登校中も、冷たい、嘲笑の音が聞こえる。昔の音を、思い出そうとするけれど全部地獄の音に変えられる。
「あ、」
上履きがない。三上勇斗の上履きがなくなるのは当たり前。それは、敷かれたレッドカーペットのルール。
「スリッパ。借りなきゃ」
職員室へ行って、スリッパを借りる。また、教頭先生に怒られた。
「何回忘れたら気が済むんだ!」
鬼の形相で怒る教頭先生に、僕はもう、なにも思えなくなっていった。黒い塊を叫ぼうとすら、もう思えない。
「ごめんなさい」
「いつもいつも、遊び呆けているからそうなるんだ!」
「もういい、スリッパ借りて早く行きなさい」
「ありがとう、ございます」
違う。僕は、悪くない。隠されたんです。助けて、なんて、言えるわけ無いのに心の中で叫んでしまう。
馬鹿だな、なんて自分自身を鼻白む。
職員室からでて視界の端に見えたのは、僕を嘲笑う女子たち。みんなの話し声で何を言っているのかわからないのは不幸中の幸いだった。
「……」
暗い足取りで教室へ向かうと、生徒会長がいた。後ろの扉から自分の席へと向かう。自分の席は教卓に近いから、生徒会長の話が少し聞こえる。
「なので、今月の話し合いはこちらを中心にしていくっていうことでよろしいですか?」
「ま、それでいいんじゃない? じゃあ、いつも通りよろしく、小林さん」
「わかりました」
どうやら、次の話し合いについて相談しているようだった。そうか、うちの担任は生徒会も担当なのか。
「? すみません先生あの子、なんでスリッパなんですか?」
救われるかもしれない。
そう思った瞬間、カーペットがズレた。僕は、そのズレに恐怖した。やめてくれ、なにもしないで。そう望んだ。担任は会長の問いに面倒くさそうに答えた。
「え? ああ、あの子ね、よく忘れるのよ上履き、ほんっと、情けないわよね」
「なるほど、そうですか」
そう言って、僕の方へゆっくりと歩いてきた。一歩進むたびに、ズレはひどくなっていく。それは、もう傷つきたくない僕にとって苦しいものだった。
前はあんなに、救われたがってたのに。
「忘れ物について注意をしたいので、明日の放課後、時間ありますか?」
「……あり、ます」
習い事が、あればよかったのに。僕はそう思った。生徒会長も、先生も、みんな、敵なんだ。
ここは、悪夢の、地獄だ。
次の日の放課後、僕は対談室に行った。そこには生徒会長が先に座っていた。
「ごめんね、急に呼び出して」
「いえ、あの」
「すみませ―」
そう謝ろうとしたら、会長は僕の言葉を遮った。ただ、謝ればズレはもう終わると思ったのに、会長はそれすらも蹴っ飛ばした。
「別にいいよ」
会長は、優しく微笑んでいた。これから説教をするような顔じゃなかった。
「まぁ、まずそこに座ってよ」
椅子へと促される。言われたままに座ると、会長も僕の目の前の席に座った。椅子をひくと、少しだけホコリが舞った。
「単刀直入に聞くね」
机の上に手を置き、真剣な表情で話す。どうせ、シューズを忘れないでください。とかだろ、そうやってまた、あいつらの解釈を増やすんだろ!?
もう、やめてくれ……
「君、いじめられてる?」
思いがけない言葉が飛んできた。いじめられてる?なんて、一回も聞いたことがなかった。会長は、都合のいい方向にカーペットをズラそうとしたんじゃない。こんなカーペットすら蹴り飛ばしてやろうと聞いたんだ。
「っ……」
いじめられてます。大声で言いたい。でも、また、また言えない。
ずっと思ってた。こんなものいらないって。それに従ってる自分も嫌だった。でも、もう吐き出すことにも疲れて、ただ、生きてればいいかなって、これが当たり前なんだって。でも、そうじゃない。僕は
「僕、は」
助けてほしい。
「……」
でも、出ないんだ。
『まぁ、気のせいかもしれないしもう一回話してみたら?』
担任の言葉がフラッシュバックする。言い出せなかったら、またあのドアの向こうに行ってしまうのかな。
「無理に話さなくてもいいよ、言いにくいだろうし、私もそうだったし」
「君が話したくなるまで、何日でも待つよ」
僕のそんな不安すらこの人は一蹴してしまう。
「どう、して」
「どうしてって、」
「この学校の、生徒会長だからだよ」
会長は明るい太陽のように微笑んだ。今まで言い出せなかった黒い物体を全部溶かしてくれた。僕がはけなかった不安を一気に吹き飛ばしてしまった。
「僕は、いじめ、られてます」
会長は、優しく微笑んで、「話してくれて、ありがとう」と言ってくれた。
その後、ゆっくりと話した。これからどうしてほしいか。親に相談するか、明確ないじめが始まったのはいつか、主な人間は誰か、等僕のペースに合わせてゆったりと話を聞いてくれた。流れていく時間が、とても心地よかった。
「そっか、よく頑張ったね、ごめんね、もっと早くに気づけなくって」
「いえ、ありがとうございます」
僕の目からは、今まで吐き出せなかった黒いものが、涙として流れ出ていた。涙を見せることに、抵抗はなかった。
「これからについては話を聞いて、親には相談しない、でいい?」
「はい、親に言うのは、少し、気がひけるというか、勇気が出なくて」
「わかった、このことについては先生には言わないから、うまく合わせてね」
「ありがとう、ございます」
胸が温かい。会長は笑ってる。優しい顔で、太陽みたいに。女子が向けてたのも、同じ笑顔のはずなのに、どうしてこうも変わるんだろう。
「あの、話し合い、あるんですよね、僕なんかにそんな時間かけていいんですか?」
「いいのいいの! 生徒会長たるもの、学校の生徒の笑顔を保全しなきゃだからね」
そう笑って会長はピースした。