わたしはランクAだから

 朝、未桜は教室に入った瞬間、ゲッと呻きたくなった。自席の前で、澤村と浜崎が喋っているのだ。未桜の前の席にいるのが、浜崎の準仲良しだからだろう。
 無視して席に着くか。それとも、さりげなく挨拶するか。挨拶したって、返事があるとは思えない。でも無視すれば、二人は「アイツ無視しやがった」と陰口を叩くだろう。
 自席に着くだけなのに、緊張で喉を鳴らした。意を決して近付き、声が上擦りそうになるのを抑えながら、できるだけ自然に声をかけた。
「おっはよー」
 ちら、と浜崎が視線を寄越した。澤村は手元のスマホから視線すら上げない。ただ、口だけがやる気なさそうに開く。
「おはー」
 クラスメイトに挨拶されたら返す。ただそれだけの温度感のない挨拶だった。それでも気にせず席に着く。隣で、澤村はクリスマスコフレを見ていて、未桜が隣にいてもいなくても何も変わらないかのように、淡々と画面をスクロールする。
「なんかさー、前の彼氏に、毎年同じようなの買ってるとか言われて」
「あー分かる。あたしも、捨てた服と同じ服買ってるとか言われた」
「言うよねー。男ってマジ、目腐ってんのかな?」
「クリスマスコフレ、言われたの?」
「前に言われたの思い出してさー」
 たらたらと、独特のテンポで、澤村達の会話は続く。
 この三週間、二人との会話はほとんどない。今のように二人が近くにいることがあれば、会話を振られることがなくはないけれど、でも稀だ。
 今日はどうだろう。そこに未桜が入ってもいいのか、入ることは許されるのか。分からずに機をうかがうしかできずにいる自分は、もう二人の友達ではないと突きつけられたように、堪らなく惨めだった。
 他の子達は、自分のグループの友達と盛り上がっている。皆、盛り上がる相手がいる。話しかけていいかよくないか分からない、なんて状況にはない。
 これは、もしかしたらランクFの景色なのかもしれない。教室という社会の中で、みんなが自分の居場所を持っていて、その境界線は友達によって決められている。でも友達がいないと、他の境界線に区切られる以外ない。「その他」として括られるしかないこの場所は、まごうことなき、ランクFの席だ。
 ランクAであるはずなのに、どうして。惨めさで視界が滲みそうになったそのとき、未桜の隣で椅子を引く音がした。東田だ。
 反射的に顔を上げると、気付いた東田と目が合った。
「おはよう」
「……おはよ」
 東田はイヤホンを外して片付ける間、無言だった。昼休み然り、さして共通の話題がないのだから当然だ。ただ、ふと何か思い出したようにスマホを手に取ると、また未桜のほうを向いた。
「そういえば、園芸委員の朝の当番の話、見た?」
「えー……?」
 東田が話しかけてくるとは思っていなかったせいで、反応が遅れる。東田は構わずにスマホの画面を見せてきた。今朝、通知があることだけは確認した園芸委員のグループLINEだった。
「3年生は朝課外があるから免除で、そのぶんを1・2年生がやるって。3年だって分かって園芸委員やってるんだから、そんなことしなくていいのにね」
 どうでもいい事務連絡。ここで文句を言ったところで何が変わるわけでもない役割分担。そんなことで朝から話しかけてくんなよ、と普段なら思っただろう。
 でも、澤村達の輪に入っているのか入っていないのか、自分の居場所はどこにあるのか、それが曖昧になってしまった今の状況で、マイペースな東田の言動が、妙に心強かった。
 その心強さが頬の綻びになって、脱力しながら頷く。
「分かるー。これ決めたの、どうせ委員長なんでしょ?」
「そう。委員長は推薦決まりそうなんだって」
「だから?」
「だから何か今までと違う取り組みをしたかったんでしょ。こんなのがアピールになるのか知らないけど、迷惑な話だなって」
「あー、そういう。だるいよねー、朝早いし」
「そういえば、この間勧められたBBクリームっていうの?」
「あ、マジ? 買ったの?」
 続いて東田から予想外のワードが飛び出し、思わず身を乗り出した。東田はどこか照れ臭そうな様子で「まあ勧められたし」と頷く。
「塗ってみたけどよく分からなかった」
「だからー、眉くらい描きなって言ったじゃん! ていうか今日塗ってんの? 全然分かんなかったんだけど」
「今日は塗ってない」
「塗ってないのかよっ」
「塗ってみたけどよく分からなかったから塗らなかったんだってば」
「塗ってきなって。そしたらその後どうしたらいいかとか教えてあげるからさあ。ていうか、もしかして土曜にハンズにいたのそれ?」
「え、うん。なんで知ってるの?」
「上原とデートしてたんだよね。ていうかさー、その時にアイブロウも買いなって」
 これだからデコリアは。でも仕方ないなあ。そんな気持ちで相槌を打つ。前の席の澤村達がいついなくなったのか気付かないくらい、胸を弾ませながら。