それからさらに1週間が経った。
友達作りは順調で、後ろの席の二人だけでなく他の人とも仲良くなった。それには、ほとんどと言っていいほど武井君がアシストしてくれたお陰でもあるのだが。
「武井〜!これってどうやるんだっけ!?」
「ん?それならこの前滝沢が…、」
「マジで!?ちょ、滝沢それどうやったの!?」
そんな調子で、僕から他の人に声をかけるまでもなく、武井君と居れば自然と人と関わることが出来るのだ。
「えっと、ここをこうして…、」
「うぉ!出来た!滝沢ありがとなー!」
「どういたしまして。」
武井君は人の話を聞くのが上手だ。そして人に話を振るのも、色んな人を巻き込んで話を盛り上げるのも。
「そういえば、あいつも同じ所で困ってなかったか?」
「武井よく覚えてるなぁ。そんじゃ俺が読んでくるわ。おーい!滝沢がこれ分かるってさー!」
「まじ?おれにも教えて!」
このようにして、僕は今までの人生で経験したことのない程に、人と関わることが出来ていた。今世ではもちろん、前世の分を考えてもだ。武井君様さまである。
顔だけ見て怖がっていたのが申し訳ない。武井君が隣の席で本当に良かった。
********
「滝沢はもう部活決めたか?」
「へ?」
放課後になって帰ろうとしていた矢先、武井君に呼び止められた。予想してなかった言葉に、間抜けな声を上げて武井君を見てしまった。
すると彼の手には一枚の紙。ヒラヒラと僕に見せてくれるのを凝視する。見覚えのある紙だ。確か...、
「部活動の加入申請書...。」
「そう。見学期間、今週までだろ?」
「あ〜、そうだっけ...。」
今日配られた申請書のことを、すっかり忘れていた。
確かに、ここ最近一年生への部活勧誘の動きが激しいのを感じていた。登下校時には先輩達がそれぞれの部活の看板を携えて一年生が通るのを待ち構えている。春の恒例行事のようだ。
「武井君は決まってるの?」
「オレは剣道部にした。」
参考までにと聞いてみれば、あっさりと答えが返ってくる。うん、夢で見た彼も剣を持っていたくらいだ。すごく似合う。
「うん、武井君っぽいわ。」
「まあ中学の時からやってるしな。」
中学から剣道部なのも正直納得だ。武井君は姿勢もいいし礼儀正しくもあるから、武道を習っているのに説得力がある。でも、せっかく背も高いし筋肉もありそうだから、バスケやバレーといったスポーツでも活躍出来そうだ。
「で、滝沢は?」
「う...、実は決まってなくて...。」
武井君の事を考えて現実逃避していたが、急に現実に引き戻れる。そう、僕はまだ部活を決められていないのだ。
「見学はどこか行ったのか?」
「それも行ってなくて...。」
中学の時は仲の良い友人なんて居なかったから、当然のように帰宅部だった。正直、また帰宅部でも良いかなと思っていたところなので、見学期間と言いつつまだどこも見学をしていない。正直、自分に合いそうな部活が分からないのだ。
「なら、一緒に行ってみないか?」
「えっ?」
すると武井君が思わぬ提案を提示した。まさか部活動見学に誘われるとは思ってなくて、どう答えるかよりも先に戸惑いが表に出る。
「武井君もう決まってるんでしょ?」
「決まってるが...、見学期間は今しかないからな。せっかくだから色々経験もしておきたいんだ。」
「な、なるほど...。」
武井君が僕に気を使って誘ってくれたのかと思ったが、武井君にもちゃんと利はあるらしい。見学に行ってみたい部活か...、改めて考えてみると悩むな...。と、予想外のお誘いに僕がすぐに答えを出せないでいると、武井君は固まった空気を察したのか、すっと身を引いた。
「あ、いや、興味ないならそれでいいんだ。」
そう言われて、確かに部活に興味無くもなくもないような...、そんな微妙な気持ちだったのが、武井君が一緒に着いてきてくれるのなら、それはそれで心強いんじゃないかと再度考え直す。
「そ、そんなことない...!」
話が無くなってしまう前に、慌てて否定をする。
正直、武井君が少し寂しそうな表情をしていただとか、気を使わせてしまっただとか、色々思うことがあっての否定だったが、こうなったら普通に部活動見学を楽しんでみようと腹を括った。
今までは部活動なんてしても、どうせ独りぼっちだっただろうし、楽しめる気もしなかったから興味が湧かなかったが、武井君が一緒に着いてきてくれるのなら、少しは楽しめるのではないかと、そう思えた。
「じゃあ、早速今から行ってみるか?」
「...!うん...!」
部活動見学は今週だけだ。それが終われば、色んな部活を経験するだなんて事は出来なくなってしまう。普段自分がやらないような事が、沢山できる。
(こんな経験、初めてだ。)
今しか出来ないことを、全力で楽しむ。それはこの世に産まれてから今までもそうだったが、もっと言えば前世を考えても、そんなことは初めてだった。
********
「滝沢!ボールそっち行ったぞー!」
「うん!」
武井君が蹴ったボールが僕の方へと向かってくる。
それに追いつくように僕は一生懸命に走る。とはいえ、今までまともに運動したこともなければ、体育の時間に活躍したこともない僕では、運動の得意な武井君に追いつける訳はなく。
「...はぁっ、はぁっ。」
「大丈夫か?滝沢。」
少し走ってはすぐにバテてしまう僕に、武井君は心配そうに様子を伺ってくる。しまったな、足を引っ張るつもりも迷惑をかけるつもりも無かったのに。
「ひ、久しぶりにこんなに全力で走ったかも...。」
「ちょっと休んだ方がいい。」
この数日間で、武井君と一緒にバスケ部やバレー部、テニス部に今居るサッカー部など、様々な部活に顔出した。最初は見学だけかと思っていれば、実際に体験をさせてくれる部活がほとんどで、僕達は体操着に着替えて各部活を巡った。
もちろん、武井君が入ろうとしている剣道部にもお邪魔させてもらった。さすがに何の持ち合わせもない僕は見学だけにさせてもらったけど、既に自分の竹刀や防具を持ち込んで置かせて貰っているという武井君は、実際に僕の目の前で着替えて見せてくれた。剣道部の先輩とも既に面識があるのか、先輩達と一緒に練習の仕方も教えてくれた。二人で見学...というより、武井君は既に部員といった感じだった。
そんな感じで運動部を中心に巡ってみたが、どうやら僕に運動のセンスは無いらしく、どの部活もついていくのがやっとで、楽しむという域には辿り着けなかった。
一方で、武井君はやはりそもそもの運動神経が良いようで、どの部活でもそれなりに楽しくやれそうだった。
(こ、これも前世の影響か...?)
ベンチの隣に座る武井君を見る。屋内で過ごしてばかりだった王子の僕と、騎士だった武井君。同じベンチに座っているだなんて、前世のことを考えると何だか不思議な感じだ。
肩にかけたタオルで、首筋を伝う汗を拭う。夏ほど暑くは無くても、春の暖かい陽気の中で走り回れば汗をかく。先程自販機で買ってきたばかりの冷たいスポーツドリンクを飲んで、何となくもう一度武井君の方を見た。
(傷...。)
武井君も汗をかいたようで、タオルで額から流れ落ちる汗を吹いている。癖のある前髪が崩れて、普段隠れている方の左額が露わになる。
そこには、この前も見た傷が確かにあった。僕を殺した彼と全く同じ場所にある、全く同じ傷。
彼は騎士だったから、その傷はきっと戦いで負った傷なのだろう。しかし今世の武井君は騎士ではない。
「武井君さ、そのおでこの傷、どうしたの。」
「ああ、これか?」
武井君が左の人差し指でトントンと額の傷を叩く。それに頷きで返す。デリカシーなんて言葉はこの際気にしない。気になってしまったものは仕方がない。
すると武井君は何でもないかのようにするりと答えを教えてくれた。
「昔ガラスの破片で切ってな。」
「事故か何か?」
「いや、転んだ所にちょうどガラスが落ちてたんだ。」
髪や眼と同じような先天的なものではなかったようだ。それに、理由も大した事はない原因に肩透かしを喰らう。この平和な日本で刃物による傷だったらそれもびっくりだけれど。
それでも、理由は全く違うのに同じ傷になるとは、前世の因果か、運命のイタズラというやつだろうか。
「...隠してたりする?」
そういえば、傷まで前世と同じなのに、髪の分け目は前世と違うことに気が付いた。
「隠すって程では無いが...、まあ、あまり人に見られないようにはしてるかな。」
「何で?」
前世では思いっきり傷が目立っていた分、何故今更そんなことを気にするのだろうかと、疑問に思う。あれはあれで、何だか強そうな感じがした。
「...怖いとかって思わないか?」
「......、」
思わぬことを口にした武井君に、僕は口を閉ざした。騎士として無表情に剣を握っていた彼が、絶対に言いそうにない一言に唖然とする。
武井君のことは、怖いか怖くないかで言われたら、やっぱり少し怖い。でもそれは、前世で自分を殺した人に傷の場所までそっくりだから、顔を見る度に殺された時のことを思い出して怖くなる、というものだ。
今の武井君の傷自体が怖いかと言われれば、そういう訳ではない。転んだだけという、何でもないような理由を聞いてしまえば、尚更だ。
「別に、怖くはないよ。」
「...そうか。」
傷をじっと見つめてそう呟けば、武井君は少しだけはにかんで、タオルを口元へと持っていった。
*********
それから、せっかくだからと武井君は文化部への見学も一緒に着いてきてくれた。
吹奏楽部に、美術部、化学部、新聞部。
武井君は音楽や美術はあまり得意ではない様子で。興味を引かれるというよりは、凄いな、なんて他人事のように遠巻きに関心を寄せるだけだった。化学部にはいくらか興味がありそうだったが、部員が興奮したように化学式という呪文を唱えだした時点で、武井君の意識が宇宙に飛んで行ってしまいそうになっていた。新聞部もそうだ。最初は良かったものの実際に作られた新聞の文字があまりにも細すぎて武井君の顔から笑顔が消えていた。
まあ武井君は根っからの運動派だったというオチだ。文化部の見学にまで着いてきてくれただけでも有難い。一方で着いてきてもらった立場の僕だが、残念ながら見学に行った部活でピンと来るものはなかった。
どうしても、前世の感覚がチラついてしまうのだ。
前世では、王位から程遠いとはいえ、王族としてあらゆる学問や芸術を叩き込まれたものだ。音楽や美術はもちろんのこと、化学...前世では錬金術という名前ではあったが似たようなもので、それらのことを思い出してしまうし、外交や書類作成といった仕事もこなしていた僕は、新聞部のそれにも前世がチラつく。
(どうせなら、前世ではやった事がないことがしたい...。)
そう思うのは贅沢な事だろうか。けど、高校生活という新しい舞台を得た僕は、さらに新しいことをしてみたいという欲でいっぱいだった。
けれども、結局見学の最終日まで興味を引かれる部活は見つからず。
「まあ部活じゃくても、同好会なんてのもあるみたいだし。なんなら今から部活を立ち上げるのだって...、」
武井君も、僕がどの部活にも良い反応を示していないことを察したのだろう、僕を慰めるかのように他の案を並べてくれる。
部活を新しく立ち上げる...と言っても、やりたいことが見つからないので、立ち上げるものすらもない。
放課後で人の少なくなった廊下を、今までに見学した部活を思い出しながら何となく歩く。
そうこうしている内に、あまり来たことのない校舎の方にまで来てしまって、ちょっとだけ迷子になりかけたその時だった。
(ん?何だこの匂い...?)
学校ではあまり嗅いだことのない匂いが漂っている。ふらりと匂いのする方へと向かえば、初めて見る教室がある。部屋の中は、沢山の女子生徒達で溢れていた。
「ねえ武井君、最後にここだけ見てもいい?」
「?...いいが、ここは...、」
武井君が教室の入口の上を見上げている。
僕はそれに構わずに教室の扉を開けて、わいわいと盛り上がっている女子生徒達に見学の申し入れをした。
友達作りは順調で、後ろの席の二人だけでなく他の人とも仲良くなった。それには、ほとんどと言っていいほど武井君がアシストしてくれたお陰でもあるのだが。
「武井〜!これってどうやるんだっけ!?」
「ん?それならこの前滝沢が…、」
「マジで!?ちょ、滝沢それどうやったの!?」
そんな調子で、僕から他の人に声をかけるまでもなく、武井君と居れば自然と人と関わることが出来るのだ。
「えっと、ここをこうして…、」
「うぉ!出来た!滝沢ありがとなー!」
「どういたしまして。」
武井君は人の話を聞くのが上手だ。そして人に話を振るのも、色んな人を巻き込んで話を盛り上げるのも。
「そういえば、あいつも同じ所で困ってなかったか?」
「武井よく覚えてるなぁ。そんじゃ俺が読んでくるわ。おーい!滝沢がこれ分かるってさー!」
「まじ?おれにも教えて!」
このようにして、僕は今までの人生で経験したことのない程に、人と関わることが出来ていた。今世ではもちろん、前世の分を考えてもだ。武井君様さまである。
顔だけ見て怖がっていたのが申し訳ない。武井君が隣の席で本当に良かった。
********
「滝沢はもう部活決めたか?」
「へ?」
放課後になって帰ろうとしていた矢先、武井君に呼び止められた。予想してなかった言葉に、間抜けな声を上げて武井君を見てしまった。
すると彼の手には一枚の紙。ヒラヒラと僕に見せてくれるのを凝視する。見覚えのある紙だ。確か...、
「部活動の加入申請書...。」
「そう。見学期間、今週までだろ?」
「あ〜、そうだっけ...。」
今日配られた申請書のことを、すっかり忘れていた。
確かに、ここ最近一年生への部活勧誘の動きが激しいのを感じていた。登下校時には先輩達がそれぞれの部活の看板を携えて一年生が通るのを待ち構えている。春の恒例行事のようだ。
「武井君は決まってるの?」
「オレは剣道部にした。」
参考までにと聞いてみれば、あっさりと答えが返ってくる。うん、夢で見た彼も剣を持っていたくらいだ。すごく似合う。
「うん、武井君っぽいわ。」
「まあ中学の時からやってるしな。」
中学から剣道部なのも正直納得だ。武井君は姿勢もいいし礼儀正しくもあるから、武道を習っているのに説得力がある。でも、せっかく背も高いし筋肉もありそうだから、バスケやバレーといったスポーツでも活躍出来そうだ。
「で、滝沢は?」
「う...、実は決まってなくて...。」
武井君の事を考えて現実逃避していたが、急に現実に引き戻れる。そう、僕はまだ部活を決められていないのだ。
「見学はどこか行ったのか?」
「それも行ってなくて...。」
中学の時は仲の良い友人なんて居なかったから、当然のように帰宅部だった。正直、また帰宅部でも良いかなと思っていたところなので、見学期間と言いつつまだどこも見学をしていない。正直、自分に合いそうな部活が分からないのだ。
「なら、一緒に行ってみないか?」
「えっ?」
すると武井君が思わぬ提案を提示した。まさか部活動見学に誘われるとは思ってなくて、どう答えるかよりも先に戸惑いが表に出る。
「武井君もう決まってるんでしょ?」
「決まってるが...、見学期間は今しかないからな。せっかくだから色々経験もしておきたいんだ。」
「な、なるほど...。」
武井君が僕に気を使って誘ってくれたのかと思ったが、武井君にもちゃんと利はあるらしい。見学に行ってみたい部活か...、改めて考えてみると悩むな...。と、予想外のお誘いに僕がすぐに答えを出せないでいると、武井君は固まった空気を察したのか、すっと身を引いた。
「あ、いや、興味ないならそれでいいんだ。」
そう言われて、確かに部活に興味無くもなくもないような...、そんな微妙な気持ちだったのが、武井君が一緒に着いてきてくれるのなら、それはそれで心強いんじゃないかと再度考え直す。
「そ、そんなことない...!」
話が無くなってしまう前に、慌てて否定をする。
正直、武井君が少し寂しそうな表情をしていただとか、気を使わせてしまっただとか、色々思うことがあっての否定だったが、こうなったら普通に部活動見学を楽しんでみようと腹を括った。
今までは部活動なんてしても、どうせ独りぼっちだっただろうし、楽しめる気もしなかったから興味が湧かなかったが、武井君が一緒に着いてきてくれるのなら、少しは楽しめるのではないかと、そう思えた。
「じゃあ、早速今から行ってみるか?」
「...!うん...!」
部活動見学は今週だけだ。それが終われば、色んな部活を経験するだなんて事は出来なくなってしまう。普段自分がやらないような事が、沢山できる。
(こんな経験、初めてだ。)
今しか出来ないことを、全力で楽しむ。それはこの世に産まれてから今までもそうだったが、もっと言えば前世を考えても、そんなことは初めてだった。
********
「滝沢!ボールそっち行ったぞー!」
「うん!」
武井君が蹴ったボールが僕の方へと向かってくる。
それに追いつくように僕は一生懸命に走る。とはいえ、今までまともに運動したこともなければ、体育の時間に活躍したこともない僕では、運動の得意な武井君に追いつける訳はなく。
「...はぁっ、はぁっ。」
「大丈夫か?滝沢。」
少し走ってはすぐにバテてしまう僕に、武井君は心配そうに様子を伺ってくる。しまったな、足を引っ張るつもりも迷惑をかけるつもりも無かったのに。
「ひ、久しぶりにこんなに全力で走ったかも...。」
「ちょっと休んだ方がいい。」
この数日間で、武井君と一緒にバスケ部やバレー部、テニス部に今居るサッカー部など、様々な部活に顔出した。最初は見学だけかと思っていれば、実際に体験をさせてくれる部活がほとんどで、僕達は体操着に着替えて各部活を巡った。
もちろん、武井君が入ろうとしている剣道部にもお邪魔させてもらった。さすがに何の持ち合わせもない僕は見学だけにさせてもらったけど、既に自分の竹刀や防具を持ち込んで置かせて貰っているという武井君は、実際に僕の目の前で着替えて見せてくれた。剣道部の先輩とも既に面識があるのか、先輩達と一緒に練習の仕方も教えてくれた。二人で見学...というより、武井君は既に部員といった感じだった。
そんな感じで運動部を中心に巡ってみたが、どうやら僕に運動のセンスは無いらしく、どの部活もついていくのがやっとで、楽しむという域には辿り着けなかった。
一方で、武井君はやはりそもそもの運動神経が良いようで、どの部活でもそれなりに楽しくやれそうだった。
(こ、これも前世の影響か...?)
ベンチの隣に座る武井君を見る。屋内で過ごしてばかりだった王子の僕と、騎士だった武井君。同じベンチに座っているだなんて、前世のことを考えると何だか不思議な感じだ。
肩にかけたタオルで、首筋を伝う汗を拭う。夏ほど暑くは無くても、春の暖かい陽気の中で走り回れば汗をかく。先程自販機で買ってきたばかりの冷たいスポーツドリンクを飲んで、何となくもう一度武井君の方を見た。
(傷...。)
武井君も汗をかいたようで、タオルで額から流れ落ちる汗を吹いている。癖のある前髪が崩れて、普段隠れている方の左額が露わになる。
そこには、この前も見た傷が確かにあった。僕を殺した彼と全く同じ場所にある、全く同じ傷。
彼は騎士だったから、その傷はきっと戦いで負った傷なのだろう。しかし今世の武井君は騎士ではない。
「武井君さ、そのおでこの傷、どうしたの。」
「ああ、これか?」
武井君が左の人差し指でトントンと額の傷を叩く。それに頷きで返す。デリカシーなんて言葉はこの際気にしない。気になってしまったものは仕方がない。
すると武井君は何でもないかのようにするりと答えを教えてくれた。
「昔ガラスの破片で切ってな。」
「事故か何か?」
「いや、転んだ所にちょうどガラスが落ちてたんだ。」
髪や眼と同じような先天的なものではなかったようだ。それに、理由も大した事はない原因に肩透かしを喰らう。この平和な日本で刃物による傷だったらそれもびっくりだけれど。
それでも、理由は全く違うのに同じ傷になるとは、前世の因果か、運命のイタズラというやつだろうか。
「...隠してたりする?」
そういえば、傷まで前世と同じなのに、髪の分け目は前世と違うことに気が付いた。
「隠すって程では無いが...、まあ、あまり人に見られないようにはしてるかな。」
「何で?」
前世では思いっきり傷が目立っていた分、何故今更そんなことを気にするのだろうかと、疑問に思う。あれはあれで、何だか強そうな感じがした。
「...怖いとかって思わないか?」
「......、」
思わぬことを口にした武井君に、僕は口を閉ざした。騎士として無表情に剣を握っていた彼が、絶対に言いそうにない一言に唖然とする。
武井君のことは、怖いか怖くないかで言われたら、やっぱり少し怖い。でもそれは、前世で自分を殺した人に傷の場所までそっくりだから、顔を見る度に殺された時のことを思い出して怖くなる、というものだ。
今の武井君の傷自体が怖いかと言われれば、そういう訳ではない。転んだだけという、何でもないような理由を聞いてしまえば、尚更だ。
「別に、怖くはないよ。」
「...そうか。」
傷をじっと見つめてそう呟けば、武井君は少しだけはにかんで、タオルを口元へと持っていった。
*********
それから、せっかくだからと武井君は文化部への見学も一緒に着いてきてくれた。
吹奏楽部に、美術部、化学部、新聞部。
武井君は音楽や美術はあまり得意ではない様子で。興味を引かれるというよりは、凄いな、なんて他人事のように遠巻きに関心を寄せるだけだった。化学部にはいくらか興味がありそうだったが、部員が興奮したように化学式という呪文を唱えだした時点で、武井君の意識が宇宙に飛んで行ってしまいそうになっていた。新聞部もそうだ。最初は良かったものの実際に作られた新聞の文字があまりにも細すぎて武井君の顔から笑顔が消えていた。
まあ武井君は根っからの運動派だったというオチだ。文化部の見学にまで着いてきてくれただけでも有難い。一方で着いてきてもらった立場の僕だが、残念ながら見学に行った部活でピンと来るものはなかった。
どうしても、前世の感覚がチラついてしまうのだ。
前世では、王位から程遠いとはいえ、王族としてあらゆる学問や芸術を叩き込まれたものだ。音楽や美術はもちろんのこと、化学...前世では錬金術という名前ではあったが似たようなもので、それらのことを思い出してしまうし、外交や書類作成といった仕事もこなしていた僕は、新聞部のそれにも前世がチラつく。
(どうせなら、前世ではやった事がないことがしたい...。)
そう思うのは贅沢な事だろうか。けど、高校生活という新しい舞台を得た僕は、さらに新しいことをしてみたいという欲でいっぱいだった。
けれども、結局見学の最終日まで興味を引かれる部活は見つからず。
「まあ部活じゃくても、同好会なんてのもあるみたいだし。なんなら今から部活を立ち上げるのだって...、」
武井君も、僕がどの部活にも良い反応を示していないことを察したのだろう、僕を慰めるかのように他の案を並べてくれる。
部活を新しく立ち上げる...と言っても、やりたいことが見つからないので、立ち上げるものすらもない。
放課後で人の少なくなった廊下を、今までに見学した部活を思い出しながら何となく歩く。
そうこうしている内に、あまり来たことのない校舎の方にまで来てしまって、ちょっとだけ迷子になりかけたその時だった。
(ん?何だこの匂い...?)
学校ではあまり嗅いだことのない匂いが漂っている。ふらりと匂いのする方へと向かえば、初めて見る教室がある。部屋の中は、沢山の女子生徒達で溢れていた。
「ねえ武井君、最後にここだけ見てもいい?」
「?...いいが、ここは...、」
武井君が教室の入口の上を見上げている。
僕はそれに構わずに教室の扉を開けて、わいわいと盛り上がっている女子生徒達に見学の申し入れをした。
