隣の席の武井君は前世で僕を殺した奴に似ている

前世で僕を殺した奴に、隣の席になった武井君の顔がそっくりだった。

(武井君が、僕を殺した...?)

でも、だとしても、あんなに良い人が僕を殺すだなんて。
昼間のあの笑顔と、夢で見た冷淡な顔は全く違うものだった。
しかしあの眼は、あの色はあまりにもそっくりで。

僕はもう一度、写真を拡大して武井君の顔を確認する。

僕を殺した奴には、確か左側の目の上辺りに傷があった。癖のある黒髪の左を分け目にした額に、その傷はよく目立った。

しかし武井君は違った。武井君の額に傷はない。なんだ、似てるだけで違うじゃないか。とほっとしたのも束の間、武井君の写真を見てある事に気が付く。

(髪の分け目が右だ...。)

つまり、僕を殺した奴と同じ左の目の上に傷があるかどうかが分からなかった。

(違う、似てるだけ...、似てるだけだ...!)

武井君が前世で僕を殺した犯人だという確証は無い。
でも、それにしてはあの珍しいまでの青い瞳が重なりすぎて、あらぬ疑いに脈が速くなる。

もやもやとした気分のまま、時計を確認する。まだ起きるには随分と早い時間。でもこんな状態で寝ることは出来なくて、結局前世の記憶を無理やりに辿りながら、自分を殺した人物に繋がる手がかりはないかと考え続けて時間を潰した。



********



教室の扉を開けると、僕が一番乗りであることが分かった。

寝ることも出来ず、もやもやと考え続けることも嫌になったので、早起きして本来家を出ようとした時間よりも早く家を出た。

席に着いて、誰もいない隣の席を見る。
昨日挨拶された時の、あの笑顔を思い返す。
やっぱり、僕を殺した奴とは違う。似ているだけだ、忘れろ、と心の中で何度も自分に言い聞かせる。

そうしてうんうん唸っていると、教室の扉がガラリと開いた。

「お、早いな。」

その声は今丁度考えていた人のもので。

「武井君...。」

昨日と変わらない、爽やかな笑顔でこちらを見ている。
そのまま彼は隣の席へと歩んで来て、椅子に腰掛けて僕を見る。

「おはよう、滝沢。」
「お、おはよう...。」

武井君の顔が上手く見れない。どうやって関わればいいのか、分からない。
しかし、そんな僕を他所に武井君は優しい声で話しかけてくれる。

「...?どうしたんだ?具合悪いのか?」
「ちょっと、寝不足で...、」

本当のことを言っても理解してもらえるはずはないから、適当に誤魔化して返す。ちらりと彼の顔を見るが、額に傷があるかは確認できない。

「そうか、まだ早いから今なら寝てても良いんじゃないか?」
「うん、そうだね...、そうするよ。」

これ幸いと、武井君の顔を見ないように机に突っ伏して寝るふりをした。どうしよう。違うと分かっているのに、武井君の顔を見るのが怖い。このままじゃ不味い。

そうだ、別の可能性を考えよう。
夢で見たの彼の顔は、前世の記憶そのものではなく、昨日印象に残った武井君の顔がたまたま夢として出てきてしまったというものだ。
それなら納得がいく。前世の記憶とはいえ、夢は夢だ。昼間の記憶と混ざってしまっている可能性がある。彼の印象的な青い瞳が記憶に残ってしまったんだ。
そういうことにしよう。

そう思えば、少しは怖くなくなって。印象的だったから夢に出ちゃっただけなんだなって、軽く考えることが出来た。

そうして顔を上げた頃には、他のクラスの人も教室に入ってきていて、そうこうしている内に戸村君と都築君も登校してきて、昨日のように騒がしくなった。二人に挨拶する僕の顔色が先程より少しマシになったのを見て、武井君は安心したように微笑んでいた。



********



今日は昨日に引き続き、学校や授業のことに関する色々なことのオリエンテーションなんかがメインに行われた。

休み時間の度に三人と話していれば、中学の時のような独りぼっち感が無くて、心地よかった。もう大丈夫、武井君の顔は見れるようになっていた。

「武井って、めっちゃ眼ぇ綺麗だよなー。いいなぁ。」

なんていう戸村君の呟きに、身体がギクリと固まる。

「ひょっとして外国の血入ってる?」

都築君が武井君に聞く。なんだか、よく聞く台詞だ。

「いや、両親共に純日本人だよ。突然変異かも。」

さらりとそう返す武井君に、僕は親近感が湧く。
武井君も日本人離れした容姿だが、僕と同じく純日本人なようだ。しかしながら、やはり容姿には前世からの因果がありそうだと思っているが、それでいうとやはり武井君の前世が僕を殺した奴である説が濃厚になってしまう。

「滝沢も髪の色綺麗だよね。」
「僕も突然変異みたいなもんだよ。」
「いいなー!カッコイイよな!」

都築君も戸村君も僕の髪色を褒めてくれる。近付き難いって思われてなくて本当に良かった。

そうやって話して過ごしていると、気付けば教室行われるオリエンテーションは全部終わったみたいで、次は体育館に移動することになった。



移動教室の時に、友達と一緒に移動するのは初めての事だった。中学の時はいつも独りだったから。でも、それも慣れてしまったから今更気にする事もなかったけど、やっぱり誰かと一緒に過ごすっていうのは何だか気分が良かった。

他愛もない話をなんとなく続けながら、体育館へと移動する。校舎を出て、昨日も歩いた外の渡り廊下へと出れば、暖かい風が吹いて何処からか風に乗ってきた桜の花びらが舞い落ちる。

「うわっ。」

隣を歩く武井くんが声をあげる。ぱっと武井君の方を見ると、ぶわりと吹き込んだ風が直撃していて、彼の黒髪を大きく揺らした。

「......!!!」

その瞬間見えたのは、彼の左の額に見えた傷。
夢の中の男と全く同じ場所にある、同じ傷跡。

ザシュッッッ、

殺されたあの瞬間が蘇えって、聞こえるはずも無い斬撃音が耳の奥に響いた。武井君と夢の中の男とが重なる。

ヒュ、と喉が鳴って、息が止まりかけた。



********



その夜、また夢を見た。
連続で前世の記憶を思い出すなんて、小さい頃以来かもしれない。

夢の記憶の中で、また武井君に似た男と出会った。
しかし今度は殺された時のあの状況ではないようで、僕の部屋ではなく、もっと広い空間で大広間のような場所だ。

彼はフード付きのローブではなく、騎士のような格好をしていた。彼は無表情に立っている。
彼に向かって僕が何かを話しかける。しかし彼の表情は変わることなく、ずっと無表情で。いや、仏頂面と言った方が合っているのかもしれない。とにかく、武井くんとは似ても似つかないような怖い顔だった。

今回の夢はそこで終わった。飛び起きることはなく、気付けば朝だった。

(またあの男だ。やっぱり、左の額に傷があった。)

昨日は、武井君の顔が印象的だったから夢に出てきただだけだろうと片付けたが、夢の中の人物にしか無いと思っていた傷跡が武井君にもあった事から、その説は見事に崩れていった。
だって、武井君の傷の存在を知らなかった僕の夢には、傷のない右の分け目の武井君しか出てこないはずだ。それなのに、夢に出てくる男は左を分け目にした傷のある男だ。武井君とは違う。ただの似ている人だ。そう思っていたのに、武井君の額には男と同じ傷があった。

これではもう、前世で僕を殺したあの男は、武井くんだったということを証明しているようなものだった。

仮に僕を殺した奴が、本当に武井君の前世だったとして。何の運命の悪戯で、僕達はまた巡り会ってしまったのか。そこには理由があるのだろうか。
そもそもとして、

(どうして武井君は、僕を殺したのだろう。)

どうしても思い出すことの出来ないその疑問が、頭の中でぐるぐると巡る。

見た目から推測するに武井君は騎士だったようだ。
今回の夢は殺された日の記憶とは違う。ならば武井くんとはあの日よりも前から関わりがあったはずだ。
王子の僕と騎士の武井君なら、確かに関わりがあってもおかしくはない。ただ、それが僕を殺す理由にはなり得ない。

記憶の中の武井君はずっと無表情だ。
何を考えているのか全くわからなかった。



********



武井君が怖い。
でも、笑顔で話しかけてくれる彼を無碍にすることは出来ない。だって、僕が一方的に過去の記憶で怖がっているだけで、今の武井君には何の非も無いのだ。そう思う。

だけど、その笑顔は実は作り物で、本当は今世でも僕の命を狙って近付いて来たなんていう、ありもしない想像が頭の中を過ぎる。

僕はまた殺されるのか。何か悪いことをしたのだろうか。武井君は何が目的で僕に話しかけるのだろう。

入学式の日から既に1週間は経つのだが、ずっとそんな思いで過ごしてきた。戸村君と都築君というムードメーカーがいるお陰で会話には困らないのだが、武井君の優しい笑顔とどう向き合っていいか分からなくて、内心はずっと戦々恐々としていた。この1週間の間にもう何度武井君に殺される夢を見た事か。

その日も武井君は休み時間に僕に話しかけてきた。
残念ながら今は戸村君と都築君は教室にはいない。変わらない優しい笑顔で、穏やかに武井君は先程の授業のことについて話をする。

「中学の時よりも一気に覚えることが増えたよな。オレ、暗記科目苦手でさ。滝沢はそういうの得意か?」
「得意って程ではないけど...、」

どうしよう。顔はまともに見れないし、どう話を続けていいかも分からない。そもそも彼は別に前世の事を言っている訳ではない。それなのに、自分が前世について繋がりそうな事を言ってしまいそうで、それが何だか無性に怖い。僕に前世の記憶があると知ったらどうするんだろうか。生かしてはおけない、とまた僕を殺すのだろうか。

「お!武井、久しぶり〜!」

そんなことを考えていると、ちょうど武井君が知らない人から呼ばれた。

「おお、久しぶりだな。Aクラスに居るんだっけか。」
「そうそう!Aクラス、俺以外にも居てさ〜」

どうやら武井君の知り合いのようだ。僕に向ける笑顔と全く変わらない笑みで応えている。僕が武井君の顔をぼんやりと見つめていると、それに気付いたのか武井君は話を切り上げて僕に向き直った。

「ああすまんな滝沢、こいつ同じ中学校の奴でさ。」
「あ、話し中だった?急にごめんね?」
「いや、全然大丈夫!」

そう言うと気を使ったのか、僕を交えて話が進んだ。しかしやっぱり中学の頃の共通話題は話しやすいらしく、所々で出てくる武井君の中学時代の話に、僕はへぇ、と相槌を打つことしか出来ない。とはいえ、話はちゃんと聞いていた。情報の収穫もあった。

どうやら武井君の人の良さそうな態度と笑顔は中学の時から変わっていないようだ。これは友達も相当多かったに違いない、と思う。その推測を裏付けるように、武井君と話す彼は僕に向かってこう言った。

「こいつめっちゃ良い奴だからさ、仲良くしてやってよ!」

友人からの評価はとても高いようだ。ますます僕を殺した武井君とは違う人物のように思えてくる。あの仏頂面が、どうやったらこんな好青年に生まれ変わるのだろうか。

やっぱり勘違いなのかもしれない。本当にたまたま顔が良く似ていて傷も同じ場所にあるだけの他人。
仮にもし何か繋がりがあったとしても、前世は前世。今を生きている武井君には最早何も関係ないのだ。
警戒するだけ無駄なのかもしれない。そう割り切って考えた方が僕も楽になる。

「隣の席だからね。こちらこそ頼むよ。」

そう返せば、武井君は少しだけぽかんとこちらを見た後、またいつもの調子で優しい笑顔で微笑むのだった。

「もちろんだ!」