桜はだいぶ散ってしまって、木にはちらほら緑が覗いている。
入学式から少し経った新学期初日。
朝の校門前は、新しいクラスや部活の話をする生徒たちで賑わっていた。
「新一年生キラキラしてんなぁ。俺たちおっさんに見えてそう」
「一学年しか違わないからそれはないんじゃない?」
「……」
校舎に向かう道すがら、両サイドでたわいない話をする高身長たちの間で眉を寄せるぼく。
「なァ、ヒナタはどう思う?」
「ヒナはあの中に混ざっても違和感ないよ」
どちらもモデルさんみたいなスタイルの良さだ。おまけに顔も整っていて、オーラ?もすごい。そんな二人が朝から並んで歩いていれば嫌でも目立つ。
「ねえ、あれ……」
「“高橋兄弟”だ!」
「えっ、初めて見た!」
「インステより実物の方がかっこいいとかやば……!」
少し離れたところから、新一年生たちのざわめきが聞こえてきた。
──さっそく注目されてる……。
──これ以上目立つ前に、二人に言っておかなきゃ。
「……あのさ、二人とも」
ぼくがその場に立ち止まると、数歩先で二人が同時に振り返る。
さすが、ストップしてから首を傾げるタイミングまで息ぴったりだ。
「先生にバレたら怒られるし、早く着替えたら?」
「……」
「……」
ぼくの指摘に彼らは顔を見合わせた。
そして数秒後、「ふはっ!」とこれまた息ぴったりに吹き出す。
「やっぱりヒナにはお見通しだったね」
「さすが俺たちのヒナタ!」
言いながら二人はウィッグを外す。
赤髪の方が茶髪に、茶髪の方が赤髪の姿に──ようするに彼らの見た目と口調がそっくり入れ替わった。
カラコンまでして気合い入れたね……と感想を述べようとしたところで、周りから謎の歓声が上がる。
「今まで入れ替わってたってこと……!?」
「全然気づかなかった!」
「あのヒナタって人すごっ!」
「っていうか聞いた!?今、『俺たちのヒナタ』って……!」
「やっぱあの三人って“そういう”関係なんだな!」
──………やってしまった……。
今まで何度も繰り返してきたパターンに、ぼくは心の中で頭を抱える。
──新入生にまであらぬ誤解を与えてしまった……!
──本当の本当に……この二人とは何もないのに!!
「新しいクラス、今年もヒナと一緒が良いな」
「いーや!今年こそヒナタは俺がもらうっ」
「陸斗はじゅうぶん関わりあるでしょ」
「匠海だってそうだろっ」
肩を落とすぼくを再び挟んで、ふたつの同じ顔が言い争っていた。
◇◇
ぼく・朝比奈 ヒナタはごく普通の高校生だ。
……だけど、ぼくを取り巻く環境が普通じゃない。
「っしゃ、ヒナタと同じクラスきたぁ!」
「僕は……隣のクラスか。離れても仲良くしてね、ヒナ」
昇降口に張り出されたクラス表を見て、それぞれの反応を見せているのは“高橋兄弟”。
彼らは新二年生にしてこの高校で一番の有名人で──……幼稚園からのぼくの幼なじみだ。
「なぁヒナタ、教室入ったら新曲聴いてくれっ。良いのが出来てさぁ!」
興奮気味に話す、赤く染めた髪が特徴的な彼は高橋 陸斗くん。
軽音部で一番人気のバンドのボーカルをやっていて、作詞作曲も手掛ける実力派。動画投稿サイトに上げた自作のラブソングはものすごい再生数を達成し、数多のレコード会社からスカウトを受けているらしい。
「ヒナ、生徒会のことで相談があるんだ。今晩LIMEしても良い?」
鞄から取り出したセルフレームの眼鏡をかけ、首を傾げる茶髪の彼は高橋 匠海。
成績は常に学年トップ。生徒会副会長の仕事をそつなくこなし、趣味で投稿しているネット小説はどのジャンルでも断トツの人気を誇る。
「陸斗くんも匠海も続けて喋らないでっ。わざとやってるでしょ!?」
「バレた?」
「ヒナタの反応が面白いからさー」
じと、と睨みつけるぼくを笑って流す二人。
陸斗くんとクミちゃんは一卵性の双子で、制服の着こなし方やまとう雰囲気は違くても綺麗な顔立ちとすらりとした背格好はほぼ同じだ。
……あ、瞳の色は違うか。陸斗くんがライトブラウンで、クミちゃんがダークブラウン。
「相談に乗ってほしいのはほんとだよ?ヒナはいつも親身に聞いてくれるから」
「俺も!新曲はヒナタに一番に聴いてほしいっ」
「もう……」
ぼくの機嫌を伺うように左右から覗き込まれたら怒る気もなくなる。
──ぼくと友達でいてくれる時点で悪い人じゃないんだ……この兄弟は。
──……そうだ。兄弟といえば。
「ね、“空我”はどこ行ったの?」
「ん?アイツなら一年のクラス表見に行ったぞ」
どちらにでもなく問いかけると、陸斗くんが指差しで教えてくれる。
──一年生の教室って、最初はちょっと分かりづらいんだよな。
──案内してあげた方が良いかもしれない。
「ごめん、先行っててっ」
そう双子に声をかけてから、ぼくは小走りで一年生たちが集まる掲示板へ向かう。……ざわめきの中でも、「やっぱり新入生に混ざっても違和感ないなぁ」というクミちゃんのつぶやきはばっちり聞こえた。
「空我ー?空我どこーっ?」
精一杯声を張り上げるけど見つからない。いっそ電話してみようか……とスマホを取り出したその時。
「……そんな大声出さなくても聞こえてる」
背後からかかった馴染みのある声に振り向けば、まさに今探していた人物が立っていた。
「──空我っ」
高橋 空我。
168センチの僕より10センチは高い身長。
ツヤのある黒髪から覗く涼やかな瞳に、全体的に凛々しい顔立ち。
この高校の新入生で、さっきの高橋兄弟の末っ子にあたる。つまり彼もぼくの幼なじみだ。
「なに」
「空我を一年生の教室まで案内しようと思って!」
「入学式の時に見たし、他の一年に付いてくからいい」
「ほんとに大丈夫?今日は早帰りだけど小腹空くだろうし、自販機とか売店の場所とかも知っといた方が──」
「……アンタは俺の母親か」
呆れたようなため息をつく空我だけど、ぼくとしては気が気じゃない。
──高校に来るまでひとことも喋らなかったくらい空我は口数が少ないし、クラスに溶け込めるか心配だ……!
──許されるなら教室まで付いて行って、担任の先生にご挨拶したいっ。
「……絶対にやめろ」
「えっ?」
「俺の教室まで来て担任に挨拶する気だったろ」
「こ、心を読まれた……!?」
「そういうのマジでいらないから」
「……」
ふい、と顔を背けてしまった空我に、これは本当にダメなやつだ……と察する。
──確かにちょっと過保護だったかも……。
──余計なことして嫌われたくないし、ここは大人しく見守っていよう。
「……案内なら」
いや、既に嫌われてるかも……なんて項垂れるぼくを、横目で捉えた空我が口を開く。
「校舎の全体像描くのに良い場所があったら知りたい、かも」
「……!うん、分かったっ」
その瞬間ぼくは、満面の笑みで首を縦に振り続けた。
気を遣わせてしまったという罪悪感がないわけじゃないけど、頼られるとやっぱり嬉しい。
──すっかりクールになっちゃったけど……こういう優しいところは小さい頃と変わらない。
──空我が良いイラストを描けるように、ぴったりな場所を考えるぞ!
「ヒナー、空我には会えた?」
「そろそろ行くぞー」
と、向こうから陸斗くんとクミちゃんが歩いてくる。二人とも先に行かないで迎えに来てくれたんだ。
「うん、今行く!空我、陸斗くんたちの顔見てく?」
「いつも家で見てるのになんでわざわざ……」
「何かあったらいつでも連絡してね、ちなみに保健室は二階の──」
「分かったから!」
しっし、とぼくに手を振る仕草は羽虫を追い払うようだ。
──そんなに鬱陶しかった……!?
密かに傷つきつつ双子のところまで小走りで戻る。
校舎に入る直前ちらりと後ろを確認すると、何とも言えない表情の空我が見送っていた。



