隣の席の武井君は前世で僕を殺した奴に似ている

たっぷり時間をかけて、武井君の言った台詞を反芻して、その意味するところを考えた。

つまり、武井君は自転車で学校まで直接行くのではなく、1度僕の家の最寄り駅に向かって、そこから僕と一緒に電車に乗って登校しようと言うのだ。
なんだその二度手間は。

「いいよ、そんなのしなくて!」

余りにも二度手間が過ぎる。自転車一つで学校まで行ける体力があるのに、わざわざ僕の家の近くにまで自転車で来てから、そこから電車に乗るなんて。
お金もかかるし時間もかかる。武井君にとって不利益でしかない。

それでも武井君は、

「いい。オレがそうしたいんだ。」

そう言って聞かない。

「えぇ〜っと……、」

とりあえず、この場で説得を試みるのには無理そうだと思ったので、一度この話題から離れようと、辺りを見回す。
ホームの時計を見れば、見ようと思っている映画の時間が迫っている。遅刻という訳ではないが、市街地の駅に到着して、映画館まで歩いて、座席チケットを確保したり、飲み物を買ったりする時間を考えれば、それ程時間に猶予はない。

「そんなことより、映画、間に合わなくなるよ。」

僕がそう囃し立てれば、武井君は無言のままスマホで時計を見て、そしてもう一度溜息を付いた後、少し怠そうだが立ち上がってくれた。

その後に来た電車に乗り直したが、武井君は僕をドア側の隅に寄らせ、その前を塞ぐようにして陣取った。

その後も、映画館に着くまで武井君は不機嫌そうで、終始無言ではあったが、座席を取って飲み物を買う頃には、少しだけ空気が柔らかくなっていた。



「面白かったね。」
「そうだな。」

上映が終わって、部屋が明るくなる。
僕がそう笑いかければ、武井君もいつもの調子に戻って優しく微笑んでくれた。

映画の後は近くのカフェに入って、少し遅めの昼食を食べながら、映画の感想をお互いに言い合った。その後は周辺の商業施設を見回って、映画のコラボグッズを買ったり、ゲームセンターに立ち寄ったりした。

そうして日が傾く頃には帰途に着き、また電車へと乗った。
同じような混み具合の電車に、先程と同じように武井君が壁になってくれて、そうして学校前の駅まで着いた所で、僕達は別れようとした。

「今日はありがとね、武井君。」

電車の扉が開いたので、そう言って僕は武井君を見送ろうとした。市街地と僕の家の最寄り駅とを繋ぐこの電車に、そのまま乗って帰るつもりだった。

「……。」
「んえ?武井君?」

武井君に腕を引かれる。
電車を降りる武井君に連れられて、僕もホームに降りてしまった。また何かあったのだろうか。

「家まで送る。」
「へ?」

送るって言っても、僕の家結構遠いけど。

どういうことかと考えているうちに、あれよあれよと連れられて、気付けば学校の駐輪場で。雰囲気に飲まれて断ることが出来ないのを良いことに、自転車に跨った武井君が、荷台部分を見て僕に乗れよと言った。

「あ、なるほど…。」

所謂自転車の二人乗りというやつだ。危ないから駄目なのは分かっているけれど、武井君が言うなら大丈夫なのだろうと、謎の確信があって、言われるがままに荷台へと跨った。


「危ないから、掴まってろよ。」

そう言われて、それならばと遠慮なく肩に手を置いた。
男二人を乗せた自転車は、操縦が難しいと思ったが、思ったより安定していた。運転手が武井君だからだろうか、と逞しく見えるその背中を見た。武井君の肩と頭越しに、薄暗くなり始めた街並みが見える。

「登校する時、いつも何時の電車に乗ってる?」

ぼうっと街並みを見つめていれば、ふと武井君が僕に質問した。

「えーっと…、」

普段の朝を思い出して、それから答える。
映画が面白かったのと、その後の街歩きが楽しくて、この時の僕は行きがけにしていたやり取りを、すっかり忘れていた。

「じゃあ、それより前に駅に行くから、オレが来るまで待ってろよ。」
「……あ。」

こうなれば、僕がどうやって断ろうとも、月曜の朝には武井君が駅に居るのだろう。もう観念することにする。

「えっとじゃあ...、…お願いします?」
「ああ。」

肩伝えに手に響いた武井君の返事は、なんだか少し楽しそうで。僕も、今更拒否することも出来なくて。

(そっか、月曜日からは武井君と一緒に登校か…。)

そう考えると、なんだかわくわくするような、楽しみなような状況だ。原因はアレだが、正直ちょっと嬉しいかも。自然と口角が上がってしまうのを抑えたいが、今の僕の顔は誰にも見られることはない。少しくらいはいいだろう。

武井君は優しい。誰よりも僕に優しい。優しいというより、過保護な気もするが。
こうして家まで、自転車で送ってくれるくらいには優しい。

(今日は武井君の色んな顔を見れたな。)

そんな優しい武井君の、優しいだけじゃない、色々な顔を見ることができた。ドン引きしたり、怒ったり、溜息を付いたり。

(そういえば…、)

溜息を付いてしゃがみ込んだ武井君が、小さく言っていた台詞を思い出す。

『お前は、そういう奴だった…、いつも……。』

電車で触られるなんていつもの事だと言った時に言われた言葉。いつも、の後は聞き取ることが出来なかったが、そう言われてしまう程、僕は武井君の前で何かしただろうか。武井君の前でこんな状況に陥ったことなんて、初めてだと思うが。

(うーーん、……まあいいか。)

頬を撫でる夕方の涼しい風。それから、温かいような熱いような武井君の背の温度。それが何とも心地良くて、考えても分からないような難しい事は、放棄することにした。



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それから久しぶりに、新しい記憶の夢を見た。

海に行った時に見た白昼夢を最後に、新しい記憶が蘇ることは無かった。
求めていた海を見て、前世の記憶がどうでも良くなってしまったから。だからこれ以上新しい記憶を辿ることも、しなくて良いと脳が判断したのか、あれから見る夢は全て見慣れたものになった。

そう思っていたのに、僕の意識はまた、新しく見る場所に立っていた。



それはある隣国の外交パーティ会場だった。
段々と記憶が蘇る。

「ルイス王子、ようこそおいでくださいました。」

愉快そうに僕に話しかけてきた初老の男性は、確かこの国の宰相だったと記憶している。王族と同じ程の権力を持ったこの男性は、隣国の王子たる僕に気安く話しかける。

そうだ、この頃にはもう僕の国の勢力は弱くなっていたはずだ。周辺の大国の顔色を伺いながら外交をし、なけなしの資源を手になんとか息を繋いでいた。

この日の外交パーティも、この隣国からの支援を得るべく交渉するための、重要なものであったと思う。

(思い出してきた…。)

あまり良い記憶ではない。
僕にとっては、この宰相のご機嫌を取って、いかに良い成果を国に持ち帰ることが出来るかが最重要課題となるこのパーティ。全くもって楽しくはない。

そんな僕の思いとは裏腹に、夢の中に立つ僕は宰相に何らかの言葉を返している。内容は覚えていない。
僕の意識が外を向いていたとしても、記憶の夢は当時の流れと同じように時間が進んでいく。

どうせなら、と意識だけ別に向けてみる。
パーティ会場のテーブルには美味しそうな料理が並び、人々は手にシャンパングラスを持っていた。天井にはシャンデリア。広い会場の隅では、楽器を持った音楽家達が演奏を続けている。
そんな煌びやかな空間の中、剣を持った甲冑の人間が所々に立っていた。護衛だろう。いくら暴力が許されない外交パーティの中とは言え、参加している国々は絶賛睨み合いの最中だ。いつ何が起こりえるか、分からない。

当然ながら、この国で相当上の地位に居らっしゃるのだろう宰相の周りには、数人の護衛騎士が付いていた。

(あ、れ……?)

宰相のすぐ後ろに控えている騎士の顔に、全意識が持っていかれた。
癖のある黒い髪に、海の色をした鋭い目付き。額の傷。そして、あの冷酷なまでの無表情。

武井君だった。

(隣の国の騎士…だったの?)

今まで夢で見た武井君の姿は、僕の部屋で見たものと、どこかの大広間で見た姿しか知らなかった。てっきり僕の国での話だと思っていたから、勝手に武井君を自国の騎士だと思い込んでいた。
そういえば、武井君が着ているこの騎士の甲冑は、パーティ会場を取り囲む護衛のものと似通っている。

(そっ…か、敵国だったんだね。)

少しだけ、何故か残念に思ってしまった。
ショックを受けている僕を他所に、夢はどんどん進んでいく。

やがて話が深くなっていって、周りに聞かれたくない話題になったのだろうか、隣国の宰相と僕の距離が近くなる。宰相は周りをチラチラと見ながら、僕に何かを言う。そうして僕の肩をポンポンと叩くと、気を良くしたのか、派手に笑いながら僕の腰を引き寄せた。お酒に酔っているのだろうか。そのまま肩にしていたのと同じように、僕の腰の辺りを何度か叩いてきた。

どうやら、この時の交渉はそれなりに上手くいったようだ。
記憶の中の僕も、作り慣れた笑顔を貼り付けて、その役目を全うしている。

(それでも…、)

この交渉は上手くいっても、結局自国が滅んだことに変わりはない。記憶では、最後は周りの大国に取り囲まれるようにして侵略され、かつての栄光の王国は跡形も無くなった。

(…そうか、)

武井君に殺されるあの夢は、王国が周辺国に侵略され切った最後、戦争の主犯たる王族が皆殺しにされる、その瞬間の記憶の夢だったのかもしれない。

僕の腰を撫でる宰相の、後ろに控えている武井君は、上位の騎士らしく姿勢を正したままピクリとも動かず、いつもの夢で見ている通りの無表情を貫いていた。



********



月曜日、最寄り駅に来てみれば、宣言の通りに武井君は入口で待っていた。

「おはよう、滝沢。」

僕を見つけて、爽やかな笑顔で朝の挨拶をする武井君に、また少しだけ胸がざわついた。
昨日の夢で、武井君が敵国の騎士だったから、少し複雑な思いがあるのだろうか。

「おはよう!武井君。」

胸の内を掻き消すように、元気よく挨拶を返す。
そのまま、また映画の話や部活の話なんかをしながら、僕達は学校へと向かった。



「おはよー!…あれ?武井今日チャリじゃないの?」

駅から歩いて学校へと向かう道のりで、後ろから声を掛けられる。
武井君の知り合いのようだ。自転車から降りた彼は、武井君の隣を歩き始める。どうやら、普段武井君が自転車で来ているのを知っているみたいで。駅から歩いてきた見知った後ろ姿の知り合いに、驚いたようで声をかけたらしい。

珍しい姿へと投げかけられた純粋な質問に、武井君はほんの少しだけ目を泳がせると、ぱっと笑顔を彼に見せて言う。

「……あーっと…、実はチャリが壊れてさ。これからは電車で登校しようかなって。」
「……!」

自然に嘘をついた武井君に、僕はひっそりと驚愕した。

(武井君って嘘つくんだ…。)

普段隠し事なんてしないようなタイプの武井君がしれっとついた嘘。

「そりゃ運が悪かったなー!ま、元気出せよー。」

上手いかどうかはさて置き、不審には思われなかったようで。
自転車を押す彼は、バシバシと武井君の背中を叩いて慰めると、もう一度自転車に乗り直して駐輪場の方へと向かっていった。

「武井君って嘘つくんだね。」

思ったことをそのまま言えば、僕の反応に驚いたのか、少しだけ目を見開いて僕を見た。
そうして海色の目を優しく細めて、初めて見るような悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「オレは案外、嘘つきだぞ?」

茶化すように笑った武井君に、僕の心臓が大きく跳ねた。

「…へぇ、意外。」

辛うじて出した素っ気ない返し。そのまた僕は興味無さげに校舎の方へと顔を向けた。僕は今、どんな顔をしているのだろうか。

(…やっぱり武井君は優しすぎる。)

武井君のついた嘘は、優しさの塊だ。
僕を傷付けないようにする意図が、ありありと見て取れる。

僕の為にと、感情を露わにしてまで怒ってくれたあの時も、有無を言わさず毎朝の約束を取り付けたあの時も、武井君の意外な言動にはいつだって、僕への優しさが溢れていた。

それはもう、武井君の優しさで窒息してしまいそうな程に。

(優しさが苦しい、だなんて知らなかった。)

武井君が僕に優しくすればする程、僕の胸は苦しくなる。
そしてそんな武井君を見ていると、温かいような、眩しいような、それとも羨ましいような、そんな気持ちになる。

(なんだろう、この感覚…。懐かしい、ような…?)

隣を並んで歩く、武井君をチラリと見やる。幸いにも彼は空を見上げながら、良い天気だなぁと呑気に呟いている。

青い空の下、煌めく朝日を背に、風に髪を揺らしながら、どこか遠くを見つめる彼を見て、僕は更に懐かしいような感覚に襲われた。

(いや、この感情は……、憧れ…かな?)

この"憧れ"に近い懐かしい感情は──……、果たして、今の僕の気持ちなのか、前世の記憶によるものなのか。