隣の席の武井君は前世で僕を殺した奴に似ている

目を覚ますと、僕は豪華な装飾の部屋の真ん中にいた。

(またあの夢か。)

何度見たか分からない。僕が殺された時の記憶の夢。最初の頃は剣で斬られるその感覚に怯えて、飛び起きるなりその後寝れなくて寝不足になるという生活を送っていた。
しかしそれも数を重ねれば、どこか客観的で他人事かのような感覚になってきて。夢だと分かっていること、痛みがないことがそうさせる要因なのだろうけど、僕は映画を見ているような感覚でその夢を見ていた。

バンッと扉が開かれる。いつもと同じ光景。この後の展開だって、もう細かい部分まで覚えているから、人に取り囲まれようとも何も思わない。なんなら、他の部分を観察している余裕だってある。

(周りの人間も、みんな騎士か。武井君の部下なのかな。)

それでも、何度同じ夢を見たって分からないことはあった。
騎士達が、仮にも王子である僕を殺す理由。誰に命令されたのだろうか。僕は何か、いけない事をしたのだろうか。

僕の目の前に立つ人物の顔を見る。癖のある黒髪に澄んだ青空みたいな眼、額の傷。何度見たって、あの武井君そのものだ。
武井君なのだろうけども、その顔は、いつでも優しい笑みを浮かべている彼とは似ても似つかない程の無表情。何の感情もないその顔で、今日もまた彼は僕を殺すのだ。

しかし、その日は少し違った。
剣を振りかざされようが、何にも思わなくなった僕は最後の瞬間まで武井君の顔を眺めていた。そこで僕は初めて気が付く。
ただの無表情だと思っていた彼のその顔に、苦痛といった感情が僅かに滲み出ていることに気が付いた。明らかに、殺すことを良くは思っていない様子。
僕が彼に何らかの声をかけた瞬間、その眉間の皺がさらに深くなって、何かを耐えるかのように歯を食いしばって、僕を真っ直ぐに見た。剣を握るその手は、少しだけ震えているように見えた。



********



高校に入学して、1ヶ月と少しが経った。
クラスの皆とも随分と打ち解けることが出来てきたし、学校生活は順調と言って差し支えない。

そんなある日の昼休み。
武井君、戸村君、都築君と一緒に、4人でお弁当を食べる。それは、入学して彼らと仲良くなってからずっと続く習慣。中学の時は給食だったけれど、ずっと誰とも話さず独りで食べていたから、お弁当を誰かと一緒に食べるだなんて初めての経験だった。

「武井、お前今日部活ある?」

一足先にお弁当を食べ終えた戸村君が、ふいに武井君に声をかけた。

「今日はないが...、何だ?」

食べていたものをごくんと飲み込んでから、武井君は不思議そうな顔をして斜め前に座る戸村君を見る。

「みんなで放課後遊びてぇな〜って思って!」

にかっと元気に笑った戸村君に、武井君も微笑む。

「いいなそれ。他の皆は?」

結局予定通り剣道部に入部した武井君は、ほとんど毎日のように放課後は部活をしており、あまり遊びに出かけている印象はなかった。それでも嬉しそうに賛同しているあたり、部活さえなければちゃんと遊びにも出かけるタイプのようだ。

「都築が暇なのはもう知ってるし。」
「確かに帰宅部だけど、俺暇人だと思われてる?」
「なんだよ来ねぇのか?」
「いや行く。」

不遜な戸村君の態度にも冷静に答える都築君に、武井君が笑っている。
そうか、みんなで放課後に遊びに行くのか。楽しそうだな、とお弁当のおかずを食べながらぼんやりと思う。放課後に遊ぶのだなんて、とても一般的な男子高校生らしい、楽しそうな行事だ。やはり親睦を深めるなら学校内だけでなく、学校の外でも交流を深めるのが大事なのだろう。いやしかし、遊びに行くと言ってもどこへ行くのか。

(カラオケとか、よく学生が出入りしているような...?)

カラオケなんて入ったことが無いからよく分からないが、帰り道に駅前の繁華街を通ると、カラオケ店なんかに制服を着た学生が入っていくのをよく見る。

「滝沢も空いてるか?」
「えっ?...僕?」

ふと武井君から声をかけられて、考え事に意識を持っていかれていたのもあり、反応が遅れる。
僕の放課後の予定を聞くということは、もしかして僕も遊びに誘われているというのか。

「...え、僕も行っていいの?」
「もちろんだ。」

恐る恐る聞けば、武井君は何でもないかのように即答した。
それに続くように戸村君も声を合わせる。

「いいも何も、みんなで行った方が楽しいじゃん!」

どうやら最初から、僕を含めての話をしてくれていたようで。皆で遊びたいとは、この4人でのことを言っていたようだ。

「...!っ行く!」

初めて誘って貰えたと、二つ返事で了承すれば、僕の答えに武井君が満足そうな顔で笑った。



********



戸村君と都築君に連れられるがままに来た先はゲームセンターだった。

「初めて来た...。」
「お、そうか。それじゃあ楽しまないとな。」

思わず口をついた言葉を、武井君に聞かれていたようで、武井君は入口で立ち竦む僕の肩を優しく叩いた。

「これなんかは、簡単だから出来ると思うぞ。」

教えてくれたのは、ちょっとしたお菓子を掬って取るゲームで。武井君が先にお金を入れて、手本を見せてくれる。僕でも分かる単純な操作だ。
コロンッと、下にある取り出し口にお菓子が落ちる。

「ほらな。簡単だったろ?これもやるよ。」

そう言って、武井君は自分が取った分のお菓子もくれた。一つだけは今食べる用に取っておいたようで、包装紙をくるりと外して口に放り込んでいた。
僕の掌の上に置かれたのは、チョコレートやらチューイングキャンディといった包み。その一つを武井君がしていたように剥がして口に入れる。

(あま...。)

いつも食べるチョコレート菓子よりも、もっとずっと甘いような気がした。

その後は残りの二人とも合流して。
戸村君は好きなアニメのフィギュアがあったのか、クレーンゲームと睨めっこしていた。その間、都築君はリズムゲームをしていたようで、音楽に合わせて目にも止まらぬ手捌きでボタンを押している。
武井君は上手いなぁと、相変わらずのにこにこ顔でそれを見守っている。その隣で、僕も同じように見守る。そのうち、なんとかしてフィギュアをゲットしたのだろう戸村君がほくほくした様子で帰ってきた。

みんなで遊べるゲームはないかと武井君が探せば、奥にエアホッケーの台があると都築君が教えてくれた。2対2で別れて対決する。初めてやる上に運動神経の悪い僕は、戦力差を考えて武井君とペアになった。

「準備はいいか〜?」

戸村君が楽しそうに構える。
ルールは簡単だから問題は無い。パックという球のようなものを相手側のゴールに入れるだけ。ただ、反射神経がものをいうゲームだ。案の定、パックを防ぐことが上手く出来ない僕に代わって、ディフェンスは武井君が請け負ってくれた。ほとんどは彼に任せてしまったが、僕でもちゃんと楽しめるように、武井君は攻撃のタイミングになると僕にパックをパスしてくれた。

他の皆がやっていたのと同じように、パックを弾く。それは狙いとは違った方向に行ってしまったものの、側壁にバウンドして奇跡的にゴールの方向へと軌道を変えた。
急な軌道変更にガードが追いつかなかったのか、戸村君が慌てて手を出すとタイミングが悪かったようで、そのままパックがゴールに入るのを後押しするように動かしてしまった。

ガコンッ

「っあーーーー!入っちまった!」

パックがゴールへと入った。半分オウンゴールだったとはいえ、僕の一打が点数になったのは間違いない。

「ナイス1点だ、滝沢!」
「...!えへへ、」

武井君が僕に向かって掌を見せる。ハイタッチというやつだ。パシッと小気味良い音がなって、1点を勝ち取ったという感激が湧き上がる。

「負けねぇからなー!」

そういう相手チームに、今度は1点を返されてしまう、その後は武井君が1点を追加し、また1点と追いつかれる。案外良い勝負になったようで、ゲーム終了時には僕達のチームが1点差で勝利となった。

「また今度勝負しよーぜ!」
「次はチーム変えもありだな〜。」

負けてもちょっとしたゲームだ、戸村君も都築君も特段悔しそうにはしておらず、楽しそうだった。やっぱり武井君が強いみたいで、今度はハンデをつけるとか、いっそ1対3にするかと話し込んでいた。

「楽しかったか?」
「...うん!」

初めて訪れたゲームセンター。初めはどう遊べば良いか分からなかったが、またこうして皆と遊べるのなら、次もまた着てみたいと思う。僕が知らないことを、三人は知っていて。そういう楽しみをまた少しずつ教えてもらいたいと、そう思った。



「なんか腹減らねぇ?」
「確かにな。...すぐそこにファミレスあったろ。行く?」

しばらくゲームセンターで遊んでいると、戸村君が伸びをしながら言う。それに都築君が同意する。
僕と武井君はきょとりと目を見開いて、そうしてお互いへと視線を向ける。そうしていると、ちょうどこの絶妙なタイミングで武井君のお腹から低い音が聞こえた。

「「ぶはっ...!」」

それに気付いた僕らは、皆でその場で吹き出してしまった。
こうなれば答えは一つだ。

「行きたいかも。」
「うん、行こうか。」



*********



まさか友達との初ゲームセンターの後に、さらに友達との初ファミレスがあると思っては無かったが、これが世間一般の学生らしい遊びなんだと、僕は胸を踊らせる。

四人席に腰を落ち着けて、早速メニュー表を開いて。
お腹を空かせた男子高校生がファミレスで頼むものといえば、決まっていた。

「にく!肉食べたい!」
「ポテトも頼もうぜ〜。」
「ドリンクバーも付けようか。」

メニューを見ながら、思い思いに注文する。
安価なファミレスのため、周りを見渡せば他にも制服を着た学生があっちこちにいる。楽しく話し合っていたり、宿題を広げて教えあっていたり、スマホでゲームをしたり。
思い描いていた学生生活の1ページである。

注文を待っている間、話は部活の話題になる。
武井君が剣道部なのは周知の事実だが、都築君は帰宅部と言っていたな。戸村君は何部だろうか?

「俺はねぇ、テニス部!」
「中学の時からやってたの?」
「いや、高校から!」

武井君が中学の時からやっていた剣道をそのまま続ける形で剣道部にしていたので、戸村君もそういうことなのかと聞いてみれば、そういう訳では無いらしい。
するとそれを聞いていた都築君が、何やらニヤニヤとした表情で話し出す。

「こいつがテニス部に入った理由、聞いてやってよ。」
「どういう理由だ?」

武井君も知らないようで、コーラを飲みながら聞き返す。
それに戸村君が自信満々に答える。

「それはズバリ!女子にモテるため!」
「あ、そういう...、」

なんとも多感なお年頃の男子高校生らしい理由に、苦笑いが溢れ出る。僕と武井君の似たような反応に、戸村君は共感を得られなかったのが悔しいのか、必死に訴えかける。

「だってテニスできたらカッコ良いだろ!?王子様って言われたい!!」
「だってさ!あははは!」

王子様になりたいというのはいまいち理解できないが、隣で聞いていた都築君が爆笑している。
テニスが出来たらカッコ良いって、そういうものだろうか?確かにスポーツは出来た方がカッコ良いとは思う。武井君なんてスポーツ万能だろうから、戸村君の理屈で言えば武井君は女子からモテるだろうな、と思う。

「あ、そういえば"王子"で思い出したけど、」

するとふと、笑いから戻ってきたらしい都築君が、ニヤニヤとした顔のまま僕の方を見た。え、なになに?もしかして僕の前世の話?

「滝沢、クラスの女子から"王子"ってあだ名付けられてるよ。知ってた?」

小学校時代に吹聴していた前世が王子という話がバレたのかと思ったが、そうでは無かったみたいだ。
しかし、今世でもまさか王子と呼ばれるとは...。

「え!?滝沢、王子って言われてんの!?確かに白馬に乗りそうな感じあるけど、っクソ〜!俺だって言われたい!!」
「いや、知らないけど...。」

戸村君のそのイメージは何なんだ。王子だからって白馬に乗るとは限らないぞ。むしろ僕の前世で白い馬はほとんど居なかった。

「まあ滝沢は実際イケメンだからな。それに日本人離れしてるし、そりゃあ王子って言われる訳よ。」
「そ、そう?どっちかっていうと武井君の方がモテそうじゃない?」

日本人離れ、という点で言ったら武井君もだ。それに運動神経抜群な上にいつも笑顔で優しくて人望もある。

「武井はなぁ〜、王子って柄じゃないけど、確かにモテそうだよな!」
「お、俺もモテたい〜!!!」

そんな話で騒いでいれば、やがて注文していたものがテーブルに運ばれてくる。
運ばれてきたものを見てみれば、肉を食べたいといった戸村君につられたのか、皆ステーキやらハンバーグなんかを頼んでいた。

「いただきまーす!」

さっきまで嘆いていたのが嘘のように、戸村君がいい笑顔でハンバーグに齧り付いている。その横で都築君がポテトをモグモグと口に放り込んでいる。武井君もいつの間にか頼んでいた唐揚げを食べている。
その様子を見ていればつられるようにお腹がすく。僕も早速食べようと、フォークとナイフで目の前のチキンステーキを一口サイズに切る。

やはり皆お腹が減っていのか、しばらくの間無言で食べ続けていた。それでもお腹にある程度貯まれば、また雑談の時間が始まる。

「滝沢は...、綺麗に食べるなぁ。」

都築君が少しびっくりした顔で、僕の食べる様子を見ている。右手でもったナイフで、静かにステーキを小さくカットし、左手のフォークでそれを口へと運ぶ。

「さすが王子...。」
「まあ、テーブルマナーは叩き込まれたからね...。」

戸村君の茶化すような一言に、少し気恥ずかしくなって弁解する。するとその答えにさらにびっくりしたのか、都築君も戸村君も目を丸くした。

「えっ、お前ん家ってやっぱり良いところ?お坊ちゃんなの?」

しまった。世間一般の男子高校生はテーブルマナーなど習わないらしい。僕も確かに今世ではまだテーブルマナーは親に教えられていない。これは前世での記憶だ。

「ぁ...いや、ごく普通の家だよ。」

いやテーブルマナーを叩き込むごく普通の家って何だ。ついこの間まで公立の中学校に通っていた子供は、普通はテーブルマナーなんてマスターしていない。

「えぇ〜!?ほんとか?それにしては食べ方が上流階級過ぎるっていうか...、」

戸村君も納得がいかないのか、さらに疑いを深くする。
するとそれを聞いていたはずの武井君が、少し大きめの声で僕に話しかけてきた。

「そういえば、滝沢は部活どうしたんだ?」
「...え、」

急な話題の方向転換に唖然とするも、正直先程の追求から逃れられるのなら有難かった。

「あ!そういえば聞いてなかったな!」
「この前部活行くって言ってたもんな、帰宅部じゃあないんだろ?」

するとさらに有難いことに、二人もそちらの話題に食い付いてくれたため、難を逃れることに成功した。
それならと、僕はこの前の見学期間ギリギリに見て決めた部活を三人に報告する。

「調理部に、した。」

そう調理部。あの時廊下に漂っていた良い匂いの正体は、調理部で作っていた焼き菓子だったようだ。

「「え、」」

三人が、口を開いたまま固まっていた。そんなに驚くようなことか?

「い、意外だな...。」

絞り出すように、武井君が呟く。いや、武井君は見学に着いてきてくれただろうに。
あの部活見学では、女子の群れの中に構わず突っ込んでいく僕に、居心地が悪いのか武井君は遠巻きで見守っていてくれた。確かに、調理部は僕達以外女子生徒しか居なかったし、お菓子を食べて帰ってきただけで、体験らしい体験はしていない。だから本当に僕が調理部に決めてしまうだなんて思わなかったのだろう。

「お、王子が調理部なんて、驚きだな。」
「え?女子狙いなの?お前」

モテることしか考えていない戸村君の言うことはさて置き、確かに、都築君の言う通りではあるかもしれない。
前世では一国の王子だった僕は、調理を自らする事はおろか、キッチンにすら入ったことは無いのだから。
でも、だからこそ、

「やったことない事に、挑戦してみたかっただけだよ。」

前世では全くと言っていい程に経験したことがない事を、今世ではやってみたいと思ったのだ。せっかく、この平和な世の中に産まれることが出来たのだから。