◇◇
放課後の学校はいつもより賑わっていた。
新学期が始まって二日目。新入生の部活見学が始まったのだ。
「美術部でーす!油絵体験やってまーすっ」
「君たちの青春をバレーボール部に預けてくれ!!」
「ねぇねぇ、どこから行く?」
「ダンス部気になる!」
新部員を獲得すべく声を張り上げてアピールする上級生や、キラキラした表情でどこへ行くか話し合う一年生は見てるだけで楽しい。
──ぼくも勧誘頑張るぞ……!
この日のために準備した“家庭科部”と書かれたプラカードの持ち手をぎゅっと両手で握り、ぼくはひとり頷く。
その時。
「ヒナター!」
「あ、陸斗くん」
すぐそこの音楽室の扉から顔を出し手招きしている赤髪の彼は、幼稚園からの幼なじみ。
「電話しようと思ったんだ。ミニライブやるから聴いてけよ!」
「楽しそうだけど、それって新入生向けじゃあ……」
「細かいことは気にすんなって!」
豪快に笑いながら、陸斗くんはぼくの腕を引っ張って音楽室の中へ連れていく。
──こういうところ昔から変わらないな……。
──まぁ、うまくいけばライブ見に来た子たちを家庭科部に勧誘できるかもだし。
「なんだよヒナタ、最前行かねぇの?」
「ぼくはここで良いよ」
ステージ前は新入生だけでなく、ぼくと同学年や上級生の生徒もたくさん集まっていた。
後ろの方で邪魔にならないように、でも周りにしっかりアピールすべく低い位置でプラカードを持ち直す。
「じゃ、始めるぞー!」
人並みをすり抜けてステージに上がった陸斗くんがギターを構えた。
かなりの数の観客を前ににこにこしている。
──緊張しないのかな。
──ぼくだったら身体が固まって、演奏どころじゃなくなりそう……。
ドラムの人の合図でミニライブが始まった。
湧き上がる歓声。
陸斗くんらしいアップテンポなイントロ。
マイク越しに彼の力強い歌声が響く。
♪君はいつも僕の少し後ろ
♪人混みに紛れても
♪なぜかすぐに見つけられる
──昨日聴かせてもらった新曲だ。
──タイトルはなんていうんだろ。
♪君が笑うその場所は
♪いつだって暖かな光が差す
♪僕は何度でも歌うよ
♪君も満たされますように
勧誘が目的だけど、ずっと聴いていたい気もする。陸斗くんの歌には不思議な魅力がある。
「──以上、一曲目“日向”でした!これはまだ動画にも上がってないやつで──……」
──へぇ、あの曲“ひなた”っていうのか。
──なんかすごく馴染みのあるワードだな……。
「……あっ」
気づいた時には遅かった。
陸斗くんが新曲の解説中にも関わらず、ほとんどの観客が一斉にこちらを振り返る。
「ね、“ひなた”ってあの先輩のことだよね?」
「うん。お姉ちゃんに聞いたことある」
「やっぱ陸斗と朝比奈って“そういう”感じ?」
「あそこまで匂わせてんだから間違いないだろ」
──しまった、こうなる可能性を忘れてた!
突き刺さる多数の視線に、緊張とは別の意味で凍り付くぼく。
持っていたプラカードを掲げて顔を隠してみるものの無意味だ。
──ただでさえもぼくたち熱愛疑惑があるのに……っ。
──陸斗くんはなんでそんなタイトルを付けたの!?
「見て空我、ヒナは真面目だね。ちゃんと家庭科部の宣伝してる」
「やめろ匠海。アイツ絶対そんなつもりじゃないから」
ぼくがいる場所に一番近い壁際から、聞き覚えのある声がふたつ届いた。
◇◇
ぼく・朝比奈 ヒナタには双子の幼なじみがいる。
「ごめんってヒナタ!タイトルだけであんな反応されるなんて予想外でさぁっ」
向かいに座るぼくへ両手を合わせて謝罪するのは兄の高橋 陸斗くん。
軽音部の大人気ボーカルで、新入生の部活見学でやったミニライブではぼくの名前が付いた新曲を披露した。
「あの歌詞でタイトル“日向”は匂わせどころか、直接嗅がせにいってるよねぇ」
他人事のように笑いながら優雅に食事を楽しんでいるのが、弟の匠海くん。
ぼくらが通ってる高校の生徒会副会長。音楽室には見回りで来ていたそうだ。
「いくらなんでも露骨過ぎ!」
「それしか思いつかなかったんだって!」
「僕も次書く小説のタイトルは“朝比奈ヒナタへのラブレター”にしようかな」
「匠海のはふつうに嫌がらせでしょ!!」
二人とは幼稚園からの友達で、家も隣同士だから今日みたいにお互いの両親が出張や夜勤で不在の日は一緒に夕飯を食べている。
──“あの”高橋兄弟のご飯をぼくが作ってるなんて、みんなには言えないな。
──……また変な噂が立つに決まってるし。
陸斗くんもクミちゃんもモデルさんみたいな高身長イケメンに加え、ずば抜けた特技を持つ人気者だ。
そんな二人にいつも構われているぼくの立場がよっぽどドラマチックなんだろう。今や周りでは“朝比奈 ヒナタは高橋兄弟のどちらかと付き合っている”という疑惑が囁かれていた。
──でもそれは事実無根だ。
──ぼくが本当に好きなのは──……。
「……ごちそうさま」
ぼくが双子を睨みつけてる傍らで、きちんと手を合わせてそう言ったのは高橋 空我。
陸斗くんたちのひとつ下の弟で、うちの学校の新一年生。この空我も例に漏れずぼくの幼なじみだ。
今までただ黙々と、ぼくが作った夕飯を食べていた。
「空我、おかわりは?」
「もう腹いっぱい。今日の当番俺だから食器は置いといて」
「うん、ありがとう」
空の食器を対面式キッチンへ持って行き、シンクに入れていく空我。
ぼくが高橋家でご飯を作る日は材料の用意や後片付けなど、調理以外を三兄弟のうちの誰かがやってくれるのだ。
──なんか機嫌悪い?気のせいかな……。
「そ、そうだ。空我は部活決まったの?」
ぼくも早々にごちそうさまして聞いてみる。
音楽室でクミちゃんと一緒にいる空我を見かけた時、各部活にもらったと思われるチラシを大量に抱えていた。
うちの学校は空我の得意分野であるイラストを活かせそうな部が多いし、既にどこかに入部届を出してるかも。
「…………………まだ決まってない」
「あれ?おかしいな」
たっぷり間を置いて答えた空我にすぐさま、クミちゃんが口を開く。
「空我は家庭科部に入るんじゃなかった?」
「えっ?」
「生徒会の副顧問が空我の担任でさ、僕の目の前で入部届出してたよ」
「っ、匠海!!」
キッチンに手を付き声を張り上げる空我の顔は遠目でも分かるほど赤い。
家庭科部は調理や手芸・裁縫などやるところで、何を隠そう(?)ぼくが所属している。
「空我、手芸とか興味あるの?」
「いや、その……」
「家庭科部は今月誰も入らなければ活動停止だって僕が言ったら、その場で入部決めたんだよね」
「ああ、ヒナタのためか!」
「陸斗!!」
二回叫んだ空我はさすがに辛かったのか息も絶え絶えだ。
家庭科部はぼく含めて二人しか部員がおらず、クミちゃんの言う通りここで新入生を獲得しないと非常にまずい。
──卒業していった先輩たちとの思い出もあるし、なんとか部は残したい。
──だから空我が入ってくれるならありがたいけど……。
「……もっと空我が楽しめる部活があると思うし……」
「別に……大人数が苦手だから静かそうなとこ選んだだけ」
空我はふい、と下を向いてしまって、長い前髪に表情が隠れてしまった。でも首まで真っ赤になっているのであんまり意味はない。
──それなら活動停止寸前のところをわざわざ選ばなくても、他の少人数の部に入れば良い。
──空我なりに気を遣ってるんだ。
──そういうところが、ぼくは……。
ぶっきらぼうだけど優しい年下の幼なじみに恋をしてから、もう何年経つだろう。
『好きとか付き合ってるとか、男同士でそうなるってあんまないのに』
つい昨日、本人の口からそんな考えを聞いたぼくは──間違ってもこの気持ちを知られてはいけないと悟った。
「本当にありがとう空我。同じ部活になれてすごく嬉しい」
「……ん」
「まぁ、部として認められるのは五人以上だから……ひとり増えたところで活動停止の危機は変わらないけどね」
「ごちそうさま!なー、俺このあとライブ配信するからみんな見てくれよっ」
さっきから不思議なくらい照れている空我にお礼を言うと、涼し気な瞳が前髪の隙間から覗く。
この時のぼくは好きな人と同じ放課後を過ごせるかもという淡い期待に心を奪われ……クミちゃんの衝撃発言に気づけなかった。



