銀杏並木の毒舌な隣人たち(祝祭の檻編)

 金魚はゆったりと尾鰭(おひれ)を揺らし、ガラス越しにそっとつぶやいた。

「そうさ。あの新婦を見てごらん。彼女は今日、この透明なガラスの向こう側――つまり『社会的面目』という名の、最も安全で高価な水槽の鍵を手に入れたんだよ。誰に後ろ指を指されることもない、完璧に濾過(ろか)された幸福だ。羨ましいかい?」

 麻美子は言われるままに振り向いた。遠くのロビーで、これ以上ないほど輝くような笑顔を見せる後輩の姿に、胸がちくちくと激しく締め付けられる。

 「はっ」と我に返ると、麻美子は慌てて水槽へとかぶりつくように視線を戻した。己の動揺を必死に覆い隠すように、小声で強く言い返す。

「……彼女は、ただ愛する人と結ばれただけよ。見せかけの幸せなんかじゃないわ」

 金魚は泳ぐ方向を滑らかに変え、冷ややかに笑った。

「愛? はっはっはっ。あちらの彼女が手に入れたのは『夫』じゃないよ。『説明不要な建前』さ。これから先、彼女がどこへ行っても、誰に会っても、もう『なぜ一人なの?』なんていう無神経な視線に晒されることはない。透明で頑丈なガラスが、彼女を守ってくれる。それに比べ、君は……」

「私は、何によ?」

 金魚はそっぽを向いたままピタリと動きを止め、ただ水槽の流れにその身を任せて漂っている。

 まるで、麻美子という存在そのものに興味を失ってしまったかのように。
 その冷ややかな静寂の向こうから、くぐもった声が再び響いた。

「……結婚なんて、建前でいいんだよ。いい加減、適当な男で手を打ったらどうだい?」

 金魚の言葉が、冷たい水となって背筋を伝い落ちるようだった。

 麻美子は反射的に、自分の頬に触れた。温かいはずの肌が、今はひどく無機質なガラスのように思える。

「……見てなさいよ。私は、あんたたちとは違うんだから」