トイレに手を突っ込んだら優しいイケメンが現れた話


「いざ!!」

 私はごくりと固唾を呑み、恐る恐る両手の先を便器にちょんと付けた。

「ひっ……」

 見えない菌が私の手に付いたようで、すごくすごく気持ちが悪かった。
 それと同時に、しばらくなかった初体験に胸はざわざわとしながらも躍っていた。
 もうここまでしたのなら、あとは何をしても一緒だ。
 私は覚悟して、その先にある水へ手を付ける。

「思ったよりぬるいな……」

 その水を使い便器を手で擦る。特に汚れているわけではなかったが、少しだけぬめっとしたものを感じ取った。

「……無理かも」

 私は洗面台にダッシュした。
 ハンドソープディスペンサーに助けられ、非接触で泡をキャッチ。
 手を洗い、もう一度泡を取る。それを繰り返すこと5回。
 最後にアルコールスプレーを大量に手へ振りかける。

「ふは、ふははははは……!」

 なんて愚かなんだろう。
 なんて無駄な時間なんだろう。

 なんてこんなにも自分が愛おしいのだろう。

 ここまで恋愛に必死になって、縋れるものには全部縋って。
 すごく馬鹿馬鹿しいことがなんだかすごく楽しくて。
 もう素手でトイレ掃除なんてしたくはないけど、こんな気分は久々だ。

「もう、どうでもいいや!」

 ベッドにダイブをして大の字になった。
 いつもは怠い体をのっそりとベッドに運んでいたけれど、今日はなんだか違う。
 心の枷が外れて、すごくすごく開放的だった。
 ベッドの中で見ていたSNSも今日は見ない。スマホはテーブルの上に置かれたままだ。

「ふふ、ふふふっ」
 
 ベッドに入ってからも、自分のした行動に笑いがこみ上げてくる。

 この光景を外から見れば、とても怪しい人物だろう。
 でも周りなんてもう気にしない。
 私は今日、ちょっとだけ強くなれた気がした。


 翌日、窓から差し込む太陽の光で目が覚めた。
 どうやらベッドにダイブしたまま眠ってしまっていたらしい。
 いつもはけたたましいアラームの音で気怠い体をのっそりと起こすのだが、今日は体が軽かった。
 いつものようにビールを飲んだにも関わらず体が軽いということは、きっとこれまでの朝のだるさは精神的なものだったのだろう。

「あ、満から返信きてる」

 あの1時間後、満は返信をしてくれていたようだ。
 『残念だなw 明日、空いてる?』と、草を生やした言葉など絶対残念に思っていない。
 でも空いてる?と聞いてきてくれるあたり、寄り添ってくれる気持ちはあるのだろう。

「なんだかんだ優しいんだよね」

 ふっと笑みを浮かべながら『パスタ食べたい』の一言だけを返した。