窓ガラスの向こうで、ピンクの花弁が舞うのが見える。薄く開いた窓の隙間から暖かな風が入り込む。少しだけ年季の入った窓枠は、それでも僕からすれば真新しく感じるものがある。
そう、今日から新しい生活が始まるのだ。そう思えば、少しだけ剥がれた壁紙も傷の入った勉強机も、チョークの粉で白く汚れた黒板も、全てがピカピカに輝いて見えた。
「オレの名前は武井玲王。これから一年、よろしくな。」
そう言って僕に向かって微笑んだ彼の笑顔は、周囲にも負けないくらいに明るく輝いていた。
********
滝沢琉生。それが僕の今世での名前だ。
ごく一般的な中流家庭に産まれ、家から近い公立の小中学校に通い、周りと同じように育ってきた僕だが、他とは大きく違う点もあった。
それは前世の記憶を持って産まれた、ということだ。
物心がついた時くらいに思い出したそれは、子供の妄想や夢というには、あまりにも詳細で臨場感と現実感があるもので。頭の中でルイス・クライシェンという名前が、確かな懐かしさを持って引き出されてしまえば、それが前世の記憶だという確信が僕の中に生まれた。
それ以降、記憶は夢やふとした時の既視感として、着実に僕の中で積み重なり、全てを思い出すことは出来ないものの、おおよそ自分がどういう人間で、どういう人生を歩んで来たのかは思い出すことが出来た。
とある王国の王子様。それが前世での僕の身分だ。
どこの国であるかは思い出せなかった。だがとても古い時代の話だ。きっと地図からも歴史の教科書からも消えてしまったような、そんな小さな国だったのだろう。
今の僕は一人っ子であるのだが、記憶の中では僕には兄弟が複数いた。つまり王子と言えど王位とは遠い立場であったようで、王族として豪奢な暮らしはしていたが、周りからの扱いはぞんざいな物であったのだ。
だからなのか。幼いながらに愛と承認欲求に飢えていた僕は、前世では王子様だったという記憶の話を親や周りに吹聴した。
当然ながら、前世の話などという訳の分からないことを言う僕に、同じ年頃の周り子供達は困惑した様子だった。中には褒めてくれる子もいたが、何度もその話をしている内に面倒に思ったのか、やがて僕に近寄らなくなってしまった。
親も最初は、子供の言う事だからと僕の求めていた反応を返しては、甘やかすようにその話に付き合ってくれていたが、成長しても同じような事を言う我が子に、そろそろ呆れが来たのか否定はせずとも流されるようになってしまった。
また記憶があったせいで、僕は年齢よりもずっと大人びた感性を持ってしまっていたが故に、その弊害もあった。落書きをしたり追いかけっこをして遊ぶ同級生達を見て、子供だな、なんて思ってしまい、同じ輪に入ることをしなかった。周りが楽しいと思う事を、一緒に楽しむことは出来なくて。誰かと遊ぶより、僕は本を読んで過ごすことを選んでしまった。
小学校の高学年になる頃に、そのせいですっかり友達が皆逃げてしまったとようやく気付いたが、後の祭りだった。
そして、家から近い小学校にいた頃にそれをやってしまったために、同じく家から近い中学校に入ったとしても、周りは同じ小学校の出身ばかりで、周りからは変わらず変人扱い。中学校でも友達を作ることは叶わなかった。
しかしこの春、僕はとうとう高校生になるのだ。
小中学校は家から近い場所であったが、高校は家から遠いところを選んだ。つまりは知り合いはほとんど居ないのだ。前世の記憶を吹聴して回るという僕の黒歴史を知る人間は居ない。よって変人扱いされることもない。
そう、ようやく僕は新しいスタートを切ることができるのだ。
もう、ルイス・クライシェンとしての記憶は封印し、今度こそ滝沢琉生という平凡な日本の高校生としての生活を送ってやる。
新しい生活で新しい友達を作って、滝沢琉生として今世を楽しく生きる。それが今の目標だ。その希望を胸に、僕は高校への入学を今か今かと待ち望んだ。
そして待望の入学式当日。
中学校の時とは比べ物にならない程の新入生の数。
当たり前だ、各町内に1つずつあるような勢いの小中学校より、高校の数は少ない。歩いて通学する生徒も居れば、自分のように遠くから電車で来るような生徒もいる。
その圧倒的な人数に飲み込まれそうになるも、これだけ人が集まれば、自分と気の合いそうな人間もすぐ見つかるだろうと僕は心を弾ませた。
ずらりと体育館に並べられた座席に、新入生が並んで座る。後ろから見れば、視界は黒い頭でいっぱいだ。その光景に僕は息を飲んで、そして自分の頭に手をやった。
(やっぱり黒染めしてくるべきだったか...?)
後悔あとに立たず。
先程からちらりちらりと各方面から視線を感じていた。それはきっと僕の容姿せいだと思われる。
すらりと周りより少しだけ高い上背に、日本人離れした色素の薄い髪と目。色の白い肌に、これまた色素の薄い長い睫毛。
周りからはよく、外国の血が入っているのかと問われたが、そういう事では無い。親も少し色素が薄い上に純日本人だから、これは偶然出来た特殊例というやつだ。という理由はきっちりあるが、僕が思うにこれは単なる前世の影響だろう。
記憶にある限り、僕の容姿は前世と全く同じだ。何の因果かは知らないが、当然日本人離れしてるに決まっている。
そして気の強そうなツリ目に、あまり上がらない口角。
前述した容姿に加えてこんな見た目なのだから、変人というレッテルが無かったとしても近寄り難い事に変わりはないのだろう。
地毛なのだからと学校側には許されているのだが、やはり周りと比べて浮いてしまうのは避けたいところだ。
これだけ人が多いのだから、色素の薄い人間くらい他にも何人か居るだろうと思って特に対策はしなかったが、この並びを見る限りほとんどの生徒が黒髪だった。
また変な目で見られて友達が作れなかったらどうしようと、僕は式辞を聞きながら小さく溜息をついた。
**********
式が終わって、次はクラスの振り分けだ。
張り出された紙を見れば、僕の名前がCクラスのところにあった。そのまま人の流れに乗って体育館から出る。時折周りから刺さる視線をチクチクと感じながらも、教室に向かって歩いく。
教室に入ると、既に何人も生徒が席に座っていた。座席表が黒板に書いてあったので、それを見ながら自分の席を探す。
「えーっと、窓側から2番目の...、」
言いながら、僕は並べられた机と椅子に目を向ける。席と席の間を縫うようにして自分の席へと近付けば、その隣には既に男子生徒が一人座っていた。
(僕より大きいな。)
高校一年生にしてはがっちりとした体格と高い身長。癖のある黒髪が、すぐ横にある窓から入り込んだ風にふわふわと揺れる。
なんとなく見ながらさらに近付くと、僕の気配に気が付いたのか、顔を振り向けた彼とばっちりと目が合った。
「......。」
青い眼をしていた。
人の事を言えないが、日本人離れしたその容姿。透き通るような青の双眸が、僕を真っ直ぐに見て見開かれた。
(え、気まずっ...、)
彼も僕の容姿にびっくりしたのだろうか。じっと見つめたまま無言で固まっている。気まずくなって、慌てて眼を逸らす。
そのまますぐさま席へと着いたが、彼はまだ僕の方を見ているようだ。どうしたらいいんだ、これ。
僕から声をかけるべきだろうか。彼とは仲良くしておくに越したことはない。学校において、隣の席の人間というのはかなり重要な関係になる。友達とまではいかなくとも、ある程度仲良くなれなければ少なくともこれから数ヶ月は気まずいままだ。
新しい生活に新しい友達。そう、今までの僕とは違うんだ。
そう意を決して隣の彼に声をかけるべく振り向こうとした。
その瞬間だった。後ろから元気な声が響いて、僕はビクリと立ち止まる。
「なんだ、またお前と同じクラスかよー!」
「いやいや、知り合い居た方が安心だろ〜!」
僕の後ろの席と、隣の彼がいる後ろの席に、元気な声でやり取りをする男子生徒が二人来た。話を聞く限り、どうやら二人は同じ中学出身のようだ。
「俺は戸村!よろしくなー!」
「都築っていうよ。よろしく〜!」
隣の席の彼が振り向いたのに気付いたのか、後ろの二人は席に座る前にさっそく彼に自己紹介をしている。凄い、これが陽キャというやつだろうか。
「オレは武井。よろしくな。」
そういう隣の彼...武井というらしい。武井君もさっきまでの無言はどこへやら、するっと挨拶を交わしている。
やはり僕のこの見た目だと、声をかけずらいのだろうか。
結局なかなか振り向けずに、机に置いた鞄をじっと見つめていると、隣の武井君が椅子をずらす音が聞こえた。ちらりとそちらを覗き見れば、意外にも彼の椅子は僕の方へと近付いていて。そのままびっくりして顔を上げると、彼は僕の顔を覗き込むように少し背を屈めて、そしてまた真っ直ぐに僕を見た。
「挨拶が遅れたな、」
先程よりも間近で見る彼の目は、後ろの窓いっぱいに広がる青い空と同じ色をしていた。
「オレの名前は武井玲王。これから一年、よろしくな。」
そう言って僕に向けられた彼の笑顔は、今まで見てきた誰のものよりも綺麗で優しさに満ち溢れたものだった。
「...あ、えっと、僕は滝沢琉生。こちらこそよろしく。」
思わず動揺してしまうも、同じようにして挨拶をすれば、武井君はさらにニコリと笑って僕を見た。おお、ファーストコンタクトは成功したようだ。
そう安心していると、後ろの二人が僕達のやり取りに続くようにして、先程と同じように名乗り出した。僕の真後ろが戸村君で、武井君の後ろが都築君らしい。そうして彼らは自分達が同じ中学校出身であることやら、入学式のことやらを話だす。それを聞き手に回って、そうなのか...などと聞いていると、話が途切れたところで武井君が僕を方へと視線を移す。
「滝沢は、どこの中学出身なんだ?」
「...僕?僕は西区にある...」
急に話が振られるとは思ってなかったので反応するのに少し時間がかかってしまった。
「結構遠くから来てるんだなー!」
「あっちの方ってさ、」
同世代とまともに話す機会なんて久しぶりだから、上手く話せているか分からなかった。しかし後ろの二人は話を広げるのが上手なようで、話が次から次へと展開していった。一方で武井君は自分からは多くを語らないものの、良い感じに人に話を振るのが得意なようで、僕がきちんと会話に参加できるように繋いでくれた。気付けば話は盛り上がって、担任の先生が入ってきて全体に声をかけるまでそれは続いた。
こんなに人といっぱいお喋りしたのなんて、何時ぶりだろうか。それに、無理なく自然に話すことが出来て、とっても楽しかった。それは僕が今まで憧れ続けた"友達"の理想像そのままで、この三人とは良い友達になれそうだと嬉しく思った。特に、穏やかで優しく笑う武井君とは、上手くやれそうだ。最初はどうなるかと思ったが、彼が隣の席で良かった。
明日からの楽しい学校生活に胸を膨らませながら、僕は家へと帰宅した。
********
その日の夜、僕は久しぶりに前世の夢を見た。
前世の夢は時折見るが、夢の内容はいつも僕が王子として過ごしていた日々の記憶だ。豪華な衣服に身を包み、勉学やマナーの習得に励んで、そうしてパーティで沢山の貴族達と交流する。
しかし今日の夢は、いつも見るものとは大きく違っていた。
王城らしく豪華な装飾品に彩られた部屋。外は何故か喧騒に包まれている。僕は部屋の真ん中に置かれた椅子に座って、部屋の扉をじっと見つめていた。
(この記憶は...、)
すると突如、扉の向こうが殊更騒がしくなった。そうして扉が物凄い勢いで開かれると、大勢の武器を持った人間が僕を取り囲んだ。
(間違いない、これは、)
並んだ人の中から群衆のリーダーと思われる人間が僕に近付く。背は高くフードのついたローブを着ており、顔は影になって見えない。その右手は剣を握っている。
僕はその人間に向かって何かを言っている。それに相手も言葉を返す。しかしその内容は分からない。
そうしてしばらくやり取りをした後、剣を持った人は僕に近付いて、持っていた剣を振り上げる。
(これは...、僕が死んだ時の記憶だ。)
振りかざされた剣。僕の身体は動かない。
僕は剣を持つ人間をじっと見つめた。その瞬間剣が僕に向かって勢い良く振り下ろされる。
(そうだ、僕は殺されたんだ。)
剣が僕に当たるまでの僅かな瞬間が、スローモーションのようにやけに長く感じる。剣を振る人間のフードが、その動きで徐々に後ろへと下がり、そして顔が覗いた。
ザシュッッッ、
目の前が真っ赤に染まる。夢だからか、痛みはない。ドクンドクンと嫌な感覚が体を伝う。まだ意識はある。
そうして霞んだ視界の中で僕を見つめる人物。僕の返り血を浴びて汚れたその髪は黒く癖のある髪で。額には傷があり、そのすぐ下にある僕を見つめる瞳は、澄んだ空のように青かった。
(...武井...くん?)
夢はそこで終わった。
「...っ、はぁ、はぁ...!」
ベッドから飛び起きて、身体を見る。大丈夫、どこも斬られていないし血も出ていない。夢だ。今のは悪い夢だったのだ。
震える身体で辺りを見回す。何の変哲もない、僕の部屋だ。
そこでやっと冷静になって、溜息をゆっくりと零す。
(はぁ...、まさか、殺された時の事を思い出すとは...。)
そうだ。僕の前世の幕閉じは、他者による殺害だった。何故殺されたのか、誰に殺されたのかまでは思い出せないが、最後はああして殺されたのだった。
(誰に...?)
殺された瞬間に見た相手の顔。それはとても見覚えのある顔だった。でもいまいち前世の記憶と今世の記憶とが重なり合わなくて、必死に昼間の記憶を手繰り寄せる。
待てよ、確か写真があったはずだ。
すぐ隣に置いてあるスマホを手に取って、メッセージアプリを開く。さっそく作られているクラスグループチャットを開いて、昨日記念に撮られたクラスの全員写真を見返した。
(...に、似てる...!)
写真の中で、僕の隣に立って笑う武井君。
彼と、夢で見た僕を殺した人物の顔が、綺麗に重なった。
そう、今日から新しい生活が始まるのだ。そう思えば、少しだけ剥がれた壁紙も傷の入った勉強机も、チョークの粉で白く汚れた黒板も、全てがピカピカに輝いて見えた。
「オレの名前は武井玲王。これから一年、よろしくな。」
そう言って僕に向かって微笑んだ彼の笑顔は、周囲にも負けないくらいに明るく輝いていた。
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滝沢琉生。それが僕の今世での名前だ。
ごく一般的な中流家庭に産まれ、家から近い公立の小中学校に通い、周りと同じように育ってきた僕だが、他とは大きく違う点もあった。
それは前世の記憶を持って産まれた、ということだ。
物心がついた時くらいに思い出したそれは、子供の妄想や夢というには、あまりにも詳細で臨場感と現実感があるもので。頭の中でルイス・クライシェンという名前が、確かな懐かしさを持って引き出されてしまえば、それが前世の記憶だという確信が僕の中に生まれた。
それ以降、記憶は夢やふとした時の既視感として、着実に僕の中で積み重なり、全てを思い出すことは出来ないものの、おおよそ自分がどういう人間で、どういう人生を歩んで来たのかは思い出すことが出来た。
とある王国の王子様。それが前世での僕の身分だ。
どこの国であるかは思い出せなかった。だがとても古い時代の話だ。きっと地図からも歴史の教科書からも消えてしまったような、そんな小さな国だったのだろう。
今の僕は一人っ子であるのだが、記憶の中では僕には兄弟が複数いた。つまり王子と言えど王位とは遠い立場であったようで、王族として豪奢な暮らしはしていたが、周りからの扱いはぞんざいな物であったのだ。
だからなのか。幼いながらに愛と承認欲求に飢えていた僕は、前世では王子様だったという記憶の話を親や周りに吹聴した。
当然ながら、前世の話などという訳の分からないことを言う僕に、同じ年頃の周り子供達は困惑した様子だった。中には褒めてくれる子もいたが、何度もその話をしている内に面倒に思ったのか、やがて僕に近寄らなくなってしまった。
親も最初は、子供の言う事だからと僕の求めていた反応を返しては、甘やかすようにその話に付き合ってくれていたが、成長しても同じような事を言う我が子に、そろそろ呆れが来たのか否定はせずとも流されるようになってしまった。
また記憶があったせいで、僕は年齢よりもずっと大人びた感性を持ってしまっていたが故に、その弊害もあった。落書きをしたり追いかけっこをして遊ぶ同級生達を見て、子供だな、なんて思ってしまい、同じ輪に入ることをしなかった。周りが楽しいと思う事を、一緒に楽しむことは出来なくて。誰かと遊ぶより、僕は本を読んで過ごすことを選んでしまった。
小学校の高学年になる頃に、そのせいですっかり友達が皆逃げてしまったとようやく気付いたが、後の祭りだった。
そして、家から近い小学校にいた頃にそれをやってしまったために、同じく家から近い中学校に入ったとしても、周りは同じ小学校の出身ばかりで、周りからは変わらず変人扱い。中学校でも友達を作ることは叶わなかった。
しかしこの春、僕はとうとう高校生になるのだ。
小中学校は家から近い場所であったが、高校は家から遠いところを選んだ。つまりは知り合いはほとんど居ないのだ。前世の記憶を吹聴して回るという僕の黒歴史を知る人間は居ない。よって変人扱いされることもない。
そう、ようやく僕は新しいスタートを切ることができるのだ。
もう、ルイス・クライシェンとしての記憶は封印し、今度こそ滝沢琉生という平凡な日本の高校生としての生活を送ってやる。
新しい生活で新しい友達を作って、滝沢琉生として今世を楽しく生きる。それが今の目標だ。その希望を胸に、僕は高校への入学を今か今かと待ち望んだ。
そして待望の入学式当日。
中学校の時とは比べ物にならない程の新入生の数。
当たり前だ、各町内に1つずつあるような勢いの小中学校より、高校の数は少ない。歩いて通学する生徒も居れば、自分のように遠くから電車で来るような生徒もいる。
その圧倒的な人数に飲み込まれそうになるも、これだけ人が集まれば、自分と気の合いそうな人間もすぐ見つかるだろうと僕は心を弾ませた。
ずらりと体育館に並べられた座席に、新入生が並んで座る。後ろから見れば、視界は黒い頭でいっぱいだ。その光景に僕は息を飲んで、そして自分の頭に手をやった。
(やっぱり黒染めしてくるべきだったか...?)
後悔あとに立たず。
先程からちらりちらりと各方面から視線を感じていた。それはきっと僕の容姿せいだと思われる。
すらりと周りより少しだけ高い上背に、日本人離れした色素の薄い髪と目。色の白い肌に、これまた色素の薄い長い睫毛。
周りからはよく、外国の血が入っているのかと問われたが、そういう事では無い。親も少し色素が薄い上に純日本人だから、これは偶然出来た特殊例というやつだ。という理由はきっちりあるが、僕が思うにこれは単なる前世の影響だろう。
記憶にある限り、僕の容姿は前世と全く同じだ。何の因果かは知らないが、当然日本人離れしてるに決まっている。
そして気の強そうなツリ目に、あまり上がらない口角。
前述した容姿に加えてこんな見た目なのだから、変人というレッテルが無かったとしても近寄り難い事に変わりはないのだろう。
地毛なのだからと学校側には許されているのだが、やはり周りと比べて浮いてしまうのは避けたいところだ。
これだけ人が多いのだから、色素の薄い人間くらい他にも何人か居るだろうと思って特に対策はしなかったが、この並びを見る限りほとんどの生徒が黒髪だった。
また変な目で見られて友達が作れなかったらどうしようと、僕は式辞を聞きながら小さく溜息をついた。
**********
式が終わって、次はクラスの振り分けだ。
張り出された紙を見れば、僕の名前がCクラスのところにあった。そのまま人の流れに乗って体育館から出る。時折周りから刺さる視線をチクチクと感じながらも、教室に向かって歩いく。
教室に入ると、既に何人も生徒が席に座っていた。座席表が黒板に書いてあったので、それを見ながら自分の席を探す。
「えーっと、窓側から2番目の...、」
言いながら、僕は並べられた机と椅子に目を向ける。席と席の間を縫うようにして自分の席へと近付けば、その隣には既に男子生徒が一人座っていた。
(僕より大きいな。)
高校一年生にしてはがっちりとした体格と高い身長。癖のある黒髪が、すぐ横にある窓から入り込んだ風にふわふわと揺れる。
なんとなく見ながらさらに近付くと、僕の気配に気が付いたのか、顔を振り向けた彼とばっちりと目が合った。
「......。」
青い眼をしていた。
人の事を言えないが、日本人離れしたその容姿。透き通るような青の双眸が、僕を真っ直ぐに見て見開かれた。
(え、気まずっ...、)
彼も僕の容姿にびっくりしたのだろうか。じっと見つめたまま無言で固まっている。気まずくなって、慌てて眼を逸らす。
そのまますぐさま席へと着いたが、彼はまだ僕の方を見ているようだ。どうしたらいいんだ、これ。
僕から声をかけるべきだろうか。彼とは仲良くしておくに越したことはない。学校において、隣の席の人間というのはかなり重要な関係になる。友達とまではいかなくとも、ある程度仲良くなれなければ少なくともこれから数ヶ月は気まずいままだ。
新しい生活に新しい友達。そう、今までの僕とは違うんだ。
そう意を決して隣の彼に声をかけるべく振り向こうとした。
その瞬間だった。後ろから元気な声が響いて、僕はビクリと立ち止まる。
「なんだ、またお前と同じクラスかよー!」
「いやいや、知り合い居た方が安心だろ〜!」
僕の後ろの席と、隣の彼がいる後ろの席に、元気な声でやり取りをする男子生徒が二人来た。話を聞く限り、どうやら二人は同じ中学出身のようだ。
「俺は戸村!よろしくなー!」
「都築っていうよ。よろしく〜!」
隣の席の彼が振り向いたのに気付いたのか、後ろの二人は席に座る前にさっそく彼に自己紹介をしている。凄い、これが陽キャというやつだろうか。
「オレは武井。よろしくな。」
そういう隣の彼...武井というらしい。武井君もさっきまでの無言はどこへやら、するっと挨拶を交わしている。
やはり僕のこの見た目だと、声をかけずらいのだろうか。
結局なかなか振り向けずに、机に置いた鞄をじっと見つめていると、隣の武井君が椅子をずらす音が聞こえた。ちらりとそちらを覗き見れば、意外にも彼の椅子は僕の方へと近付いていて。そのままびっくりして顔を上げると、彼は僕の顔を覗き込むように少し背を屈めて、そしてまた真っ直ぐに僕を見た。
「挨拶が遅れたな、」
先程よりも間近で見る彼の目は、後ろの窓いっぱいに広がる青い空と同じ色をしていた。
「オレの名前は武井玲王。これから一年、よろしくな。」
そう言って僕に向けられた彼の笑顔は、今まで見てきた誰のものよりも綺麗で優しさに満ち溢れたものだった。
「...あ、えっと、僕は滝沢琉生。こちらこそよろしく。」
思わず動揺してしまうも、同じようにして挨拶をすれば、武井君はさらにニコリと笑って僕を見た。おお、ファーストコンタクトは成功したようだ。
そう安心していると、後ろの二人が僕達のやり取りに続くようにして、先程と同じように名乗り出した。僕の真後ろが戸村君で、武井君の後ろが都築君らしい。そうして彼らは自分達が同じ中学校出身であることやら、入学式のことやらを話だす。それを聞き手に回って、そうなのか...などと聞いていると、話が途切れたところで武井君が僕を方へと視線を移す。
「滝沢は、どこの中学出身なんだ?」
「...僕?僕は西区にある...」
急に話が振られるとは思ってなかったので反応するのに少し時間がかかってしまった。
「結構遠くから来てるんだなー!」
「あっちの方ってさ、」
同世代とまともに話す機会なんて久しぶりだから、上手く話せているか分からなかった。しかし後ろの二人は話を広げるのが上手なようで、話が次から次へと展開していった。一方で武井君は自分からは多くを語らないものの、良い感じに人に話を振るのが得意なようで、僕がきちんと会話に参加できるように繋いでくれた。気付けば話は盛り上がって、担任の先生が入ってきて全体に声をかけるまでそれは続いた。
こんなに人といっぱいお喋りしたのなんて、何時ぶりだろうか。それに、無理なく自然に話すことが出来て、とっても楽しかった。それは僕が今まで憧れ続けた"友達"の理想像そのままで、この三人とは良い友達になれそうだと嬉しく思った。特に、穏やかで優しく笑う武井君とは、上手くやれそうだ。最初はどうなるかと思ったが、彼が隣の席で良かった。
明日からの楽しい学校生活に胸を膨らませながら、僕は家へと帰宅した。
********
その日の夜、僕は久しぶりに前世の夢を見た。
前世の夢は時折見るが、夢の内容はいつも僕が王子として過ごしていた日々の記憶だ。豪華な衣服に身を包み、勉学やマナーの習得に励んで、そうしてパーティで沢山の貴族達と交流する。
しかし今日の夢は、いつも見るものとは大きく違っていた。
王城らしく豪華な装飾品に彩られた部屋。外は何故か喧騒に包まれている。僕は部屋の真ん中に置かれた椅子に座って、部屋の扉をじっと見つめていた。
(この記憶は...、)
すると突如、扉の向こうが殊更騒がしくなった。そうして扉が物凄い勢いで開かれると、大勢の武器を持った人間が僕を取り囲んだ。
(間違いない、これは、)
並んだ人の中から群衆のリーダーと思われる人間が僕に近付く。背は高くフードのついたローブを着ており、顔は影になって見えない。その右手は剣を握っている。
僕はその人間に向かって何かを言っている。それに相手も言葉を返す。しかしその内容は分からない。
そうしてしばらくやり取りをした後、剣を持った人は僕に近付いて、持っていた剣を振り上げる。
(これは...、僕が死んだ時の記憶だ。)
振りかざされた剣。僕の身体は動かない。
僕は剣を持つ人間をじっと見つめた。その瞬間剣が僕に向かって勢い良く振り下ろされる。
(そうだ、僕は殺されたんだ。)
剣が僕に当たるまでの僅かな瞬間が、スローモーションのようにやけに長く感じる。剣を振る人間のフードが、その動きで徐々に後ろへと下がり、そして顔が覗いた。
ザシュッッッ、
目の前が真っ赤に染まる。夢だからか、痛みはない。ドクンドクンと嫌な感覚が体を伝う。まだ意識はある。
そうして霞んだ視界の中で僕を見つめる人物。僕の返り血を浴びて汚れたその髪は黒く癖のある髪で。額には傷があり、そのすぐ下にある僕を見つめる瞳は、澄んだ空のように青かった。
(...武井...くん?)
夢はそこで終わった。
「...っ、はぁ、はぁ...!」
ベッドから飛び起きて、身体を見る。大丈夫、どこも斬られていないし血も出ていない。夢だ。今のは悪い夢だったのだ。
震える身体で辺りを見回す。何の変哲もない、僕の部屋だ。
そこでやっと冷静になって、溜息をゆっくりと零す。
(はぁ...、まさか、殺された時の事を思い出すとは...。)
そうだ。僕の前世の幕閉じは、他者による殺害だった。何故殺されたのか、誰に殺されたのかまでは思い出せないが、最後はああして殺されたのだった。
(誰に...?)
殺された瞬間に見た相手の顔。それはとても見覚えのある顔だった。でもいまいち前世の記憶と今世の記憶とが重なり合わなくて、必死に昼間の記憶を手繰り寄せる。
待てよ、確か写真があったはずだ。
すぐ隣に置いてあるスマホを手に取って、メッセージアプリを開く。さっそく作られているクラスグループチャットを開いて、昨日記念に撮られたクラスの全員写真を見返した。
(...に、似てる...!)
写真の中で、僕の隣に立って笑う武井君。
彼と、夢で見た僕を殺した人物の顔が、綺麗に重なった。
