あの日以来先生は話しかけてくることはなかった。
私は先生に宣言した通り、「現実的な進路」を探し始めた。
大学のパンフレットを見る。
『○●大学文学部』
『××大学理工学部』
『□□大学心理学部』
就職率、偏差値、資格。
いろいろ見ていく中で、自分が理系なのか文系なのかすら決まっていないことに、気づいた。
そして、「何をしたいか」ではなく「失敗しないものは何か」
だけで選んでいることにも気づいた。
机でパンフレットを広げていると親友の美月がやってきた。
美月は私の広げているパンフレットを見て、首を傾げた。
「栞って昔、小説家になりたいって言ってなかった?」
「昔ね」
美月には小説賞に応募したことは言っていない。
だから笑ってごまかした。
「今はやっぱ有名大学出るべきでしょ」
「でもさ」
美月がまた首をかしげる。
「そのパンフレットの大学って今の栞でも受かる中堅大学でしょ?」
「もっと上を目指さないの?」
「受からなかったら浪人しなきゃいけないからね」
そう言って私はまた、ごまかした。
そして授業開始を告げるチャイムが鳴った。
美月は「またね」と言って自分の席に戻っていった。
次の授業は…。
現代文。榊原先生の授業だった。
榊原先生はいつも通り、数分遅れてやってきた。
眠そうだ。
先生が教室に入ってきたとき、目が合った気がした。
思えば、あの日、国語準備室で話してから、初めての授業だった。
今日の授業内容は『舞姫』だった。
先生は問題を出して、生徒に記述させる。
生徒が黒板に回答を書いている間、生徒はやることが特にない。
だから先生はこんな質問をしてきた。
「最近進路調査の紙が配られただろう」
「その中で自分の進路に自分が才能があるからっていう理由で選んだ奴は手を挙げてみろ」
そんな問いかけをしてきた。
クラスはざわついたが、誰も手を挙げなかった。
「まあ、そうだよな」
「才能があるなんてわかってるやつなんてなかなかいないよな」
私は無意識に、先生を見ていた。
「でも才能がとか、自分ができるかわからないからなんて理由で進路を狭めるような馬鹿な真似だけはするなよ」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
ーーそれ、私に言ってる?
そう思って先生を見る。
けれど先生はこちらを見ることもなく、黒板の方へ向き直っていた。
ちょうど解答を書いていた生徒が、チョークを置く。
「よし。じゃあこっちの記述から見ていくか」
何事もなかったかのように、授業は先生の解説へと移っていった。
その日の授業はうわの空で終わった。
放課後。
私は資格系の本を捜すために本屋さんへと向かった。
本屋さんは学校からそう遠くはない。
徒歩10分くらいだ。
だが私は今日の授業での先生の言葉が胸にちくりと刺さったままだった。
『才能があるかわからないからとか、自分にできるかわからないかおか、そんな理由だけで進路を狭めるような馬鹿な真似だけはするなよ』
あれは本当に偶然だったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、いつもの倍以上の時間をかけてようやく本屋に
たどり着いた。
資格系のコーナーに向かおうとするとき。
一冊の本が目に入った。
昔好きだった海月くらげ先生の新作だった。
海月くらげ先生は高校生の青春を描いた作品が多い。
恋愛だったり、部活だったり、時には生徒会のミステリーだったり。
短い文章ながら、擬音をたくさん使い、彩りを持たせる文章を書く人だ。
小説家になりたかった頃は、海月くらげ先生のような作風を目指していた。
でも、小説賞に落ちた後、この人の本を読むのをやめてしまった。
才能のある人の文章を読むのが怖かったのかもしれない。
だから、今日も買わないつもりだった。
つもりだったのにーー。
書籍の帯には『未来へ悩むあなたへ』
と書いてあった。
それがまるで私に向けられたように感じて。
私は久しぶりに海月くらげ先生の本を買った。
資格系の本は今日は買わないことにした。
家に帰ってさっそく海月くらげ先生の本を読もうとした。
でも、怖い。
おそるおそる1ページ読んでみる。
面白い。
その小説には未来への不安を抱き、不登校になってしまった少女が、再び学校に行くまでを描いていた。
その主人公も才能のないことに悩んでいた。
まるで私みたいだ。
それからは時間を忘れて、一気に最後まで読んだ。
そしてあとがきを読んだとき、私は目を見開いた。
『これは、私の実体験をもとに書いた小説です。もし才能がないと思っている人がいるのならば。私のことを思い出してください。私も才能がないと悩み、もがき苦しみましたが、今ではこうやって皆さんに小説を届けることができています。自分で才能がないなんて決めないでください。』
ーーあこがれの先生も才能がないと悩んでいた。
でも海月先生は結局才能があった。
だから、小説家になれただけだ。
そうだ。
そうに違いないはずなのに。
私はパソコンに入っているファイルを開いていた。
それは小説を書いていた頃のファイル。
震える手で、新規作成をクリックする。
一行。
消す。
もう一行。
気づけば数百字。
私は気づけば小説を書いていた。
数日間、学校から帰っては、小説を書き続けた。
「これは小説家を目指してるんじゃない」
と自分に言い訳をしながら。
榊原先生とは授業以外で関わりは、ほとんどなかった。
国語のプリントを提出しに行った時も。
先生はもう「小説書かないのか」
と言ってくれなくなった。
以前なら鬱陶しかったはずなのに、
「もう聞いてくれないんだ」
と寂しく感じる自分がいることに気づいた。
先生に読んでほしい。
小説家になるためじゃない。
私を認めてくれた先生に、今の文章を見せたらどんな顔をするのか見てみたい。
私はその一心で小説を書き続けた。
内容は部活もの。
文芸部の女の子が運動部の男の子に恋をする物語を書いた。
何度も没にしようと思った。
何度も別の話にしようと思った。
だけれども、この話を読んでほしい。
そして、数日後、短編が完成した。
私は何度も読み返した。
先生に見せたい。
でも怖い。
放課後。
国語準備室の前を何度も往復した。
今日はやめておこうかな。
でも昨日もあきらめちゃったしな。
でも明日でも別にいいよな。
そんなことを思いながら、国語準備室の前をうろうろしていると。
気配に気づいたのか、榊原先生がドアを開けた。
「何してんの」
そっけない声。
もしかしたら読んでくれないかもしれない。
ひどいことを言われるかもしれない。
でも、最初に『才能がないとは思わない』って言ってくれたのは先生だから。
深く息を吸い、そして吐く。
「先生」
「どうした?」
原稿を差し出す。
「……これ、読んでもらえませんか」
先生は少し驚きながらも、笑顔で受け取ってくれた。
私は受け取ってもらえたことがうれしくて。
「ありがとうございます!」
そう言って帰宅した。
私は先生に宣言した通り、「現実的な進路」を探し始めた。
大学のパンフレットを見る。
『○●大学文学部』
『××大学理工学部』
『□□大学心理学部』
就職率、偏差値、資格。
いろいろ見ていく中で、自分が理系なのか文系なのかすら決まっていないことに、気づいた。
そして、「何をしたいか」ではなく「失敗しないものは何か」
だけで選んでいることにも気づいた。
机でパンフレットを広げていると親友の美月がやってきた。
美月は私の広げているパンフレットを見て、首を傾げた。
「栞って昔、小説家になりたいって言ってなかった?」
「昔ね」
美月には小説賞に応募したことは言っていない。
だから笑ってごまかした。
「今はやっぱ有名大学出るべきでしょ」
「でもさ」
美月がまた首をかしげる。
「そのパンフレットの大学って今の栞でも受かる中堅大学でしょ?」
「もっと上を目指さないの?」
「受からなかったら浪人しなきゃいけないからね」
そう言って私はまた、ごまかした。
そして授業開始を告げるチャイムが鳴った。
美月は「またね」と言って自分の席に戻っていった。
次の授業は…。
現代文。榊原先生の授業だった。
榊原先生はいつも通り、数分遅れてやってきた。
眠そうだ。
先生が教室に入ってきたとき、目が合った気がした。
思えば、あの日、国語準備室で話してから、初めての授業だった。
今日の授業内容は『舞姫』だった。
先生は問題を出して、生徒に記述させる。
生徒が黒板に回答を書いている間、生徒はやることが特にない。
だから先生はこんな質問をしてきた。
「最近進路調査の紙が配られただろう」
「その中で自分の進路に自分が才能があるからっていう理由で選んだ奴は手を挙げてみろ」
そんな問いかけをしてきた。
クラスはざわついたが、誰も手を挙げなかった。
「まあ、そうだよな」
「才能があるなんてわかってるやつなんてなかなかいないよな」
私は無意識に、先生を見ていた。
「でも才能がとか、自分ができるかわからないからなんて理由で進路を狭めるような馬鹿な真似だけはするなよ」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
ーーそれ、私に言ってる?
そう思って先生を見る。
けれど先生はこちらを見ることもなく、黒板の方へ向き直っていた。
ちょうど解答を書いていた生徒が、チョークを置く。
「よし。じゃあこっちの記述から見ていくか」
何事もなかったかのように、授業は先生の解説へと移っていった。
その日の授業はうわの空で終わった。
放課後。
私は資格系の本を捜すために本屋さんへと向かった。
本屋さんは学校からそう遠くはない。
徒歩10分くらいだ。
だが私は今日の授業での先生の言葉が胸にちくりと刺さったままだった。
『才能があるかわからないからとか、自分にできるかわからないかおか、そんな理由だけで進路を狭めるような馬鹿な真似だけはするなよ』
あれは本当に偶然だったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、いつもの倍以上の時間をかけてようやく本屋に
たどり着いた。
資格系のコーナーに向かおうとするとき。
一冊の本が目に入った。
昔好きだった海月くらげ先生の新作だった。
海月くらげ先生は高校生の青春を描いた作品が多い。
恋愛だったり、部活だったり、時には生徒会のミステリーだったり。
短い文章ながら、擬音をたくさん使い、彩りを持たせる文章を書く人だ。
小説家になりたかった頃は、海月くらげ先生のような作風を目指していた。
でも、小説賞に落ちた後、この人の本を読むのをやめてしまった。
才能のある人の文章を読むのが怖かったのかもしれない。
だから、今日も買わないつもりだった。
つもりだったのにーー。
書籍の帯には『未来へ悩むあなたへ』
と書いてあった。
それがまるで私に向けられたように感じて。
私は久しぶりに海月くらげ先生の本を買った。
資格系の本は今日は買わないことにした。
家に帰ってさっそく海月くらげ先生の本を読もうとした。
でも、怖い。
おそるおそる1ページ読んでみる。
面白い。
その小説には未来への不安を抱き、不登校になってしまった少女が、再び学校に行くまでを描いていた。
その主人公も才能のないことに悩んでいた。
まるで私みたいだ。
それからは時間を忘れて、一気に最後まで読んだ。
そしてあとがきを読んだとき、私は目を見開いた。
『これは、私の実体験をもとに書いた小説です。もし才能がないと思っている人がいるのならば。私のことを思い出してください。私も才能がないと悩み、もがき苦しみましたが、今ではこうやって皆さんに小説を届けることができています。自分で才能がないなんて決めないでください。』
ーーあこがれの先生も才能がないと悩んでいた。
でも海月先生は結局才能があった。
だから、小説家になれただけだ。
そうだ。
そうに違いないはずなのに。
私はパソコンに入っているファイルを開いていた。
それは小説を書いていた頃のファイル。
震える手で、新規作成をクリックする。
一行。
消す。
もう一行。
気づけば数百字。
私は気づけば小説を書いていた。
数日間、学校から帰っては、小説を書き続けた。
「これは小説家を目指してるんじゃない」
と自分に言い訳をしながら。
榊原先生とは授業以外で関わりは、ほとんどなかった。
国語のプリントを提出しに行った時も。
先生はもう「小説書かないのか」
と言ってくれなくなった。
以前なら鬱陶しかったはずなのに、
「もう聞いてくれないんだ」
と寂しく感じる自分がいることに気づいた。
先生に読んでほしい。
小説家になるためじゃない。
私を認めてくれた先生に、今の文章を見せたらどんな顔をするのか見てみたい。
私はその一心で小説を書き続けた。
内容は部活もの。
文芸部の女の子が運動部の男の子に恋をする物語を書いた。
何度も没にしようと思った。
何度も別の話にしようと思った。
だけれども、この話を読んでほしい。
そして、数日後、短編が完成した。
私は何度も読み返した。
先生に見せたい。
でも怖い。
放課後。
国語準備室の前を何度も往復した。
今日はやめておこうかな。
でも昨日もあきらめちゃったしな。
でも明日でも別にいいよな。
そんなことを思いながら、国語準備室の前をうろうろしていると。
気配に気づいたのか、榊原先生がドアを開けた。
「何してんの」
そっけない声。
もしかしたら読んでくれないかもしれない。
ひどいことを言われるかもしれない。
でも、最初に『才能がないとは思わない』って言ってくれたのは先生だから。
深く息を吸い、そして吐く。
「先生」
「どうした?」
原稿を差し出す。
「……これ、読んでもらえませんか」
先生は少し驚きながらも、笑顔で受け取ってくれた。
私は受け取ってもらえたことがうれしくて。
「ありがとうございます!」
そう言って帰宅した。


