十二月も下旬に差し掛かる頃、未桜がお昼を食べていると、Be Myselfの通知が届いた。
スマホを手に取ると、東田が顔をしかめる。以前、未桜の投稿に自分が映りこんでいたことを人づてに聞いて、やるなら一人でやってくれと苦言を呈したのだ。
「私は入れないでよ」
「分かってるってば」
慌てて席を立ち、少し離れたところで写真を撮る。学校にいるときは一番隙のない自分になっているので、このタイミングでの通知が一番いい。
「そのさー、Be Myselfって、何がいいの?」
弁当箱の前に戻ると、東田は何度目か分からないイチャモンを口にする。東田は相変わらずBe Myselfをダウンロードしていない。
「だからー、みんなのリアルを見れるのがいいんだってば。ま、莉愛は興味ないって言うんだろうけど」
「ない。ていうか、どうせみんな、この時期は学校と予備校と家の三択じゃん。みんな同じ投稿になりそう」
「……莉愛ってそういう考え方してて人生楽しい?」
「この間、英訳の例文であったじゃん。棺桶に入るまでその人が幸福であったかどうかは分からない、って」
「出たー。すぐそういう気取ったこと言う」
呆れつつ、ただ、問題文ではなく人の口から聞くと、考えてしまうものはある。姉が「大学生になったらクラスとかないし、ひとりぼっち概念もなくなるから」と話していたように、コミュニティが変わると、きっと未桜が求めるものも変わる。都度何かを欲して、それが手に入ったり入らなかったりしたとして、またコミュニティが変わるとどうでもよくなるのかもしれない。きっとその繰り返しだ。
「あ、っていうか、そうだ、莉愛に頼もうと思ってたんだけど、五限のノート見せて! 最後の一問だけ、お願い!」
「和訳書いてないから無理」
「もー、使えない」
「英語使うんでしょ? ちゃんと自分でやりなよ」
「先生みたいなこと言わないでよ。あーもう、トイレ行ってやろっと」
手早く弁当箱を片付け、教室を出る。凍えながらトイレに向かう途中、上原が坂江と笑いながら喋っている姿が見えた。一瞬険悪に思えた二人は、結局仲違いすることなく、今まで通りでいる。もともと上原は「澤村にイケるかもって思ったのに、坂江と付き合ってたとかなんだよ。言えよ」と、どちらかというと澤村に対して憤慨していたらしいので、当たり前といえば当たり前だが。
「だから言ったじゃん、俺。絶対すぐヤれるって」
「とか言って、家行く前LINEしてきたくせにさあ」
二人の話題が何なのかは、容易に理解できた。坂江と澤村が、まあ、事に及んだとそういう話だ。
未桜は変わらず、毎朝をインスタから始めている。澤村達の投稿を見逃したくないのではなく、半分癖だ。みんなの近況と、新発売のコスメや推しの新曲をチェックする、いわばニュースのようなものでもある。
澤村は昨晩、そのインスタに、キャプション付きのストーリーを投稿していた。“彼氏としちゃった”と。だから、澤村と坂江達本人から自慢されなくても、未桜も知っている。というか、澤村のフォロワー100人超が知っている。
だから、下世話な会話を聞いても澤村への同情は湧かなかった。ただ、坂江が「お前、中村と付き合ってたじゃん」と話しだし、雲行きが怪しくなるのを感じる。
「そん時って結局ヤッたんだっけ?」
「ヤッてないって話しただろー。なんか向こうがノリ悪くてさ」
……最低。思わず睨みつけていると、坂江と大声で話していた上原が未桜に気付いた。しまった、とその顔が一瞬強張った後で「よっ」と手を挙げて挨拶してくる。
あんなヤツ、金輪際、関わり合いになりたくない。無視すると、坂江が「無視されてやがんの」と上原を笑うのが聞こえた。
未桜が上原と付き合っているとき、キス以上には進展しなかった。進展したほうがランクAっぽいし、自慢になるかなと思いつつも、その自慢話をできるはずの澤村達との関係は微妙なときだったし、何より純粋に怖いという気持ちがあった。上原から「うち来る?」と誘われたことはあったけれど、その恐怖があって、そして背中を押してくれるものが何もなかったから、「今日は帰らなきゃだから」とか有耶無耶にして終わっていた。今の話を聞いていると、もしかしたら、別れの原因はそれだったのかもしれない。
だとしたら、当時の自分の上原に対するランク評価は間違っていたのでは? 昔を思い出すと、久しぶりに他人のランクのことも思い出した。ノリもいいし、見た目もそこそこだけれど、未桜とはそこまでできなかったことを未桜の「ノリの悪さ」で片付けて、しかもそれを友達に言いふらす上原――いまつけるとランクCだろう。同じように、澤村と付き合って「すぐにヤれる」と豪語した挙句に喧伝する坂江も、ランクCと言えそうだ。
トイレへ行くと、件の澤村と浜崎が揃って化粧を直していた。鏡越しに澤村と目が合ったけれど、未桜が何も言わなければ、澤村も何事もなかったかのように、浜崎との会話を続ける。
「でさあ、マジで緊張してんなって感じでダサくて。やっぱ同い年はナシだなー」
「えー、じゃあ別れんの?」
「まあクリスマス終わるまで我慢。冬休み明けたら次の彼氏作ろっかなって。やっぱ社会人は金持ってるし余裕あるし、いいなって」
クリスマスまで坂江にフラれるはずがないという自信、そして社会人の彼氏を作ると宣言、どちらも可愛くてスタイルのいい澤村だからできることだろう。こうして見ていても、澤村はやっぱり可愛いし、スタイルもいい。女子高生ブランドも引っ提げれば無敵に違いない。社会人の男にとっては、ただそれだけでランクSになるのかもしれない。
逆に、坂江はどうだろう。きっと坂江にとっての澤村もランクSだったのだろうけれど、でもそこでは「すぐにヤれる」を考慮したに違いない。もしかしたら、他の男子も同じように評するかもしれない。そして、もし澤村がそういう行為を拒絶したら、少なくとも坂江は途端に澤村のランクを下げるに違いない。
「ハマは?」
「予備校の講師が理想ドンピシャ過ぎて。毎日あの顔見るために予備校行ってる」
「大学生?」
「そう。ボディビルやってそうな感じなのにさ、バックヤード見たら、ドーナツ両手で持ってかじってんの。ハムスターみたいで可愛くない?」
「意味分かんな、なにその性癖」
澤村のリアクションに、未桜も心の中で同意した。浜崎がたまにいう「この人格好いい」はよく分からなかったけれど、きっと今話していたようなギャップに弱いのかもしれない。そのギャップも、プラスともマイナスとも言えないはずなのに、浜崎にとっては途端にランクを上げる要素になる。
ランクって、人によって変わるどころか、見える範囲でも変わるのかも? はたとそんなことを考えてしまった。知らなかった一面が見えてきて、途端に幻滅するなんて、よくある話だ。
なんて自分本位、なんて不安定。考えながら、笑ってしまった。ランクを上下させる要素が人によって違うどころか、同じ要素であっても上下どちらに動くのかは違うし、それでもって新しい要素が見えればランクは変動する。ただでさえ、他人なんて見えない側面が多いのに、見えているものだけでランクをつけたって、それが正しいランクかどうかなんて、誰にも分からない。
その他人からのランクなんて、気にするだけ無駄だ。そんなものを気にして、自分が本当に欲しいものを抑えるなんて、馬鹿げてる。
未桜がトイレに入っているうちに、笑い声が遠ざかっていく。トイレから出た後、一人で鏡を占領しながら、前髪を櫛で梳く。冬になって空気が乾燥すると、夏のようにうねることはなくなる。長い髪を下ろしても暑くない。東田には「結ばないで邪魔じゃないの?」なんて言われる。でも妥協したくない。
長い髪を下ろすのは、それが自分に一番似合う髪型だと思うから。このスタイルに、お気に入りのアイシャドウを合わせながら、もっと長い睫毛がいいなと、頭では推しのアイドルを思い出す。大学生になったら、もっとバイトをしよう。バイトはおしゃれなカフェでしよう。たまにお客さんになって、ノートパソコンを持ち込んでレポートを書こう。そこで友達と合流して、レポートそっちのけでついつい話し込む。そんな自分の姿を想像すると、なんだか急に大人になったみたいで胸が躍る。そんな理想の自分の姿は、挙げていくとキリがない。
「んー、まだランクAには遠いなあ」
自分で決めたランクに届くには、まだまだ時間も努力も必要そうだ。
スマホを手に取ると、東田が顔をしかめる。以前、未桜の投稿に自分が映りこんでいたことを人づてに聞いて、やるなら一人でやってくれと苦言を呈したのだ。
「私は入れないでよ」
「分かってるってば」
慌てて席を立ち、少し離れたところで写真を撮る。学校にいるときは一番隙のない自分になっているので、このタイミングでの通知が一番いい。
「そのさー、Be Myselfって、何がいいの?」
弁当箱の前に戻ると、東田は何度目か分からないイチャモンを口にする。東田は相変わらずBe Myselfをダウンロードしていない。
「だからー、みんなのリアルを見れるのがいいんだってば。ま、莉愛は興味ないって言うんだろうけど」
「ない。ていうか、どうせみんな、この時期は学校と予備校と家の三択じゃん。みんな同じ投稿になりそう」
「……莉愛ってそういう考え方してて人生楽しい?」
「この間、英訳の例文であったじゃん。棺桶に入るまでその人が幸福であったかどうかは分からない、って」
「出たー。すぐそういう気取ったこと言う」
呆れつつ、ただ、問題文ではなく人の口から聞くと、考えてしまうものはある。姉が「大学生になったらクラスとかないし、ひとりぼっち概念もなくなるから」と話していたように、コミュニティが変わると、きっと未桜が求めるものも変わる。都度何かを欲して、それが手に入ったり入らなかったりしたとして、またコミュニティが変わるとどうでもよくなるのかもしれない。きっとその繰り返しだ。
「あ、っていうか、そうだ、莉愛に頼もうと思ってたんだけど、五限のノート見せて! 最後の一問だけ、お願い!」
「和訳書いてないから無理」
「もー、使えない」
「英語使うんでしょ? ちゃんと自分でやりなよ」
「先生みたいなこと言わないでよ。あーもう、トイレ行ってやろっと」
手早く弁当箱を片付け、教室を出る。凍えながらトイレに向かう途中、上原が坂江と笑いながら喋っている姿が見えた。一瞬険悪に思えた二人は、結局仲違いすることなく、今まで通りでいる。もともと上原は「澤村にイケるかもって思ったのに、坂江と付き合ってたとかなんだよ。言えよ」と、どちらかというと澤村に対して憤慨していたらしいので、当たり前といえば当たり前だが。
「だから言ったじゃん、俺。絶対すぐヤれるって」
「とか言って、家行く前LINEしてきたくせにさあ」
二人の話題が何なのかは、容易に理解できた。坂江と澤村が、まあ、事に及んだとそういう話だ。
未桜は変わらず、毎朝をインスタから始めている。澤村達の投稿を見逃したくないのではなく、半分癖だ。みんなの近況と、新発売のコスメや推しの新曲をチェックする、いわばニュースのようなものでもある。
澤村は昨晩、そのインスタに、キャプション付きのストーリーを投稿していた。“彼氏としちゃった”と。だから、澤村と坂江達本人から自慢されなくても、未桜も知っている。というか、澤村のフォロワー100人超が知っている。
だから、下世話な会話を聞いても澤村への同情は湧かなかった。ただ、坂江が「お前、中村と付き合ってたじゃん」と話しだし、雲行きが怪しくなるのを感じる。
「そん時って結局ヤッたんだっけ?」
「ヤッてないって話しただろー。なんか向こうがノリ悪くてさ」
……最低。思わず睨みつけていると、坂江と大声で話していた上原が未桜に気付いた。しまった、とその顔が一瞬強張った後で「よっ」と手を挙げて挨拶してくる。
あんなヤツ、金輪際、関わり合いになりたくない。無視すると、坂江が「無視されてやがんの」と上原を笑うのが聞こえた。
未桜が上原と付き合っているとき、キス以上には進展しなかった。進展したほうがランクAっぽいし、自慢になるかなと思いつつも、その自慢話をできるはずの澤村達との関係は微妙なときだったし、何より純粋に怖いという気持ちがあった。上原から「うち来る?」と誘われたことはあったけれど、その恐怖があって、そして背中を押してくれるものが何もなかったから、「今日は帰らなきゃだから」とか有耶無耶にして終わっていた。今の話を聞いていると、もしかしたら、別れの原因はそれだったのかもしれない。
だとしたら、当時の自分の上原に対するランク評価は間違っていたのでは? 昔を思い出すと、久しぶりに他人のランクのことも思い出した。ノリもいいし、見た目もそこそこだけれど、未桜とはそこまでできなかったことを未桜の「ノリの悪さ」で片付けて、しかもそれを友達に言いふらす上原――いまつけるとランクCだろう。同じように、澤村と付き合って「すぐにヤれる」と豪語した挙句に喧伝する坂江も、ランクCと言えそうだ。
トイレへ行くと、件の澤村と浜崎が揃って化粧を直していた。鏡越しに澤村と目が合ったけれど、未桜が何も言わなければ、澤村も何事もなかったかのように、浜崎との会話を続ける。
「でさあ、マジで緊張してんなって感じでダサくて。やっぱ同い年はナシだなー」
「えー、じゃあ別れんの?」
「まあクリスマス終わるまで我慢。冬休み明けたら次の彼氏作ろっかなって。やっぱ社会人は金持ってるし余裕あるし、いいなって」
クリスマスまで坂江にフラれるはずがないという自信、そして社会人の彼氏を作ると宣言、どちらも可愛くてスタイルのいい澤村だからできることだろう。こうして見ていても、澤村はやっぱり可愛いし、スタイルもいい。女子高生ブランドも引っ提げれば無敵に違いない。社会人の男にとっては、ただそれだけでランクSになるのかもしれない。
逆に、坂江はどうだろう。きっと坂江にとっての澤村もランクSだったのだろうけれど、でもそこでは「すぐにヤれる」を考慮したに違いない。もしかしたら、他の男子も同じように評するかもしれない。そして、もし澤村がそういう行為を拒絶したら、少なくとも坂江は途端に澤村のランクを下げるに違いない。
「ハマは?」
「予備校の講師が理想ドンピシャ過ぎて。毎日あの顔見るために予備校行ってる」
「大学生?」
「そう。ボディビルやってそうな感じなのにさ、バックヤード見たら、ドーナツ両手で持ってかじってんの。ハムスターみたいで可愛くない?」
「意味分かんな、なにその性癖」
澤村のリアクションに、未桜も心の中で同意した。浜崎がたまにいう「この人格好いい」はよく分からなかったけれど、きっと今話していたようなギャップに弱いのかもしれない。そのギャップも、プラスともマイナスとも言えないはずなのに、浜崎にとっては途端にランクを上げる要素になる。
ランクって、人によって変わるどころか、見える範囲でも変わるのかも? はたとそんなことを考えてしまった。知らなかった一面が見えてきて、途端に幻滅するなんて、よくある話だ。
なんて自分本位、なんて不安定。考えながら、笑ってしまった。ランクを上下させる要素が人によって違うどころか、同じ要素であっても上下どちらに動くのかは違うし、それでもって新しい要素が見えればランクは変動する。ただでさえ、他人なんて見えない側面が多いのに、見えているものだけでランクをつけたって、それが正しいランクかどうかなんて、誰にも分からない。
その他人からのランクなんて、気にするだけ無駄だ。そんなものを気にして、自分が本当に欲しいものを抑えるなんて、馬鹿げてる。
未桜がトイレに入っているうちに、笑い声が遠ざかっていく。トイレから出た後、一人で鏡を占領しながら、前髪を櫛で梳く。冬になって空気が乾燥すると、夏のようにうねることはなくなる。長い髪を下ろしても暑くない。東田には「結ばないで邪魔じゃないの?」なんて言われる。でも妥協したくない。
長い髪を下ろすのは、それが自分に一番似合う髪型だと思うから。このスタイルに、お気に入りのアイシャドウを合わせながら、もっと長い睫毛がいいなと、頭では推しのアイドルを思い出す。大学生になったら、もっとバイトをしよう。バイトはおしゃれなカフェでしよう。たまにお客さんになって、ノートパソコンを持ち込んでレポートを書こう。そこで友達と合流して、レポートそっちのけでついつい話し込む。そんな自分の姿を想像すると、なんだか急に大人になったみたいで胸が躍る。そんな理想の自分の姿は、挙げていくとキリがない。
「んー、まだランクAには遠いなあ」
自分で決めたランクに届くには、まだまだ時間も努力も必要そうだ。



