イケメン双子と熱愛疑惑があるぼくですが、本命は別にいます。



◇◇

 
 新学期初日は午前中で終わった。
 陸斗(りくと)くんは軽音部の集まりがあると言って、ギターケースを手に音楽室へ。
 匠海(クミちゃん)も生徒会の仕事らしく、他の役員たちと急ぎ足で歩くのを見た。
 ぼくはと言えばひとり、大量の教材を抱えて廊下を歩いている。

「よいしょ、と……」

 抱え直した教材が腕にずしりと響く。
 帰ろうと職員室の前を通りかかった時、若い女性の先生がこれを運ぼうとしているところに出くわした。
 妊娠中で、もうすぐ産休だというその先生を放っておけずつい『ぼくが運びますよ』と声をかけてしまったけど……。

 ──別にぼくも力持ちってわけじゃないんだよな……。
 ──引き受けたのは後悔してないけど、別の先生に相談しても良かったのかも。

 お昼ごはんも食べれてないから腹ぺこだし、両腕はだいぶ前から悲鳴を上げている。
 でも、あと少し。
 すぐそこの理科準備室に運び終えたら、ようやくひと息つける。
 そう自分に言い聞かせた途端──。

 ……どんっ!

「わっ!」

 前から来た生徒たちがぼくの肩にぶつかった。
 そのはずみで、抱えていた教材がどさどさと床に散らばる。

()った……」

 勢いのまま、ぼくも尻もちをついてしまう。

「……でさー、大変だったんだよ」
「それヤバいね」

 ぶつかってきた二人はちらりとこちらを見たものの、そのまま通り過ぎて行く。

 ──嘘でしょ、明らかにあっちがぶつかって来たのにスルー!?
 ──というかこれどうしよう……!
 
 落ちた教材たちは壊れてはなさそうだけど、全部拾うのに時間がかかるだろう。
 通りかかる人たちは、誰ひとり足を止めなかった。

 ──まあ……そうだよね。

 ぼくは陸斗くんでもクミちゃんでもない。
 ごく平凡の、どこにでもいる高校生だ。

 ──あの二人が近くにいなければ、誰もぼくなんか気にしない。

 分かりきったことも今の状況と合わせて考えると目頭が熱くなってくる。
 みじめだし、情けない。
 双子関係なしでぼくだけを見てくれる人なんて──……。
 
 
「──ヒナタ」

 
 不意に頭上から名前を呼ばれる。
 顔を上げると、鞄を肩にかけた空我(くうが)がこちらを見下ろしていた。

「空我……えっと」
「とりあえず立てば?」

 問答無用で差し伸べられた手を恐る恐る取れば、思いのほか強い力で引き上げてくれる。
 ぼくが態勢を整えたのを確認すると、次に空我は散らばった教材を拾い始めた。

「いっ、いいよ。ぼくがやるから」
「早く片付けないと通行の邪魔」
「うっ……」

 正論過ぎてぐうの()も出ない。
 新生活一日目で疲れてるだろうし、早く帰してあげた方が良いんじゃないか。なんて悩んでる間に気づけば──……散らばった教材の三分の二くらいが片付けられていた。

 
◇◇

 
 運び先に指定された理科準備室は誰もおらず、まだ昼過ぎなのに薄暗かった。

 ──ひとりだったら怖かったかも……。

 テーブルの()いたスペースを前に、うしろから付いてきていた空我に促す。

「持ってるやつここに置いといて」
「ん」

 結局、空我はほとんどの教材を持ってくれて、ぼくは小さな袋をひとつ運んだだけだった。
 
「ほんとにありがとう空我、助かったよ」
「別に……」

 ぼくの言う通り抱えていた荷物を置き、肩からずり落ちた鞄を直しながらそっけなく返す空我。

「これで終わり?」
「うん、そうみたい」
「じゃあ……次は保健室」
「へっ?空我どこか悪いの!?」
「……どう考えても俺じゃないだろ」

 見当(けんとう)違いの反応をしてしまったらしい。
 長い前髪の隙間から浴びせられるじとりとした視線が痛い……。

「もしかして……ぼくが尻もちついたから?ここまで歩いても痛くなかったし、全然大丈──」
「そっちじゃない」

 ぐいっ、と手首を掴まれ引き寄せられる。

 ──ち、近い……!

「こっち」

 空我が“こっち”と(あご)で指したのはぼくの右手の中指。中央の皮膚がぱっくり割れ、少し血が滲んでいる。
 実は廊下で尻もちをついた拍子(ひょうし)に、教材の角に引っ掛けてしまっていた。
 
 ──さっきまで血は出てなかったから放置してたんだけど……。
 ──空我はいつ気づいたんだろう。

「こっ、これくらいで保健室なんて大げさだよ……!」
「絆創膏だけもらえば?」
「でも、教材運んだこと先生に報告しなきゃだし……」
「わけ分かんない菌とか入ったらどうすんだ」

 抱き合ってるみたいな距離感。いつもは前髪が隠している空我の目元も、ここからならよく見える。

 
「アンタに何かあったら俺、嫌なんだけど」
「──……!」
 
 
 デジタルイラストに例えると何時間もかけて描き込んだような密度がある、切れ長のそこ。
 重そうなまつ毛の向こうで控えめに主張するアイスグレーの瞳には、文字通りぼくだけが映されている。

 ──また身長……っていうか足伸びた?
 ──普段は陸斗くんとクミちゃんの陰に隠れてるけど、空我もとんでもないイケメンなんだよな……っ。
 
 さらに最近ではまず聞くことがなかった“心配”を前面に押し出した声音。
 片方の眉だけ歪んでるのは、もどかしい時の癖で。
 それらを至近距離で受け取ったぼくは──……

 ──どうしよう。
 ──ますます好きになっちゃう……!

 こみ上げる熱を誤魔化すようにうつむいた。
 
 
『はい、確定しました。朝比奈くん好きな人います』
 

 クラスの女子に断言された時、咄嗟(とっさ)に否定出来なかった。
 好きな人がいるのは本当だったからだ。
 相手はもちろん陸斗くんでも、クミちゃんでもない。

 
 ──ぼくは小学生の頃から、目の前にいる年下の幼なじみに恋している。

 
 きっかけは些細(ささい)なことの積み重ねだ。
 さっき廊下で教材を落とした時みたいに、(くじ)けそうな時はいつの間にか空我が傍にいて……双子がいないと一気に存在が(かす)むぼくを必ず見つけてくれた。
 好きにならない方がおかしい。
 
「……保健室行くって言うまで離せないけど」
「いっ、行くよ!先に絆創膏もらいに行く……!」

 ぼくが急にうつむいたのは保健室に行きたくないからだと思ったらしい空我が、顔を覗き込もうとしてくる。
 こんな恥ずかしい顔を晒すくらいなら……!とほぼやけくそで叫ぶと、手首に回った指が意外とあっさり(ほど)かれた。

「あの廊下、特に滑りやすいと思う。生徒会(匠海)に言ってどうにかなんないの」
「出来るだろうけど、ぼく発信でクミちゃんが動いたってなったら熱愛疑惑が加速するよね……」
「……アンタも大変だな」
 
 さすが、小学生の頃からぼくたちを見てるだけあって察するのも早い。
 (あわ)れみの目で見てくる空我に曖昧に笑って(こた)えた直後。

 
「好きとか付き合ってるとか、男同士でそうなるってあんまないのに」


 ……一瞬、息のしかたを忘れた。
 まばたきをしたら最後、涙が溢れる気がしてぐっと上まぶたに力を込める。
 
 ──思い()がっちゃダメだ。
 
 同性同士が恋愛するというのは、空我にとって別世界の出来事なんだ。
 少し心配されたからって勘違いして、困らせたらいけない。
 
「ヒナタ、ここから出て」
「……うん」

 ぼくが指を使わなくても済むように扉を開けておいてくれた空我に、最低限の返事だけして頷いた。