夏の翼―闇夜の彼方に―

頬杖をついた手のひらが汗ばんでいた。
こんな時に、ああ生きてるんだなと実感してしまい、翼は顔をしかめる。
それでもひどく冷めた客観的な気分で翼はそこにいた。

虚ろすぎる瞳に映った少年。
闇だけを映していた視界に映る、苦しむ夏月の姿。

翼がそこに陥れた。
闇の中へ落としてやった。
ただのクラスメートでしかなかったはずの『相葉夏月(あいばかづき)』という存在。

俺のこころに近づいてく。

無表情で無感情のまま翼は呟く。

現在(いま)の翼に近づいている。
けれども、決して翼と同じにはなれない。
同じ狂気(もの)は持てない。

それでも――
確実に、進んでいる。
翼のなかにあるものとよく似たものが生じて、それらが少しずつ浸透していく。
その苦しさが、痛さがわかる。

相葉は俺の解放を叶えてくれる。

虚ろな微笑のなか、翼は呟く。

「俺と同じだ」

壊れた精神が再び呟く。
どこかおかしな耳鳴りと狂ったような静寂だけが翼を壊そうと襲い来る。

けれども、何の反応を示すこともない。
嫌味なほどに蒼い夏空にさえ何も思わなくなった。
何も感じない。
傷さえも、既に痛さを忘れた。

同じ教室の夏月を見つめながら、翼はもう一度だけ呟く。

「やっと……たどり着ける……俺の願い……」

虚空を見据え、不気味な笑みを浮かべた。

誰からも必要とされなかったのだから、解放されてもいい。

「なぁ、そうだろう……?」

その時浮かべた翼の笑みは嘲笑のはずだった。
でも、どこか違った歪な笑みだった。