ニナのきせき

 ニナはひたすら歩いた。
 森を越え、大河を渡り、山を越えーー。

「何日歩いたんだろう……。この国は……?」

 ニナの目の前には煙が上がっている滅んだ国が広がっていた。
 炎は消えていて、人は一人もいない。
 国の状況から少なくとも滅んでから半年かそれ以下と推測できるものだった。

「とりあえず、この国の周りを歩いてみようかな」

 まずは外側から状況を把握するために円状になっている国の周りを歩くことにした。

「なんだか地盤が緩いな……」

 歩いた感触がとても軽く、地面の下に空洞があるのかと思うほどだった。
 国の周りの地面に何かが腐った痕や粉々になった炭のようなものがあるのを所々で目にし、やはり国内からは煙が上がっていた。

「そろそろ中に入ってみようかな……」

 国内に入ろうと足の向きを変えた瞬間、地面は大きく崩れ始め、私自身も崩れた地面と一緒に落ちていってしまったーー。

 * * *

 ーーここは……?

「あ!起きた!お母さーん、地上人の子が起きたよー!」

 地上人……?
 私はどうやら気を失ってしまっていたらしく、目が覚めると私より二、三歳くらい歳下の見た目の子が走って行った。

「よかったわ。目が覚めたのね」
 
「あ、私を助けてくださったこと、心よりお礼申しあげます」

「しっかりした子ねー」

「いえいえ。私が迂闊だったためにご迷惑をお掛けしてしまった事をお詫びします」

 目の前にいる親子が私の面倒を見てくれていたようだった。
 お母さんの方は私のお母様とどこか重なる雰囲気があるような気がした。
 私はベッドの上で体を起こし窓の外を見てみたが、辺りは暗く、ここがどこなのか分からなかった。

「あの……ここはどこでしょうか?」

「ここかい?ここは地下の街さ」

「地下の……まち?」

 私は旅に出るまでの期間、王城にある書物であらゆる歴史や地理を頭に入れたつもりだったが、その知識の中でも地下の街など聞いたことがなかった。

「どれくらい前からある街なのですか?」

「ここにはつい半年くらい前から住み始めたばかりだよ」

「半年……?」

「もともとはここの上にある王国に住んでいたんだけどね、今から一年くらい前に一部の地区が他国から攻撃を受けて戦争が始まっちまったのさ」

 おば様はどこか懐かしいような、悲しいような表情をしながら話してくれた。

「国王様は戦争が始まってすぐ、私たち民間人を安全な場所へ逃がしてくれて、私たちはそこで指示があるまで何ヶ月も待機をしていたんだ。
 そうしてある時、敵国が私たちに対し集中砲火を始めるという情報が国王の耳に入り、前持って地下にある空洞に逃がしてくれたのさ。それがここってわけだよ。
 国内の人なのか見分けるために今は地上人と地下人ちかびとと呼び分けているのさ」

「そうだったのですね……」

 私はこの話題に対してどう返事をしたらいいのかを分からずにいた。
 それに気づいたおば様は、強引に話題を変えた。

「お嬢ちゃんは何をしていたんだい?この国の子ではないんだろう?」

「私は自分の国を復興させるために世界中の滅んだ国や戦争経験のある国を旅して少しでもヒントを見つけようと思っているのです。この国がその一つ目の国です」

「この国に一番最初に来たって事は最近旅を始めたのかい?それと復興っていうのは、何か災害でも起きたのかい?」

 おば様は心配と優しさが混じりあった表情と口調で聞いてきた。

「ええ。おっしゃる通り、旅を始めたのは最近のことです。私の国でも数年前に戦争があり、お父様とお母様は亡くなり、たった一人の妹も行方が分からず……」

 ただ事実を話していただけなのに、次第に私の胸の奥が締め付けられる感覚がして、言葉が出てこなくなった。

 ーーサッ

「ごめんなさいね。私の配慮が足りていなかったね。いいんだよ。ただ生きているだけでも親は嬉しいもんさ。」

 おば様はまるで絡まっているかのように固く締め付けられていた私の心を解すかのような温かさで抱きしめてくれた。
 八年もの間、凍っていた感情は止まることなく溢れ続けた。

「申し訳ありません……。おば様だって……おば様だって辛いはずなのに!」

「辛いもんかね。私はまだ娘とあんたみたいに若い命を守らなきゃいけない。よく生きていてくれたね。
 あとね。おば様はよしておくれよ。国で食堂をしてた時はお母さんで通っていたんだ。そう呼んでおくれ」

 「ありがとうございます……お母さん」

 * * *

 それからお母さんは私の心が落ち着くまで、いつまでも家にいていいと言ってくれた。
 昨日はあのまま夕飯をご馳走になり、布団を貸してもらうことになった。

「おはよう、お嬢ちゃん。早起きだねー」

「おはようございます。お母さん」

「ちょっと座って待っててね。リリアを起こしたら朝ごはん作っちゃうから」

「娘さんの名前、リリアさんって言うんですね」

「ああ、そういえばまだお互いの自己紹介がまだだったね」

 リリアさんが起きてきてしばらくすると、お母さんが作った朝ごはんを食べながら自己紹介をした。

「改めて、私はこの子の母のメリアだよ」

「私はリリア!昨日は全然お話ができなかったけど、今日からはいっぱいお話しようね。あと、私のことは姉だと思ってくれていいよ!」

「何言ってんのさ。はたから見たらあんたの方が年下に見えるよ」

 リリアさんはとても元気で活発なイメージを持てる子だった。
 そして私も二人に続いて自己紹介を始めた。

「私はヘリクリサム王国の元第一王女、ニナと申します。改めましてよろしくお願いします」

「あらまあ!ヘリクリサム王国ってとても有名な国じゃないの。王女様だったなんて、人生何があるか分からないね」

「ニナちゃん、王女様なの!?ええ……私、けっこう失礼な言葉遣いだったかも」

「いえいえ!大丈夫ですよ、リリアさん。むしろ私は普通に話してくださった方がとても嬉しいので!」

 そう言うとリリアさんは少しにやけながら私に指摘をした。

「普通でいいなら、ニナちゃんも私のことはリリアって呼んでよー!」

「リリア……ちゃん」

「そうそう!そんな感じ!」

「そうだね。ニナちゃんにとって普通の会話が嬉しいなら、その敬語も無くていいんだよ。まだ一日しか一緒にいないけど家族みたいなものだろう?」

 お母さんもリリアちゃんのように横目でニヤケながらそう言ってきた。

「分かりました!ありがとうございます!」

「それは敬語だよ?こういう時は『分かった、ありがとう』でいいんだよ」

「わ……分かった!」

 ようやく言えると、お母さんとリリアの二人は更にニヤけながら私を見てきた。

 * * *

 それから、リリアちゃんと地下の洞窟で自生している果実を収穫したり、お母さんの家事のお手伝いをしたりと充実した日常を過ごして早二週間が経ち、私はまた旅に出ることにした。

「もっとニナちゃんといたいよー!お話したいー!」

「しっかり生きるんだよ!これ、少ないかもしれないけどお弁当だよ」

 出発する当日、二人は大袈裟に見送りをしてくれた。
 リリアちゃんは前日の晩の荷造りと今朝の最終準備を手伝ってくれて、お母さんはお弁当とハンカチを持たせてくれた。

「この二週間、本当にありがとう」

「ニナちゃん!封筒と紙!旅の途中とかで手紙ちょうだいね!」

「うん、分かった」

 リリアちゃんから受け取った封筒と紙を丁寧にカバンにしまい、私は旅に戻った。

「それでは、また」

 そう言い、体の向きを変えて歩き出そうとした時、お母さんが声をかけてきた。

「ニナちゃん!出かける時は『いってきます』だよ」

「お母さん!リリアちゃん!いってきます!」