◇◇
新クラスに入ってから、まだ十分も経っていない。
……だけどぼくは既に放課後が待ち遠しかった。
「朝比奈くん、残念だったねぇ」
「な、何が……?」
同じクラスになった陸斗くんが『ちょっとトイレ』と席を外してすぐ。
自分の席に座りスマホを見ていたぼくは、隣の女子にやけに神妙な面持ちで話しかけられた。
──彼女とは去年も同じクラスだった。
──何がと聞いてはみたけれど、なんとなく分かってしまう……。
「匠海くんとクラス別々でさ。うちも彼氏と離れちゃったから気持ち分かるよぉ」
「……」
──予想ドンピシャだったけど全然嬉しくない……!
去年同じだった匠海とクラスが離れて、寂しくないといえば嘘になる。……だけど、この子の彼氏と同列に扱われるのは違う。
「あの、去年も言ったけどぼくとクミちゃんは付き合ってるわけじゃ──」
「“クミちゃん”ってめっちゃラブラブに呼んでるのに?」
「そこまでラブな感じかなぁ!?」
つい声が大きくなる。
一年生の時からいったい何を見てきたんだと心の底から思うけど、彼女はぼくとクミちゃんが恋人関係だと信じきっている。
──クミちゃんとのことを否定出来たとしても、それで終わるわけじゃないんだよなぁ……。
「え?朝比奈は陸斗と付き合ってんだろ?」
ぼくのうしろからひょこ、と現れそう言い出したのは、陸斗くんと同じ軽音部に所属する男子。
「陸斗が作るラブソングの歌詞、朝比奈がモデルっぽいし」
「でも匠海くん、朝比奈くんのために校則を一個変えたんでしょ?」
「私は陸斗くんが本命だと思うけど……」
「いや、絶対に匠海だって」
しれっと議論に参加するクラスメイトが増えている。
みんなぼくの机の周りに集まってるのに、本人の言い分を聞く気はないの……?
「だから……ぼくは陸斗くんともクミちゃんとも付き合ってないんだってば!!」
小学生の頃からこうだった。
“イケメンで人気者な双子に可愛がられる幼なじみ”という少女漫画みたいな構図が周りには面白かったようで、ぼくは好奇の目に晒され続けた。
『で、どっちと付き合ってるの?』とからかわれるのはまだ平和な方で……中学時代は噂を鵜呑みにした女子たちから嫉妬を買い、嫌がらせを受けたこともある。
──実態はまるで違うってみんなが知ったら驚くだろうな……。
陸斗くんは隠してるだけで同じ学年に彼女がいるし、クミちゃんはああ見えてかなりドライな性格で浮いた話を聞いたことがない。
──そんな裏事情をぼくが言いふらすわけにもいかないし……。
必死の反論もむなしく、結局高校でもこんな扱いになってしまった。
──せめて高校は離れたところに行けば良かった?
──でも陸斗くんに『ヒナタと同じとこが良い!』ってキラキラした目で言われて、断れるわけなくない?
これといった長所のないぼくと仲良くしてくれる陸斗くんとクミちゃんは貴重な存在だ。
恋愛感情でなくとも確かな絆で繋がっている。……はず。
「……じゃあさぁ」
好き勝手に騒ぐみんなを恨めしく眺めるぼくに気づいた隣の女子が首を傾げる。
「双子のどっちとも付き合ってないってことは、朝比奈くんは好きな人もいないってこと?」
「……えっ?」
“どうしてどっちとも付き合ってない=好きな人もいないってことになるの?”と疑問が湧くより早く──……ぼくの首から上が急速に熱くなった。
みんなから見たら、ちょっと引くレベルで赤くなってるんじゃないか。
「はい、確定しました。朝比奈くん好きな人います」
「うっわ激アツ!」
「絶対双子のどっちかじゃん!!」
かつてぼくの話題でこんなに盛り上がることがあっただろうか。
とりあえず口を開くものの、ここから巻き返せる手段が見つからない。
「今すぐ匠海くんに告白してきな!絶対OKだからっ」
「陸斗に告るなら歌でいけっ」
──みんななんて無責任な……!
──陸斗くん、早く戻ってきてっ。
祈るように開きっぱなしの出入り口を見遣るけど、そんな都合良くはいかない。……代わりに、今は一年教室にいるはずの姿が視界に入った。
──空我……?
「こっ、この話はおしまいね!」
目が合うなり手招きされたのを良いことにみんなにそう宣言して、出入り口へ向かう。
「空我っ、どうしたの?」
「陸斗のクラスここ?」
「そうだけど……」
「俺の鞄に陸斗の財布が入ってたから渡しといて」
「財布が!?わ、分かった、渡しとく……」
彼はどういう経緯で空我の鞄に財布を……?と困惑しつつもレザー調のそれを受け取る。
用事が終わったらさっさと自分の教室に戻りそうな空我だけど、渡した後も何か言いたげに視線を彷徨わせていた。
「もしかして、他にも用事ある?」
「……大したことじゃないんだけど」
さりげなく促すと、遠慮がちに切り出す空我。
「今日の夕方、新しいイラスト上げる」
「あっ、そうなの!?」
デジタルイラストが趣味の空我は、出来上がった作品をサイトに度々アップしている。
ここ何年かで素人のぼくでも分かるくらい上達していて、今ではご両親のサポートを得ながら有償依頼もこなす腕前だ。
「楽しみだな、絶対見るね!」
「もし気に入ったのあれば、透かし入ってないやつ送るから言って」
空我のイラストは爽やかで清涼感がすごくて、ぼくの大好きな画風だ。
今のスマホのロック画面も空我が描いたもので、無断転載防止用の透かしがないやつを特別に使わせてもらっている。
「いつもありがとう。嫌なことがあっても、空我のイラスト見ると元気が出るんだ」
「……」
「ほんとは使用料とか払った方が良いんだろうけど……」
「だからそれは良いって。俺、もう行くから」
「教室まで送ろうか。まだよく分からないでしょ?」
「いらない!」
弾かれたように背を向けて、空我は行ってしまった。
残されたぼくの耳を、通りすがりの生徒たちの話し声が掠める。
「今の高橋兄弟の弟だよ」
「えっ、マジ!?……なんかイメージと違う」
「華はないよね。だから話題にならないんだ」
「“高橋”って名字割といるしねぇ」
──……。
「ただいまー……って、なんでヒナタが俺の財布持ってんだ?」
「……空我の鞄に入ってたんだってっ。陸斗くん、また適当に入れたでしょ」
「あー、通りで見つからないと思ったわ」
「気づいてたんならもっと焦って!?」
トイレから戻った陸斗くんの胸に財布を押し付けながら、ぼくはこっそりため息をついた。



