修学旅行に関する説明が始まったのは、その日の六限目、ロングホームルームでのことだった。
待ちに待ったイベントに歓喜する教室で、担任教師が「じゃ、最初に班決めから」と手元で書類を用意し始める。
「3泊4日で、最初が奈良でその次が大阪。班行動が基本だから、ちゃんと崩さずに回るように」
五人一組。その絶妙な数字を聞いた瞬間、未桜は頭の中でグループを作っていた。
クラスの女子は26人。班は男女別で、一班だけは六人一組を作る必要があるとのこと。その六人一組を作るクラスメイトは容易に思い浮かんだ――いつも6人の大所帯で昼を食べている彼女達になるに違いない。あとは三人組と二人組が、互いに許容できるグループを選んでくっついていくのだろう。
とりあえず、東田と一緒の班になれば間違いはない。今朝然り、最近の東田は話せるようにもなってきたし、何よりそうすれば一人になることはないのだ。よく分からない四人組の中に人数調整役として放り込まれるのだけ避けられれば、あとはどうにでもなるだろう。
「じゃあ、班が決まったら、班長がこの紙を取りに来るように。班員の名前を記入して提出」
その教師の声を合図に、皆が思い思いに席を立ち、グループに分かれ始める。未桜はすぐに東田のほうを向いた。
「莉愛、同じ班になろうよ」
「いいけど」
よし、と心の中でガッツポーズを作る。これで最悪の事態は免れた。
あとは、どの三人組と組み合わされるか、だ――。未桜は周囲を見回して様子を確認する。想像通りのクラスメイトが「うちの班、六人です」と言いながら、既に班員名簿を受け取っている。ランクCの三人組が、同じくランクCの二人組に話しかけている。他には二人組がいくつか出来上がっていて、五人になるための三人組探しに苦慮しているように見えた。
未桜と東田が一緒になれる三人組となると、どれだろう。未桜も少し悩んだ。ランクBの三人組は余っているが、全く話したことがない相手だ。半年以上過ぎて一言も会話したことがない時点で、その相性は御察しというもの。ただ、東田も似たようなものだったことを考えると、彼らでもいいだろうか。
「……莉愛ってこういうとき、誰と組んでるっけ?」
「んー、佐々木さん達かもしれないけど、そこはもう決まったみたいだから」
東田は、例によって、誰でもいいと思っているのだろう。あまり頼りにならないどころか、余った三人組でいいんじゃないかと言い出しそうだ。それは避けたい。
となればと、未桜は教室の隅にいる三人組に目をつける。彼らはランクC――身形にはそこそこ気を遣っているものの、休み時間の間中ゲーム内の推しを愛でていて、内輪では盛り上がっているけれど、その内容は何を言っているのかさっぱり分からないし、話しかけると蚊の鳴くような声しか返ってこない。たまに、ランクは低いくせに主張ばかり激しい人もいるが、彼らは従順で害はない。ランクは低いが、この際、修学旅行の班は突貫工事のようなものなので、誰がメンバーでも未桜のランクは左右しないということにしておく。
「じゃあさ、足立さん達の――」
「ねー、未桜」
そこに割り込んだのは、甲高い澤村の声だった。
驚いて顔を向けると、澤村が手招きしていた。隣には浜崎と、あと二人いる。
「こっちの班入りなよ」
東田のことは、置いといて。
一瞬、固まってしまった。どうしよう。二人との会話はほとんどないまま。今朝だって、二人はすぐ目の前に座っていたのに、未桜は東田と話していた。半分無視されているようなものだった。そんな二人と修学旅行で同じ班にいて、楽しいだろうか?
でも、澤村がランクSで、東田はランクF。それは揺るぎない真実だった。
「おっけー!」
気付けば、鮮やかな笑みと一緒に返事をしていた。
未桜はすぐに東田のほうを向き、大袈裟に両手を合わせる。
「ごめん、なんか人数調整必要みたいだからさ。私らで分裂しよ」
東田に不義理をしているわけじゃないこと、いわばクラスの利益という観点から、未桜と東田の二人組が人数調整要員として動くべきであることを強調する。
東田に申し訳ない、という気持ちもあった。でも許してほしかった。だってこれは、未桜がランクAのグループに戻るための千載一遇のチャンスなのだから。
東田は黙った。でもすぐに口を開いて「分かった」と返事をする。その東田には、すぐに別の二人組から「一緒に回ろうよ」と声がかかり、東田は「分かった」と、またすぐに返事をしていた。
東田は、あまり気にしていない。そのことに少し安心しながら、改めて澤村達のもとへ向かう。澤村と浜崎と、ランクBには分類される二人が、未桜を待っていた。班長はランクBの池本に決まっていたらしく、彼女はすぐに「じゃ、取って来る」と行ってしまった。
澤村は「ホテルさー」と言いながら未桜と浜崎を見る。
「三人一部屋か二人一部屋なんだって。うちら三人でいいよね?」
「いいよ、全然」
浜崎は即答した。澤村と浜崎が二人でいることに固執せず、未桜も含めた三人組でいることを受け入れてくれている。そのことに心底安堵しながら、同時に嬉しくもなる。
ああ、そうか。澤村にとって、上原のことはもうどうでもよくなったんだ、と。
「てか未桜、最近東田と昼食べてたけどさー、何話してたの?」
池本が名簿を作る間、澤村はいつもの笑みを浮かべながら話を続けた。
「あー、あれね。化粧興味あるけど分からないっていうから、ちょっとレクチャーしたりとか」
「やっば。アイツ化粧する気あったんだ」
浜崎は声を上げて笑う。久しぶりに間近で見た浜崎の口紅は色が変わっていた。
「やばつまんなかったっしょ。未桜、全然中庭来ないからさー、何してんだろうねって話してたんだよね」
続いた台詞に、はっとする。澤村と浜崎から見れば、未桜が中庭に来なかった。二人で示し合わせて仲間外れにしようとしたのではなく、二人は中庭で待っていても未桜は来ないから、未桜は中庭で昼食を摂らないのだと思っていた、と。
なんだ。そんなことだったんだ。脱力するあまり、思わず笑い出してしまった。澤村の機嫌が一時的に悪かったのは、さすがに間違いじゃないだろう。でも、そのことはもう気にしていないし、澤村の中ではほとぼりが冷めたのに、未桜はいつまで経っても細かいことを気にしているなあと、思われていたに違いない。
――細かくなんてない。そう憤慨する自分もいた。二人に外されたと感じて、今までどれだけ寂しかっただろう。ランクAからの転落に恐怖しただろう。誰も好きで東田と昼食を摂っていたわけじゃない。第一、園芸委員への推薦には明確な悪意があった。それなのに、今になって「全然中庭来ない」だ、なんて。白々しい。どうせ、この修学旅行の班を決めるのに、未桜を一人入れればちょうどいいから、このタイミングで許すことにした、その程度なんだろう。
調子に乗んなよ。アンタ、今まで散々私を無視して、見下してきたくせに。まず謝れよ。
本音はそこにあった。でも口に出せるはずなかった。ここで何事もなかったかのような態度を取っていれば、また澤村と浜崎の三人組に戻れる。名実ともにランクAでいられる。
「てかこの間の体育、デコリアとテニス組まされたの最悪でー」
澤村は東田に視線を向けながら口を尖らせる。ちょうど教室の前方と後方なので、東田に聞こえることはないだろう。
「アイツマジ下手だからさ、ラリー続けないわけ。お前のせいであたしまでふざけてるって思われたらどうしてくれんだよって」
東田の悪口に同調するのは気が引けた。東田は、悪いヤツじゃない。暗いし、いちいち真面目だし、偏屈だし、笑いのノリも違うし、たまにへらへらする笑みが気持ち悪いランクFだ。でも悪いヤツじゃない。澤村みたいに、他人の悪口でしかコミュニケーションをとれないヤツじゃない。澤村に外されたと感じた未桜が声をかけたとき、受け入れてくれたという恩もある。
でも、この機会を捨てられない。
未桜は「まあねー」と、一拍遅れて頷いた。
「デコリアは、いかにも運動神経悪いって感じだから、仕方ないんじゃん?」
「だからさあ、そういうのに気遣って組み合わせ決めて欲しいよね。出席番号順とか、なんで教師ってどいつもこいつも空気読めないんだろ。あたまわる」
これでいいんだ。笑って合わせながら、自分に言い聞かせる。
ランクAのグループに戻って、ランクAの地位が揺るぎないものになることが何より大事だし、それに東田は何も気にしないんだから。これでいい。
翌日の昼休み、また澤村が「未桜ー」と呼ぶ。澤村は手に財布を持っていた。
「ねー、購買行ったりしない?」
「ごめーん、今日お弁当」
「マジかー。じゃ、待ってて」
言いながら、澤村は浜崎を置いて席を立つ――“昼を買ってくるので、戻ってくるまで食べずに待ってて”、つまりまた昼を一緒に食べようというのだ。
外の気温はすっかり下がって、中庭で昼食を摂るのは少々厳しい。今日の澤村達が教室にいるのはそのせいだろう。そして二人はやはり、“未桜は中庭で食べるのを嫌がったから”で通すつもりらしかった。
その対応に蟠らないといえば嘘になる。むしゃくしゃする。まず謝れよという気持ちは変わっていない。何かして困らせてやりたい、見返してやりたい。
そう思うけれど、でも、せっかくもとに戻れたのにと冷静な自分もいる。わざわざ澤村に喧嘩を売る勇気はなかった。
「おっけー、分かった」
上ずった声で返事をした後で、隣の東田を横目で見る。今日一日、東田の態度は変わらなかった。おはようと声をかけられたし、小テストの範囲を聞けば答えてくれた。
もともと、一人で食べてたのだ。未桜がいてもいなくても、関係ない。
ここでは澤村達に混ざったほうがいい。それが賢い選択だ。そう信じて、浜崎の隣に椅子だけを持っていく。浜崎が持っているポーチには見慣れない口紅が入っていた。
「そういえば、ハマ、口紅いつ変えたの? 全然気付かなかった」
「先週かな? パパがお土産で買ってきてくれたんだよねー」
「マジ? 口紅買ってくるとかレベル高くない?」
「免税店いるっていうからさ、このシリーズの何番って指定して。さすがに勝手に選べないっしょ」
「ハマのお父さんならできそうって思っちゃってさあ」
「どこにでもいるサラリーマンだって。今どきの女子高生が〜とかめっちゃ言っててうざいし」
「あー、分かる。うちの父親もそんな感じ」
「だよねー。昨日もさ、アイドルの追っかけなんかやめろとか言ってー」
「親あるある、アイドル全部同じ顔に見えるとか言ってる」
「ほんとそれ」
笑いながら、ああ、これだ、と思い出す。噛み合う話題。なんのストレスもない掛け合い。ちゃんと化粧をして、推しの話をして、それでちゃんと盛り上がる。東田と過ごしたこの一ヶ月半近く、ちっともできなかったこと。やっぱり、自分が東田と一緒にいるなんて間違っていたのだ。
「てかさー、リアの誕プレ決めた?」
贈るべきか否か、そこまで含めて忘れられるはずのない話題だ。未桜は少し顔がひきつるのを感じてしまいながら、「まだなんだよねー」と悩んでいたていを装う。
「口紅は数あってもいいけど、やっぱ色がさー。だったらネイルかなーとか」
「やっぱそうだよねー。アイシャドウパレットとかいいかなって思ってたんだけど、リア、ブルベだしなー」
誕生日プレゼントを贈るのは確定事項になった。自分用に買おうか悩んでいたブラシは、お年玉をもらうまで我慢することにする。どちらかというと、それだけで充分な予算を確保できるかが気になった。澤村の喜ぶプレゼント――ランクAのグループで相応しいプレゼントとは、なんだろう。中学生のときとは予算が違うだろうし、一年生のときは未桜のほうが誕生日が先だったので逆算できたけれど、今回は未知数だ。
そうしているうちに、澤村が戻ってきて、「もー、全然なかったんだけどー」と口をとがらせながら着席する。
「たまごデニッシュ、仕入れなくなったんだって。最悪」
「なにそれ?」
「たまごサンドのデニッシュ版みたいな? 安いからたまに買ってたんだけどお」
澤村は喋りながらスマホを操作する。表示されたのはクリスマスコフレの一覧ページだった。
「ねー、未桜はクリスマスコフレ決めた?」
澤村は随分前からクリスマスコフレをチェックしている。未桜もそれに倣って一通り確認したけれど、どれもこれも手が届かない値段で、でもこれがないとランクAになれないからと母親に頼み込めば「今時の高校生って本当にお金かかるのね」とギョッとしていた。もちろん、答えは「そんなの買えません」だった。
「それがー、親が高すぎって許してくれなくて」
また小遣いと折半で頼むしかない。そう思い出しながら、澤村へのプレゼント候補でもあることに気付いた。十一月一日発売のコフレなら間に合うだろう。問題は予算だ。ミニギフトなら五千円くらいで済むだろうか。それでも少々お高い。やはり小遣いは使えない。
「もう誕生日と合わせてでいいからって頼もうかな」
「未桜って誕生日いつだっけ?」
「一月なんだよね。あれ、ハマって終わったよね?」
「四月だからね。誰にも気づかれないうちに終わるからマジ寂しい」
そんな、久しぶりに楽しい昼食時間。それでも、東田のことが気にならないといえば嘘になる。つい、合間に視線だけ向けると、昼食を終えてイヤホンをつけ、本を読んでいた。
きっと、何も気にしていない。だから、未桜も東田も、これでよかった。そう自分に言い聞かせた。
その翌日、上原と登校しながら修学旅行の班の話になった。上原はクラスのサッカー部でまとまるのだという。
「未桜って澤村達と一緒だろ?」
何も話していないのに、上原は当然のようにそう言ってのけた。もちろん、と返事をしながら、胸を撫で下ろす。もしあの場面で、未桜が律儀にも東田を選択していたら、上原はどんな反応をしていただろう。有り得ない、と侮蔑の目すら向けてきたかもしれない。
「そうそう。あと二人は池本さんと水島さんだけど、知ってる?」
「やー、知らない。いやそれがさ、和田が浜崎さんのこと好きらしいんだよね」
「マジ?」
未桜は目を丸くしてしまった。和田はサッカー部の男子で、未桜はほとんど喋ったことがない。顔くらいしか知らないけれど、特に何かに秀でている印象もなく、ランクBが妥当だろう。それが浜崎を好きだなんて、分不相応にもほどがある。
ただ、男子の中では何かあるのかもしれない。上原は「だから協力してやろうみたいな話があってさー」と続ける。
「USJ、二人で回ろうみたいに話してたけどさ、六人でもいい? そっちが澤村と浜崎で、こっちが俺と坂江と和田で」
呆れた提案だった。もし、和田ではない別のランクAの男子ならいいけれど、なぜそんな異物混入を受け入れなければならないのだろう。そもそも、浜崎の恋愛に協力するならともかく、ランクBの、しかも関わりのない男子の恋愛に協力するなんて、何のメリットもない。
「えー、そこはさあ……リア達と、坂江くんと和田くんでもいいじゃん?」
「和田と浜崎達、全然喋ったことないじゃん。だからバーターの俺がいたほうがさ」
恋より友情、ということか。これだから男子は、と食い下がりたい気持ちもあったが、我儘だと思われたくなかった。せっかく楽しい修学旅行が待っているのに、その直前に彼氏と喧嘩別れしましたなんて、無様過ぎる。
「まー……じゃ、いいけど」
「んじゃ、和田に言っとく。澤村達には未桜が言っといて」
なんで私が。そう言いたい気持ちはあったけれど、それだけ仲良く見えているということなのだろう。不満を顔に出したけれど、上原が察してくれる気配はなく、教室へ向かう前も「マジさんきゅーな」と言っただけだった。
教室へ入ると、ちょうど澤村と坂江が喋っているところだった。もともと仲が良いので大して気にしたことはなかったけれど、今日は二人の距離が少し近く見える。自席へ向かう道中、そこに向かって「おはー」と声をかけると、二人は「おはよ」と揃って返事をした。
「あのさー、USJで一緒に回ろうって話、聞いた?」
「なにそれ?」
坂江が細い目を丸くする。澤村は「誰と? 上原?」と分かっているような分かっていないような返事をする。
「うん。私ら――リアとハマと」
「あー、こっちが上原と和田と俺のヤツ? そうそう、昨日、話したんだ」
どうやら男子の中では合意が形成された後らしい。澤村は「へー」と目を丸くしながら、しかし異論を唱えることはない。これは覆らないな、と肩を落とす。確かに、上原と付き合った当初はトリプルデートも想像したけれど、せめてランクA勢ぞろいであってほしかった。
「和田って誰だっけ?」
「知らない? FWなんだけど」
「サッカー知らないし」
「澤村お前、兄貴サッカー部だったんだからさあ、そういうの知っとけよ」
「えー、だってつまんないじゃーん」
まあでも、いいか。二人を眺めながら、そう結論づける。修学旅行で、男女グループで遊ぶのだ。坂江と澤村はランクSだし、ランクAの彼氏を持つ者として、ランクBがランクAにアプローチするのを見守るのは、悪くない構図ではある。
その彼氏は、ランクAの彼女(みお)よりも、ランクBの友達を優先したわけだけれど。今回だけは目を瞑ろう。
東田と話すタイミングは、その数日後にやってきた。園芸委員の仕事で、朝の水やり当番が一緒だった。
まだ人もまばらな校舎の脇で、花壇に向かいながら、東田の後ろ姿を見つけて「おはよー」と声をかける。今までならわざわざ話しかけなどしなかったけれど、園芸委員の仕事は十二月まで続くので、下手に蟠りたくなかった。そのためにも、修学旅行の班決めは人数調整のために仕方なく、東田と友達をやめたわけじゃない、というスタンスを貫いておきたい。昼食のことは誤魔化しようがないけれど、澤村達から誘われたのだから、東田も分かってくれるだろう。
振り向いた東田は、今日も変わり映えのしない顔だった。例のBBクリームはどうしたことやら、呆れながら、しかしもう頑張ってプロデュースする必要もあるまいと肩の力を抜く。
「……おはよ」
「莉愛ってさー、こういうの絶対遅刻しないよね。えら」
出席も取られないので、同じクラスの園芸委員が黙っていてくれさえすれば気付かれない。その代わり、そのクラスメイトから睨まれることになる。未桜にとってのそれは東田で、今までの状況的にサボるなんて有り得なかったし、そうでなくとも、一対一の関係でそれをするのは気が引けた。
「朝型だから」
久しぶりの東田の返事は、相変わらず反応に困るものだった。早くこの時間が過ぎればいいなと祈りながら、ホースを引っ張ってきたり、蛇口を捻ったりして仕事を始める。
「そういえば、莉愛ってUSJだけ高木さんと回るとかするの?」
「するけど、なんで?」
ああ、そうなんだ。真面目なデコリアも、さすがに班で回ろうとは思わないのか。
「なんとなく、どうするんだろうって思って。まあ、わざわざ班で固まる人なんていないよねー」
「未桜は澤村さん達と回るの?」
「そう。それがさあ、聞いてよ。颯太――上原と二人で回ろうって約束してたのに、和田がハマを好きだからとか言って、すっごい大人数で回ることになっちゃってさあ」
それは澤村達には零せない愚痴だった。当事者の浜崎にはもちろん言えないし、澤村の前でも、まだ上原の話題は避けてしまう。その点、東田は良くも悪くもこの話題に興味がないので気が楽だ。
現に、そうなんだ、と東田は頷く。
「最初に約束してたほうが優先なのにね」
「と思うよね? それなの、マジそれなの。しかも和田くんとか話したことないし」
「イヤだって言えばよかったじゃん、上原くんに」
「言ったけどー、決まっちゃったものは仕方ないじゃん」
「ふーん。未桜のことだから、全然いいよーとか愛想よく言ってそうだと思ったけど」
どこか素朴な口調で、当たらずとも遠からずな指摘をされ、一瞬詰まってしまった。
「……なんで分かったの?」
「だって未桜っていつもそんな感じじゃん。澤村さん達と話してる感じとか」
ということはどうやら、東田は未桜と澤村の会話を聞いていることがあるらしい。
「イヤなら言えばいいのになーって思う。なんか気を遣い過ぎて疲れそうだなって、見てたら思うんだよね」
気を遣うのは当たり前だ。だって澤村はランクSなのだから。その友達枠からはじき出されてしまうおそれがあるのだから。
「……でも、莉愛も、あんまイヤとか言わなくない?」
「そう?」
「……修学旅行の班とかさ」
自分を弾劾する話題だと知りながらも、声を絞り出す。本当は、未桜に二人組を解消されて、ランクCに取り込まれて、嫌だったはずだ。でも東田は受け入れたし、今でも嫌味一つ寄越すことはない。
東田はそれを鼻で笑った。
「未桜が澤村さん達とつるんでもつるまなくても、別にどうでもいいし。だって私達、友達じゃなくない?」
「……は?」
呆気にとられるあまり、思わず声が出た。
「……あれだけ毎日一緒に昼食べたり、喋ったりしてたのに?」
「あれは澤村さん達と喧嘩してたからでしょ?」
しかし、東田のほうこそ、呆れた、と言いたげな様子で続ける。
「別に私は頼んでないし。もし友達だと思ってるんなら、ああいう避難所みたいな扱いはしないでしょ」
避難所――本当の居場所がなくなったから一時的に間借りしていただけ。その表現が、あまりにも正鵠を射ていて、言い返せなかった。デコリアのくせに、ではなく、自分が恥ずかしい行いをしたと突きつけられているようで、耳が熱くなる。
しかし、「ま、別にどうでもいいけど」と東田はやはりトーンを変えない。
「また私とお昼食べるようになったら、ああ、澤村さん達と喧嘩したんだなーって察するだけだけど。でも、私のこと友達って言うのはやめてよ?」
それはまるで、ランクAがランクFに“あんなヤツと友達呼ばわりされたくない”と憤慨しているかのようだった。現実のランクは、逆であるにも関わらず。
なんなの。なんで私が、デコリアからこんなこと言われなきゃいけないの。一人ぼっちじゃなくなって安心してたくせに。私が教えたBBクリームを使ってるくせに。ランクFのくせに、私に向かって友達呼ばわりするな、なんて。ちょっと普通に話しかけられただけで、なんでそんな風に調子に乗るの。
言葉にするには汚すぎるその本音を、舌打ちに込める。東田には聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをされたのか、返事はなかった。
以来、東田とはぱたりと話すことがなくなった。お互いに無視しているわけではない。ただ、席が離れ、園芸委員の仕事がなく、昼食を澤村達と摂れば、会話のタイミングがない。それに加えて先日の腹立たしい指摘を受ければ、未桜がわざわざ話しかけることはなかった。
それでも、困ることはないし、むしろ日々は順風満帆で、すっかり以前の状態に戻っている。澤村の誕生日プレゼントを手に、上原と登校しながら、先日の東田とのやりとりは悪い白昼夢だった気さえしてきた。
教室へ入って、澤村と、すっかりルーティンに戻った挨拶を交わす。今、未桜の斜め前の席には坂江が座っていて、澤村はたまに坂江と喋りに来る。最近、この二人の組み合わせを澤村と浜崎の組み合わせよりもよく見る。二人の距離が近い気がする、と感じたのは気のせいではないのかもしれない。修学旅行までにこの二人が付き合えば、USJでの六人組は男女二人組に綺麗に分割されるかもしれない。そうなればいい。
そこへ浜崎もやってきて、「おはよー」と挨拶しながら、小さなショッパーを掲げた。
「リアー、誕生日おめでとー」
「わ! ありがとー!」
未桜はすかさず、浜崎が渡したブランドを確認する。中身はヘアブラシで、澤村は「かわいー」と言いながら、赤色のそれを眺める。価格帯は3000円前後だった気がする。
ということは、未桜が選んだプレゼントのほうが値段は上だ。少なくともそこで不満を漏らされることはない、と少し自信を持ってプレゼントを差し出した。
「リア、私からも。おめでとー!」
「ありがとっ」
未桜が選んだのは、仕方ないながら奮発したアイシャドウだ。上原とのデート中に選んだので、上原には「女子ってマジで金かかるよなー」と驚かれたものだ。そもそも男子は誕生日プレゼントを贈り合うことなんてない、とか。でも、修学旅行前に機嫌を損ねることを考えれば安い。
澤村はショッパーを受け取りながら「ディアールじゃん!」と高い声を上げ、次いでアイシャドウを見て「これ欲しかったんだー!」と喜色満面になる。そのリアクションを見て、心底胸を撫で下ろした。
浜崎のプレゼントよりも、いいリアクションだった。よかった、と嬉しくなって、未桜も満面の笑みを浮かべる。
「マジありがとう、未桜」
「どういたしましてー。リア、ブルベだから絶対これだって思ったんだよねー」
「うわ、リア、いいなー。これ、私も欲しいと思ってたんだよね」
「あげないよー」
「とらないしー」
澤村のリアクションは、想像していたどれよりも良いものだった。そのことに嬉しくなる。澤村の機嫌を損ねずに済んだこと、自分はランクSの澤村と同等のセンスをちゃんと持っていること、浜崎にも羨ましがられるくらい良いチョイスだったこと。
「これ修学旅行でつけよーっと」
「来週、楽しみだよねー」
クラスでは、修学旅行へ向けて、どことなく浮かれた空気が漂っている。その空気に左右されずにいるのは、東田くらいだろう。
視線を向けると、東田は音楽を聴きながらスマホを見ていた。修学旅行でも、あんなふうに一人きりで過ごすのだろうか。いや、USJは別のクラスの友達と過ごすと話していたっけ。だとして、ホテルの部屋では、相部屋になった子達を困らせることだろう。無視するほど嫌いというわけではないけれど、話すことはない、と。
ああ、本当に、東田なんかと一緒の班じゃなくてよかった――。
そう胸を撫で下ろした、その日の夜のことだった。寝る前にインスタを開き、目に入った澤村のストーリーをタップすると、キャプションだけの投稿がされていた。それを見て、ドッと心臓が跳ね上がる。
“貢がれちゃった。うざがってんの、バレてた?笑”
貢がれた。うざがっていた。それが本人に、バレていた。
誰のことか――真っ先に浮かぶのは、未桜自身以外なかった。未桜が渡したプレゼントの値段は、きっと浜崎が渡したプレゼントの2倍くらい。未桜自身、やりすぎかもと何度も躊躇ったのだ。貢がれた、と揶揄されるのも頷ける。何より、澤村の機嫌を損ねたくないから良いプレゼントで機嫌を取っておこうと思ったことを、誰よりも未桜が自覚している。
思わず、そのストーリー投稿をスクリーンショットで保存していた。跳ね上がった心臓は、まだドクドクと鳴っている。
見てしまった以上、澤村は、未桜がこのストーリーを見たと理解する。……それで? 未桜にどうしろというのだろう。来週には修学旅行が始まるというのに、大仏見学も大阪の街歩きもUSJも、すべて一緒なのに。
……杞憂かもしれない。ぎゅっと、スマホを握りしめながら、そう言い聞かせる。未桜のことじゃないかもしれない。未桜の知らないところで、澤村を好きな男子が、機嫌を取ろうとして高いプレゼントでもしたのかもしれない。そうに違いない。貢ぐ、なんて、友達同士で使う表現ではないのだから。
『私のこと友達って言うのはやめてよ?』
不意に、東田の声が、耳元で甦る。
澤村にとって、未桜は友達なのだろうか。
その答え合わせができないまま、翌日を迎える。上原と一緒に登校しながらもずっと同じことを考えてしまって、「今日なんか変じゃね?」なんて言われてしまった。そのくらい、ずっと上の空だった。
教室へ入ると、澤村は浜崎と喋っていた。
答えは分からないまま。いつかと同じように、二人に合流していいか分からずにいると、澤村が「あ、未桜ー」と声をかけてくる。
昨日のは、私のことじゃない、はず。そう信じながら「おはよー、なに?」と近付くと、澤村は片目を瞑ってアイシャドウを見せる。
「これ、薄く塗ったんだけど、ちょー可愛くない? 未桜がくれたやつ」
――昨日のは、私のことじゃない。その確信に、心底安堵した。
「えー、めっちゃ似合うじゃん! てか使ってくれてる」
「当たり前じゃん。もっと濃く塗りたかったんだけどさー、USJまで我慢かなって」
「てか未桜、聞いた? 坂江からガチのプレゼントもらった話」
浜崎が笑いながら澤村を小突く。澤村が「まだ言ってないしー」と笑いながら、シャツの内側を見せる。雫をモチーフにした銀色のネックレスが光っていた。
――これだ。答え合わせが完了する。澤村が昨日投稿したのは、坂江からのプレゼントに違いない。澤村はきっと、坂江からかけられるアプローチを煩わしく思っていたのだ。
その一喜一憂を顔に出さないようにしながら「え、すっご!」と覗き込む。その感想自体は本当だった。ネックレスを見るだけではブランドは分からないが、坂江の本気度が伝わってくる。何より、付き合ってもいない男子からそんなプレゼントをもらえる立場が羨ましい。やっぱりランクSは違う。
でも、そんな煩わしい相手からの本気のアクセサリーを、わざわざ身に着けるだろうか? しかも、学校で? ――その疑問には気付かないふりをする。
「告られたの?」
「告られてないない。誕生日だから何か買ってよーって冗談で言ってたら、これ」
「すごいよねー。坂江って実はお金持ちなんだって」
だったら、やっぱり、坂江に違いない。必死に自分にそう言い聞かせるのに、それなのに、一度生じた疑問は消えてくれない。
それ以来、澤村のストーリー投稿を見るのが怖くなった。でも、投稿されたら見るしかない。恐る恐るタップし、ただの写真を見て安堵する。ただ、どう見ても男子の腕に見えるものが映りこんでいると、「実は坂江と付き合っているのでは」「だったらやっぱりあの投稿は坂江を指したものではないのでは」という不安に駆られた。そんなことが修学旅行まで続いた。
なんなら、修学旅行が始まっても、その不安は消えなかった。新幹線で澤村と浜崎と並んで三人で座りながら、自分の返事がいちいち的外れでないか気になってしまう。お陰で上の空になって、澤村に「なにぼーっとしてんの、ウケる」と笑われた。
その不安は、まるで坂を転がり落ちるボールのように、どんどん加速していった。新幹線を降りてバスに乗るとき、澤村と浜崎は、当然のように二人で座った。その光景には息が止まりそうだった。慌てて、東田の隣を探し当てる。
「莉愛、ここ誰もいないよね?」
「いないよ」
すっかり喋らなくなって長いのに、東田の反応は変わらない。寛容なのではない、東田はずっと、未桜を「友達じゃないからどうでもいい」と思っているだけだ。そして、そんなことを言った東田を、未桜はまだ許していないし、許すつもりはない。……たとえ、澤村のあの投稿が、未桜に向けられたものだとしても。
東田との間に会話はなかった。目的地に到着してバスを降りた後は班ごとに整列するように言い渡され、自然に東田と離れ、そして澤村達と合流した。澤村と浜崎は「鹿いなくない?」「え、どこにでもいるの?」と、未桜が入れそうな話をしていた。でも入ることはできなかった。
そして、30分の自由行動と言い渡された瞬間、澤村は浜崎に「ジュース買ってこよ」と声をかけて行ってしまった。
浜崎にだけ、声をかけた。未桜も隣にいたのに。
つい数秒前まで塊になっていた生徒達は、各々の仲の良いメンバーと散っていく。慌てて東田を探した。でも東田の姿も見えなかった。そういえば、新幹線で見たけど、東田は意外とランクCと仲良く喋ってたっけ。
一人でいたくない。慌てて、他のグループの一員のようなふりをしながら、土産を見に行くふりをする。
どうしよう。三泊四日の修学旅行は始まったばっかりなのに、どうしたらいいのだろう。教師に引率され続ける今日はともかく、明日と明後日の自由行動のことを考えると、涙が出そうだった。
それでも、澤村達は変わらない。集合時間ギリギリに戻ってきた未桜を、お揃いのドリンクを手に「おかえりー」と迎える。まるで未桜自身がどこかへ行っていたかのように。
「ただい、ま……」
「さっきさー、上原が未桜のこと探してたよ?」
ああ、そうだ、自分にはまだ、上原がいた。その頼みの綱のことを思い出して、やっと息ができたきがした。バスに乗り込みながら「え、いつ?」と訊ねると「さっきさっき」と澤村は続けた。慌ててLINEを開くけれど、特に連絡はきていなかった。
「えー、なんだったんだろ」
「明日のこととかじゃん? 半分自由行動だし。てか、上原と行くなら全然いいよ」
思いついたように、澤村はそう明るく口にした。流れで澤村と浜崎の後ろの席に座ると、澤村は身を乗り出して後ろを覗きこんでくる。
「先生には黙っとくし。バレないでしょ?」
「確かに。せっかく彼氏いる修学旅行だしね」
隣の浜崎も頷く。
それが、建前だということは分かった。澤村と浜崎は、明日の自由行動を、未桜と過ごしたくないと言っているのだ。もしかしたら、明後日のUSJさえ。
もともと、明日の自由行動日は、班の中でも池本と水島とは分かれて三人で回ると決まっていた。どこに行くかは、澤村と浜崎と未桜の三人で決めていた。未桜は大阪のことなんて何も知らない。あらかじめ決めた場所に、澤村と浜崎と一緒に行くのでなければ、どこにも行けない。
それでも、ここまでされて、二人の提案を断ることはできなかった。できるだけ明るい声で、「だよね」と返事をする。でも震えていた。
「颯太に連絡してみよっと」
「あ、とりあえずUSJ、坂江が、六人はなしにしようって言ってたよ? コイツが和田ナイって言うからさー」
未桜からは見えなかったが、澤村は浜崎を小突いているに違いなかった。え、と顔を上げる未桜の前で、浜崎は「だってさー、全然話盛り上がらないし」と、既に接点を持ったことを知らせる。
「急にメンバーに入ってくるから何かとは思ってたけどさー。あれはないない」
「でもめっちゃウケたじゃん。ハマの気引こうとしててさ」
「めっちゃ空回りしてたじゃん。余計ないって」
九月のデジャヴだ。二人は、未桜の知らないところで、きっとダブルデートか何かしたのだろう。考えてみれば坂江だって、誕生日だから何か買ってと言われただけでアクセサリーをプレゼントするはずないのだから。きっと四人で遊んだに違いない。
では、上原は? そのメンバーに、上原は入っていたのだろうか? 上原からは何も聞いていない。それが何を意味するのか分からず、震える手でスマホを持つ。LINEを開いて、「探してたって聞いたー」と、スタンプ付きで訊ねてみる。バスが走り出しても、既読はつかなかった。
ホテルに着いても、返事はなかった。上原の用事が何かは分からないけれど、問題は、明日の自由行動だ。もし上原が一緒に過ごせないというのなら、澤村達に仲間に入れてもらわなければならない。
浜崎が部屋の鍵を開けている後ろで「明日自由行動じゃん?」「一緒に回らない?」と打ち込む。やっぱり既読はつかないままだ。
それを見つめながら、途端に後悔に襲われる。どうして矢継ぎ早にメッセージを送ってしまったのだろう。こんなの、余裕がないと言っているようなものだ。それどころか、もしうざいと思われたら、どうしよう。ただでさえ澤村に「うざい」と思われていたのかもしれないのに、上原にまで思われたら。ランクSの友達に続いて、ランクAの彼氏まで失ってしまったら。
「ねー、ベッドどうする?」
浜崎の声で、部屋に入ったまま固まってしまっていたことに気が付き、顔を上げる。部屋にはシングルベッドが2台と、追加のスプリングベッドが1台置かれていた。三人部屋ではよくあることだった。
普通に考えれば、これからの3泊は同じメンバーなのだから、順番にスプリングベッドを使えばいい。でもその提案をする勇気がなかった。明日、上原と回るのは、やっぱりやめておこうと考え直していた。澤村達には「上原、意外と真面目で」と言い訳して、断られたことにしよう。上原には「リア達と回るから」とメッセージを送り直して、余裕のある彼女を装おう。そのために、ここでは下手に出ておこう。……そんなことを考えていた。
「あ、私この小さいのでいいよ。私、一番小さいし?」
スマホを握りしめたまま、未桜はできるだけ笑顔を作った。でもきっとひきつっていた。
「えー、私と未桜、あんまり変わらなくない?」
そう言う浜崎の顔には、既に「未桜ならそう言ってくれると思ってた」という返事が書かれている。
「ま、いーからいーから」
「ありがとー」
「じゃ、荷物置いちゃお」
澤村はお礼も言わない。それでも構わず、スプリングベッドに腰掛けながら「ていうかさー」と、できるだけ自然に切り出す。
「明日、やっぱリア達と回ろうかな」
「えー、なんで? 上原はいいの?」
澤村が目を丸くする。そのリアクションはどうにもわざとらしく見えたけれど、未桜を煙たがっているのかどうかまでは分からなかった。
「うん。USJは一緒に回るから、いいかなって」
「ふーん? じゃ、いいけど」
仕方がないと諦めたような感情が凝縮された返事に、また苦笑いを浮かべてしまう。もともと一緒に過ごす予定だったのだ。仕方がないもなにもない。それなのに、上から目線で受け入れるような返事をされるなんて。
でも、そんなことどうだっていい。とりあえず、明日は一人にならずに済むんだから。スプリングベッドのくだりがあってよかった。そう胸を撫で下ろしながら、もう一度スマホを見る。既読はつかないままだった。そこに「やっぱなし」「リア達と女子会するから」と続けてスタンプも送る。時間差で打ち込まれた、未読の4つのメッセージと2つのスタンプ。「既読」がつかない画面は、上原とのLINEであるはずなのに、上原との繋がりがこの目に見えない。
朝起きると、スマホには「颯太:スタンプを送信しました」という通知が見えた。慌ててタップして、しかし表示された画面にがっかりする。本当に、上原は、「オッケー」というスタンプを送信してきただけだった。昨日の用事に対する回答はないし、もちろん、「どうした?」なんて様子を訊ねることもない。
なんで、こんなに素っ気ないんだろう。修学旅行までは普通だったと思う。昨日の夜、矢継ぎ早にメッセージを送ったのが鬱陶しかったのだろうか。でも考えてみれば、修学旅行前は、澤村のストーリー投稿が気になって、上原と話しているときはずっと上の空だった。上原と何を話したのかも覚えていない。そのせいだろうか。いや、それよりも――。不安になり始めるときりがなく、それなのに、答えが見つからない。
朝食会場で、班ごとにテーブルが決められていることに安堵しつつ、上原を探した。上原のクラスは会場の右端に固まっていて、未桜のテーブルとは真逆の位置だった。そこにわざわざ姿を探しに行くのは、例によって煩わしく感じられそうで、気が引けた。
ただ、チャンスは巡ってきた。朝食会場を出るとき、ちょうど上原達の班と一緒になったのだ。
未桜と目が合った上原は、どこかバツの悪そうな顔をした。きっと今朝、素っ気ない返事をしたからだろう。
でも大丈夫。気にしてない。そう示すために、笑顔を作る。修学旅行が始まってから、いや、少し前から、なんだか笑顔を作ってばかりだ。
「おはよー。昨日、早く寝たの?」
「あー、まあ、和田達と騒ぎすぎてさ」
だから通知に気が付かなかったんだ、という言い訳だった。深くは追及せず、そっか、と返事をするに留める。その和田は、浜崎に事実上フラれたのが気まずいのだろう、上原に「俺、先行くから」と言い残して、澤村と浜崎を追い抜いていった。二人が顔を見合わせて笑うのが、未桜には見えた。
「あー、てかさ、未桜、ちょっとさあ、こっち」
「え? うん、いいけど」
エレベーターに向かう前、上原がどこか気まずそうに、自動販売機コーナーを示した。未桜は澤村達を振り返ったが、未桜が離れることなど意にも介してないようで、わざわざ声をかける必要はなさそうだった。
そうしてついて行った先で、上原はそわそわと髪をいじってみたり、上着のポケットに手を突っ込んだりしていた。もう付き合って二ヶ月も経つのに、そんな告白前みたいな態度をとらなくてもいいのにと、笑ってしまう。
「なに、どうしたの?」
「あーのさ。俺ら別れない?」
そのまま、笑みが凍りつくのを感じた。
なんで? どうして? 私が何かした? 昨日のメッセージ、やっぱりうざかった? ていうか、別れたいなら何が悪いのか、ちゃんと言ってよ。そうすれば直すんだからさ。そうしたらきっと、別れようとか言わないんだからさ。というか、なんでこのタイミングで言うの? 明日のUSJは二人で回ろうって約束してるじゃん。せめて修学旅行が終わるまで待つとか、そういうことできないの?
そのたくさんの疑問や要求が綯い交ぜになり、言葉にならない。そのせいか、自分が悲しいのか、それとも怒っているのかすら分からなくなった。
「なんで?」
出てきた自分の声も、怒っているように聞こえたけれど、本当に怒っているのか、不安なのを隠していたいのかも分からない。
上原は髪をいじりながら、足元にボールでもあるような仕草で俯いて「いやー、なんでってほどじゃないけど」と曖昧な返事をする。
「なんか、思ったのと違ったっていうかさ」
「何が?」
「嫌いになったとかじゃないんだけど、付き合ってなくてもいいかなーみたいな。澤村だったら付き合ってもいいかもだけどさ。あ、これ、例えばの話だから」
なんで、あえて、その名前が出てくるのか。カッと、今度こそ、怒りで頭が熱くなった。どこか慌てた様子で取り繕う姿は、澤村と何かがあったと告白しているようなものだった。
「ま、もともとノリじゃん」
それなのに、上原は悪びれもせず、そんな軽い言葉で済ませようとする。軽い――ランクAに相応しい返事として、未桜がかつて口にしたのと同じ言葉で。
「じゃ、まあ、そういうことだから」
「待って」
許せない。ぐるぐると、頭の中で怒りが渦巻く。冷静に何かを考える余裕なんてなかった。ただ、こんな、澤村の顔しか見ていないような男子に修学旅行で別れ話をされたなんて状況が、どうしても許せなかった。
「私からフッたってことにして」
「おっけおっけ。大丈夫」
上原は、お安い御用だとでも言いたげに、軽く手を挙げてみせる。そのくらい、上原にとってはどうでもいいことだったのだ。だからこそ、余計に怒りが収まらなかった。
なんなの。一体、なんなの。怒りの渦を抱えたまま、部屋へ戻る。足を踏み鳴らして、すれ違う同じ制服の子達に見られても、気にならなかった。
部屋では、澤村達が出発の準備をしていた。未桜がスプリングベッドの上で荷物を準備し始めると、澤村が「上原、なんだったの?」と、よりによってこんな時に限って無視してくれない。
別れたことを隠す気はなかった。どうせ坂江を通じて遅かれ早かれバレることだ。
「昨日のLINEがとか、なんか言い始めたんだけど、うざくて。別れてきた」
「えー、マジー?」
「え、別れたの?」
苛立ちに任せた嘘は下手くそだった。何も思いつかず、畳みかけてくる二人を煩わしく感じてしまう。
「うん。でも全然気にしてない、ノリだし」
「えー、でもさ、明日のUSJ、上原と一緒に回るって話してたじゃん。どうすんの?」
「どうせ、あんなヤツと一緒に回ったって楽しくないし」
まさしく、それを知りながらこんなタイミングで言い出すのが、気に食わないのだ。
「だからさ、明日は――」
「てか時間ヤバくない? ロビー行こ」
明日は、澤村と浜崎と一緒に回ろう。そう声をかけたかったのに、澤村が遮る。浜崎も「待って待って、スマホ忘れてる」とベッド脇へ駆け、未桜に背を向けた。
――ああ、そうだった。二人は、今日すら、未桜と一緒にいることを嫌がっていたのだ。
慌てて荷物を詰め込み、二人に続いて部屋を出る。ホテルからの出発までは班でと決まっているので、ロビーに集合するまで、二人は未桜の存在を確認してくれた。でもそこまでだった。ホテルを出発すれば、未桜には、二人の背中しか見えなくなった。電車に乗っても同じこと。澤村と浜崎は絶え間なく喋るのに、未桜には常に澤村の背中が見えていた。電車を降りて、二人が立ち止まってマップを開いている間も、「あっちじゃない?」と指さして歩き出すときも、未桜が振り向かれることはない。
そうして、観光名所を兼ねる百貨店のトイレを出たところで、未桜は一人きりになった。澤村と浜崎に続いて並んで、出たら二人はいなかった。しばらく外で待っていても、二人が出てくることはなかった。
どこにいるの、と二人にLINEする気にはならなかった。だってわざとだろうから。ここでLINEをすれば、後になって、澤村が「外されてるのに気付かないとか、ウケる」とLINEのスクリーンショットを見せて回る姿が容易に想像できた。
時刻は、午後二時。お昼を食べたばかり。ホテルに戻るのは午後五時。それまで三時間、一人ぼっち。
そのとき、アプリの通知が届く――“BeMyselfの時間です”。
今の未桜が投稿しようとすれば、それは百貨店で一人きりでいる姿になる。それが“自分らしさ”? そんなの、受け入れられるわけがなかった。たとえ澤村達を始めとする、みんなの投稿を見ることができなくても。
でも一方で、ここで投稿しなければ、澤村達だけでなく、あらゆる友達との繋がりがぷっつりと切れてしまう気もして、それはランクAであることの保証が切れるのと同義であるように思えて、怖かった。
結局、いつもどおり、目元をピースサインで隠しながら写真を撮った。
そのまま、エレベーター前のベンチにぼんやりと座りこんだ。そのうち目の奥が熱くなり、涙が零れてきた。
上原にフラれた。澤村と浜崎には外された。今日はこれからひとりぼっち。もちろん、ホテルに戻るときは班員が揃っていなければならないから、午後五時までには二人から連絡があるだろう。だとして、未桜がひとりぼっちなのは変わらない気がした。どうしてだろう。
……澤村達と一緒にいても、外されていないか外されているか、その不安に振り回されるだけで、楽しくもなんともないからだ。
もちろん、楽しい時間はある。修学旅行の班決めで、澤村達に声をかけられ、また仲間に入れたとき。二人と、昼休みにコスメの話で盛り上がったとき……そう思い出してみたものの、それは単に「二人のもとに戻れて嬉しかったとき」であって、「二人と一緒にいて楽しかったとき」ではない。
じゃあ、誰と一緒にいれば楽しいのだろう。誰と一緒にいれば、こんな風に、ひとりぼっちにならずに済むのだろう。……東田と一緒にいて、楽しい時間があっただろうか。一時的に盛り上がった時間はあったけれど、でも、一緒にいたいと思うほど楽しく過ごしたわけじゃない。第一、東田には、友達じゃないと宣言された。一人でいたくないときに便利、本当に、それだけだった。
そうして呆然と座り込んでいても、助けに来てくれる誰かはいなかった。スマホばかり見て時間を潰して、そのうち充電が減りすぎて、いよいよすることがなくなった。馬鹿みたいにずっと座り込んでいて、時刻が四時に差し掛かる頃、やっと浜崎から連絡があった。
『未桜、どこいるの?』『ホテルに4時50分でいける?』『やっぱ駅で』
合流する気のない、点呼のためだけの連絡だった。もう取り繕う気にもならず、「大丈夫」と短く返事をして、重い腰を上げた。
駅で再会した澤村は「もー、急にいなくなるからびっくりした」と白々しく笑った。浜崎も「どこ行ってたの?」と、答えに困るような質問をあえて投げてくる。
「……なんか、具合悪くなってさ。休んでたから、LINEもできなくて」
「マジ? 大丈夫?」
「うん。でも、明日はホテルで休もうかな」
東田に声をかければ、きっと東田は「また喧嘩したんだ」と言いながら受け入れてくれるだろう。でもそんな気にはなれなかった。“ひとり”でUSJにいたって、楽しくもなんともないのだから。
待ちに待ったイベントに歓喜する教室で、担任教師が「じゃ、最初に班決めから」と手元で書類を用意し始める。
「3泊4日で、最初が奈良でその次が大阪。班行動が基本だから、ちゃんと崩さずに回るように」
五人一組。その絶妙な数字を聞いた瞬間、未桜は頭の中でグループを作っていた。
クラスの女子は26人。班は男女別で、一班だけは六人一組を作る必要があるとのこと。その六人一組を作るクラスメイトは容易に思い浮かんだ――いつも6人の大所帯で昼を食べている彼女達になるに違いない。あとは三人組と二人組が、互いに許容できるグループを選んでくっついていくのだろう。
とりあえず、東田と一緒の班になれば間違いはない。今朝然り、最近の東田は話せるようにもなってきたし、何よりそうすれば一人になることはないのだ。よく分からない四人組の中に人数調整役として放り込まれるのだけ避けられれば、あとはどうにでもなるだろう。
「じゃあ、班が決まったら、班長がこの紙を取りに来るように。班員の名前を記入して提出」
その教師の声を合図に、皆が思い思いに席を立ち、グループに分かれ始める。未桜はすぐに東田のほうを向いた。
「莉愛、同じ班になろうよ」
「いいけど」
よし、と心の中でガッツポーズを作る。これで最悪の事態は免れた。
あとは、どの三人組と組み合わされるか、だ――。未桜は周囲を見回して様子を確認する。想像通りのクラスメイトが「うちの班、六人です」と言いながら、既に班員名簿を受け取っている。ランクCの三人組が、同じくランクCの二人組に話しかけている。他には二人組がいくつか出来上がっていて、五人になるための三人組探しに苦慮しているように見えた。
未桜と東田が一緒になれる三人組となると、どれだろう。未桜も少し悩んだ。ランクBの三人組は余っているが、全く話したことがない相手だ。半年以上過ぎて一言も会話したことがない時点で、その相性は御察しというもの。ただ、東田も似たようなものだったことを考えると、彼らでもいいだろうか。
「……莉愛ってこういうとき、誰と組んでるっけ?」
「んー、佐々木さん達かもしれないけど、そこはもう決まったみたいだから」
東田は、例によって、誰でもいいと思っているのだろう。あまり頼りにならないどころか、余った三人組でいいんじゃないかと言い出しそうだ。それは避けたい。
となればと、未桜は教室の隅にいる三人組に目をつける。彼らはランクC――身形にはそこそこ気を遣っているものの、休み時間の間中ゲーム内の推しを愛でていて、内輪では盛り上がっているけれど、その内容は何を言っているのかさっぱり分からないし、話しかけると蚊の鳴くような声しか返ってこない。たまに、ランクは低いくせに主張ばかり激しい人もいるが、彼らは従順で害はない。ランクは低いが、この際、修学旅行の班は突貫工事のようなものなので、誰がメンバーでも未桜のランクは左右しないということにしておく。
「じゃあさ、足立さん達の――」
「ねー、未桜」
そこに割り込んだのは、甲高い澤村の声だった。
驚いて顔を向けると、澤村が手招きしていた。隣には浜崎と、あと二人いる。
「こっちの班入りなよ」
東田のことは、置いといて。
一瞬、固まってしまった。どうしよう。二人との会話はほとんどないまま。今朝だって、二人はすぐ目の前に座っていたのに、未桜は東田と話していた。半分無視されているようなものだった。そんな二人と修学旅行で同じ班にいて、楽しいだろうか?
でも、澤村がランクSで、東田はランクF。それは揺るぎない真実だった。
「おっけー!」
気付けば、鮮やかな笑みと一緒に返事をしていた。
未桜はすぐに東田のほうを向き、大袈裟に両手を合わせる。
「ごめん、なんか人数調整必要みたいだからさ。私らで分裂しよ」
東田に不義理をしているわけじゃないこと、いわばクラスの利益という観点から、未桜と東田の二人組が人数調整要員として動くべきであることを強調する。
東田に申し訳ない、という気持ちもあった。でも許してほしかった。だってこれは、未桜がランクAのグループに戻るための千載一遇のチャンスなのだから。
東田は黙った。でもすぐに口を開いて「分かった」と返事をする。その東田には、すぐに別の二人組から「一緒に回ろうよ」と声がかかり、東田は「分かった」と、またすぐに返事をしていた。
東田は、あまり気にしていない。そのことに少し安心しながら、改めて澤村達のもとへ向かう。澤村と浜崎と、ランクBには分類される二人が、未桜を待っていた。班長はランクBの池本に決まっていたらしく、彼女はすぐに「じゃ、取って来る」と行ってしまった。
澤村は「ホテルさー」と言いながら未桜と浜崎を見る。
「三人一部屋か二人一部屋なんだって。うちら三人でいいよね?」
「いいよ、全然」
浜崎は即答した。澤村と浜崎が二人でいることに固執せず、未桜も含めた三人組でいることを受け入れてくれている。そのことに心底安堵しながら、同時に嬉しくもなる。
ああ、そうか。澤村にとって、上原のことはもうどうでもよくなったんだ、と。
「てか未桜、最近東田と昼食べてたけどさー、何話してたの?」
池本が名簿を作る間、澤村はいつもの笑みを浮かべながら話を続けた。
「あー、あれね。化粧興味あるけど分からないっていうから、ちょっとレクチャーしたりとか」
「やっば。アイツ化粧する気あったんだ」
浜崎は声を上げて笑う。久しぶりに間近で見た浜崎の口紅は色が変わっていた。
「やばつまんなかったっしょ。未桜、全然中庭来ないからさー、何してんだろうねって話してたんだよね」
続いた台詞に、はっとする。澤村と浜崎から見れば、未桜が中庭に来なかった。二人で示し合わせて仲間外れにしようとしたのではなく、二人は中庭で待っていても未桜は来ないから、未桜は中庭で昼食を摂らないのだと思っていた、と。
なんだ。そんなことだったんだ。脱力するあまり、思わず笑い出してしまった。澤村の機嫌が一時的に悪かったのは、さすがに間違いじゃないだろう。でも、そのことはもう気にしていないし、澤村の中ではほとぼりが冷めたのに、未桜はいつまで経っても細かいことを気にしているなあと、思われていたに違いない。
――細かくなんてない。そう憤慨する自分もいた。二人に外されたと感じて、今までどれだけ寂しかっただろう。ランクAからの転落に恐怖しただろう。誰も好きで東田と昼食を摂っていたわけじゃない。第一、園芸委員への推薦には明確な悪意があった。それなのに、今になって「全然中庭来ない」だ、なんて。白々しい。どうせ、この修学旅行の班を決めるのに、未桜を一人入れればちょうどいいから、このタイミングで許すことにした、その程度なんだろう。
調子に乗んなよ。アンタ、今まで散々私を無視して、見下してきたくせに。まず謝れよ。
本音はそこにあった。でも口に出せるはずなかった。ここで何事もなかったかのような態度を取っていれば、また澤村と浜崎の三人組に戻れる。名実ともにランクAでいられる。
「てかこの間の体育、デコリアとテニス組まされたの最悪でー」
澤村は東田に視線を向けながら口を尖らせる。ちょうど教室の前方と後方なので、東田に聞こえることはないだろう。
「アイツマジ下手だからさ、ラリー続けないわけ。お前のせいであたしまでふざけてるって思われたらどうしてくれんだよって」
東田の悪口に同調するのは気が引けた。東田は、悪いヤツじゃない。暗いし、いちいち真面目だし、偏屈だし、笑いのノリも違うし、たまにへらへらする笑みが気持ち悪いランクFだ。でも悪いヤツじゃない。澤村みたいに、他人の悪口でしかコミュニケーションをとれないヤツじゃない。澤村に外されたと感じた未桜が声をかけたとき、受け入れてくれたという恩もある。
でも、この機会を捨てられない。
未桜は「まあねー」と、一拍遅れて頷いた。
「デコリアは、いかにも運動神経悪いって感じだから、仕方ないんじゃん?」
「だからさあ、そういうのに気遣って組み合わせ決めて欲しいよね。出席番号順とか、なんで教師ってどいつもこいつも空気読めないんだろ。あたまわる」
これでいいんだ。笑って合わせながら、自分に言い聞かせる。
ランクAのグループに戻って、ランクAの地位が揺るぎないものになることが何より大事だし、それに東田は何も気にしないんだから。これでいい。
翌日の昼休み、また澤村が「未桜ー」と呼ぶ。澤村は手に財布を持っていた。
「ねー、購買行ったりしない?」
「ごめーん、今日お弁当」
「マジかー。じゃ、待ってて」
言いながら、澤村は浜崎を置いて席を立つ――“昼を買ってくるので、戻ってくるまで食べずに待ってて”、つまりまた昼を一緒に食べようというのだ。
外の気温はすっかり下がって、中庭で昼食を摂るのは少々厳しい。今日の澤村達が教室にいるのはそのせいだろう。そして二人はやはり、“未桜は中庭で食べるのを嫌がったから”で通すつもりらしかった。
その対応に蟠らないといえば嘘になる。むしゃくしゃする。まず謝れよという気持ちは変わっていない。何かして困らせてやりたい、見返してやりたい。
そう思うけれど、でも、せっかくもとに戻れたのにと冷静な自分もいる。わざわざ澤村に喧嘩を売る勇気はなかった。
「おっけー、分かった」
上ずった声で返事をした後で、隣の東田を横目で見る。今日一日、東田の態度は変わらなかった。おはようと声をかけられたし、小テストの範囲を聞けば答えてくれた。
もともと、一人で食べてたのだ。未桜がいてもいなくても、関係ない。
ここでは澤村達に混ざったほうがいい。それが賢い選択だ。そう信じて、浜崎の隣に椅子だけを持っていく。浜崎が持っているポーチには見慣れない口紅が入っていた。
「そういえば、ハマ、口紅いつ変えたの? 全然気付かなかった」
「先週かな? パパがお土産で買ってきてくれたんだよねー」
「マジ? 口紅買ってくるとかレベル高くない?」
「免税店いるっていうからさ、このシリーズの何番って指定して。さすがに勝手に選べないっしょ」
「ハマのお父さんならできそうって思っちゃってさあ」
「どこにでもいるサラリーマンだって。今どきの女子高生が〜とかめっちゃ言っててうざいし」
「あー、分かる。うちの父親もそんな感じ」
「だよねー。昨日もさ、アイドルの追っかけなんかやめろとか言ってー」
「親あるある、アイドル全部同じ顔に見えるとか言ってる」
「ほんとそれ」
笑いながら、ああ、これだ、と思い出す。噛み合う話題。なんのストレスもない掛け合い。ちゃんと化粧をして、推しの話をして、それでちゃんと盛り上がる。東田と過ごしたこの一ヶ月半近く、ちっともできなかったこと。やっぱり、自分が東田と一緒にいるなんて間違っていたのだ。
「てかさー、リアの誕プレ決めた?」
贈るべきか否か、そこまで含めて忘れられるはずのない話題だ。未桜は少し顔がひきつるのを感じてしまいながら、「まだなんだよねー」と悩んでいたていを装う。
「口紅は数あってもいいけど、やっぱ色がさー。だったらネイルかなーとか」
「やっぱそうだよねー。アイシャドウパレットとかいいかなって思ってたんだけど、リア、ブルベだしなー」
誕生日プレゼントを贈るのは確定事項になった。自分用に買おうか悩んでいたブラシは、お年玉をもらうまで我慢することにする。どちらかというと、それだけで充分な予算を確保できるかが気になった。澤村の喜ぶプレゼント――ランクAのグループで相応しいプレゼントとは、なんだろう。中学生のときとは予算が違うだろうし、一年生のときは未桜のほうが誕生日が先だったので逆算できたけれど、今回は未知数だ。
そうしているうちに、澤村が戻ってきて、「もー、全然なかったんだけどー」と口をとがらせながら着席する。
「たまごデニッシュ、仕入れなくなったんだって。最悪」
「なにそれ?」
「たまごサンドのデニッシュ版みたいな? 安いからたまに買ってたんだけどお」
澤村は喋りながらスマホを操作する。表示されたのはクリスマスコフレの一覧ページだった。
「ねー、未桜はクリスマスコフレ決めた?」
澤村は随分前からクリスマスコフレをチェックしている。未桜もそれに倣って一通り確認したけれど、どれもこれも手が届かない値段で、でもこれがないとランクAになれないからと母親に頼み込めば「今時の高校生って本当にお金かかるのね」とギョッとしていた。もちろん、答えは「そんなの買えません」だった。
「それがー、親が高すぎって許してくれなくて」
また小遣いと折半で頼むしかない。そう思い出しながら、澤村へのプレゼント候補でもあることに気付いた。十一月一日発売のコフレなら間に合うだろう。問題は予算だ。ミニギフトなら五千円くらいで済むだろうか。それでも少々お高い。やはり小遣いは使えない。
「もう誕生日と合わせてでいいからって頼もうかな」
「未桜って誕生日いつだっけ?」
「一月なんだよね。あれ、ハマって終わったよね?」
「四月だからね。誰にも気づかれないうちに終わるからマジ寂しい」
そんな、久しぶりに楽しい昼食時間。それでも、東田のことが気にならないといえば嘘になる。つい、合間に視線だけ向けると、昼食を終えてイヤホンをつけ、本を読んでいた。
きっと、何も気にしていない。だから、未桜も東田も、これでよかった。そう自分に言い聞かせた。
その翌日、上原と登校しながら修学旅行の班の話になった。上原はクラスのサッカー部でまとまるのだという。
「未桜って澤村達と一緒だろ?」
何も話していないのに、上原は当然のようにそう言ってのけた。もちろん、と返事をしながら、胸を撫で下ろす。もしあの場面で、未桜が律儀にも東田を選択していたら、上原はどんな反応をしていただろう。有り得ない、と侮蔑の目すら向けてきたかもしれない。
「そうそう。あと二人は池本さんと水島さんだけど、知ってる?」
「やー、知らない。いやそれがさ、和田が浜崎さんのこと好きらしいんだよね」
「マジ?」
未桜は目を丸くしてしまった。和田はサッカー部の男子で、未桜はほとんど喋ったことがない。顔くらいしか知らないけれど、特に何かに秀でている印象もなく、ランクBが妥当だろう。それが浜崎を好きだなんて、分不相応にもほどがある。
ただ、男子の中では何かあるのかもしれない。上原は「だから協力してやろうみたいな話があってさー」と続ける。
「USJ、二人で回ろうみたいに話してたけどさ、六人でもいい? そっちが澤村と浜崎で、こっちが俺と坂江と和田で」
呆れた提案だった。もし、和田ではない別のランクAの男子ならいいけれど、なぜそんな異物混入を受け入れなければならないのだろう。そもそも、浜崎の恋愛に協力するならともかく、ランクBの、しかも関わりのない男子の恋愛に協力するなんて、何のメリットもない。
「えー、そこはさあ……リア達と、坂江くんと和田くんでもいいじゃん?」
「和田と浜崎達、全然喋ったことないじゃん。だからバーターの俺がいたほうがさ」
恋より友情、ということか。これだから男子は、と食い下がりたい気持ちもあったが、我儘だと思われたくなかった。せっかく楽しい修学旅行が待っているのに、その直前に彼氏と喧嘩別れしましたなんて、無様過ぎる。
「まー……じゃ、いいけど」
「んじゃ、和田に言っとく。澤村達には未桜が言っといて」
なんで私が。そう言いたい気持ちはあったけれど、それだけ仲良く見えているということなのだろう。不満を顔に出したけれど、上原が察してくれる気配はなく、教室へ向かう前も「マジさんきゅーな」と言っただけだった。
教室へ入ると、ちょうど澤村と坂江が喋っているところだった。もともと仲が良いので大して気にしたことはなかったけれど、今日は二人の距離が少し近く見える。自席へ向かう道中、そこに向かって「おはー」と声をかけると、二人は「おはよ」と揃って返事をした。
「あのさー、USJで一緒に回ろうって話、聞いた?」
「なにそれ?」
坂江が細い目を丸くする。澤村は「誰と? 上原?」と分かっているような分かっていないような返事をする。
「うん。私ら――リアとハマと」
「あー、こっちが上原と和田と俺のヤツ? そうそう、昨日、話したんだ」
どうやら男子の中では合意が形成された後らしい。澤村は「へー」と目を丸くしながら、しかし異論を唱えることはない。これは覆らないな、と肩を落とす。確かに、上原と付き合った当初はトリプルデートも想像したけれど、せめてランクA勢ぞろいであってほしかった。
「和田って誰だっけ?」
「知らない? FWなんだけど」
「サッカー知らないし」
「澤村お前、兄貴サッカー部だったんだからさあ、そういうの知っとけよ」
「えー、だってつまんないじゃーん」
まあでも、いいか。二人を眺めながら、そう結論づける。修学旅行で、男女グループで遊ぶのだ。坂江と澤村はランクSだし、ランクAの彼氏を持つ者として、ランクBがランクAにアプローチするのを見守るのは、悪くない構図ではある。
その彼氏は、ランクAの彼女(みお)よりも、ランクBの友達を優先したわけだけれど。今回だけは目を瞑ろう。
東田と話すタイミングは、その数日後にやってきた。園芸委員の仕事で、朝の水やり当番が一緒だった。
まだ人もまばらな校舎の脇で、花壇に向かいながら、東田の後ろ姿を見つけて「おはよー」と声をかける。今までならわざわざ話しかけなどしなかったけれど、園芸委員の仕事は十二月まで続くので、下手に蟠りたくなかった。そのためにも、修学旅行の班決めは人数調整のために仕方なく、東田と友達をやめたわけじゃない、というスタンスを貫いておきたい。昼食のことは誤魔化しようがないけれど、澤村達から誘われたのだから、東田も分かってくれるだろう。
振り向いた東田は、今日も変わり映えのしない顔だった。例のBBクリームはどうしたことやら、呆れながら、しかしもう頑張ってプロデュースする必要もあるまいと肩の力を抜く。
「……おはよ」
「莉愛ってさー、こういうの絶対遅刻しないよね。えら」
出席も取られないので、同じクラスの園芸委員が黙っていてくれさえすれば気付かれない。その代わり、そのクラスメイトから睨まれることになる。未桜にとってのそれは東田で、今までの状況的にサボるなんて有り得なかったし、そうでなくとも、一対一の関係でそれをするのは気が引けた。
「朝型だから」
久しぶりの東田の返事は、相変わらず反応に困るものだった。早くこの時間が過ぎればいいなと祈りながら、ホースを引っ張ってきたり、蛇口を捻ったりして仕事を始める。
「そういえば、莉愛ってUSJだけ高木さんと回るとかするの?」
「するけど、なんで?」
ああ、そうなんだ。真面目なデコリアも、さすがに班で回ろうとは思わないのか。
「なんとなく、どうするんだろうって思って。まあ、わざわざ班で固まる人なんていないよねー」
「未桜は澤村さん達と回るの?」
「そう。それがさあ、聞いてよ。颯太――上原と二人で回ろうって約束してたのに、和田がハマを好きだからとか言って、すっごい大人数で回ることになっちゃってさあ」
それは澤村達には零せない愚痴だった。当事者の浜崎にはもちろん言えないし、澤村の前でも、まだ上原の話題は避けてしまう。その点、東田は良くも悪くもこの話題に興味がないので気が楽だ。
現に、そうなんだ、と東田は頷く。
「最初に約束してたほうが優先なのにね」
「と思うよね? それなの、マジそれなの。しかも和田くんとか話したことないし」
「イヤだって言えばよかったじゃん、上原くんに」
「言ったけどー、決まっちゃったものは仕方ないじゃん」
「ふーん。未桜のことだから、全然いいよーとか愛想よく言ってそうだと思ったけど」
どこか素朴な口調で、当たらずとも遠からずな指摘をされ、一瞬詰まってしまった。
「……なんで分かったの?」
「だって未桜っていつもそんな感じじゃん。澤村さん達と話してる感じとか」
ということはどうやら、東田は未桜と澤村の会話を聞いていることがあるらしい。
「イヤなら言えばいいのになーって思う。なんか気を遣い過ぎて疲れそうだなって、見てたら思うんだよね」
気を遣うのは当たり前だ。だって澤村はランクSなのだから。その友達枠からはじき出されてしまうおそれがあるのだから。
「……でも、莉愛も、あんまイヤとか言わなくない?」
「そう?」
「……修学旅行の班とかさ」
自分を弾劾する話題だと知りながらも、声を絞り出す。本当は、未桜に二人組を解消されて、ランクCに取り込まれて、嫌だったはずだ。でも東田は受け入れたし、今でも嫌味一つ寄越すことはない。
東田はそれを鼻で笑った。
「未桜が澤村さん達とつるんでもつるまなくても、別にどうでもいいし。だって私達、友達じゃなくない?」
「……は?」
呆気にとられるあまり、思わず声が出た。
「……あれだけ毎日一緒に昼食べたり、喋ったりしてたのに?」
「あれは澤村さん達と喧嘩してたからでしょ?」
しかし、東田のほうこそ、呆れた、と言いたげな様子で続ける。
「別に私は頼んでないし。もし友達だと思ってるんなら、ああいう避難所みたいな扱いはしないでしょ」
避難所――本当の居場所がなくなったから一時的に間借りしていただけ。その表現が、あまりにも正鵠を射ていて、言い返せなかった。デコリアのくせに、ではなく、自分が恥ずかしい行いをしたと突きつけられているようで、耳が熱くなる。
しかし、「ま、別にどうでもいいけど」と東田はやはりトーンを変えない。
「また私とお昼食べるようになったら、ああ、澤村さん達と喧嘩したんだなーって察するだけだけど。でも、私のこと友達って言うのはやめてよ?」
それはまるで、ランクAがランクFに“あんなヤツと友達呼ばわりされたくない”と憤慨しているかのようだった。現実のランクは、逆であるにも関わらず。
なんなの。なんで私が、デコリアからこんなこと言われなきゃいけないの。一人ぼっちじゃなくなって安心してたくせに。私が教えたBBクリームを使ってるくせに。ランクFのくせに、私に向かって友達呼ばわりするな、なんて。ちょっと普通に話しかけられただけで、なんでそんな風に調子に乗るの。
言葉にするには汚すぎるその本音を、舌打ちに込める。東田には聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをされたのか、返事はなかった。
以来、東田とはぱたりと話すことがなくなった。お互いに無視しているわけではない。ただ、席が離れ、園芸委員の仕事がなく、昼食を澤村達と摂れば、会話のタイミングがない。それに加えて先日の腹立たしい指摘を受ければ、未桜がわざわざ話しかけることはなかった。
それでも、困ることはないし、むしろ日々は順風満帆で、すっかり以前の状態に戻っている。澤村の誕生日プレゼントを手に、上原と登校しながら、先日の東田とのやりとりは悪い白昼夢だった気さえしてきた。
教室へ入って、澤村と、すっかりルーティンに戻った挨拶を交わす。今、未桜の斜め前の席には坂江が座っていて、澤村はたまに坂江と喋りに来る。最近、この二人の組み合わせを澤村と浜崎の組み合わせよりもよく見る。二人の距離が近い気がする、と感じたのは気のせいではないのかもしれない。修学旅行までにこの二人が付き合えば、USJでの六人組は男女二人組に綺麗に分割されるかもしれない。そうなればいい。
そこへ浜崎もやってきて、「おはよー」と挨拶しながら、小さなショッパーを掲げた。
「リアー、誕生日おめでとー」
「わ! ありがとー!」
未桜はすかさず、浜崎が渡したブランドを確認する。中身はヘアブラシで、澤村は「かわいー」と言いながら、赤色のそれを眺める。価格帯は3000円前後だった気がする。
ということは、未桜が選んだプレゼントのほうが値段は上だ。少なくともそこで不満を漏らされることはない、と少し自信を持ってプレゼントを差し出した。
「リア、私からも。おめでとー!」
「ありがとっ」
未桜が選んだのは、仕方ないながら奮発したアイシャドウだ。上原とのデート中に選んだので、上原には「女子ってマジで金かかるよなー」と驚かれたものだ。そもそも男子は誕生日プレゼントを贈り合うことなんてない、とか。でも、修学旅行前に機嫌を損ねることを考えれば安い。
澤村はショッパーを受け取りながら「ディアールじゃん!」と高い声を上げ、次いでアイシャドウを見て「これ欲しかったんだー!」と喜色満面になる。そのリアクションを見て、心底胸を撫で下ろした。
浜崎のプレゼントよりも、いいリアクションだった。よかった、と嬉しくなって、未桜も満面の笑みを浮かべる。
「マジありがとう、未桜」
「どういたしましてー。リア、ブルベだから絶対これだって思ったんだよねー」
「うわ、リア、いいなー。これ、私も欲しいと思ってたんだよね」
「あげないよー」
「とらないしー」
澤村のリアクションは、想像していたどれよりも良いものだった。そのことに嬉しくなる。澤村の機嫌を損ねずに済んだこと、自分はランクSの澤村と同等のセンスをちゃんと持っていること、浜崎にも羨ましがられるくらい良いチョイスだったこと。
「これ修学旅行でつけよーっと」
「来週、楽しみだよねー」
クラスでは、修学旅行へ向けて、どことなく浮かれた空気が漂っている。その空気に左右されずにいるのは、東田くらいだろう。
視線を向けると、東田は音楽を聴きながらスマホを見ていた。修学旅行でも、あんなふうに一人きりで過ごすのだろうか。いや、USJは別のクラスの友達と過ごすと話していたっけ。だとして、ホテルの部屋では、相部屋になった子達を困らせることだろう。無視するほど嫌いというわけではないけれど、話すことはない、と。
ああ、本当に、東田なんかと一緒の班じゃなくてよかった――。
そう胸を撫で下ろした、その日の夜のことだった。寝る前にインスタを開き、目に入った澤村のストーリーをタップすると、キャプションだけの投稿がされていた。それを見て、ドッと心臓が跳ね上がる。
“貢がれちゃった。うざがってんの、バレてた?笑”
貢がれた。うざがっていた。それが本人に、バレていた。
誰のことか――真っ先に浮かぶのは、未桜自身以外なかった。未桜が渡したプレゼントの値段は、きっと浜崎が渡したプレゼントの2倍くらい。未桜自身、やりすぎかもと何度も躊躇ったのだ。貢がれた、と揶揄されるのも頷ける。何より、澤村の機嫌を損ねたくないから良いプレゼントで機嫌を取っておこうと思ったことを、誰よりも未桜が自覚している。
思わず、そのストーリー投稿をスクリーンショットで保存していた。跳ね上がった心臓は、まだドクドクと鳴っている。
見てしまった以上、澤村は、未桜がこのストーリーを見たと理解する。……それで? 未桜にどうしろというのだろう。来週には修学旅行が始まるというのに、大仏見学も大阪の街歩きもUSJも、すべて一緒なのに。
……杞憂かもしれない。ぎゅっと、スマホを握りしめながら、そう言い聞かせる。未桜のことじゃないかもしれない。未桜の知らないところで、澤村を好きな男子が、機嫌を取ろうとして高いプレゼントでもしたのかもしれない。そうに違いない。貢ぐ、なんて、友達同士で使う表現ではないのだから。
『私のこと友達って言うのはやめてよ?』
不意に、東田の声が、耳元で甦る。
澤村にとって、未桜は友達なのだろうか。
その答え合わせができないまま、翌日を迎える。上原と一緒に登校しながらもずっと同じことを考えてしまって、「今日なんか変じゃね?」なんて言われてしまった。そのくらい、ずっと上の空だった。
教室へ入ると、澤村は浜崎と喋っていた。
答えは分からないまま。いつかと同じように、二人に合流していいか分からずにいると、澤村が「あ、未桜ー」と声をかけてくる。
昨日のは、私のことじゃない、はず。そう信じながら「おはよー、なに?」と近付くと、澤村は片目を瞑ってアイシャドウを見せる。
「これ、薄く塗ったんだけど、ちょー可愛くない? 未桜がくれたやつ」
――昨日のは、私のことじゃない。その確信に、心底安堵した。
「えー、めっちゃ似合うじゃん! てか使ってくれてる」
「当たり前じゃん。もっと濃く塗りたかったんだけどさー、USJまで我慢かなって」
「てか未桜、聞いた? 坂江からガチのプレゼントもらった話」
浜崎が笑いながら澤村を小突く。澤村が「まだ言ってないしー」と笑いながら、シャツの内側を見せる。雫をモチーフにした銀色のネックレスが光っていた。
――これだ。答え合わせが完了する。澤村が昨日投稿したのは、坂江からのプレゼントに違いない。澤村はきっと、坂江からかけられるアプローチを煩わしく思っていたのだ。
その一喜一憂を顔に出さないようにしながら「え、すっご!」と覗き込む。その感想自体は本当だった。ネックレスを見るだけではブランドは分からないが、坂江の本気度が伝わってくる。何より、付き合ってもいない男子からそんなプレゼントをもらえる立場が羨ましい。やっぱりランクSは違う。
でも、そんな煩わしい相手からの本気のアクセサリーを、わざわざ身に着けるだろうか? しかも、学校で? ――その疑問には気付かないふりをする。
「告られたの?」
「告られてないない。誕生日だから何か買ってよーって冗談で言ってたら、これ」
「すごいよねー。坂江って実はお金持ちなんだって」
だったら、やっぱり、坂江に違いない。必死に自分にそう言い聞かせるのに、それなのに、一度生じた疑問は消えてくれない。
それ以来、澤村のストーリー投稿を見るのが怖くなった。でも、投稿されたら見るしかない。恐る恐るタップし、ただの写真を見て安堵する。ただ、どう見ても男子の腕に見えるものが映りこんでいると、「実は坂江と付き合っているのでは」「だったらやっぱりあの投稿は坂江を指したものではないのでは」という不安に駆られた。そんなことが修学旅行まで続いた。
なんなら、修学旅行が始まっても、その不安は消えなかった。新幹線で澤村と浜崎と並んで三人で座りながら、自分の返事がいちいち的外れでないか気になってしまう。お陰で上の空になって、澤村に「なにぼーっとしてんの、ウケる」と笑われた。
その不安は、まるで坂を転がり落ちるボールのように、どんどん加速していった。新幹線を降りてバスに乗るとき、澤村と浜崎は、当然のように二人で座った。その光景には息が止まりそうだった。慌てて、東田の隣を探し当てる。
「莉愛、ここ誰もいないよね?」
「いないよ」
すっかり喋らなくなって長いのに、東田の反応は変わらない。寛容なのではない、東田はずっと、未桜を「友達じゃないからどうでもいい」と思っているだけだ。そして、そんなことを言った東田を、未桜はまだ許していないし、許すつもりはない。……たとえ、澤村のあの投稿が、未桜に向けられたものだとしても。
東田との間に会話はなかった。目的地に到着してバスを降りた後は班ごとに整列するように言い渡され、自然に東田と離れ、そして澤村達と合流した。澤村と浜崎は「鹿いなくない?」「え、どこにでもいるの?」と、未桜が入れそうな話をしていた。でも入ることはできなかった。
そして、30分の自由行動と言い渡された瞬間、澤村は浜崎に「ジュース買ってこよ」と声をかけて行ってしまった。
浜崎にだけ、声をかけた。未桜も隣にいたのに。
つい数秒前まで塊になっていた生徒達は、各々の仲の良いメンバーと散っていく。慌てて東田を探した。でも東田の姿も見えなかった。そういえば、新幹線で見たけど、東田は意外とランクCと仲良く喋ってたっけ。
一人でいたくない。慌てて、他のグループの一員のようなふりをしながら、土産を見に行くふりをする。
どうしよう。三泊四日の修学旅行は始まったばっかりなのに、どうしたらいいのだろう。教師に引率され続ける今日はともかく、明日と明後日の自由行動のことを考えると、涙が出そうだった。
それでも、澤村達は変わらない。集合時間ギリギリに戻ってきた未桜を、お揃いのドリンクを手に「おかえりー」と迎える。まるで未桜自身がどこかへ行っていたかのように。
「ただい、ま……」
「さっきさー、上原が未桜のこと探してたよ?」
ああ、そうだ、自分にはまだ、上原がいた。その頼みの綱のことを思い出して、やっと息ができたきがした。バスに乗り込みながら「え、いつ?」と訊ねると「さっきさっき」と澤村は続けた。慌ててLINEを開くけれど、特に連絡はきていなかった。
「えー、なんだったんだろ」
「明日のこととかじゃん? 半分自由行動だし。てか、上原と行くなら全然いいよ」
思いついたように、澤村はそう明るく口にした。流れで澤村と浜崎の後ろの席に座ると、澤村は身を乗り出して後ろを覗きこんでくる。
「先生には黙っとくし。バレないでしょ?」
「確かに。せっかく彼氏いる修学旅行だしね」
隣の浜崎も頷く。
それが、建前だということは分かった。澤村と浜崎は、明日の自由行動を、未桜と過ごしたくないと言っているのだ。もしかしたら、明後日のUSJさえ。
もともと、明日の自由行動日は、班の中でも池本と水島とは分かれて三人で回ると決まっていた。どこに行くかは、澤村と浜崎と未桜の三人で決めていた。未桜は大阪のことなんて何も知らない。あらかじめ決めた場所に、澤村と浜崎と一緒に行くのでなければ、どこにも行けない。
それでも、ここまでされて、二人の提案を断ることはできなかった。できるだけ明るい声で、「だよね」と返事をする。でも震えていた。
「颯太に連絡してみよっと」
「あ、とりあえずUSJ、坂江が、六人はなしにしようって言ってたよ? コイツが和田ナイって言うからさー」
未桜からは見えなかったが、澤村は浜崎を小突いているに違いなかった。え、と顔を上げる未桜の前で、浜崎は「だってさー、全然話盛り上がらないし」と、既に接点を持ったことを知らせる。
「急にメンバーに入ってくるから何かとは思ってたけどさー。あれはないない」
「でもめっちゃウケたじゃん。ハマの気引こうとしててさ」
「めっちゃ空回りしてたじゃん。余計ないって」
九月のデジャヴだ。二人は、未桜の知らないところで、きっとダブルデートか何かしたのだろう。考えてみれば坂江だって、誕生日だから何か買ってと言われただけでアクセサリーをプレゼントするはずないのだから。きっと四人で遊んだに違いない。
では、上原は? そのメンバーに、上原は入っていたのだろうか? 上原からは何も聞いていない。それが何を意味するのか分からず、震える手でスマホを持つ。LINEを開いて、「探してたって聞いたー」と、スタンプ付きで訊ねてみる。バスが走り出しても、既読はつかなかった。
ホテルに着いても、返事はなかった。上原の用事が何かは分からないけれど、問題は、明日の自由行動だ。もし上原が一緒に過ごせないというのなら、澤村達に仲間に入れてもらわなければならない。
浜崎が部屋の鍵を開けている後ろで「明日自由行動じゃん?」「一緒に回らない?」と打ち込む。やっぱり既読はつかないままだ。
それを見つめながら、途端に後悔に襲われる。どうして矢継ぎ早にメッセージを送ってしまったのだろう。こんなの、余裕がないと言っているようなものだ。それどころか、もしうざいと思われたら、どうしよう。ただでさえ澤村に「うざい」と思われていたのかもしれないのに、上原にまで思われたら。ランクSの友達に続いて、ランクAの彼氏まで失ってしまったら。
「ねー、ベッドどうする?」
浜崎の声で、部屋に入ったまま固まってしまっていたことに気が付き、顔を上げる。部屋にはシングルベッドが2台と、追加のスプリングベッドが1台置かれていた。三人部屋ではよくあることだった。
普通に考えれば、これからの3泊は同じメンバーなのだから、順番にスプリングベッドを使えばいい。でもその提案をする勇気がなかった。明日、上原と回るのは、やっぱりやめておこうと考え直していた。澤村達には「上原、意外と真面目で」と言い訳して、断られたことにしよう。上原には「リア達と回るから」とメッセージを送り直して、余裕のある彼女を装おう。そのために、ここでは下手に出ておこう。……そんなことを考えていた。
「あ、私この小さいのでいいよ。私、一番小さいし?」
スマホを握りしめたまま、未桜はできるだけ笑顔を作った。でもきっとひきつっていた。
「えー、私と未桜、あんまり変わらなくない?」
そう言う浜崎の顔には、既に「未桜ならそう言ってくれると思ってた」という返事が書かれている。
「ま、いーからいーから」
「ありがとー」
「じゃ、荷物置いちゃお」
澤村はお礼も言わない。それでも構わず、スプリングベッドに腰掛けながら「ていうかさー」と、できるだけ自然に切り出す。
「明日、やっぱリア達と回ろうかな」
「えー、なんで? 上原はいいの?」
澤村が目を丸くする。そのリアクションはどうにもわざとらしく見えたけれど、未桜を煙たがっているのかどうかまでは分からなかった。
「うん。USJは一緒に回るから、いいかなって」
「ふーん? じゃ、いいけど」
仕方がないと諦めたような感情が凝縮された返事に、また苦笑いを浮かべてしまう。もともと一緒に過ごす予定だったのだ。仕方がないもなにもない。それなのに、上から目線で受け入れるような返事をされるなんて。
でも、そんなことどうだっていい。とりあえず、明日は一人にならずに済むんだから。スプリングベッドのくだりがあってよかった。そう胸を撫で下ろしながら、もう一度スマホを見る。既読はつかないままだった。そこに「やっぱなし」「リア達と女子会するから」と続けてスタンプも送る。時間差で打ち込まれた、未読の4つのメッセージと2つのスタンプ。「既読」がつかない画面は、上原とのLINEであるはずなのに、上原との繋がりがこの目に見えない。
朝起きると、スマホには「颯太:スタンプを送信しました」という通知が見えた。慌ててタップして、しかし表示された画面にがっかりする。本当に、上原は、「オッケー」というスタンプを送信してきただけだった。昨日の用事に対する回答はないし、もちろん、「どうした?」なんて様子を訊ねることもない。
なんで、こんなに素っ気ないんだろう。修学旅行までは普通だったと思う。昨日の夜、矢継ぎ早にメッセージを送ったのが鬱陶しかったのだろうか。でも考えてみれば、修学旅行前は、澤村のストーリー投稿が気になって、上原と話しているときはずっと上の空だった。上原と何を話したのかも覚えていない。そのせいだろうか。いや、それよりも――。不安になり始めるときりがなく、それなのに、答えが見つからない。
朝食会場で、班ごとにテーブルが決められていることに安堵しつつ、上原を探した。上原のクラスは会場の右端に固まっていて、未桜のテーブルとは真逆の位置だった。そこにわざわざ姿を探しに行くのは、例によって煩わしく感じられそうで、気が引けた。
ただ、チャンスは巡ってきた。朝食会場を出るとき、ちょうど上原達の班と一緒になったのだ。
未桜と目が合った上原は、どこかバツの悪そうな顔をした。きっと今朝、素っ気ない返事をしたからだろう。
でも大丈夫。気にしてない。そう示すために、笑顔を作る。修学旅行が始まってから、いや、少し前から、なんだか笑顔を作ってばかりだ。
「おはよー。昨日、早く寝たの?」
「あー、まあ、和田達と騒ぎすぎてさ」
だから通知に気が付かなかったんだ、という言い訳だった。深くは追及せず、そっか、と返事をするに留める。その和田は、浜崎に事実上フラれたのが気まずいのだろう、上原に「俺、先行くから」と言い残して、澤村と浜崎を追い抜いていった。二人が顔を見合わせて笑うのが、未桜には見えた。
「あー、てかさ、未桜、ちょっとさあ、こっち」
「え? うん、いいけど」
エレベーターに向かう前、上原がどこか気まずそうに、自動販売機コーナーを示した。未桜は澤村達を振り返ったが、未桜が離れることなど意にも介してないようで、わざわざ声をかける必要はなさそうだった。
そうしてついて行った先で、上原はそわそわと髪をいじってみたり、上着のポケットに手を突っ込んだりしていた。もう付き合って二ヶ月も経つのに、そんな告白前みたいな態度をとらなくてもいいのにと、笑ってしまう。
「なに、どうしたの?」
「あーのさ。俺ら別れない?」
そのまま、笑みが凍りつくのを感じた。
なんで? どうして? 私が何かした? 昨日のメッセージ、やっぱりうざかった? ていうか、別れたいなら何が悪いのか、ちゃんと言ってよ。そうすれば直すんだからさ。そうしたらきっと、別れようとか言わないんだからさ。というか、なんでこのタイミングで言うの? 明日のUSJは二人で回ろうって約束してるじゃん。せめて修学旅行が終わるまで待つとか、そういうことできないの?
そのたくさんの疑問や要求が綯い交ぜになり、言葉にならない。そのせいか、自分が悲しいのか、それとも怒っているのかすら分からなくなった。
「なんで?」
出てきた自分の声も、怒っているように聞こえたけれど、本当に怒っているのか、不安なのを隠していたいのかも分からない。
上原は髪をいじりながら、足元にボールでもあるような仕草で俯いて「いやー、なんでってほどじゃないけど」と曖昧な返事をする。
「なんか、思ったのと違ったっていうかさ」
「何が?」
「嫌いになったとかじゃないんだけど、付き合ってなくてもいいかなーみたいな。澤村だったら付き合ってもいいかもだけどさ。あ、これ、例えばの話だから」
なんで、あえて、その名前が出てくるのか。カッと、今度こそ、怒りで頭が熱くなった。どこか慌てた様子で取り繕う姿は、澤村と何かがあったと告白しているようなものだった。
「ま、もともとノリじゃん」
それなのに、上原は悪びれもせず、そんな軽い言葉で済ませようとする。軽い――ランクAに相応しい返事として、未桜がかつて口にしたのと同じ言葉で。
「じゃ、まあ、そういうことだから」
「待って」
許せない。ぐるぐると、頭の中で怒りが渦巻く。冷静に何かを考える余裕なんてなかった。ただ、こんな、澤村の顔しか見ていないような男子に修学旅行で別れ話をされたなんて状況が、どうしても許せなかった。
「私からフッたってことにして」
「おっけおっけ。大丈夫」
上原は、お安い御用だとでも言いたげに、軽く手を挙げてみせる。そのくらい、上原にとってはどうでもいいことだったのだ。だからこそ、余計に怒りが収まらなかった。
なんなの。一体、なんなの。怒りの渦を抱えたまま、部屋へ戻る。足を踏み鳴らして、すれ違う同じ制服の子達に見られても、気にならなかった。
部屋では、澤村達が出発の準備をしていた。未桜がスプリングベッドの上で荷物を準備し始めると、澤村が「上原、なんだったの?」と、よりによってこんな時に限って無視してくれない。
別れたことを隠す気はなかった。どうせ坂江を通じて遅かれ早かれバレることだ。
「昨日のLINEがとか、なんか言い始めたんだけど、うざくて。別れてきた」
「えー、マジー?」
「え、別れたの?」
苛立ちに任せた嘘は下手くそだった。何も思いつかず、畳みかけてくる二人を煩わしく感じてしまう。
「うん。でも全然気にしてない、ノリだし」
「えー、でもさ、明日のUSJ、上原と一緒に回るって話してたじゃん。どうすんの?」
「どうせ、あんなヤツと一緒に回ったって楽しくないし」
まさしく、それを知りながらこんなタイミングで言い出すのが、気に食わないのだ。
「だからさ、明日は――」
「てか時間ヤバくない? ロビー行こ」
明日は、澤村と浜崎と一緒に回ろう。そう声をかけたかったのに、澤村が遮る。浜崎も「待って待って、スマホ忘れてる」とベッド脇へ駆け、未桜に背を向けた。
――ああ、そうだった。二人は、今日すら、未桜と一緒にいることを嫌がっていたのだ。
慌てて荷物を詰め込み、二人に続いて部屋を出る。ホテルからの出発までは班でと決まっているので、ロビーに集合するまで、二人は未桜の存在を確認してくれた。でもそこまでだった。ホテルを出発すれば、未桜には、二人の背中しか見えなくなった。電車に乗っても同じこと。澤村と浜崎は絶え間なく喋るのに、未桜には常に澤村の背中が見えていた。電車を降りて、二人が立ち止まってマップを開いている間も、「あっちじゃない?」と指さして歩き出すときも、未桜が振り向かれることはない。
そうして、観光名所を兼ねる百貨店のトイレを出たところで、未桜は一人きりになった。澤村と浜崎に続いて並んで、出たら二人はいなかった。しばらく外で待っていても、二人が出てくることはなかった。
どこにいるの、と二人にLINEする気にはならなかった。だってわざとだろうから。ここでLINEをすれば、後になって、澤村が「外されてるのに気付かないとか、ウケる」とLINEのスクリーンショットを見せて回る姿が容易に想像できた。
時刻は、午後二時。お昼を食べたばかり。ホテルに戻るのは午後五時。それまで三時間、一人ぼっち。
そのとき、アプリの通知が届く――“BeMyselfの時間です”。
今の未桜が投稿しようとすれば、それは百貨店で一人きりでいる姿になる。それが“自分らしさ”? そんなの、受け入れられるわけがなかった。たとえ澤村達を始めとする、みんなの投稿を見ることができなくても。
でも一方で、ここで投稿しなければ、澤村達だけでなく、あらゆる友達との繋がりがぷっつりと切れてしまう気もして、それはランクAであることの保証が切れるのと同義であるように思えて、怖かった。
結局、いつもどおり、目元をピースサインで隠しながら写真を撮った。
そのまま、エレベーター前のベンチにぼんやりと座りこんだ。そのうち目の奥が熱くなり、涙が零れてきた。
上原にフラれた。澤村と浜崎には外された。今日はこれからひとりぼっち。もちろん、ホテルに戻るときは班員が揃っていなければならないから、午後五時までには二人から連絡があるだろう。だとして、未桜がひとりぼっちなのは変わらない気がした。どうしてだろう。
……澤村達と一緒にいても、外されていないか外されているか、その不安に振り回されるだけで、楽しくもなんともないからだ。
もちろん、楽しい時間はある。修学旅行の班決めで、澤村達に声をかけられ、また仲間に入れたとき。二人と、昼休みにコスメの話で盛り上がったとき……そう思い出してみたものの、それは単に「二人のもとに戻れて嬉しかったとき」であって、「二人と一緒にいて楽しかったとき」ではない。
じゃあ、誰と一緒にいれば楽しいのだろう。誰と一緒にいれば、こんな風に、ひとりぼっちにならずに済むのだろう。……東田と一緒にいて、楽しい時間があっただろうか。一時的に盛り上がった時間はあったけれど、でも、一緒にいたいと思うほど楽しく過ごしたわけじゃない。第一、東田には、友達じゃないと宣言された。一人でいたくないときに便利、本当に、それだけだった。
そうして呆然と座り込んでいても、助けに来てくれる誰かはいなかった。スマホばかり見て時間を潰して、そのうち充電が減りすぎて、いよいよすることがなくなった。馬鹿みたいにずっと座り込んでいて、時刻が四時に差し掛かる頃、やっと浜崎から連絡があった。
『未桜、どこいるの?』『ホテルに4時50分でいける?』『やっぱ駅で』
合流する気のない、点呼のためだけの連絡だった。もう取り繕う気にもならず、「大丈夫」と短く返事をして、重い腰を上げた。
駅で再会した澤村は「もー、急にいなくなるからびっくりした」と白々しく笑った。浜崎も「どこ行ってたの?」と、答えに困るような質問をあえて投げてくる。
「……なんか、具合悪くなってさ。休んでたから、LINEもできなくて」
「マジ? 大丈夫?」
「うん。でも、明日はホテルで休もうかな」
東田に声をかければ、きっと東田は「また喧嘩したんだ」と言いながら受け入れてくれるだろう。でもそんな気にはなれなかった。“ひとり”でUSJにいたって、楽しくもなんともないのだから。



