修学旅行から帰った夜、姉は学祭の打ち上げで不在だった。翌昼、姉の部屋を訪ねて大阪土産を渡すと、本から顔を上げた姉は「えー、スヌーピー買ってきてって言ったじゃん!」と眉を寄せた。三日目はずっとホテルにいた、なんて言えなかった。
「すごい並んでて買えなかったから。お土産あるだけでいいじゃん」
「何、アンタ修学旅行でなんかあったの?」
それなのに、こんな時ばかり、姉は鋭い。大して仲が良いつもりはないのだけれど、家族だからだろうか。そうだとしたら余計なお世話というか、厄介な話だった。
「そういえば、この間、妙に食いついてきたもんねー。大学って楽しいのかって」
「なにそれ、いつの話してんの」
姉は本を置いて、代わりにクッションを抱える。妹の学校生活を見透かしたような笑みが、正直言って腹立たしい。ちょっと早く生まれて、先に大学生を経験しているからって、いつもこうして、何でも分かったような顔をする。
「いつも必死にインスタみて、Be Myselfやってるし。その必死さ、高校生らしいっていうか、初々しいっていうか」
「謎じゃないし。みんなやってるって言ったじゃん」
「はいはい、“みんなやってる”けど“みんなはやってない”ヤツね」
頭には、Be Myselfをしていない東田のことが浮かんだ。未桜が「みんな」と言うとき、東田はそこに入っていない。そうやって「みんな」に入れないから、ランクFなのだ。
そして、東田が偏屈なだけで、姉は「みんな」を意識する側だ。
「偉そうに言うけどさあ、お姉ちゃんだって、みんなやってるからとか、みんな持ってるからとか言ってたじゃん。ラメ入りペンとか、キャラクターのタオルとかさあ」
「だから、そういうのは卒業したって話。てか、やっぱり学校でなんかあったんじゃん」
遠回しに、話を聞いてあげようか、と言われているのは分かった。でも、ランクがどうとかいう話ではなく、単純に家族に赤裸々な相談をするのは気恥ずかしかった。
「うるさい、なんもないし!」
部屋を出れば、姉は追撃してこなかった。自分の部屋に飛び込むと、ベッドに寝転ぶ。
修学旅行最終日の班行動で、澤村達は、たまに、思い出したように未桜に話しかけてきた。でも、さすがにもう、その対応に一喜一憂することはなかった。高いテンションで返事をする気も起きなかった。むしろ、状況を冷静に俯瞰する自分さえいた。もしかしたら、二人は、未桜をどうでもよく思うあまり、その存在を思い出したり忘れたりするのかもしれない、なんて。
「……ランクAなんかじゃなかった」
口に出すと、ただの呟きが、揺るぎない事実になったような錯覚をした。
でもきっと錯覚じゃない。自分はランクAじゃなかった。
それは澤村達と仲良くできなかったから? そうじゃない。もともと、ランクAじゃなかったような気がしてきた。じゃあ何ランクだったのだろう。
頭には、東田が浮かんだ。なんで東田のことを思い出したのか、一瞬分からなかった。でも、例えば澤村達なら「いやいや、ランクAっしょ」なんて上っ面で済ませそうなところを、東田は包み隠さず「ランクBじゃない?」などと言ってくれそうだと思うと、この連想もおかしくない気がした。
幸いにも、翌朝は園芸委員の朝の水やり当番だった。いつもどおり、インスタを見ることから朝を始めて、母に早く食べなさいと叱られ、姉に「いつまで髪梳いてんの」と笑われ、家を出る。今日から上原はいない。でも、一人で駅まで歩くのは寂しくなかった。音楽を聴いていれば駅までなんてすぐだし、電車に乗っていても、SNSや動画を見ていればいくらでも時間は潰せた。
教室に着くと、ちょうど東田がリュックを下ろしているところだった。未桜が入ってきたことに気付くと顔を上げ、「おはよ」と短く挨拶をする。
「……おはよ」
東田はやはり、変わらない。必ず未桜を見るし、挨拶を返す。
「……修学旅行明けなのに、当番とか怠くない?」
「修学旅行でいなかったんだから、むしろ順当じゃない?」
話を振れば、返事をする。その内容が理屈っぽくて退屈だとしても。
「そういえば、USJの日、体調崩したんだって? 大丈夫だったの?」
そして、澤村達よりも温度のある心配をする。澤村達は部屋に戻ってくると「未桜、熱とかあるの?」と、うつされることを懸念するような一言から始めた。
「あー、うん。休んでたらよくなった」
「そうなんだ。よかったね。行けなかったのは残念だったけど」
友達だったはずの澤村達より、友達ではないと堂々と宣言した東田のほうが優しいなんて、皮肉なものだ。
その東田と一緒に水を撒きながら、どこか投げやりな気持ちになって、未桜は遂に口にする。
「あのさー、莉愛にとって、私のランクってなに?」
「は?」
平淡な返事ばかりしていた東田が、珍しく素っ頓狂な声と一緒に目を瞠った。そのまま目を瞬き、「えー……」と少し悩む素振りをみせる。
「えーっと……友達ランク? 友達じゃないけど、嫌いとかじゃないから最下位じゃないけど」
「なにそれ、フォローしてるつもり? っていうか、友達ランクとか、最下位とかじゃなくてさあ」
「じゃ、なに? なんか流行ってるの?」
「……人間としてのランクっていえばいいの? 例えばさあ、うちのクラスで、ランクSABCFに分けるとするじゃん。Sが一番よくて、Fが論外ね。そうなったときのランク」
「あー、スクールカーストの人間版ね」
合点がいったように、東田は頷く。おかしな日本語だったけれど、通じたのならいいだろうと頷いて返す。
「そうそう。例えばリア――澤村莉愛のほうは、ランクSじゃん。そういうの」
それなのに、澤村を例に挙げただけで、東田は眉を顰めた。
「え、あれはどっちかいうとランクCじゃない?」
「はあ?」
青天の霹靂、というか誤りとさえ言うべきランク付けに、今度は未桜が素っ頓狂な声を上げる番だ。可愛くて、モテて、運動神経抜群で、おしゃれな澤村を、しかもよりによって東田が、ランクC呼ばわりするなんて。
「ちょちょ、なんで?」
「なんでって……人間のランクでしょ? スクールカーストじゃなくて、人間のランク」
「何が違うの、それ?」
「んー……スクールカーストは学校で逆らわないほうがいい人みたいな。発言力があるとか、陽キャとか?」
「人間としてのランクは?」
「や、それは全然違う話じゃん。それこそ人間のランクだったら高木なんてランクAでしょ」
東田とつるんでいて、未桜はランクFに分類している、あの高木だ。未桜は眩暈がした。東田がおかしいのは今に始まったことじゃないけれど、よりによって何を言い出すのだろう。
「……ちなみに、なんで?」
今までなら、またランクFが何か言ってる、それで終わっただろう。でも、今まで未桜が散々考えてきたことが全部覆されてしまいそうで、怖いものみたさのような感情で、つい促してしまった。
東田は、ふ、と笑った。馬鹿にしたのではなく、どこか自慢げだった。
「だって高木、めちゃくちゃ絵上手いんだよ。私なんか、真似しようと思ってもできないし。将来漫画家目指してるらしいんだけど、ああいうのって、才能ないとできない仕事じゃん。選ばれた人感ない?」
反応に困った。そりゃあ、漫画家になったら、すごいとは思う。名前を出しただけでみんなが知っていて、一種の芸能人みたいに扱われて、高校生のときに同級生だったんだなんて言えば自慢になる。でも、今は漫画家じゃない。なんなら、教室の隅でコソコソ何か描いてて暗い、なんて悪口まで言われている。
「……莉愛は、才能があれば人間のランクが高いって思うってこと?」
「そういうわけじゃないけど……人と違ったことができそうとか? そういうのって、自分が好きなこととかやりたいことがはっきりあって、しかも才能もないといけないじゃん。私はそういうの何もないから、いいなーって思う」
「……じゃ、リアはなんでランクCなの?」
「んー、顔が可愛いから」
「いや、なんでランクSじゃなくてランクCなのって」
「だって顔が可愛くて運動できるだけで、めちゃくちゃ性格悪いじゃん」
東田がそう言うと、まるでただの嫉妬のようだった。そのくらい、今までの未桜の視点とは違っていた。
「いっつも、ウケるって笑ってるだけで、中身がないし。友達って言ってても裏でどんな悪口言ってるか分からないし」
それは、その通りだ。でも澤村はランクSだから、それが許される。――今までそう思っていた。でも、東田の話を聞いていると、そんなことは許されなくて、だからこそランクを下げるように思えた。でも、どうにも納得がいかない。
「……でもモテるじゃん」
「坂江くんとか、あのあたりにじゃん。モテたところで、無価値じゃない?」
「……そういえば、中学のとき告白されてフッたんだっけ? なんで?」
随分前に、上原から聞いて、一緒になって笑っていたことだ。それ自体は嘘だったとしても、当時の東田が断ったというのは、謎ではある。
東田は、何で知ってるのと言いたげに眉を顰める。同時に少し気まずそうな顔もしたので、きっと、今は、嘘だったと分かっているのだろう。
「……だって、話したこともなかったし。あと、いつも大きい声で騒いでるくせに、授業で当てられたら小さい声になるのとか、ダサくない? ていうかそれ、罰ゲームのやつだし」
「知ってるし」
「……後付けだけど、そういうことする時点で、人間としてないじゃん。リレー選手とかやるかもしれないけど、別にオリンピック選手になれるわけでもないし、ただうちの学校で足が速いほうってだけだし」
少し早口で、流れるように出てくる坂江の悪口。未桜にとって、澤村と坂江の組み合わせは「ランクS同士」だったけれど、東田にとって、彼らは「ランクCとFでお似合い」なのかもしれない。
「……じゃあ、莉愛にとっては、性格が一番大事?」
「いやあ、そういうわけじゃないけど。多分、顔が良くて性格が悪くなかったら、それはそれでランクAだと思うし」
ランクSABCFって急に言われてもそんな分からないよ、と東田は続けた。
「っていうか、結局、この人間ランクってなに?」
なに、と言われると、少し返事に困った。未桜が日頃つけているランクだ、というのでは答えにならない。
ランクは、人を分類するものだ。そして人はきっと、同じランクの人間と付き合う。
高いランクの人間と付き合うだけで、自分のランクが上がるわけではない。高いランクの人間と付き合いたいのなら相応の努力が必要で、その努力が認められた結果、高いランクの集団に入れてもらえる。
誰だって、高いランクをつけられたい。東田が高木をランクAに分類して「いいなーって思う」と羨んだように。そこに理屈はない。誰だって高いランクになりたいに決まっている。
そして、その高いランクを「高いランクの友達」という形で保証してもらえなければ、不安だ。
「……他人に認められてる程度、みたいな?」
「へー?」
東田はあまり納得した様子はなかった。もっと言えば、ランクの話に、これ以上の興味もないようだった。だからどうということはない。きっと、これ以上東田と話していても、未桜のいうランクと東田のいうランクが噛み合うことはないのだろう。
だからこそ、未桜が今まで考えてきたランクが無意味に思えた。東田は変だ。変だけれど、でも未桜が考えてきた指標と全く違う指標を持ち出しているのは事実だ。
姉が、ひとりぼっち概念がなくなると――要は「ひとりぼっち」がランクを評価する要素ではなくなってしまうように、人や、居場所が変わると、ランク決めで考量する要素が変わる。客観的・絶対的な評価なんてできっこない。澤村が、東田にランクCだと言われるように。
「で、結局、私にランクつけるとしたら何になる?」
東田はホースを手放さないまま、うーん、と悩んだ。相変わらず飾り気のない顔だ。結局BBクリームは使っていないのだろうし、眉だって描いていない。修学旅行のクラス集合写真を見たら、東田の顔だけ薄すぎて、真っ先に見つけられるだろう。
でも、だからってランクFじゃない。それは未桜の理想とかけ離れた姿だけれど、でも、変だと言われるくらい周りに左右されずに、未桜のように澤村に振り回されずに過ごす姿を見ていると、ランクCくらいに格上げしたくなった。でももしかしたら、この東田は、誰かにとっての羨望の的で、ランクAなのかもしれない。
「Bじゃないかなあ?」
「……なんで? ランクとか言い出すの、性格悪くないの?」
「他人のランク分けなんて、みんないくらでも無意識にやってるでしょ。カフェの店員がイケメンだったら騒ぐし、ダサい先生のことは見下してるじゃん。AとかBとかまで言わなくたってさ、自分にとってアリかナシかって程度ではやってるよ」
言われてみれば、そうかもしれない。ランク付けをしている自分は腹黒い、なんて思ったことはなかったけれど、東田の言う程度なら、確かにみんなが当たり前にしていることだ。それに、考えてみれば、この東田でさえ、ちょっと悩んだだけで答えを出す程度には、平均より上か下かを考えている。
「……でも、避難所扱いとか言ったじゃん」
「多分、みんなさ、ちょっとずつ狡いし、我儘じゃん。避難所扱いとか、ないなーって思うけど、未桜はまだ会話が成り立つからマシなのかなって。澤村さんだったら私と喋っても『ウケるー』しか言わないし」
会話をしていたって、東田のことは馬鹿にしていた。偏屈、つまんない、話が通じない、しょせんはランクFだ、ずっとそう思っていた。“避難所”なんて形容を用いた東田はきっと、未桜がそう思っていたことに気付いている。それでも東田はそれを「性格が悪いというほどではない」と許容してくれる。
もし、ランク付けに際して、性格が第一の考慮要素だという人がいれば、東田の得点は、それなりに高いだろう。でもあくまで、それなりだ。寛容さ、という意味では高いだろうけれど、この変さがどう評価されるのかは、きっと人次第だ。
未桜は力を蛇口の上に手を置いて体重を預けながら「ていうかさー」と笑った。
「私、ランクBかー。絶対ランクAから落ちてやるもんかって思ってたのにな」
「ランクAじゃないでしょ」
「なんでそんな即答するの」
「だって未桜って全体的にすごく普通じゃん」
「何目線だよ」
「ランクとかいう謎の、占いみたいなものに振り回されてるところとか。それで澤村さん達に外されないように必死になって、自分で自分を追い詰めてるところか。すごく普通じゃない?」
「だから何目線だよ!」
今日の昼は、澤田達よりも東田と食べたいな。そう思った。
「すごい並んでて買えなかったから。お土産あるだけでいいじゃん」
「何、アンタ修学旅行でなんかあったの?」
それなのに、こんな時ばかり、姉は鋭い。大して仲が良いつもりはないのだけれど、家族だからだろうか。そうだとしたら余計なお世話というか、厄介な話だった。
「そういえば、この間、妙に食いついてきたもんねー。大学って楽しいのかって」
「なにそれ、いつの話してんの」
姉は本を置いて、代わりにクッションを抱える。妹の学校生活を見透かしたような笑みが、正直言って腹立たしい。ちょっと早く生まれて、先に大学生を経験しているからって、いつもこうして、何でも分かったような顔をする。
「いつも必死にインスタみて、Be Myselfやってるし。その必死さ、高校生らしいっていうか、初々しいっていうか」
「謎じゃないし。みんなやってるって言ったじゃん」
「はいはい、“みんなやってる”けど“みんなはやってない”ヤツね」
頭には、Be Myselfをしていない東田のことが浮かんだ。未桜が「みんな」と言うとき、東田はそこに入っていない。そうやって「みんな」に入れないから、ランクFなのだ。
そして、東田が偏屈なだけで、姉は「みんな」を意識する側だ。
「偉そうに言うけどさあ、お姉ちゃんだって、みんなやってるからとか、みんな持ってるからとか言ってたじゃん。ラメ入りペンとか、キャラクターのタオルとかさあ」
「だから、そういうのは卒業したって話。てか、やっぱり学校でなんかあったんじゃん」
遠回しに、話を聞いてあげようか、と言われているのは分かった。でも、ランクがどうとかいう話ではなく、単純に家族に赤裸々な相談をするのは気恥ずかしかった。
「うるさい、なんもないし!」
部屋を出れば、姉は追撃してこなかった。自分の部屋に飛び込むと、ベッドに寝転ぶ。
修学旅行最終日の班行動で、澤村達は、たまに、思い出したように未桜に話しかけてきた。でも、さすがにもう、その対応に一喜一憂することはなかった。高いテンションで返事をする気も起きなかった。むしろ、状況を冷静に俯瞰する自分さえいた。もしかしたら、二人は、未桜をどうでもよく思うあまり、その存在を思い出したり忘れたりするのかもしれない、なんて。
「……ランクAなんかじゃなかった」
口に出すと、ただの呟きが、揺るぎない事実になったような錯覚をした。
でもきっと錯覚じゃない。自分はランクAじゃなかった。
それは澤村達と仲良くできなかったから? そうじゃない。もともと、ランクAじゃなかったような気がしてきた。じゃあ何ランクだったのだろう。
頭には、東田が浮かんだ。なんで東田のことを思い出したのか、一瞬分からなかった。でも、例えば澤村達なら「いやいや、ランクAっしょ」なんて上っ面で済ませそうなところを、東田は包み隠さず「ランクBじゃない?」などと言ってくれそうだと思うと、この連想もおかしくない気がした。
幸いにも、翌朝は園芸委員の朝の水やり当番だった。いつもどおり、インスタを見ることから朝を始めて、母に早く食べなさいと叱られ、姉に「いつまで髪梳いてんの」と笑われ、家を出る。今日から上原はいない。でも、一人で駅まで歩くのは寂しくなかった。音楽を聴いていれば駅までなんてすぐだし、電車に乗っていても、SNSや動画を見ていればいくらでも時間は潰せた。
教室に着くと、ちょうど東田がリュックを下ろしているところだった。未桜が入ってきたことに気付くと顔を上げ、「おはよ」と短く挨拶をする。
「……おはよ」
東田はやはり、変わらない。必ず未桜を見るし、挨拶を返す。
「……修学旅行明けなのに、当番とか怠くない?」
「修学旅行でいなかったんだから、むしろ順当じゃない?」
話を振れば、返事をする。その内容が理屈っぽくて退屈だとしても。
「そういえば、USJの日、体調崩したんだって? 大丈夫だったの?」
そして、澤村達よりも温度のある心配をする。澤村達は部屋に戻ってくると「未桜、熱とかあるの?」と、うつされることを懸念するような一言から始めた。
「あー、うん。休んでたらよくなった」
「そうなんだ。よかったね。行けなかったのは残念だったけど」
友達だったはずの澤村達より、友達ではないと堂々と宣言した東田のほうが優しいなんて、皮肉なものだ。
その東田と一緒に水を撒きながら、どこか投げやりな気持ちになって、未桜は遂に口にする。
「あのさー、莉愛にとって、私のランクってなに?」
「は?」
平淡な返事ばかりしていた東田が、珍しく素っ頓狂な声と一緒に目を瞠った。そのまま目を瞬き、「えー……」と少し悩む素振りをみせる。
「えーっと……友達ランク? 友達じゃないけど、嫌いとかじゃないから最下位じゃないけど」
「なにそれ、フォローしてるつもり? っていうか、友達ランクとか、最下位とかじゃなくてさあ」
「じゃ、なに? なんか流行ってるの?」
「……人間としてのランクっていえばいいの? 例えばさあ、うちのクラスで、ランクSABCFに分けるとするじゃん。Sが一番よくて、Fが論外ね。そうなったときのランク」
「あー、スクールカーストの人間版ね」
合点がいったように、東田は頷く。おかしな日本語だったけれど、通じたのならいいだろうと頷いて返す。
「そうそう。例えばリア――澤村莉愛のほうは、ランクSじゃん。そういうの」
それなのに、澤村を例に挙げただけで、東田は眉を顰めた。
「え、あれはどっちかいうとランクCじゃない?」
「はあ?」
青天の霹靂、というか誤りとさえ言うべきランク付けに、今度は未桜が素っ頓狂な声を上げる番だ。可愛くて、モテて、運動神経抜群で、おしゃれな澤村を、しかもよりによって東田が、ランクC呼ばわりするなんて。
「ちょちょ、なんで?」
「なんでって……人間のランクでしょ? スクールカーストじゃなくて、人間のランク」
「何が違うの、それ?」
「んー……スクールカーストは学校で逆らわないほうがいい人みたいな。発言力があるとか、陽キャとか?」
「人間としてのランクは?」
「や、それは全然違う話じゃん。それこそ人間のランクだったら高木なんてランクAでしょ」
東田とつるんでいて、未桜はランクFに分類している、あの高木だ。未桜は眩暈がした。東田がおかしいのは今に始まったことじゃないけれど、よりによって何を言い出すのだろう。
「……ちなみに、なんで?」
今までなら、またランクFが何か言ってる、それで終わっただろう。でも、今まで未桜が散々考えてきたことが全部覆されてしまいそうで、怖いものみたさのような感情で、つい促してしまった。
東田は、ふ、と笑った。馬鹿にしたのではなく、どこか自慢げだった。
「だって高木、めちゃくちゃ絵上手いんだよ。私なんか、真似しようと思ってもできないし。将来漫画家目指してるらしいんだけど、ああいうのって、才能ないとできない仕事じゃん。選ばれた人感ない?」
反応に困った。そりゃあ、漫画家になったら、すごいとは思う。名前を出しただけでみんなが知っていて、一種の芸能人みたいに扱われて、高校生のときに同級生だったんだなんて言えば自慢になる。でも、今は漫画家じゃない。なんなら、教室の隅でコソコソ何か描いてて暗い、なんて悪口まで言われている。
「……莉愛は、才能があれば人間のランクが高いって思うってこと?」
「そういうわけじゃないけど……人と違ったことができそうとか? そういうのって、自分が好きなこととかやりたいことがはっきりあって、しかも才能もないといけないじゃん。私はそういうの何もないから、いいなーって思う」
「……じゃ、リアはなんでランクCなの?」
「んー、顔が可愛いから」
「いや、なんでランクSじゃなくてランクCなのって」
「だって顔が可愛くて運動できるだけで、めちゃくちゃ性格悪いじゃん」
東田がそう言うと、まるでただの嫉妬のようだった。そのくらい、今までの未桜の視点とは違っていた。
「いっつも、ウケるって笑ってるだけで、中身がないし。友達って言ってても裏でどんな悪口言ってるか分からないし」
それは、その通りだ。でも澤村はランクSだから、それが許される。――今までそう思っていた。でも、東田の話を聞いていると、そんなことは許されなくて、だからこそランクを下げるように思えた。でも、どうにも納得がいかない。
「……でもモテるじゃん」
「坂江くんとか、あのあたりにじゃん。モテたところで、無価値じゃない?」
「……そういえば、中学のとき告白されてフッたんだっけ? なんで?」
随分前に、上原から聞いて、一緒になって笑っていたことだ。それ自体は嘘だったとしても、当時の東田が断ったというのは、謎ではある。
東田は、何で知ってるのと言いたげに眉を顰める。同時に少し気まずそうな顔もしたので、きっと、今は、嘘だったと分かっているのだろう。
「……だって、話したこともなかったし。あと、いつも大きい声で騒いでるくせに、授業で当てられたら小さい声になるのとか、ダサくない? ていうかそれ、罰ゲームのやつだし」
「知ってるし」
「……後付けだけど、そういうことする時点で、人間としてないじゃん。リレー選手とかやるかもしれないけど、別にオリンピック選手になれるわけでもないし、ただうちの学校で足が速いほうってだけだし」
少し早口で、流れるように出てくる坂江の悪口。未桜にとって、澤村と坂江の組み合わせは「ランクS同士」だったけれど、東田にとって、彼らは「ランクCとFでお似合い」なのかもしれない。
「……じゃあ、莉愛にとっては、性格が一番大事?」
「いやあ、そういうわけじゃないけど。多分、顔が良くて性格が悪くなかったら、それはそれでランクAだと思うし」
ランクSABCFって急に言われてもそんな分からないよ、と東田は続けた。
「っていうか、結局、この人間ランクってなに?」
なに、と言われると、少し返事に困った。未桜が日頃つけているランクだ、というのでは答えにならない。
ランクは、人を分類するものだ。そして人はきっと、同じランクの人間と付き合う。
高いランクの人間と付き合うだけで、自分のランクが上がるわけではない。高いランクの人間と付き合いたいのなら相応の努力が必要で、その努力が認められた結果、高いランクの集団に入れてもらえる。
誰だって、高いランクをつけられたい。東田が高木をランクAに分類して「いいなーって思う」と羨んだように。そこに理屈はない。誰だって高いランクになりたいに決まっている。
そして、その高いランクを「高いランクの友達」という形で保証してもらえなければ、不安だ。
「……他人に認められてる程度、みたいな?」
「へー?」
東田はあまり納得した様子はなかった。もっと言えば、ランクの話に、これ以上の興味もないようだった。だからどうということはない。きっと、これ以上東田と話していても、未桜のいうランクと東田のいうランクが噛み合うことはないのだろう。
だからこそ、未桜が今まで考えてきたランクが無意味に思えた。東田は変だ。変だけれど、でも未桜が考えてきた指標と全く違う指標を持ち出しているのは事実だ。
姉が、ひとりぼっち概念がなくなると――要は「ひとりぼっち」がランクを評価する要素ではなくなってしまうように、人や、居場所が変わると、ランク決めで考量する要素が変わる。客観的・絶対的な評価なんてできっこない。澤村が、東田にランクCだと言われるように。
「で、結局、私にランクつけるとしたら何になる?」
東田はホースを手放さないまま、うーん、と悩んだ。相変わらず飾り気のない顔だ。結局BBクリームは使っていないのだろうし、眉だって描いていない。修学旅行のクラス集合写真を見たら、東田の顔だけ薄すぎて、真っ先に見つけられるだろう。
でも、だからってランクFじゃない。それは未桜の理想とかけ離れた姿だけれど、でも、変だと言われるくらい周りに左右されずに、未桜のように澤村に振り回されずに過ごす姿を見ていると、ランクCくらいに格上げしたくなった。でももしかしたら、この東田は、誰かにとっての羨望の的で、ランクAなのかもしれない。
「Bじゃないかなあ?」
「……なんで? ランクとか言い出すの、性格悪くないの?」
「他人のランク分けなんて、みんないくらでも無意識にやってるでしょ。カフェの店員がイケメンだったら騒ぐし、ダサい先生のことは見下してるじゃん。AとかBとかまで言わなくたってさ、自分にとってアリかナシかって程度ではやってるよ」
言われてみれば、そうかもしれない。ランク付けをしている自分は腹黒い、なんて思ったことはなかったけれど、東田の言う程度なら、確かにみんなが当たり前にしていることだ。それに、考えてみれば、この東田でさえ、ちょっと悩んだだけで答えを出す程度には、平均より上か下かを考えている。
「……でも、避難所扱いとか言ったじゃん」
「多分、みんなさ、ちょっとずつ狡いし、我儘じゃん。避難所扱いとか、ないなーって思うけど、未桜はまだ会話が成り立つからマシなのかなって。澤村さんだったら私と喋っても『ウケるー』しか言わないし」
会話をしていたって、東田のことは馬鹿にしていた。偏屈、つまんない、話が通じない、しょせんはランクFだ、ずっとそう思っていた。“避難所”なんて形容を用いた東田はきっと、未桜がそう思っていたことに気付いている。それでも東田はそれを「性格が悪いというほどではない」と許容してくれる。
もし、ランク付けに際して、性格が第一の考慮要素だという人がいれば、東田の得点は、それなりに高いだろう。でもあくまで、それなりだ。寛容さ、という意味では高いだろうけれど、この変さがどう評価されるのかは、きっと人次第だ。
未桜は力を蛇口の上に手を置いて体重を預けながら「ていうかさー」と笑った。
「私、ランクBかー。絶対ランクAから落ちてやるもんかって思ってたのにな」
「ランクAじゃないでしょ」
「なんでそんな即答するの」
「だって未桜って全体的にすごく普通じゃん」
「何目線だよ」
「ランクとかいう謎の、占いみたいなものに振り回されてるところとか。それで澤村さん達に外されないように必死になって、自分で自分を追い詰めてるところか。すごく普通じゃない?」
「だから何目線だよ!」
今日の昼は、澤田達よりも東田と食べたいな。そう思った。



