「で、最後にリボンの端をこうやって留めて……黄色の痛ロゼットの完成!」
「三個目か。今更だけどロゼットって何?」
「この真ん中に推しの缶バッジとか付けれる飾りだよ」
「へぇ」
部活で使う家庭科室は、授業中とは違って気楽な雰囲気がある。
隣に座る空我に出来たてのロゼットを手渡し、道具の片付けに取り掛かるぼく。
新一年生は三日間の部活見学を経て、いよいよ所属を決めていく時期だ。
──この家庭科部には空我が入ってくれたけど、今月中にあとふたり部員を確保しないといけない。
手作りの推し活グッズでアピールするというのは我ながら良いアイディアだ。……もっと早く思いつきたかった。
「よし、今からこれを写真に撮って学校のSNSに──……あっ、ごめん!」
片づけを終えて、空我からロゼットを受け取ろうとしたらうっかり指が触れ合ってしまった。
慌てて離そうとするとがしっ、と手首を掴まれる。
「く、空我……?」
「なんで離れんの。これ、取りたかったんだろ」
空我はこれ、と持っていたロゼットを──落とさないようにかぼくの手のひらを自分のそこで包み込んで返してくれる。
「俺も明日やってみる。イラストで作った缶バッジが何個かあるし」
「う、うん……」
──……好きな人と部活するの楽し過ぎる……!
にやけないようにするので精一杯だった。
両思いは望めなくても、こうして一緒に平穏な放課後を過ごせればじゅうぶんだ。そう結論付けつつロゼットを撮影すべくスマホを取り出した、その時。
「おじゃましまーす」
家庭科室の扉を開き、こちらの返事を待たずに入ってきたのは匠海だ。
「クミちゃん。どうしたの?」
「今日の活動は君たちだけ?」
「うん。もうひとりの部員の湯沢くんは風邪で早退しちゃって……」
「そうなんだ」
クリアファイルを片手に持ったクミちゃんはいつも通り、穏やかな微笑みを浮かべて話している。
……でもなんだろう。
すごく嫌な予感がする。
「ここの部長はヒナだったよね」
「そうだけど……」
「ちょっと伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「うん。家庭科部ね、今日で活動停止だから」
「あーそうなんだ。
……活動停止!?!?」
耳を疑った。
クミちゃんが掲げたクリアファイルの中の紙には、“部活動停止のおしらせ”と仰々しいフォントが踊っている。
──平穏な放課後が終わった……!
あんぐりと口を開けて震えるぼくに、空我の憐れむような視線が突き刺さった。
◇◇
高橋 匠海。
この高校の生徒会副会長で、ぼくの幼なじみ。
整った容姿と学年トップを誇る頭脳に加え、人望もあり校内では優しくて面倒見が良いと評判だ。
……しかしそれは表向きで。
「お願いクミちゃん考え直してっ、このロゼットあげるから!」
「僕の一存じゃどうにもなりませーん」
半泣きで青色のロゼットを押し付けようとするぼくに対し、クミちゃんは両手を上げて降参のポーズをとる。
──取り付く島もない……!
──この姿のどこが“優しくて面倒見が良い”んだっ。
この通り、実際のクミちゃんはドライで容赦がない。
彼がぼくの為に校則をひとつ変えた、なんて噂もあるけど……ありえなさ過ぎて初めて聞いた時は鳥肌が立った。
「生徒会長からの通達なんだ。現時点で所属が五人未満、かつ存続の意欲がない部活動は停止させろってね」
「そんなぁ……!」
「最近は部費の不正使用の取り締まりもしなきゃだから、色々と余裕がなくて」
くい、と眼鏡を上げながらクミちゃんは言う。
──卒業していった先輩たちに『家庭科部は絶対守ります』って約束したのに。
──顧問の先生は他校に用事があるとかで不在だし、一体どうすれば……!
「……いくらなんでも急過ぎる」
と、ぼくの隣に座ったまま声を上げるのはそれまでじっと話を聞いていた空我だ。
「入部届けの提出期限は今月末だったと思うけど。ヒナタもそこ目指して動いてた」
「このタイミングで新入部がないなら月末を待っても同じでしょ?」
「さっきの匠海の言い方も気になる。存続の意欲さえあれば話は別……みたいな」
「……空我も勘が鋭くなったね」
空我の指摘にふ、と笑みをこぼして、クミちゃんはクリアファイルの中の……“部活動停止のお知らせ”のうしろにあった書類を取り出す。
「もう少し、ヒナが慌てふためくのを楽しんでからにしようと思ったんだけど」
「ちょっと、ぼくをからかってたのっ?」
どうやら今日で活動停止というのは誇張だったらしい。
──さっさと本題に入ればクミちゃんだってすぐに生徒会室に戻れるのに……。
──このSっ気ある一面を動画に撮って全校生徒に晒してやりたい!
「ここだけで部員を集められないなら、活動内容が近いところと一緒になる道もある」
ぼくの追及を華麗にスルーしたクミちゃんが見せてきたのは、“部活動一覧表”と書かれた紙。
「ようするに合併だね。家庭科部だと、茶道部あたりが相性良いんじゃないかな」
「さ、茶道部」
「うん。向こうも部員が足りなくて状況は同じだし、ヒナさえ良ければ明日にでも顔合わせの場を作るよ」
ちら、と空我を見ると小さく頷いている。
反対ではないようだ。
──正直、急に合併って言われてもピンとこないけど……新入部員ふたりを月末までに探すよりは現実的だよな。
「……分かった。合併もちょっと考えてみる」
「了解。じゃあ、明日の放課後に茶道部の子たちと顔合わせセッティングしとくね」
「うん……」
「そんな顔しないで?僕に出来ることはなんでもするから」
「クミちゃん……」
「今活動停止になったら、家庭科部をだしにして押し通した案件が白紙になるし」
「クミちゃん?」
何やら聞き捨てならないことをこぼしたクミちゃんに、思ったより低い声が出る。
「ねぇ、ひょっとしてクミちゃんがぼくのために校則を変えたって噂があるのは……」
「さ、僕はそろそろ生徒会室に戻るよ。せっかくだからコレはもらってくね」
「あっ、ちょっ──……推しを愛でる心なんかないくせに!!」
さっきぼくが差し出した青色のロゼットではなく、一番綺麗に出来た黄色いのをちゃっかり持って行くクミちゃん。
決死の叫びも虚しくピン、と伸びた背中がドアの向こうに消える。
「あ、匠海くんだ」
「ねーここ家庭科室じゃない?」
「うわマジだ!朝比奈くんに会いに来たのかっ」
「えっ、ラブラブじゃん!」
「っ!?違うっ、ぼくたち付き合ってないからぁ!」
閉まった扉を貫通して聞こえる女子たちのはしゃぎ声に、気づけばぼくは駆け出していた。



