いじめは心を蝕む苦しい物へと形を変化していった。女子達は自分の威厳を保つために僕を犠牲にしていく。
筆箱が無くなった。焦って机の中を探したりしている僕を後ろから笑ってた。
ノートが無くなった。落ち着いて深呼吸をしながら予備を出す僕を、彼女達は恨めしそうに見ていた。
もう、耐えられない。だから、勇気を出したんだ。限界に近かったのもある。
言えない黒い液体を、誰かに吐いてしまいたかった。
そう決めて一ヶ月、勇気が出ないまま尻込みしていた。けれど、なんとか一言、先生に伝えることができた。
「無視されるんです」
「どうして? どんなふうに? なにかしたんじゃないの?」
説明したかった。説明するはずだった。僕はなにもしていない! 喋りかけても返事はない。気まずそうに、どこかへ行くんだ。笑われるんだ。だから、だから苦しいんです、助けて。そう、言いたかった。
でも言葉は出てこない。あの時の、掃除当番を押し付けられたときと同じだ。言いたいのに、言えない。
伝えなきゃって、伝えようって、決めたのに。どうして、なんでという言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。
「まぁ、気のせいかもしれないしもう一回話してみたら?」
今すぐにでも、先生の腕を掴んで、待ってと叫びたかった。でも、一度引っ込んだ勇気は簡単には出てこない。
「わか、りました」
そう言い残して先生は教室を出ていった。また、吐き出せなかった言葉は体の中に黒く残った。
席に戻ろうと思って振り向いた。
「あっ」
当たってしまった。少し、体が震えた。そして気付いた。このクラスに、学校に、世界に、もうすでに、レッドカーペットは敷かれきってしまったのだと。反抗する勇気も出ないまま、黒い塊を叫ぶことすらできないまま。
「うっわ、光菌移ったんですけど〜きったなー」
そう言って女子は他の女子になすりつけるような仕草をする。小学校時代に、何回も見た光景だ。僕が、される側になるなんて、思ってなかった。
「ちょっまじサイテー! 汚いんですけどー」
笑い声が、僕の心に突き刺さる。彼女たちは、僕に目もくれずどこかへ行く。それが、少しだけ嬉しかった。
だって、彼女達に涙を見せたくないから。
空き教室へと小走りに急ぐ。女子たちからの視線を追い払うように、振り向くことなくただ一直線にそこに向かった。
「うっぁ」
嗚咽混じりの泣き声が、小さく教室に溶けていく。涙を彼女達に見せた瞬間、また都合のいい解釈が増えてしまう。そう思ったんだ。
空き教室は埃っぽい。窓から差し込む光が、教卓を照らしていた。
苦しい。
その言葉さえ、もう出なくなってしまった。
僕の学校生活は、どうしてこうなってしまったんだろう。
夜、ベッドの中で考えた。僕の唯一の安全圏、孤独だけど、でも安心できる唯一の場所だった。
でも、レッドカーペットはここまでやってくる。僕の思考は、もうあの地獄に支配されている。
「どうして、こうなるのかな」
「なんで、あの時言えなかったんだろう」
先生に、助けてって。女子に、習い事があるって。どうして、なんで、僕は、
「なんで……」
ベッドの中で一人、うずくまった。それでも、どれだけ独り言として吐き出しても、僕の体の中の黒い物体は全然解けなかった。
ベッドの中で暗い、笑えたら良いのに。なんて、淡い理想を掲げながら、半ば気絶するようにして瞼を閉じた。
朝の光が鬱陶しいくらいに刺してくる。朝は、黒い。また、僕は、地獄に閉じ込められる。
「学校、行きたくないな……」
その言葉は、僕しかいない部屋で唯一つ、溶けて消え去った。