「あ、そろそろパック買わないと」
シミとたるみに効果的な美容成分がたっぷり入ったフェイスパックをしているこの私、卯月可奈子、35歳。独身。
アラフォーは風呂上がりすぐにパックをしないと肌が枯渇する。ただでさえ心は潤いを無くしているというのに、肌まで枯渇させるわけにはいかないのだ。
結婚してもしなくても幸せだと言われる世の中になっているが、実にうるさい。
私は結婚したいんだ。
だからできることはすべてやってきた。
婚活パーティーにも参加したし、結婚相談所にも行った。マチアプにも登録したし、後輩に誘われた合コンにも顔を出した。
だけど、どこでも言われることは同じ。
──もう少し若ければ
そう、分かっている。
相談員に言われるのなら仕方がないが、一番納得いかなかったのはマチアプで少しメッセージを交わした50歳のおっさんに言われたときだ。
そっくりそのままお返ししてやんよ。
おっさんの薄毛を思い出しながら、私はドライヤーで髪を乾かす。あの人みたいに髪が薄かったら、このロングヘアも一瞬で乾くのに。
私が結婚を意識しだしたのは、周りの友人が結婚をし始めたからだった。
実にあるあるな理由だが、まさか自分が残り物側にいるとは5年前には想像していなかった。
パックを捨て、まだらに乾いた髪を櫛でさっと梳かして、私は冷蔵庫に一目散に向かった。
「ビール、ビール」
仕事終わりは缶ビールに限る。
おひとりさま用の小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出し、朝のメイクアップでコスメが散らかったままのローテーブルの前に座る。
家での定位置はこのテーブルの前かベッドの上。休日はここを行き来していることが多い。
「YouTubeでも見るか」
コスメを掻き分けてテーブルの上にスマホを横に置く。
私は最近、ハマっているチャンネルがある。それは……
『始まりました、超☆開運チャンネルです!』
開運チャンネルだ。
ちなみにこのチャンネルだけでなく、開運チャンネルならなんでも良い。
もう私にできることは神頼みしかないのだ。
自分で言うのも何だが、自分の容姿は悪くない。
可もなく不可もなくではあるが、清潔感は保っている。
性格もこじれた部分は否めないが、根暗でも陽気でもない。
個性がないと言われたらそれまでかもしれないが、無害ではある。
それに私が男性に求める条件はただひとつ。
優しいイケメンであること。
条件が2つに見えるが、ハッピーセットのハンバーガーとおもちゃみたいなもので、どちらかひとつだけでは成立しない。
正直、年収も多くを求めない。ニートでないなら何でもいい。
私も仕事を辞める気もないし、子供を望んでいるわけでもない。
大人一人ぐらい養っていく気力はある。
私が頑張るから、だからせめて、優しいイケメンであってほしいのだ。
『今日は今すぐできるおすすめ開運方法を8選紹介します!』
私はビールをぐびっと、疲れた喉に流し込んだ。
アパレルショップの店長は何かと声を七変化させるから大変である。
お客様に話す時は、「いらっしゃいませ~↑↑」みたいな、あれ。結構大変。歳かしら。
そして部下に話す時は、そこそこデキる女性を演じ得ているから地声よりちょっと声がクール。
「っぷはーっ!!」
そしてビールの後のオヤジくさい声は、私の嘘偽りのない声だ。
スタッフの都合で7連勤になってしまった私の疲労が、この一息に込められている。ちなみに明日と明後日は休みを確保した。
ビールの置き場も掻き分けながら、私はコスメをメイクボックスにしまいながら動画を見続ける。
「……いつになったら開運するのかねぇ」
開運動画にあったことは、ほとんど試している。
ジャーナリングもして潜在意識とやらも高めているし(高まっているかどうかは別として)、時間があれば神社仏閣に参拝しに行く。邪な気持ちがふんだんにあるので叶えてくれるとは思えないが、ただ神社仏閣を訪れることは普通に気分が良い。これも歳かも。
私は動画を流し聞きしながら、テーブルの上に置かれたパワーストーンを手に取る。
ハートの形をした手のひらサイズのローズクォーツだ。恋愛運がアップするらしく、神社近くの少し胡散臭さのある天然石ショップで購入した。
「えっ、ちょっと欠けてるじゃん。しかも真ん中」
毎朝バーゲンセールのようにコスメや何やらが広がるこのテーブルの上に置いてあるから何度か落としている。その時に欠けたのだろう。自業自得ではあるが。
「はぁ……」
ローズクォーツは何一つ悪くないのだが、これにまで裏切られたような気がして、私はこれをただの石にしか見えなくなってしまった。
欠けた石のように、私の心も少し欠けてしまったのだ。
もともとパワーストーンなんてものは、商売のために意味を後付けされただけだ。
分かっている。
──でも縋りたい。縋らせてよ。
そうじゃなきゃ夢や希望を持てやしないほどに、私は歳を重ねてしまった。
