ゆっくりと目を開いていく。
視界に映るのは、深い闇だけ。
意識だけがそこにはあった。
「俺は……」
左手が頬に触れる。
自分だ。自分の声が響く。
「死んだはずじゃ……」
冷めたような声。
確かに解放されたはずだった。
覚えている。
誰も来ないいつもの資料室の片隅で。
ゆったりと遠のく意識の中で。
微笑って目を閉じた。
そこまでは覚えている。
「それでも……」
弱々しい声。
「……それでも死ねないのか……俺は」
悲痛な呟き。
自分自身で死を望み、他人を巻き添えにしてまで死を選んだ。
それなのに死なないなんて。
嫌悪どころか、嘲笑ってしまう。
「それとも……これが、死、なのか……」
闇に手をかざす。
何も見えない。ただ、自分の白い手があるだけだ。
「これが、解放なのか……?」
声が低くなる。
恨むように。憎むように。
何も無い。
闇だけ。
意識だけが放り込まれた。
永遠という時間に。
決して消えることのない苦しみと共に。狂気と共に。
もう、解放さえ、叶わない。
両手が顔を覆い、嘲笑なのか、泣きそうなのか、自分でもよくわからない表情に変わる。
刹那。
――生きろ、中原翼
衝撃が翼の体を貫き、声が聞こえた。
最近、知った。見つけた。
永い間、狂気の中にひとりでいた翼が同じものを押しつけた相手。
狂気を、受け取った奴。
一度瞬きをして、翼は前を見た。
視界からは闇が消えていた。
そして見えたのは病室。
たくさんの機械に囲まれ、他人の手によって生かされ続ける自分。翼の抜け殻。
元々青白い肌が今は血の気を失いすぎて、土気色に見える。
死んでいるようにさえ見えない。人形のような翼。
……それでもまだ脈を打ち続ける心臓の音が、思考に伝わる。
吐き気と嫌悪が同時にこみ上げ、翼は胸を押さえた。
そして先程聞いた声の主を探すために、翼は己の体から顔を背け、ドアの方へ進む。
床の上を滑るように足が進み、重く分厚い病室のドアをすり抜けた。
ざあっと周囲の光景が流れる。
病院のロビー。
たくさんの人々の中にいたのは。
声の主。
「相葉、夏月……」
そこに夏月がいた。
祈るようにして両手を組み、頭を下げ、口元だけで何かを呟いている。
「なんで……っ、相葉がここに……」
思わず呟いた時、夏月が顔をあげた。
真っ直ぐな瞳が翼を見た。
目が合うはずがない。焦点も合わない。
夏月には翼が見えていない。翼には夏月が見えているのに。
翼は前に進み、夏月の肩を掴もうとした。
しかしその手は夏月の体をすり抜け、空を掴んだ。
ビクリと体が震えた。
翼の目が大きく見開かれた。
震える手を見つめ、それから必死で夏月へ手を伸ばす。
「相葉っ、気づけよ……っ!!相葉っ……」
しかし翼の手は決して夏月に触れることは出来ず、声も届かない。
狂気にも似た、孤独にも似た恐怖が翼の心に湧き上がる。
「なんで……っ」
諦めかけ、なのに諦めきれずに翼は夏月の前に崩れ込んだ。
「相葉……」
掠れた声だけが溢れる。
震える言葉は夏月には届かない。
翼は拳を強く握りしめた。
――その時
翼の脳裏に切羽詰まった声が響いた。
『中原さんの心拍が……!!』
『医師を呼んできます!』
『急いでっ……』
翼は思わず振り返る。
視界に翼のいる病室の光景が飛び込んでくる。
同時に弱くなっていく、己の鼓動。
やけに冷静に、翼はそれを見ていた。
「生きろ。中原」
先程と同じ声が同じ言葉を紡ぎ、その声に翼は我に返った。
夏月の瞳はじっと前を見据えていた。
翼が知らない強い意志を宿した瞳で。
それは、翼の知らない夏月だった。
以前に見ていた夏月とは明らかに違う。
その意志の強さが。その精神の強さが。
「相葉……」
自分のその声に翼は再度我に返った。
夏月と己の透けた体とを何度も見比べる。
壊れたような、引き攣った笑みがその顔に浮かんだ。
「俺の心拍が……なんだって……?」
右手が顔を覆う。
その手が震える。
「ちょっと待てよ……まだ……まだだ!まだ死ねないっ!!」
翼の声が響く。
「俺はっ……聞かなきゃならない……っ!!」
――何故、ここにいるのか
――何故、生きろというのか
――何故、そんなに強いのか
何故。何故。何故。何故。何故。何故。
精神が破裂しそうなほどに叫ぶ。
翼は手を伸ばす。
己の体へ。引き寄せられていく。
そして、眠る自分の体に触れた瞬間、翼の意識は爆発したようにはじけ飛ばされた――
視界に映るのは、深い闇だけ。
意識だけがそこにはあった。
「俺は……」
左手が頬に触れる。
自分だ。自分の声が響く。
「死んだはずじゃ……」
冷めたような声。
確かに解放されたはずだった。
覚えている。
誰も来ないいつもの資料室の片隅で。
ゆったりと遠のく意識の中で。
微笑って目を閉じた。
そこまでは覚えている。
「それでも……」
弱々しい声。
「……それでも死ねないのか……俺は」
悲痛な呟き。
自分自身で死を望み、他人を巻き添えにしてまで死を選んだ。
それなのに死なないなんて。
嫌悪どころか、嘲笑ってしまう。
「それとも……これが、死、なのか……」
闇に手をかざす。
何も見えない。ただ、自分の白い手があるだけだ。
「これが、解放なのか……?」
声が低くなる。
恨むように。憎むように。
何も無い。
闇だけ。
意識だけが放り込まれた。
永遠という時間に。
決して消えることのない苦しみと共に。狂気と共に。
もう、解放さえ、叶わない。
両手が顔を覆い、嘲笑なのか、泣きそうなのか、自分でもよくわからない表情に変わる。
刹那。
――生きろ、中原翼
衝撃が翼の体を貫き、声が聞こえた。
最近、知った。見つけた。
永い間、狂気の中にひとりでいた翼が同じものを押しつけた相手。
狂気を、受け取った奴。
一度瞬きをして、翼は前を見た。
視界からは闇が消えていた。
そして見えたのは病室。
たくさんの機械に囲まれ、他人の手によって生かされ続ける自分。翼の抜け殻。
元々青白い肌が今は血の気を失いすぎて、土気色に見える。
死んでいるようにさえ見えない。人形のような翼。
……それでもまだ脈を打ち続ける心臓の音が、思考に伝わる。
吐き気と嫌悪が同時にこみ上げ、翼は胸を押さえた。
そして先程聞いた声の主を探すために、翼は己の体から顔を背け、ドアの方へ進む。
床の上を滑るように足が進み、重く分厚い病室のドアをすり抜けた。
ざあっと周囲の光景が流れる。
病院のロビー。
たくさんの人々の中にいたのは。
声の主。
「相葉、夏月……」
そこに夏月がいた。
祈るようにして両手を組み、頭を下げ、口元だけで何かを呟いている。
「なんで……っ、相葉がここに……」
思わず呟いた時、夏月が顔をあげた。
真っ直ぐな瞳が翼を見た。
目が合うはずがない。焦点も合わない。
夏月には翼が見えていない。翼には夏月が見えているのに。
翼は前に進み、夏月の肩を掴もうとした。
しかしその手は夏月の体をすり抜け、空を掴んだ。
ビクリと体が震えた。
翼の目が大きく見開かれた。
震える手を見つめ、それから必死で夏月へ手を伸ばす。
「相葉っ、気づけよ……っ!!相葉っ……」
しかし翼の手は決して夏月に触れることは出来ず、声も届かない。
狂気にも似た、孤独にも似た恐怖が翼の心に湧き上がる。
「なんで……っ」
諦めかけ、なのに諦めきれずに翼は夏月の前に崩れ込んだ。
「相葉……」
掠れた声だけが溢れる。
震える言葉は夏月には届かない。
翼は拳を強く握りしめた。
――その時
翼の脳裏に切羽詰まった声が響いた。
『中原さんの心拍が……!!』
『医師を呼んできます!』
『急いでっ……』
翼は思わず振り返る。
視界に翼のいる病室の光景が飛び込んでくる。
同時に弱くなっていく、己の鼓動。
やけに冷静に、翼はそれを見ていた。
「生きろ。中原」
先程と同じ声が同じ言葉を紡ぎ、その声に翼は我に返った。
夏月の瞳はじっと前を見据えていた。
翼が知らない強い意志を宿した瞳で。
それは、翼の知らない夏月だった。
以前に見ていた夏月とは明らかに違う。
その意志の強さが。その精神の強さが。
「相葉……」
自分のその声に翼は再度我に返った。
夏月と己の透けた体とを何度も見比べる。
壊れたような、引き攣った笑みがその顔に浮かんだ。
「俺の心拍が……なんだって……?」
右手が顔を覆う。
その手が震える。
「ちょっと待てよ……まだ……まだだ!まだ死ねないっ!!」
翼の声が響く。
「俺はっ……聞かなきゃならない……っ!!」
――何故、ここにいるのか
――何故、生きろというのか
――何故、そんなに強いのか
何故。何故。何故。何故。何故。何故。
精神が破裂しそうなほどに叫ぶ。
翼は手を伸ばす。
己の体へ。引き寄せられていく。
そして、眠る自分の体に触れた瞬間、翼の意識は爆発したようにはじけ飛ばされた――
