの時間です。


 キラキラと輝く初夏の日差しの中、それ以上に異彩を放つ集団の真ん中にいる幼馴染みを見て僕はゴクンと唾を飲み込んだ。
新緑の色が清々しい木々の中、彼自身からもマイナスイオンが出ているんじゃないかと錯覚するかのように爽やかな風もまた流れていく。僕はその名画のような彼の姿にほうっと羨望のため息を吐いた。あれが自分と同じ人間だなんて神さまも罪作りな事をする。

 彼の周囲にはこれまた世の中の勝ち組と呼ばれるに値する洗練されたお友達が数人いて、周りとは別世界の雰囲気を醸し出していた。
 そうだよね、あの中に飛び込んでいくなんて命を捨てる覚悟がいるよね。
 そうは思っても、今日の料理当番は僕だ。
 役割分担は大事だし、それがルームシェアをする条件でもあったから放棄することなんて出来ない。

 僕は意を決してその集団に向かって歩き出した。

「あ、あの……あっく、じゃなくて…海翔くん、今日何時に帰ってくる?」
「は?何だお前。」
「あ、私知ってる。海翔の幼馴染みだ。」
「え、これが。」

 一斉に向けられる視線に僕はタジタジとなってしまい視線を避ける意味でも顔を下に向けた。

「悠、今日は俺夕飯要らないって言っただろう?伝言見てないのか?」
「えっ!」

 あっくんの声に苛立ちが混じっているせいで正面は向けないけれど、僕は小さな声で「ごめんなさい」と謝った。この声、あっくん怒ってる。

「もういいから早く帰れよ。」
「う、うん……。」

 それ以上何も言えなくて、僕は彼らに背を向けて歩きだした。
 後ろからあっくんの友達の声が聞こえてくる。
 それが僕に対する揶揄いや文句だったらまだしも実際はそんなことない。

「ねぇ、今日はどこにいく?」
「海翔は何食べたい〜?」

 僕が話しかけたことなんてなかったかのように会話は進んでいく。
 僕はあっくんの答えを聞く前に走り出した。

 ここ最近のあっくんは僕を無視するばかりで以前の親しさの欠片もない。それがすごく悲しくてしょうがない。でもそれも仕方がないことなんだ、と思う。
 だって僕はずっとあっくんに依存して生きてきたから。

 今のあっくんには僕のことなんて一瞬も残らない。僕たちは幼馴染で今は一緒に暮らしているけれど、それは僕の親があっくんにどうしてもとお願いしたからだ。そうじゃなかったらあっくんは僕なんかと一緒に暮らしてなんてくれなかった。

 次第に歩みは遅くなって牛歩みたいにゆっくりになった。
 今日は結局あっくんのご飯を作らなくてもよくなったから僕は早く帰る必要がなくなちゃった。あ〜あ、夕飯どうしようかな。僕一人なら何でもいいもんね。というか、食べなくてもいいかな。食欲なんて最初からないし。
 そんな風に思ったらフッと軽いため息が出た。

 あっくんこと圷海翔(あくつかいと)くんと僕、稲瀬悠(いなせゆう)は幼稚園からの幼馴染だ。家も近所で小さな頃から鈍臭い僕をあっくんはずっと面倒を見てくれた。

 幼い頃から僕の鈍臭さは際立っていたみたいで、幼稚園でもみんなと同じようには出来なかった。お昼のお弁当も準備に時間がかかってみんなと一緒には食べ始められないぐらいだった。モタモタ、モタモタ。とにかく動作が遅くて同じ年の友達は僕のペースには合わせてくれることなんてなかったから僕はいつも一人。教室の片隅で絵を描いたり、絵本を読んだり、とにかく一人でできる遊びしかしたことがなかった。

 そんな僕に話しかけれくれたのは同じチューリップ組だったあっくんだ。その頃からあっくんはしっかりしていて先生のお気に入り。美男美女のご両親の血を受けついだあっくんもキラキラ光るかっこいい男の子だった。チューリップ組の女の子はみんなあっくんのことが好きだったんじゃないかな。男の子だってみんなあっくんと一緒に遊びたがった。クラス一人気者だったあっくんが僕に話しかけてくれるなんてありえなくて僕はその時一瞬息が止まったんじゃないかと思うよ。

「お前、悠だよな。まだ食べてるの、遅いなぁ。」
 
 ゆっくりゆっくりお弁当を食べていた僕の隣にぬっと立ってそう話しかけられて僕はびっくりした。周りにはもう僕以外の人間はいない。みんな早々に食べて片付け終わった後だからだ。

 お弁当が終わるとみんなは園庭に出て外遊びをする。砂場や滑り台。登り棒に雲梯。縄跳びやボールも用意されているからたくさんの遊びができる。あっくんは教室に忘れ物を取りにきたみたいだった。

「あ、もう少しで、食べ、終わる。」
「ふーん。」

 そう言ってあっくんは僕の食べかけのお弁当をじっと見ていた。
 すぐに外に出ていくと思っていたあっくんがその場にいるから僕はドキドキした。でもあっくんが何も言わないから僕は自分が握っているフォークの先にあるブロッコリーをじっと見つめるしかなかった。

「なぁ、それ嫌いなんだろ。」
「え?」
「いっつも最後まで残ってるもんな、ブロッコリー。」

 ししし、と笑われて僕の顔は赤くなった。確かに僕はブロッコリーが嫌いでいつも最後の最後まで残してしまう。でもいつもお弁当を食べ終わるのは僕が最後だ。僕の好き嫌いは誰にも知られていないと思っていたのに。
 鈍臭い上にブロッコリーも食べられないのか、と揶揄われるかと思って僕は俯いて身体を硬くした。
 そんな僕にあっくんは楽しそうに言った。

「なぁ、それ食べてやろうか。」
「えっ。」
「その代わり、悠は俺と遊ぶこと。な、いい交換条件だろ?」

 全然いい交換条件じゃないって思ったけど僕が話すよりも先にあっくんは僕の手を引き寄せてブロッコリーをパクッと口に入れてしまっていた。

「わっ。」

 もぐもぐ、と何度か噛んでから口をぱかっと開けて、「ほら、食った。」と言ったあっくんに僕はまん丸の目を向けた。
 あの時の悠の目、とあの後から何度も言われるぐらいには僕の人生でものすごく驚いた出来事No.3ぐらいには入っていると思う。
 あっくんは僕のお弁当を片付けるのを手伝ってくれて、それから僕の手を引いて外に連れ出してくれた。

 そんな風に僕に言ってくれた友達は始めてだった。
 僕が靴を履くのにモタついて時間がかかっても怒ったりせかしたりもしなかった。
 ただ、準備が終わるのを側で見ていて、僕が立ち上がると同時に僕の手を握った。

「いこうぜ、悠は何がやりたい?」

 ニコ、と僕に笑いかけてくれたあっくんが僕の世界の全てになったのはその瞬間で、僕はあっくんのためなら何でもできるような気持ちになった。