従純な天使

 今日も学校に行って、最適解を弾き出さなければならない。
 私は、教室内でスクールカースト最下位だからだ。
 クラスのみんなの中で、私はブリッコということになっている。
 私は明るく振る舞ったことは全くないが、みんなの中では、私がブリッコという「空気」だ。
 ブリッコは重罪であり、私が犯人ですって顔をしていなければ、私は叩き潰される。冷たい現実だ。
 逆らったら、みんなにターゲットを、大切な兄ちゃんにされるかもしれない。
 それは、絶対に避けたい。
 クラスの子たちなら、何をしても、おかしくない。
 今日も、「私が犯人です。私が悪かったです」って顔をして、罪人として、がんばろう。
 
 教室に着くと、他の子たちは、グループになっていて、友人たちといたり、カップルでいたりした。
 私には遠いファンタジーのように見えた。
 私は、だれにも甘えられない。間違えられない。
 教室にいると、男子たちが、私を見て笑う。
 楽しそうに、笑う。
 一人の男子が言った。
「あいつ、みんなのアイドルだよなー」
 違う、と言いたいのを、私は、ぐっと飲み込んだ。
「ブリッコだからね。あいつ」
 もう一人の男子も同意していた。
 私は泣き出しそうになるのを、こらえた。
 心が完璧に破壊されたのは、いつだったか、覚えてない。
 でも、私は犯人ですって顔をしていなければならない。
 従順でなければならない。
 そうでなければ、私の大切な存在も、何もかも、壊される。そんな気がした。
 
 帰宅して、なにげなく、台所の冷蔵庫を見ると、いつもはデザートでプリンが数個あるのに、今日は、私の好物の牛乳プリンがあった。
(なんで今、牛乳プリン?)
 私は不思議に思ったけれど、牛乳プリンを手に取り、席に座って食べた。
 甘く、やさしい味がした。

 しばらくすると、兄ちゃんが学校から帰ってきた。
 ただいま、の声で分かる。
 おかえり!と私は返事した。
 兄ちゃんは、なぜか私のいる台所へ、やって来て訊ねた。
「牛乳プリン、美味しかったか?母さんが、買ってきたんだって」
「そうなんだ」
 私は、うなずいた。
 でも少し違和感があった。
 両親は、私の好きなものを買ってきてくれるほど私に興味がない。
 私は、これまで自分のバイト代で牛乳プリンを買っていた。
 私は不思議に思った。

 私は夜、兄ちゃんが寝静まった後、兄ちゃんの部屋に行った。
 昔の家だから、私たちの家に、鍵はない。
 すんなり入れた。
 私は電気をつけた。
 すると、兄ちゃんの枕元に日記があった。
 そこには、こう書かれていた。

 〈雪は、無理をしている。
もう正解なんて、してほしくない。
不正解でいい。
牛乳プリン、食べてくれるといいな。
恥ずかしいから俺が買ったってことは秘密にしておこう
雪は、天使。いい子〉

 雪とは、私の下の名前だ。
 兄ちゃんが、私のために牛乳プリンを買ってきてくれたんだ。
 私は、そう気づくと、胸に、あたたかいものが、こみ上げてくるような感覚がした。
 
 もう正解は弾き出せないような気がした。
 学校にも、行きたくない。
 もしかしたら、学校には、明日、行けないかもしれない。
 でも、それでもいい。
 私の将来が、どうなっても、今夜の記憶だけで、なんとか、やり過ごせる。
 根拠もなく、私は、そう信じ始めた。