隣の席の武井君は前世で僕を殺した奴に似ている

学園祭一週間前になった。

大道具や小道具はある程度出来てきており、教室の隅には背景を描いたパネルが立てかけられている。100円均一ショップやホームセンターで買ってきた材料を元に作られた、武器などの小道具も置かれている。
衣装は、手芸部の部員や有志の女子生徒達が、家に持ち帰ってまで作っているらしい。

僕もやるべき事はやっている。
とりあえず、自分に割り当てられた台詞は覚えることができた。演技の程は知らないが、女王ということなので、前世での父上や母上の言動なんかを参考とした。
あとは実際に、他の役柄の人との掛け合いや位置確認をしていくという段階に入っている。
休み時間や放課後、学園祭準備のために割り当てられた時間を使って練習を積み重ねていく。



放課後になってすぐ、武井君がクラスの女子生徒達に呼ばれて教室を出た。武井君の他にも、複数の男子生徒が呼ばれていた。

それを横目に、僕は勇者パーティ役の生徒達と台詞の読み合わせをする。動きの流れさえ出来てしまえば、あとは細かい部分の調整だ。何度も同じシーンを繰り返し読み合わせ、舞台のワンシーンを完成させていく。

「お!完成したのか!」
「すげぇ!ちゃんとそれっぽい!」

しばらくすると、この前から引き続いて小道具などの制作をしていた戸村君や都築君達が、盛り上がった声を上げた。
一緒に練習していた勇者役の生徒も、おお!と感嘆の声を上げていたから、何があったのかと彼らの目線の先を辿った。

そこには、先程教室を出ていった武井君達がいた。
演劇用の衣装を着て。

「オレ達のだけ、先に完成したらしくてな。試着ってことで着てみたんだ。」

ファンタジー風の、スタイリッシュな衣装に身を包んだ武井君。僕が知っているような、甲冑を装備した騎士とは少し違うが、学園祭で作るような衣装なのだから、布が多くなるのは当たり前だ。
けれど、小道具である剣を持てば、武井君の姿勢の良さとも相まって、それっぽく見えてしまう。騎士というより、近衛兵と言った方が近い気がするが。
他の騎士役の生徒も居たが、間違いなく武井君が一番似合っていた。

「やっぱそういうの似合うなー!武井!」

戸村君の言う通りだ。やはり武井君は剣を持っているのがよく似合う。やっぱり前世で有名だった───…、ん?

「これじゃあ、武井っていうより玲王って感じだな!」
「確かに!レオだな!」

都築君が茶化すように言う。
武井君の下の名前だ。確かに、日本の名前だが外国でも通用する名前だ。そうだな、よりそれっぽい名前にするなら…レオ──…、あれ?

「これは女子からレオ様って言われそうだなぁ。」
「キャー!レオ様!ステキー!」

揶揄っている都築君の声と、戸村君の裏声が遠くに聞こえた。
何かこう、頭の中で引っかかるものがある。滅多に聞かない武井君の下の名前を聞いたからだろうか。

「レ、レオ…?」

胸がざわざわする。武井君の笑顔を見た時に感じるそれとは別のざわつきだ。口にした武井君の下の名前。初めて呼ぶはずなのに、何故だか懐かしいような、聞き馴染みのあるような。
覚えが無いはずなのに、口が勝手に動いた。

「レオ…、ナルド、…シュナ…?」

そこまで口に出した瞬間、僕の頭の中は、情報の濁流に飲み込まれた。

目の前にいる武井君の顔が、前世の武井君と重なる。
僕に剣を振りかざした彼。どこかの大広間で会った彼。隣国の外交パーティで立っていた彼。

(…ああ、そっか、思い出した。)



********



大陸で名を馳せた一人の剣士がいた。

彼の名前はレオナルド・シュナイゼン。
隣国出身の剣士ではあったが、その強さから大陸全体にその名を知られた人物だった。

彼は元々、低い身分の生まれであった。
しかしその、並々ならぬ剣の腕で多くの戦いを生き抜き、不安定になり始めた大陸の情勢の中、あらゆる戦いで功績を上げていった。

最初はある地域での民衆同士での内戦で。それから、敵国との小競り合いの末に始まった紛争。その次は王国が暴徒を沈めるために雇った傭兵として。彼の腕を見込んだ隣国の王は、その剣士に身分を与えて重用した。

その実力から、それからも彼はどんどんと昇進をしていった。
やがてその名が、僕のいた国でも知られるようになる頃には、彼は隣国では英雄と呼ばれ、人々の希望の星となっていた。

そして大陸全体の情勢が変わってきた頃、彼は隣国の騎士団長にまで昇進した。

隣国に勇猛果敢な騎士がいる。ある時の僕は、自国の貴族からその話を聞いた。曰く、凄く腕が立つ剣士とのこと。
ついこの間成人を迎えたばかりの僕は、戦争を視野に入れていた父上から、各国の情報を調べるようにと言われていた。
戦争をする上で、強い戦士の情報は少しでも集めておくに限る。僕は人を使って彼のことを調べさせた。

それからしばらくして、隣国へ訪問する機会があった。
僕は噂の人物をこの目で見るべく、注意して隣国を尋ねた。隣国の王へと挨拶を済ませて来賓室へと向かう途中、彼のことを調べさせていた臣下が、僕にこそっと耳打ちをした。

──あれがシュナイゼン卿です。

王の傍に控えていた騎士団。その前列に噂の男はいた。
背は高いが、僕とそう変わらないような若さに、最初は信じられないようなものを見た気でいた。

しかし、その実力を目にする機会は、思ったよりも早くに来た。王国同士の親善試合が行われた際。
それぞれ自国の屈強な兵士を選出して剣による試合をしたが、結果は僕の国の惨敗だった。中盤で出てきたシュナイゼン卿が、その後は全てを勝ち抜いてしまったのだ。

鮮やかなまでの剣技に、その目を奪われる。まさに、大陸一と評していい程の剣の腕であった。
その親善試合は隣国の勝利となり、僕は祝いの品を送り、いつもの貼り付けた笑顔で隣国の勝利を祝ってやった。もちろん、帰国した後は、さらに彼への警戒を強めると共に。

臣下が持ってきた情報は、まだ騎士へとなる前の彼の素性だった。元は身分が低く、実力でその地位を得たと知れば、彼に対する意識が変わった。

それは羨望だった。
僕は王国の末王子。生まれた時から、その生きる意味は決まっている。それなのに彼は、生まれをひっくり返すようにして、自分でその未来を掴み取ったのだと、どこか羨ましい気持ちが募った。

それからも、彼の活躍は度々耳にした。
大陸全体があらゆる戦火に包まれ出すと、他国との戦いで彼は次々と勝利を収めた。その頃には、彼に対して尊敬にも近いような思いを抱いていた。

隣国との外交はその後もしばらく続いた。
騎士団長ともあれば、隣国の王族や宰相の近くに彼はいつもいて。外交担当の僕は、彼の姿を見ることもそれなりにあったが、彼はいつでも凛とした表情で、毅然とその場に控えていた。

僕はある時、好奇心のままに彼に話しかけてみることにした。
それは隣国の王族が、僕の国へと出向いた際の出来事だった。到着してすぐに大広間で簡易的なパーティが開かれた。そこに王子として参加していた僕は、パーティ会場の隅で控えている彼を見つけた。自国で行われるパーティでは、僕は外交担当という肩書きはなくなり、ただの脇役の末王子ということになる。
なんの憂いもなく彼に話しかけることのできるチャンスに、僕の胸は弾んだ。

「シュナイゼン卿、君はどうして剣を持ったんだい?」

大陸で一番の剣の腕を持つ騎士に、僕は一番聞いてみたかったことを率直に聞いてみた。

彼は僕の顔を見るなり、左胸に手を当てて静かに頭を下げた。

「…運命に、抗うため、です。」

静かに、けれども強い意志で、虎視眈々と何かを狙うように告げられた答えに、僕はそこで初めて、"憧れ"という感情を知った。

それから、ただただ道具のように使われる僕の人生に、一つの光が差し込んだ。"運命に抗う"そう教えてくれた彼は、確かにその生まれの運命に抗って栄光を掴んでいた。
僕にも、彼のような行き方が出来るだろうか。毅然と胸を張って、凛とした青空のような眼で未来を見据えるその姿は、僕の囚われた人生の中で、憧れという唯一の光になった。



********



「レオナルド・シュナイゼン...、」

懐かしい感情を呼び起こされて、憧れ続けたその名を口にする。その瞬間、僕達の周りだけ何故か喧騒が消えて。小さく言ったはずのその名前は、静まり返った教室によく響いた。

「お?俳優とかの名前か?」
「たしかにこいつ外国の俳優に見えるよな〜!」

僕が口にした聞き慣れないだろう名前に、呑気に俳優の名前みたいだと笑う周囲の生徒達。

その反応で僕は、口にしてはいけない事を言ったのだと、やっと気付いた。恐る恐る視線だけ武井君に向けてみれば、彼は信じられないものを見る目で、口を開けたまま固まっていた。

(──ヤバい、)

一瞬にして状況を悟った僕は、混乱のあまり火消しよりも逃げることを選択した。

「滝沢?」
「どうしたんだ?」
「な、なんでもない!」

この場から去れば、さっきの失言が無かったことにならないかと、そう愚かな願いも込めて、教室を出た。

「えっ、ちょ武井!?」
「お前までどうしたんだよ!」

けれどもやはり、そうも上手くはいかないようで。
後ろで聞こえてくる喧騒に、武井君が僕を追ってきたことを知る。



「滝沢!なぁ、待てよ!」

どこに逃げようかとは考えていなかったが、僕はただひたすらに校舎の廊下を走って、奥へ奥へと逃げ込んだ。

しかしながら、僕なんかの逃げ足に武井君が追い付かない訳はなくて。人気の無くなった階段を駆け上がろうとしたところで、その腕を掴まれた。

「…っ、さっきの名前...偶然出たとは言わせない…。」

僕の腕を掴む、武井君の手が熱い。
痛くは無い。それでも、僕を逃がす気は無いようだった。

「…どこまで、思い出した?」

その言葉に、武井君にも前世の記憶があるのだと悟った。
振り返って、僕の腕を掴んだままの武井君を見れば、彼は苦痛の表情を浮かべていた。

僕を殺した時と同じだった。

眉間の皺は深く、何かを耐えるかのように歯を食いしばって、僕を真っ直ぐに見ていた。僕だけ階段を少し上がったせいで、武井君が僕を見上げている。
僕の腕を掴むその手は、少しだけ震えていた。

(……!)

その瞬間、またあの殺される瞬間を思い出した。

周辺諸国の侵略に屈した自国は、その領土と資財を手放すことになった。当然、領土のない国に王族は要らない。
つまり、戦争に負けた瞬間に僕の運命は決まってしまった。

…──抗うことは、出来なかった。

憧れていた彼のように、自分の運命を捻じ曲げることは、終ぞ叶わなかった。
僕はもう、全てを諦めて。抵抗する気など1ミリも湧かないままに、断罪されるその時を待った。

それなのに、僕を処刑しに来た敵の軍を率いていたのは、思いもよらぬ人物で。
惨めにも崩壊した国に残る、無力で何の価値も無くなった僕の元へ来たのは、僕が憧れ続けた人物。レオナルド・シュナイゼン卿、その人だった。

そうか、僕の最期はこの人によって与えられるのか。
憧れの人に殺してもらえる。

──うん、それなら…、納得の出来る最期かもしれない。

心に湧き上がった前世の記憶と想い。
そうだ。僕は、なんの抵抗も出来ずに無惨に殺されたのではない。僕はその意思で、はっきりと、彼に自らの最期を委ねることにしたのだ。

僕が最期に彼にかけた言葉は、確か、そう。
思い出した。…全部、思い出した。

苦しげにこちらを見つめる彼に、僕は、あの時と同じように目を細めて、幸せな笑みを湛えたまま、あの時と同じ台詞を言った。

「…君になら、殺されても良い。…僕を殺して。シュナイゼン卿。」