◇◇
「朝比奈くんっ、ちょっと耳見せて!」
「えっ、なっ、なに……!?」
家庭科部の新入部員として空我を迎えた、次の日。
朝の教室に入ったぼくを待ち構えていたのはクラスメイトの女子二人組。
──耳を見せてってどういうこと!?
──ぼく、この子たちに何かしたっけ!?
必死に記憶を辿ってるうちに彼女らはぼくの肩を引き寄せ、そのまま耳元を覗き込む。
「朝比奈くんは開いてない!」
「マジだ!じゃあ、昨日のは誰に歌ってたの!?」
「ちょっと待って!“昨日の”ってなんの話!?」
「あっ、ごめん朝比奈くん……」
興奮気味に言い合う二人の間に入って声を上げると、ぼくの肩に手を置いたまま教えてくれた。
「昨日の夜、陸斗くんがライブ配信してたでしょ?」
「う、うん」
そういえば夕飯の時、陸斗くんがそんなことを言っていた。
ぼくは自宅に戻った後すぐ寝落ちしたので、配信は見ていない。
「コメントのリクエストで陸斗くんが即興で歌作ったんだけどさ!」
「その歌に“君の揺れるピアスまで愛しくて~”みたいな歌詞があったの!」
「それで、あれは誰への歌なんだろうって話してて!」
なるほど、ようやく話が見えた。
普段は双子が傍にいないと見向きもされないぼくが注目を浴びたのはそういうわけか。
「で、朝比奈くんはピアス開いてないじゃん?」
「だから昨日の“ひなた”って曲と、今回の歌は別の人なのかなって!」
「他に好きな子がいるとか?いや過ぎるぅー!相手が朝比奈くんだから許せたのにっ」
「相手誰?特定しよっ」
「想像で作ったとかじゃないもんね絶対っ」
「……」
やっと肩から手を離した女子たちを横目に、無言で自分の耳に手を当てるぼく。
ピアスをしようなんて考えたこともないし、そもそもアクセサリー自体興味がない。
周りを見渡すと、クラス中が陸斗くんの話題で持ちきりだった。
──即興ラブソングを歌っただけでこんな騒ぎになるのか……。
まるで芸能人みたいだ……とのんきに思ったところで、廊下からぼくを呼ぶ声がする。
「おーい、ヒナタ!」
「陸斗くん、なんか大変なことになってるけど……」
「分かってる!バンドメンバーから聞いたっ」
開けっ放しの扉から小走りで陸斗くんが入って来る。
家は隣同士だけど、今日みたいに別々に登校する日も多いのだ。
「陸斗くんっ、待ってたよぉ!」
「生配信で歌ってたのって誰宛て!?」
「朝比奈くんがいるのに浮気!?」
「えっ、浮気はダメだろ陸斗!!」
ぼくを掴んでいた女子たちを含め、クラスメイトが一斉に陸斗くんを囲む。
いくら詰められてもぼくの方へがっちり固定された彼の視線に、嫌な予感が胸を掠めた。
◇◇
陸斗くんには同学年の彼女がいる。
去年から付き合い始めたそうで、話したことはないけど綺麗で優しそうな子だ。
陸斗くんがそのことを隠しているのは嫉妬に燃えたファンから批判されたり、彼女が嫌がらせを受けたりするのを防ぐ為らしい。
昨日の新曲にぼくの名前を付けたのも、カモフラージュのひとつだろう。
「……ヒナタ、どうしよう」
放課後。
誰もいなくなった教室で、陸斗くんがいつになく深刻そうな顔をしていた。
「このままだと彼女のことがバレるかもしれない」
自分の机に座る陸斗くんは頭を抱える。
朝、クラスメイトたちに詰められた時はうまく誤魔化してたけど……それも長くはもたないだろう。
「即興だったからうっかりしてた……!」
「いっそ本当のこと言ったら?」
「付き合ったの去年だぞ?今さら暴露したらミウが何言われるか……」
ミウさんとは陸斗くんの彼女の名前だ。
今まで陸斗くんは気になる女子がいてもライブの練習やファンの対応に追われてなかなかうまくいかず、そのミウさんだけがすべてを理解した上で付き合ってくれたという。
『ミウは初めての彼女だしさ、絶対に守ってやりたいんだ』
去年の秋、そう言って照れくさそうに笑った陸斗くんをよく覚えている。
……好きな人にここまで想われるミウさんが、心の底から羨ましいと思ったことも。
「──そうだ!」
と、陸斗くんが勢いよく顔を上げた。
「ヒナタもピアス開けてくれないか!?」
「……えっ?」
唐突過ぎて理解が追いつかなかった。
席から立ち上がった陸斗くんが、壁際にいるぼくに迫る。
「ヒナタにもピアスがあれば、“あの歌はヒナタのことでした!”ってできるだろ?」
「そ、そうかもだけど、ぼくにピアス開いてないの見られちゃったよ……!?」
「後からいくらでも言い訳出来るって!」
「……っ」
陸斗くんは必死だ。
その表情を見れば、彼女を守りたいという気持ちが本気だと伝わる。
──確かに、元々ぼくと陸斗くんには熱愛疑惑が上がってるわけだから不自然ではない。
──でもぼくアクセサリーなんて付けないし、ピアスの穴開けるのってすっごく痛そう……!
「頼む!穴開ける道具は俺が買うから!!」
「うぅ……」
「ヒナタだけが頼りなんだっ」
……そう言われると突き放せない。
陸斗くんには幼稚園の頃から何度も守られてきた。
やっと恋を叶えた彼や、ミウさんの力になれるなら耳の穴くらい安いものかもしれない。
──いや、怖いのには変わりないけど。
──それでも……。
「……分かった。ぼく、ピアス開けるよ……」
こぶしをぎゅっと握って頷いた、その時。
「──おい!」
背後から響いた大声に震えながら振り返る。
「……空我……?」
「陸斗……ヒナタに何させるって?」
どうしてここに?と聞ける雰囲気じゃなかった。
いつの間にか教室に入り込んでいた空我が、鬼の形相で陸斗くんの左肩を掴んだのだ。
◇◇
「陸斗……ヒナタに何させるって?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
新入生の部活見学二日目。
既に家庭科部に入ることを決めた俺は用がなかったので、ヒナタを迎えに行くことにした。
──同じ部活になったからほぼ確定で一緒に帰ることが出来る。
──なんて柄にもなく浮かれてたけど……今は最低な気分だ。
「へ?」
「ピアス開けるって聞こえたんだけど」
陸斗はきょとんとしている。
その反応に余計に腹が立った。
「ヒナタはアクセサリーしないのに、痛い思いさせて意味あんの?」
「空我、これは……」
「俺の彼女を守るためなんだよ!」
ヒナタが何か言おうとする前に、陸斗が口を開いた。
「彼女特定されそうでヤバいんだけど、ヒナタがピアス開ければ解決するんだっ」
「……は?」
「きのう即興でラブソング歌った時やらかしちまって……」
「なんだよそれ……」
ちゃんと聞いても意味が分からない。
──っていうか陸斗には彼女がいたのか。
──ヒナタはそのために身体を張ろうとして……。
──そこまでするってことは……ヒナタが好きなのは陸斗?
ヒナタに好きな奴がいるのは知っていた。
俺の兄貴たちのどっちかだと思ってたけど──こうもあっさり正解が分かるなんて。
「やっぱヒナタなら助けてくれるって信じてた!これからもよろしくなっ」
「う、うん……」
「……これからも?」
ぎゅ、と片方の眉に力がこもる。
──これからも自分や彼女に何か起こるたび、無茶ぶりをする?
──ヒナタの気持ちを利用して?
……我慢の限界だった。
肩を掴んでいた手で陸斗を押しのけ、ヒナタを背中に庇うようにして立つ。
「他人に頼らないと守れないなら最初から付き合うな!!」
俺の大声が教室に響いた。
本当は、喉がヒリヒリするから叫ぶのは苦手だ。
驚いたように陸斗が目を見開いて、背後からも息を呑む音がした。
「やるからにはお前が命かけろ、ヒナタの助けをアテにするな。俺だったら──」
振り返るとヒナタが不安げに俺を見上げている。
こんな状況で、その上目遣いを可愛いと思ってしまう自分を殴りたい。
「俺だったら、万が一でも相手の迷惑になる可能性があるならイラスト上げるのやめる」
陸斗の歌と俺のイラストじゃ前提が違う。
それでも言わずにはいられなかった。
──俺はいつだって、これくらいの覚悟でいる。
──……“本命”に言う勇気がないってだけで。



