理不尽にもほどがある!

「シュウ、おはよう」

「はる、おは……。どうした、髪」

「えへへ、イメチェン!どう?」

「い、いいんじゃね」

「なんだかいけ好かない反応だな。まっ、シュウはいつもそうか」

「……可愛いすぎんだろ」

シュウはまた手で顔を隠している。

「なに、やっぱり変?こんなに顔だしたことなかったから」

「いや、その逆だよ」

シュウはそういうと俺の方に手を伸ばし頭に置くとわしゃわしゃと髪を撫でた。

「ちょっと!せっかく頑張ってセットしたのに!学校でやり直さなきゃじゃん。とりあえず簡単に整えて……」

「……。」

「シュウ!俺怒ってるんだけど!」

「……。」

「もう、とりあえず遅刻するから行くよ!」

教室に入るやいなやクラスメイトが声をかけてくれた。

「岡島くん、髪型変えた?」

「うん、イメチェンしてみた」

「雰囲気変わったね。顔出してる方がいいよ」

「そう?よかった」

「なんかあったの?もしかして好きな子できたとか?」

「……。好きな子を見つけたいからかな」

「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

休日、俺は美容院に行って髪を切った。
モサッとしていて厚くて長かった前髪を切って韓国風のセンター分け。
少しはかっこよく見えてるだろうか。

ホームルームが終わり一限目は生物だ。

「それでは各班必要な道具を準備してください」

今日は動物の細胞を観察する授業で顕微鏡を使う。
今日こそは。

「俺、持ってくるよ」

「……ありがとう!お願いしてもいい?」

「うん、全然!」

やった、髪型効果絶大じゃん。

俺は嬉しさのあまり鼻歌を歌いながら顕微鏡を運んでいると、シュウの班と隣の班の人たちが集まって話しているのが見えた。

「岡島雰囲気変わったな」

「小さいしほわぁってしてたから気にしてなかったけどあいつも男だもんな。あの顔にあの性格だったらそのうち誰かと……。久瀬、顔怖いぞ」

何を話しているのかはわからないけど、シュウがなんか怖い顔をしている気がした。



×××



「岡島、これ持っていってもらえるか」

「はい!わかりました」

昼休み、先生から提出してたクラス全員分の課題を教室に運ぶように頼まれた。
自分の肩をまで積まれたノートを持って歩いていた。
確かに全員分のノートは重たいけどこれくらいは全然平気。

職員室と教室の間には階段が1ヶ所ある。
下り階段、足元が少し見づらい。

「ゆっくり行こ」

一歩、一歩と階段を下りる。

「なんだその量のノート」

「うわっ、シュウか。ヤギ先生に昨日の数学の課題教室に戻すように頼まれて」

「この量を1人でか?危ねぇだろ。半分持つから」

「これくらい大丈夫!それに俺1人でいいって言ったの俺だし。筋肉つけたいし」

「それとこれとは別だろ」

「だから大丈夫だって。ほらっ」

そう、足を一歩下に踏み出したときだった。
視界が回転する。

ーーーーーバンッ。

散らばる紙の音と同時に生ぬるい鈍い音が階段に響き渡る。

「ったく。だから言ったろ」

目を開けたとき、目の前にはシュウの顔があって俺の体の下にはシュウの体があってシュウの手は俺の頭と腰を強く掴んでいた。

その笑顔で何が起きたかを一瞬で理解する。

「シュウ大丈夫!?頭打ってない、背中は、足は。ごめん、ごめん」

そっか、やっぱり俺は。

「おい、はる。何泣いて……」

「やっぱり俺はかっこよくなれなかった」

あぁ、涙が止まらないよ。
蓋をしてた感情があふれ出してくる。

「俺は背が小さくて体もこんなだから弱そうだって子供っぽいって、可愛いとか、自分でやるから大丈夫だよって子供扱いされて」

制服を握る手の力が強くなる。

「俺だってみんなと同じ17歳で、かっこつけたいし、みんなに頼ってもらいたいし、恋愛とかも普通にしたい」

だから、どうしたらいいかって悩んで、かっこいい人は誰かってすぐにでてきたのがシュウで。
それが少しムカついたけど。

「シュウみたいになりたかったんだよ。いつも俺を助けてくれたシュウみたいにさ」

でも、本当の自分は、本も取れなきゃ吊り革もギリギリで電車に乗るときはよくシュウの服の袖口を掴んで、頼まれ事も1人でできなくて。

「でも、結局こうやってシュウに迷惑かけた。みんなは、シュウは俺より俺のことわかってたんだね。俺だけでしゃばってさ。ちょっとの事で調子に乗って。ごめん、シュウ」

「はる」

涙に溢れた自分に届いた声はいつもより低くて優しさの中に怒りが含まれているようだった。

「お前はそのままでいい」

「……。」

「俺は別に迷惑だと思ってないし、お前が俺を頼ってくれることが嬉しい。はるが俺を呼ぶ声が愛おしい。俺に向けてくれる笑顔が可愛くて眩しいんだ」

「……可愛い」

なんだろう、心の中に黒い雫が落ちる。
たった一滴だというのにその雫は全てを黒く変えていく。
今までははい、そうですか。まぁ、そうですよね。そう言ってもらえるだけありがたいんだなって思っていられたのに。
どうしてシュウに言われるとこんなにも心が苦しくなるんだろう。
心が嫌だと叫ぶんだろう。

「俺、そのままでいいの?」

「あぁ」

「シュウに甘えてばかりの俺でいいの」

「あぁ」

色づいていた世界が目の前から消える。
音に溢れた世界が俺の周りから消える。
腹にぽっかりと穴が空いたようで。

「そっか」

シュウが目を見開いたのが見えた。
何かに気付いたんだろう。
それくらいわかるよ、ずっと一緒にいるんだから。
でも、もう遅いよ。
一度ついた傷は二度ともとには戻らないんだから。

散らばったノートを拾い集める。
なんだか力が入らなくてたった1冊のノートなのに持ち上げた瞬間手から滑り落ちた。

そのノートを拾おうと下を向いた視界の中に1人の手が映り込む。

「俺も手伝うよ」

「ありがとう」

全部拾い終わると俺はまた1人で大丈夫と言った。
それをシュウは今度は止めなかった。
大丈夫かの一言だけ言って教室に向かって歩いていく俺をただ見つめていた。

ーーーーーダンッ。

「……っ!くそっ!間違えた」

「…なにしてんだ、俺」

その声が周りの話し声に掻き消される中、壁を叩く音だけが俺の耳に響いた。



×××



帰りのホームルームが始まる前、シュウから[話がしたい]とメッセージが届いた。

直接話すのは気まずかったんだと思う。
俺も今は直接話す気分にはなれない。
だから[今日は1人で帰りたい]と返事をした。

担任がやってきてちょっとした連絡事項なんかを話し終えた後、学級委員の号令に従って挨拶をする。

「気をつけ、礼」

「「さようなら」」

騒がしくなった教室をかき分けるように出て図書室に向かう。
借りていた本を返しにいくんだ。
シュウには言ってないし、そのまま帰ったと思ってるだろう。

「本を返しに来ました。よろしくお願いします」

図書室にいたのは司書の人以外で俺1人だった。
なぜか本棚の方に足が進み、それに心も自然とついていった。

日の当たらない大きくて高い本棚。
そこにある一番上に並んだ本たち。
確かにそこに存在するのに、まるで忘れさられてしまったようで。
ただ見つけてほしいと、見てほしいと願い続けてるようで。
なんだか今の自分のように思えた。

天の部分に微かに埃がついているのが見えた。

「失礼しました」

気付けば外から運動部の声が聞こえる時間になっていた。
まだ成り立ての夕日の光が射す廊下を進み下駄箱で靴を書き換える。

2年の昇降口を出ようとしたとき右端に1人の人影が映り込んだ。

「はる」

「シュウ、まだいたの」

「はる、俺……」

「ごめん、俺今話したい気分じゃないんだ。また今度にして」

これ以上この穴を大きくしたくないから。

「……まてっ!晴希っ」

これ以上シュウを嫌いになりたくないから。

「俺はお前が好きだ」

「は?」

「俺はお前が好きだ。頑張り屋だけど空回ってるとことか可愛いって思うし、頑張りすぎて危なっかしいところとか俺が守ってやらなきゃって思う」

「やっぱり可愛いって言うじゃん」

「そりゃ好きなやつには可愛いって思うだろ。けど」

「けど?」

「そういう頑張ってるところ……」

「シュウ、危ないっ!!!」

サッカー部が蹴ったボールが俺たちのところへ勢いよく飛んできてそれはシュウに直撃しそうだった。

握りしめていた鞄を地面に叩きつけ、片足に思い切り重心を乗せると右足でボールを蹴り飛ばした。

「超スーパーハイパーウルトラ晴キーック!!!」

ーーーーーパンッ。

ボールはサッカーゴールの方に飛んでいき遠くから「ありがとうございます」というサッカー部員の声が聞こえた。

「シュウ、大丈夫?」

「……あぁ、なんで忘れてたのかな」

「え?」

「かっこいいよ」

ーーーーードキンッ。

心臓が大きく弾む。
シュウが今俺を見つめているその目。
知ってる、俺が好きだった目だ。
昔のシュウは泣き虫で、幼稚園のときは良く俺が慰めていたっけ。

そっか、そうだったんだ。

「かっこいいはるが好きだよ」

シュウにかっこいいって言われたかったんだ。

「晴希、お前が一番、かっこいいよ」

周りと同じだからとかみんなに頼ってもらいたいとか恋愛したいとか全部言い訳で、本当はシュウのかっこいいでいたかったんだ。

俺はシュウの身体に勢いよく飛び込んだ。
背中に腕を回すと、シュウは戸惑いながらもそっと俺の背中に腕を回してくれた。

一度ついた傷は二度と元には戻らない。
けれどそこに出来た瘡蓋は、前よりも強く僕を守ってくれるものに変わった。

「ねぇ、もう一回かっこいいって言ってくんない?」

「かっこいいよ」

「もう一回」

「かっこいいよ」

「もう一回」

「やっぱはるめんどくさいかも」

「え、ごめんて!」

「やっぱりはるはお子さまだな」

だって嬉しかったんだからしょうがないじゃん。
シュウみたいに能面カマせる性格してないんだから。

「じゃあ帰りにコンビニでアイス買ってあげようではないか」

「そりゃどーも。俺、ハーゲン○ッツ」

「はっ!?」



×××



「マジで買ってくれた……」

「その代わり俺はアイススティックだけど」

まさか本当に買ってくれるとは思わなかった。
最近の物価高騰で一つ350円とかで、二人分なのにワンコインでお釣りがギリ出るレベル。
高校生には痛い出費だ。

「一口食べるか?」

「え、いいの!?食う!」

小さい木製のスプーンにアイスを一掬いしてはるの口元に差し出す。
はるは目を輝かせながら大きく口を開いて一口。

ーーーーードキンッ。

俺の指先にはるの唇が微かに触れる。

「うっま!シュウもう一口!ってシュウ」

自分が今どんな顔してるかなんて自分が一番わかってる。
耳は真っ赤に熱を帯びて、夏のせいにはできないほど赤面した顔。
俺ばっか心臓がうるさくて。

「先に自分の食べろ。溶けてベトベトになるぞ」

「あ、そうだった。うまくてつい」

可愛いくてかっこいい。
そんなはるが俺は好きだ。

「晴希。返事もらってないんだけど」

「返事ってなんの?」

「こく、はくの……」

「へ?」

ーーーーーポロッ。

「うわぁぁぁぁ!アイスがぁぁぁ!」

夏の太陽は容赦なかった。
ガチガチに固まっていたアイスは一瞬で溶け、はるの服に落ちた。

「とりあえず、家帰って着替えような」

はぁ、全く。
どうやら俺の奮闘は、もう少し続きそうだ。