隣の席の武井君は前世で僕を殺した奴に似ている


秋が深くなって、クラスのみんなともかなり打ち解けてきた頃。

「という訳で、C組の出し物は演劇でいこうと思います。」

クラス委員長が取り仕切るクラス内会議。
たった今行われた多数決により、来たる学園祭に向けてのC組での出し物が決まった所だった。

「今回はA組がお化け屋敷、B組はメイド喫茶、D組は焼きそば店で──…、」

極力別のクラスと被らないようにとのことで、早い者勝ちとなった出し物決め。人気どころの喫茶店はB組に取られてしまったので、それ以外で決めた。
色々な案は出たがうちのクラスでは演劇という意見が圧倒的多数を占めて当選した。殆どが女子生徒の票数なのだが、たまたまうちのクラスに演劇好きな女子が多かったのだろうか。

「では次。演劇の内容ですが、まずは希望のある人から挙手を。」
「はい!」
「はい!」

クラス会議は委員長によってどんどん進められていく。
僕としては特に希望はないので、やる気のある者達で決めていってくれるのは助かるところだ。
所属している調理部でも日持ちする焼き菓子を大量生産して売るようだ。そちらの店番のシフトと被らなければ、あとは何だって良かった。

「やっぱり、ここは王子が姫を助けるという王道ものが良いと思います!」
「いや、町娘が王子と恋に落ちる恋愛ものの方が良いと思います!」

しきりと意見を出し合う女子生徒達。男子生徒は欠伸をしたり落書きをしていたりと、興味無さげにしている人もちらほら。

「反対です!王子と姫が登場する物語は、誰が姫役になるかで暴動が起きるので避けた方が良いかと!」
「うっ…、」
「そ、それは…!」
「それなら、どうやってうちの看板役者を目立たせるつもりなんですか!?」

なんだか会議が白熱してきた。
看板役者なんて既に決まっているのか。どうせ配役など時間交代で色々な人がやるのだから、いちクラスの演劇に看板役者など立てる必要はないと思うが。

「王子ではなく、メインの悪役にするのはどうでしょう!」
「……!なるほど…!」
「それなら…!」

ある女子生徒の発案に、他の生徒が賛同する。どうやら方向性が決まりそうだ。

「いや、彼を悪役のボスにするんですか?…綺麗過ぎませんか!?」
「それもそうだ…。」
「悪役としての迫力に欠けるか…。」

と思えば、別の女子生徒から反対意見が出て、先程決まりかけた案が渋られる。彼って誰だ。さっき出し物が決まったばかりだと言うのに、もう配役まで決まっているのか。

「それなら、"悪の女王"としてならどうでしょうか!」
「なっ、女装だと…!?」
「それだーーー!!!」
「ふむ、ありだな…。」

よく分からないが物語の主軸は決まったらしい。
その後に、物語に入れたい要素などをまた話し合っていたが、ストーリーを考える事なんてした事はないので、それも他の生徒に任せていれば良いかと、僕は週末にまた約束した武井君との予定に思いを馳せることにした。

今回の予定は水族館だ。
海を気に入った僕に合わせてくれたのか、海の魚が泳いでいる所を見たくないか、と武井君が誘ってくれたのだ。
この地域でも有名な水族館だ。きっと見たことも無いような魚を見ることが出来るだろうし、ショーなどもやっている場所だ、一日中楽しむことが出来るだろう。

そんなことをつらつらと考えていれば、やがて会議の方は話は纏まったようで、黒板に沢山書かれた文字にいくつか丸が付けられていた。

「と、言う訳で『悪の女王滝沢君を倒すべく、勇者パーティが3人の姫を救った後に、変身した3人の姫が能力を使って勇者パーティに力を与え、民衆と一緒に女王を倒す』物語にしたいと思います。」
「…ん?っは????」
「「良いと思いまーす!」」

何故か聞こえてきた自分の名前に、意識が引き戻される。一瞬聞き間違いかと思って、周りの様子をキョロキョロと見回すが、男子生徒数名がニヤニヤと笑いながら僕を見ている。女子生徒達はにこにこと賛成するばかりで、次の役決めへと移ろうとしていた。

「うん、俺もそれでいいと思う!」
「楽しみだな!」
「な…、え???」

理解出来すに後ろを見れば、戸村君と都築君が笑いながら僕に話しかける。
やっぱり聞き間違いじゃなかった…!

「何で僕が女王ってもう決まってるんだ!」
「まあ、そりゃうちの看板役者って言ったら…、」
「なあ、"王子様"?」

僕はまだ良いなんて言ってない!とその場で委員長に掛け合うが、僕の意見に女子生徒達は耳も傾けない。しれっと役決めに移っている。

「え、僕の意見全無視…!?」
「俺はこの展開、演劇に決まった時点で分かってたけどな!」
「まあまあ、本当に嫌なら俺からも言ってやるからさ。」

なんという事だ。全ては仕組まれていたということか。
今のところ都築君だけが味方という訳だ。あ、でも武井君なら優しいから、きっと味方になってくれるだろう。

「武井君も…」

そう信じて振り返ってみれば、武井君は静かに挙手をしていた。

「はい。俺やるよ。」
「じゃあ女王の騎士役は武井君で決定。あ、でももう少し人数欲しいから──…」

笑顔で挙手を続ける武井君に、委員長が配役の決定を告げる。
え、何参加してんの??

「た、武井君…?」
「いやぁ、滝沢が女王役やるなら、せっかくだからオレも悪役側やろうかなって。」
「……。」

屈託の無いその笑みに、僕は何も言えなくなってしまう。
武井君の中でも、僕が女王役になったのは決定しているらしい。

「ん?やらないのか?」
「え、いや、えっと…、」

首を傾げつつ優しい笑顔でこちらに問いかける武井君。その笑顔を出されると、僕は何故だか心臓を鷲掴みにされたように、動けなくなってしまう。

待てよ、考えろ。
ここで僕がやる訳ないだろと一蹴することも出来る。むしろそうしたいのは山々なのだが、武井君が乗り気なのだ、ここで断ったら彼のやる気を無駄にしてしまう。もちろん武井君はそんな事では怒らないのは知っている。けれども武井君が楽しそうに騎士役を買って出たのだ。ここはどうするべきか。
とても不本意ではあるが、もし仮にやったとして。
僕が女王役。そして武井君が女王の騎士役。

(つまり武井君が、僕の騎士役…で…、)

前世では敵国の騎士だった武井君が、僕の騎士になる。
武井君はずっと自国の騎士だと思っていたのだが、この間見た夢でそれが間違いだったと判明したのだ。その時は何故か得も言われぬショックを覚えたのも確かだ。

それが、演劇とはいえ、擬似でもあの武井君が僕の騎士になりたいと手を挙げたのだ。
正直嬉しい。

「…や、やっぱり、やろうか、な…。」

蚊の鳴く声で言ったその言葉を、先程まで僕の批判に一切耳を傾けなかった委員長と女子生徒達はしっかりと聞いていたようで。

「よっしゃあ!!」
「ナイス武井君!!」
「良くやった!!」

お祭り騒ぎで盛り上がっている。
もういい。もういいや。

「え!?どういう心境の変化!?」
「やるのか!?本当に!?」

一瞬の掌返しに、僕よりも戸村君と都築君の方が動揺している。何も言えなくなってしまった僕に、武井君はまた悪戯っぽい笑みを浮かべて楽しそうに言った。

「んじゃ、決まりだな!」



********



そんなこんなで練習の日々が始まった。

渡された台本をまずは暗記する所から始める。
結局僕がやることになった悪の女王役は、思ったよりも出番の多い役どころのようで。

「えーっと、『ここは私の治める国…、』」

登場回数が多ければ、自然と台詞の量も多くなる。これを全部覚えた上で、それなりの演技と動きも覚えなくてはならない。学園祭まで1ヶ月程だが、果たして間に合うのだろうか。

僕以外のクラスメイトの様子を見る。
同じように台詞が多い勇者や姫などといったメインの役の生徒は、今の僕のように台本を読んで練習している。
反対にほとんど台詞がないような脇役の生徒は、今は衣装や小道具、大道具の制作に取り掛かっている。
戸村君と都築君は民衆役なので、今は大道具を作っているようだった。
騎士役の武井君も、動きはあるものの台詞はほとんど無いため、今は彼らと一緒に大道具の手伝いをしている。

「『私の邪魔をするな。私はこの世界を…、』」

僕もあちらに混ざりたい。
早いところ台詞を覚えて、僕も武井君達と大道具を作りたい。

「『お前達の、好きにはさせ…ない…、』」

だって、くだらない話をしながら作業する武井君たちは、実に楽しそうに笑いあっている。今が楽しいと、全力で楽しんでいる顔だ。

「『好きには…、』」

ゲームセンターに行った時も、部活動見学に行った時も。勉強会を開いた時だってそうだった。夏休みでの遊びはもちろん、二人で遊びに行った時にだって。
武井君は、いつでも"今"を全力で大切にする。どんなイベント事も、楽しそうに参加している。

「……。」

そんな彼の笑顔は、やっぱり見ていて飽きない。
いつものにこにこ笑顔も、僕に見せる優しい笑顔も、たまに見せる悪戯な笑顔も。
全部、

「……好きだなぁ…。」

ポツリと零れたその一言。
言った後に、しばらくしてから気が付いた。
今のは台詞じゃなかった。つまり、僕自身が発した言葉で。

「……っ、」

顔が熱くなる。僕は今、武井君に向かって"好き"と言ったのか。

幸いにも、小さく小さく呟かれたそれは、誰の耳にも入っていなかったようだ。武井君は、作業に集中している。

(…好き?…好き、かぁ…。うーん…、)

武井君のことは、人間として非常に好ましいとは思う。誰にでも優しくて親切で、思いやりもあって丁寧だ。そんな武井君を嫌う人間などいない。

同じ理由で言えば、戸村君や都築君だって好ましい。
戸村君はお調子者ものだが、素直で明るい彼は居るだけで場が良い雰囲気になる。
都築君だって、少し意地悪な部分もあるが、それでも根は優しいし常識人でもあるから頼りになる。

好きか嫌いかで言われれば、全員間違いなく好きではある。
けれども、武井君に向けるこの感情は、やはり他とは違う特別なもので。

この前思った、"憧れ"の感情が1番近いだろうか。
尊敬もあるが、それとは少し違う。羨望?…違う。感謝?それよりももっと何か。こう、胸の内が温かくなるのに苦しくもなるような。

(…好き、か。)

思いついた感情の名前の羅列に、先程口から零れ出たそれを並べてみる。
するとどうだろう、今までで一番しっくりくるような気がするではないか。

(…すき。…好き。……うん、好き、だな。)

何度も心の中で反芻して、自分の中の無名の感情と照らし合わせる。やがて馴染んだその言葉は、自覚してみれば何ていうことはなかった。

そうか。
僕はいつからか、武井君の事を好きになっていたようだ。