トイレに手を突っ込んだら優しいイケメンが現れた話

 12時にいつも待ち合わせに使っている駅前で落ち合った。
 いつもの感じで特段何も考えていなかったのだが──

「よ、待たせたか?」
「……」

 満が登場した瞬間、私は目を疑った。
 ただの友人であった満がカッコよく見えたのだ。
 黒髪短髪に黒のTシャツ、そしてデニムにスニーカー。いつもの満だ。なのに──

「待って、どういうこと。満がイケメンに見える」
「は~~? おまえ熱でもあるのか?」

 満は確かにイケメンと言われていた。大学時代も満を狙っていた女性が何人かいたはずだ。
 私は満に対して容姿端麗だと思ったことはあるが、恋愛対象にはならなかった。

「……満って身長いくつだっけ?」
「あ~? 163センチだけど? 馬鹿にしてんのか」
「……会社ってどこに勤めてたっけ。大手?」
「中小企業ですけど~? 何? 会って早々失礼すぎない?」

 小さく吠える姿はいつも通りの満。でもいつも通りじゃない私。
 きっと世界は昨日と一緒なのに、どうして景色が違うのだろうか。
 昨日したことといえば素手でトイレ掃除。その後、私はなんだかおかしくって、楽しくって、ずっとケラケラ笑って、今まで私を縛っていた固定概念のようなものが外れて、解放されて──

「あぁ、そういうことか」 

 優しいイケメンなら誰でも良いと思っていた。でも私は心の奥底で無意識に条件を付けてしまっていたらしい。「高身長がいい」とか「大手勤めの高収入がいい」とか。古い価値観だと一笑されるかもしれないけれど、だってそのくらい求めなきゃ35歳まで独身で粘った意味がない。現時点での既婚者より優位に立ちたい、そんなどうしようもないプライドまで纏わり付いていた。
 でもトイレに突っ込んだことで、私の中の穢れも一掃されたようだった。
 私の求めていた人は案外近くにいたのだ。

「おい、人を馬鹿にしておいて自己解決すんなよ」
「馬鹿にしたわけじゃないって。パスタ食べながら話すよ、トイレに素手を突っ込んだ話」
「何だよそれ、ご飯中にそんな話とか最悪なんだけど?」
「ははっ、それもそっか」

 白い歯を見せて私は大きく笑った。
 満が私のことをどう思っているか分からないけれど。
 私も今芽生えたこの感情にまだ名前をつけられないけれど。
 自分の心が磨かれた今、もう何かに縋ることはしない。