昼休みが始まるとき、いつもであれば、未桜は自席を澤村の席へ寄せていた。
ただ、今日はどうだろう。澤村は結局怒っているのか? ちょっと苛立っただけなのか? それが分からず、動けない。
トイレに行くふりをして時間を稼ごう。姑息とは分かりつつそう決めて席を立ち、振り返って澤村達の様子をうかがう。澤村は席に着いたままスマホを見ていたので安心して――同時に、視界には窓際の席に一人でいる東田が目に入った。東田は、誰も待たず、机の上で弁当箱を広げている。
そういえば東田は、いつも一人で食べている気がする。それを見た澤村達が「アイツ、マジで友達いないよね」と馬鹿にしていたことも思い出した。
東田には、友達がいないわけじゃない。隣のクラスの高木と喋っているのをたまに見かける。でもその高木もやっぱりランクFだ――太い脚をさらしてると男子に悪口を言われ、女子にさえ「高木の走り方ってこんな感じだよね」とその運動神経の悪さを揶揄される。いつも教室の隅でコソコソなにかを描いているし、スマホの背面には二次元の男のイラストが入っていて、三次元に生きることを諦めているようにさえ見える。
未桜がこれから、澤村達とお昼を食べられないのだとしたら――一人で過ごさないといけないのだとしたら。その東田や高木と同じランクFと、同じになってしまうのでは? ゾッと、背筋が震えた。
その予感は、半分的中した。トイレから戻ると、澤村も浜崎もいなかった。
二人とお昼を食べるのは、決まって教室だった。二人とも学食には行かないし、中庭で食べることもない。先生から呼ばれているのだろうか? だとして、二人同時になんて有り得ないのでは? じゃあ二人もトイレに行った? 未桜とは擦れ違わなかったのに?
“二人は未桜とお昼と食べないために、これ幸いと場所を移したのだ”、その答えは見えていた。でもそれを直視する勇気がなくて、必死に別の理由を探した。二人はたまたま一緒に用事があっただけ、そう自分に言い聞かせながら、席に座り直す。手持無沙汰にスマホを見る。でもお気に入りのユーチューバーの新着動画すら頭に入ってこない。
上原と一緒にお昼を食べようか。一瞬その手段も脳裏を過った。しかしできない。タイミングの悪いことに、今朝、上原と昼食の話題が出たときに「付き合った途端に一緒にお昼食べてるカップルって、見せつけてる感やばいよね」と全否定したのだ。もちろん、それは澤村の機嫌を損ねないため、そして自分にとって彼氏とはその程度のものだという余裕を見せたいがためだった。そんな意地に、まさかこんなに早く首を絞められるときがくるなんて。
とうとう、そのまま予鈴が聞こえた。二人は帰ってこない。お昼を食べる時間がなくなる。でも空腹なんて感じなかった。二人がいない、という事態に比べればずっと些細な問題だった。
そのとき、二人は戻ってきた――談笑しながら、手に弁当箱を持って。
「だからさー、やっぱり暑かったじゃん。ハマがピクニックとか言うからさー」
「でもよくなかった? てか、遠山いたじゃん、バスケ部の。アイツ、リアのこと見過ぎ」
「夏休みにフッてからさあ、ずっとあんな感じなんだよね。キモいよねー」
遠山が澤村に好意を寄せているのかもしれない、これは知っていた。でも澤村が夏休みに遠山に告白されて拒絶していた、これは知らなかった。夏休みのことなら、未桜に話す機会はいくらでもあったはずなのに。
澤村は、浜崎に手を振って席に着き「あれー、未桜」と悪びれもせずに声をかけてくる。
「どこ行ってたの? なんか急にいなくなったから、呼び出しかと思ったけど」
「あー、ちょっとね。課題テストで、聞きたいことあったから、急いでた」
早口で口走ると、澤村は、いつもの笑みを浮かべながら「えー、偉いね」と小馬鹿にしたような返事をする。嘘だとバレているのかもしれない。澤村には、わざと仲間外れにされたのかもしれない。その予感で、背中が冷や汗で濡れるのが分かった。
でも、呼び出しかと思ったというのなら、今日は一緒に昼食を摂れないのだと、勘違いされただけ? 澤村と浜崎の行動は、ただ未桜を待っている必要がないと思っただけ? ――問いただすことなど、できようもない。
その答えを知る時間は、すぐにやってきた――新学期の委員会決めだ。
委員会なんて、推薦を目指す優等生が内申点のためにやるものだ。そう考えている未桜は、黒板に書かれた役職と名前のラインナップを見ながら、クラスメイトのランクを順番に思い出していく。学級委員に図書委員あたりは、大体男女どちらでもランクCと相場は決まっている。たまに高ランクがいるとすれば、体育委員くらいだろうか。だとして、ランク上げのために体育委員なんてやる気にはならなかったし、今回はランクBが立候補してそれで終わっていた。
鬼門は園芸委員――地味で目立たない人間がやるものだ。もちろん、やりたがるのはランクFと相場は決まっている。しかもやったが最後、土いじりだの、早朝の花の水やりだの、自分の時間を割いて面倒ごとに付き合わされる。
だから、今も名前が埋まらずにいる。一番最初に決まった学級委員が、教壇で声を張り上げる。
「誰か、やりたい人いますかあ?」
教室内はしんと静まり返っている。誰もやりたい人はおらず、教室の端に座っている担任教師がしびれを切らすまで、誰もが沈黙して嵐の通過を待つ。最終的には教師が業を煮やし、人身御供を捧げなければ終わることはない。
ああ、かったるい。椅子の背にもたれながら視線を落とし、時間が過ぎるのを待つ。今日の帰り、上原は部活だって言ってたっけ。待っとこうかな。でも待ってる間にやることないんだよね。何か面白いことあったっけ。スマホに手を伸ばしたかったけれど、教師が目を光らせているせいでそれはできない。
沈黙が続く教室に、学級委員が苛立ち始めた。これ決めないと帰れないんですけどお、誰かやりたい人いませんかあ、部活入ってない人とかあ、と間延びした声で全員を責める。
「はあい」
そこで手を挙げたのは澤村だった。驚いて、その楽しそうな横顔を見てしまう。澤村は、まかり間違っても園芸委員なんて引き受ける性格ではない。
ほんのりとピンク色に染まった愛らしい顔で、澤村は続ける。
「園芸委員は、中村さんと東田さんがいいと思いまーす」
――他薦に名を借りた嫌がらせだった。指名された未桜の耳は恥ずかしさと怒りで熱くなった。
こんな仕打ちを受けるのはデコリアみたいなランクFだけのはずだ。私はそんな立場にない。ふざけんな。
そう言いたいけれど、でも、澤村にそんなことを言えるはずがない。「えー、ちょっと、待って待って」とわざとおどけてみせた。
「私、園芸委員とかさー……ガラじゃないし?」
「えー、でも、未桜ってちゃんとしてるしさ。いんじゃない?」
ふざけんな。未桜はもう一度心の中で毒づく羽目になった。ちゃんとしてる、というのは、裏を返せば“ダサイ”ということだ。園芸委員に推薦したばかりか、皆の前でそんなレッテルを貼るなんて。しかもそのレッテルを、ランクSの澤村が貼ったという事実が、なお憎い。
「じゃあー、中村さんと東田さんでいいですか? いいんだよね?」
いい加減に決めたい、そう聞こえてきそうな睥睨と、東田の無言での首肯が退路を断った。
不承不承ながら頷く。隣の澤村は頬を高く上げながら「頑張ってね」と小声で囁いてきた。えへへ、とおどけて返す。
本当に、ふざけんな。怒り狂った内心のやり場は、しかし、ない。
ただ、ああ、昼休みのアレは、やっぱりわざとだったのだと、理解した。
分かりやすいいじめは、ないままだ。
九月も半ばを過ぎた。 未桜は今日も、教室に入ったらまっすぐに自席に向かい、努めて明るい声で「おはよー」と澤村と浜崎に声をかける。
「はよー」
浜崎は視線を向けて返事をする。
「おはー」
澤村はスマホから視線を上げずに返事をする。そしてそのまま、浜崎にスマホの画面を見せて喋り出す。
「ほら、これこれ。めっちゃ上手く撮れたくない?」
「えー、いいじゃん。アップしないの?」
「それがー、見て。ここ、映りこんでるじゃん?」
週末に澤村が自宅で撮ったショート動画の話。それは分かる。でも、澤村は、未桜には見えない角度で、浜崎だけにそれを見せている。
それは、わざとか、偶然か? 未桜は一拍分躊躇した後、意を決して澤村のほうへ体を向ける。
「えー、私も見せ――」
「てか、なんか台風来るらしいじゃん」
同時に、澤村はスマホを机上に置き、話題を変える。
「最悪なんだけど」
「えーマジ。じゃコスメ見に行けなくない?」
「なんか電車止まるかもとか聞いた。アメリカって台風ないの?」
「ハリケーンだし」
何気ない会話。つまらないとさえ思える天気の話題。それなのに、二人の間には、なんとなく、二人だけで共有している前提があるように聞こえた。
……澤村と浜崎は、きっと、一緒に秋コスメを買いに行く約束をしたのだ。 未桜は知らないところで。
置いてけぼりの休日と話題――それが示すのは、二人は、未桜を外すと決めたということだ。
それを理解した途端、未桜の席だけ、二人から切り離されたような感じがした。
ホームルームでは、夏期課題テストの結果が出そろい、各科目の順位を示す紙が配られた。隣では、澤村が浜崎を呼びつけて「やばくなーい?」と甲高い声で笑っている。
「てかハマ、マジ英語ずるいんですけど」
「でもやってないと忘れるしー。授業とかテストで復習できていい感じ」
「余裕かよ、コイツー」
きゃっきゃと笑い合う二人の隣で、未桜は自分の結果を見る。定期テストと変わり映えしない結果で、でもきっと、隣の二人よりずっといい。澤村はいつだってほとんど赤点すれすれだし、浜崎は英語以外は平均点以下なのだから。
「あ、ねー、デコリアー」
澤村が不意に東田を捕まえる。成績表を受け取ったばかりの東田は、驚いた顔で澤村を見つめ返した。
「デコリア、何番なのー?」
「……3番」
「えー、すごーい」
頬を上げて、口元を手で押さえる仕草。褒めているとは思えない、どちらかというと「やっぱガリ勉だね」と揶揄しているように聞こえた。
ランクの前では、成績なんて何の意味も持たない。大事なのは勉強なんかじゃない。それがよく分かる光景だった。
では、大事なのは何か。それを、未桜はちゃんと分かっている。
流行を理解して、ダサくない自分でいること。自分に似合うメイクに髪型、服装をちゃんと理解して選んで、友達と同じ話題を共有できて、異性が話しかけたいと選ぶ相手であること。そのためには、ちゃんとランクA以上の友達と一緒にいること。
だから未桜は努力した。流行のチェックは欠かさないし、インスタは朝一で確認しているし、Be Myselfで繋がっている数だって大石、2年生になったときは真っ先に澤村に話しかけたし、男子にも「ノリがいい」と言われるようなリアクションに努めた。
だから、ランクSとAの友達を持つランクAだったのに。それが今、揺らいでいる気がする。
……人間も、テストと同じように、誰かが採点してくれればいいのに。並んだ数字を見ながら、ふとそんなことを思った。今の自分が、澤村達のグループから排除されて、そのランクが有耶無耶になってしまっているせいだろう。澤村のグループにいなくても、自分はきちんとランクAなのだと自負できる要素が欲しかった。
でも、じゃあ、その誰かにつけられた点数が、到底ランクAに及ばなかったら、一体何を変えていけばいいのだろう。中学生のときに恐怖したその可能性は、今でも直視するのが怖くて、そっと蓋をしてしまう。
そんな個人の事情を、学校生活は待ってくれない。金曜日の昼休みは、体育では変わらず「二人一組」のバドミントンが行われ、いつもなら無理矢理三人組になるのを、澤村と浜崎は知らん顔で、二人で練習を始めてしまった。
羽根が飛ぶ軽快な音が飛び交う中、体育館の端にぽつりと立ち尽くす。寂しい、と感じるより先に、惨めだと思った。自分はこんなところに取り残されるような立場の人間じゃないはずだった。自分は、クラスの中でも一目置かれる澤村と浜崎の友達で、そのグループのメンバーで、同じく一目置かれるべき存在であるはずだった。それなのに今、ランクBやCごときが当然のような顔をして二人一組を作る中で、自分は一人で取り残されている。まるで、ランクCごときよりも下であるかのように。
なんとかして、澤村の機嫌を直したい。とにかくいまこの状況を打破しなければという焦りはあるが、それよりもっと根本的な解決をするべきだ。なんとかして澤村に許してもらわなければ。
澤村が許してくれること、なんだろう。上原と別れて「上手くいかなかったー」と自虐すること。きっと澤村は「未桜ってば、男に慣れてないからじゃん」と未桜を見下す。そうして許してくれる。
でも、上原と別れたくなんかない。第一、もし澤村が許してくれなかったら、ただ彼氏と別れただけになる。そんなの嫌だ。
誕生日プレゼントを奮発するのはどうだろう。なしではないけれど、澤村の誕生日は十一月。まだ先だし、何より、その頃には修学旅行の班決めも終わってしまっているに違いない。それじゃ駄目だ。他にないか。他に何か、澤村に許してもらえそうなことは、何か。
「てかさー」
その澤村の声に、反射的に顔を上げてしまう。未桜が立ち尽くす、そのほんの数メートル前に澤村は立っていた。
そしてその顔は東田に向いていた。今日はランクCに欠席がいて、東田はそのおこぼれにあずかっていた。
「デコリア、結構上手くない? バドやってたの?」
まただ。また、澤村が東田なんかに話しかけている。澤村は未桜には話しかけてこないのに。
東田は「あ、えっと、うん」と曖昧に頷いた。
「お母さんとたまにやってるから」
「へー、そうなんだ」
さして興味もなさそうな相槌だった。内心では、未桜と同じく「この年になって母親と一緒にバドミントンってなんだよ」と思っているに違いない。
でも東田の、いつもの不細工な横顔は、ランクSの澤村に話しかけられて嬉しそうだ。
それを見て、唐突に理解した。ああ、きっと、澤村が東田に話しかけたのは、この光景を見せつけるためだったのだと。“お前は東田よりも話しかける価値がない”と言いたいがために、まるで興味もないコメントをしたのだ。
なんだよ。リアなんて、ちょっと顔とスタイルがいいだけで、他に取り得なんて何もなくて、でも顔が可愛ければいいって馬鹿な男子にモテるから、ランクSの座にいられるだけなくせに。そんな風に友達を見下して、楽しいの?
もういい。澤村から顔ごと視線を背ける。苛立ちのあまり、澤村に媚びる気がなくなった。カッとなって、というのは、こういうことを言うのだろう。
日頃、侮蔑にさえ近い視線を向けていた相手に向けて、一歩踏み出す。緊張のせいか、シューズの裏についたゴムが床で引っ掛かり、キュッと音がした。
「ねー、東田さん、私も入れてよ」
東田を選んだのは、絶対に断らなさそうだと当たりがついたからだ。
東田は面食らいながらも「……じゃ交代でやる?」と申し出た。そこに余裕たっぷりの笑顔を向ける。
「うん! そうしよ!」
ランクFに混ざったわけじゃない。ランクAはランクFを差別しないだけなんだから。そうだ、そういうスタンスだって考えればいい。誰相手にも分け隔てないランクA、それでいいんだ。もう、リアのことなんて知らない。
その決意を込めて、でも隣に立つ澤村の表情をしっかりと視界から排除しながら、羽根を打った。
昼休み、未桜は弁当箱を手に東田の席に向かった。なるべく愛想のいい、満面の笑みを浮かべながら「東田さーん」と声をかける。東田は机の上に弁当箱を出したばかりで、驚いた顔をして振り返った。
「ね、お昼一緒に食べよ?」
「……いいけど」
なんで、急に? そう言いたいのが見てとれた。聞くなよ、と未桜は心の中で念じる。ランクFがランクAに誘われたんだから、喜んで受け入れればいい。
溜息をつきたい気持ちになりながら、前の席の椅子を借りる。東田の弁当箱は紺色の水玉で、そんなところまで地味だった。それを顔に出さないようにしながら、未桜は自分の弁当箱を開く。
「澤村さん達と喧嘩でもしてるの?」
そこへ、とんでもない爆弾が投下された。未桜は愕然として顔を上げるが、東田は眉を顰めるだけで、悪いこと聞いちゃった、なんて顔はしない。まさかこの世に、そんなことを同じ教室の中で直球で聞いてくるヤツがいるとは。
「……喧嘩っていうか」
潜めると声が掠れた。でも喧嘩じゃない。喧嘩じゃなくて、ちょっと、澤村の気分に振り回されているだけだ。ただ、それすらも赤裸々に言えやしない。
「……ほら、バドで東田さんと組んだし。もうちょっと喋っときたいなと思って」
「ふーん?」
東田はまるで納得していなかった。当然だ。でもそれ以上訊ねてはこなかった。それに安堵しながら、この話題には戻らないよう、会話の主導権を握る。
「東田さんてさ、普段誰とお昼食べてるっけ?」
少し白々しいが、これくらいしかない。東田は少しだけ嫌そうな顔をして「一人だけど」と答える。
「友達と食べないの?」
「なんか、わざわざ席移動するのも面倒だし」
「へー、ドライだね」
友達がいないことを誤魔化す常套句に、愛想ではない笑いが出た。東田は変わっていると思っていたけれど、でも同じところは同じだ。お昼を一緒に食べる友達がいないのは恥ずかしい、と思っているのだろう。であれば、自分達の関係はウィンウィンだ。
「そういえばさー、東田さん、って長くない? “リア”でいい?」
「……いいけど、澤村さんと被るんじゃないの?」
東田は、自分がデコリアと呼ばれるようになった経緯を充分に理解していた。ほらやっぱり、と未桜は鼻で笑ってしまう。周りに何を言われようが気にしません、なんて顔をしているくせに、澤村に声を掛けられれば喜ぶし、自分がその澤村達にどう見られているのか、ちゃんと気にしてる。
そして、奇しくもこれは踏み絵だった。いま、澤村も浜崎も教室にはいないけれど、ここで未桜が口にしたことは二人に伝わるだろう。澤村と東田を同じ“リア”と扱えば、澤村も知るところになるかもしれない。そうなれば澤村とのグループに戻るのは絶望的だ。
――でも、だからなんだ。そう自分に言い聞かせた。澤村は未桜を外した挙句、園芸委員なんて面倒な役目を押し付けて、しかもよりによって東田と一緒に名前を挙げたのだ。
そんな澤村に媚びてたまるか。だいたい、東田を「リア」と呼び始めれば、遅かれ早かれ澤村の耳にも入る。だったら、ここで東田の機嫌を取ったほうが、今後の自分のランクにはプラスに違いない。
「いーじゃん、そんな細かいこと気にしないで。ね!」
東田と心中する気はさらさらない。でも、澤村に媚びる気もさらさらない。
その勢いで、そう口走った。東田はどこか嬉しそうな顔をした。
でもやっぱ、しょせんランクFの顔だな。そう思った。
ただ、今日はどうだろう。澤村は結局怒っているのか? ちょっと苛立っただけなのか? それが分からず、動けない。
トイレに行くふりをして時間を稼ごう。姑息とは分かりつつそう決めて席を立ち、振り返って澤村達の様子をうかがう。澤村は席に着いたままスマホを見ていたので安心して――同時に、視界には窓際の席に一人でいる東田が目に入った。東田は、誰も待たず、机の上で弁当箱を広げている。
そういえば東田は、いつも一人で食べている気がする。それを見た澤村達が「アイツ、マジで友達いないよね」と馬鹿にしていたことも思い出した。
東田には、友達がいないわけじゃない。隣のクラスの高木と喋っているのをたまに見かける。でもその高木もやっぱりランクFだ――太い脚をさらしてると男子に悪口を言われ、女子にさえ「高木の走り方ってこんな感じだよね」とその運動神経の悪さを揶揄される。いつも教室の隅でコソコソなにかを描いているし、スマホの背面には二次元の男のイラストが入っていて、三次元に生きることを諦めているようにさえ見える。
未桜がこれから、澤村達とお昼を食べられないのだとしたら――一人で過ごさないといけないのだとしたら。その東田や高木と同じランクFと、同じになってしまうのでは? ゾッと、背筋が震えた。
その予感は、半分的中した。トイレから戻ると、澤村も浜崎もいなかった。
二人とお昼を食べるのは、決まって教室だった。二人とも学食には行かないし、中庭で食べることもない。先生から呼ばれているのだろうか? だとして、二人同時になんて有り得ないのでは? じゃあ二人もトイレに行った? 未桜とは擦れ違わなかったのに?
“二人は未桜とお昼と食べないために、これ幸いと場所を移したのだ”、その答えは見えていた。でもそれを直視する勇気がなくて、必死に別の理由を探した。二人はたまたま一緒に用事があっただけ、そう自分に言い聞かせながら、席に座り直す。手持無沙汰にスマホを見る。でもお気に入りのユーチューバーの新着動画すら頭に入ってこない。
上原と一緒にお昼を食べようか。一瞬その手段も脳裏を過った。しかしできない。タイミングの悪いことに、今朝、上原と昼食の話題が出たときに「付き合った途端に一緒にお昼食べてるカップルって、見せつけてる感やばいよね」と全否定したのだ。もちろん、それは澤村の機嫌を損ねないため、そして自分にとって彼氏とはその程度のものだという余裕を見せたいがためだった。そんな意地に、まさかこんなに早く首を絞められるときがくるなんて。
とうとう、そのまま予鈴が聞こえた。二人は帰ってこない。お昼を食べる時間がなくなる。でも空腹なんて感じなかった。二人がいない、という事態に比べればずっと些細な問題だった。
そのとき、二人は戻ってきた――談笑しながら、手に弁当箱を持って。
「だからさー、やっぱり暑かったじゃん。ハマがピクニックとか言うからさー」
「でもよくなかった? てか、遠山いたじゃん、バスケ部の。アイツ、リアのこと見過ぎ」
「夏休みにフッてからさあ、ずっとあんな感じなんだよね。キモいよねー」
遠山が澤村に好意を寄せているのかもしれない、これは知っていた。でも澤村が夏休みに遠山に告白されて拒絶していた、これは知らなかった。夏休みのことなら、未桜に話す機会はいくらでもあったはずなのに。
澤村は、浜崎に手を振って席に着き「あれー、未桜」と悪びれもせずに声をかけてくる。
「どこ行ってたの? なんか急にいなくなったから、呼び出しかと思ったけど」
「あー、ちょっとね。課題テストで、聞きたいことあったから、急いでた」
早口で口走ると、澤村は、いつもの笑みを浮かべながら「えー、偉いね」と小馬鹿にしたような返事をする。嘘だとバレているのかもしれない。澤村には、わざと仲間外れにされたのかもしれない。その予感で、背中が冷や汗で濡れるのが分かった。
でも、呼び出しかと思ったというのなら、今日は一緒に昼食を摂れないのだと、勘違いされただけ? 澤村と浜崎の行動は、ただ未桜を待っている必要がないと思っただけ? ――問いただすことなど、できようもない。
その答えを知る時間は、すぐにやってきた――新学期の委員会決めだ。
委員会なんて、推薦を目指す優等生が内申点のためにやるものだ。そう考えている未桜は、黒板に書かれた役職と名前のラインナップを見ながら、クラスメイトのランクを順番に思い出していく。学級委員に図書委員あたりは、大体男女どちらでもランクCと相場は決まっている。たまに高ランクがいるとすれば、体育委員くらいだろうか。だとして、ランク上げのために体育委員なんてやる気にはならなかったし、今回はランクBが立候補してそれで終わっていた。
鬼門は園芸委員――地味で目立たない人間がやるものだ。もちろん、やりたがるのはランクFと相場は決まっている。しかもやったが最後、土いじりだの、早朝の花の水やりだの、自分の時間を割いて面倒ごとに付き合わされる。
だから、今も名前が埋まらずにいる。一番最初に決まった学級委員が、教壇で声を張り上げる。
「誰か、やりたい人いますかあ?」
教室内はしんと静まり返っている。誰もやりたい人はおらず、教室の端に座っている担任教師がしびれを切らすまで、誰もが沈黙して嵐の通過を待つ。最終的には教師が業を煮やし、人身御供を捧げなければ終わることはない。
ああ、かったるい。椅子の背にもたれながら視線を落とし、時間が過ぎるのを待つ。今日の帰り、上原は部活だって言ってたっけ。待っとこうかな。でも待ってる間にやることないんだよね。何か面白いことあったっけ。スマホに手を伸ばしたかったけれど、教師が目を光らせているせいでそれはできない。
沈黙が続く教室に、学級委員が苛立ち始めた。これ決めないと帰れないんですけどお、誰かやりたい人いませんかあ、部活入ってない人とかあ、と間延びした声で全員を責める。
「はあい」
そこで手を挙げたのは澤村だった。驚いて、その楽しそうな横顔を見てしまう。澤村は、まかり間違っても園芸委員なんて引き受ける性格ではない。
ほんのりとピンク色に染まった愛らしい顔で、澤村は続ける。
「園芸委員は、中村さんと東田さんがいいと思いまーす」
――他薦に名を借りた嫌がらせだった。指名された未桜の耳は恥ずかしさと怒りで熱くなった。
こんな仕打ちを受けるのはデコリアみたいなランクFだけのはずだ。私はそんな立場にない。ふざけんな。
そう言いたいけれど、でも、澤村にそんなことを言えるはずがない。「えー、ちょっと、待って待って」とわざとおどけてみせた。
「私、園芸委員とかさー……ガラじゃないし?」
「えー、でも、未桜ってちゃんとしてるしさ。いんじゃない?」
ふざけんな。未桜はもう一度心の中で毒づく羽目になった。ちゃんとしてる、というのは、裏を返せば“ダサイ”ということだ。園芸委員に推薦したばかりか、皆の前でそんなレッテルを貼るなんて。しかもそのレッテルを、ランクSの澤村が貼ったという事実が、なお憎い。
「じゃあー、中村さんと東田さんでいいですか? いいんだよね?」
いい加減に決めたい、そう聞こえてきそうな睥睨と、東田の無言での首肯が退路を断った。
不承不承ながら頷く。隣の澤村は頬を高く上げながら「頑張ってね」と小声で囁いてきた。えへへ、とおどけて返す。
本当に、ふざけんな。怒り狂った内心のやり場は、しかし、ない。
ただ、ああ、昼休みのアレは、やっぱりわざとだったのだと、理解した。
分かりやすいいじめは、ないままだ。
九月も半ばを過ぎた。 未桜は今日も、教室に入ったらまっすぐに自席に向かい、努めて明るい声で「おはよー」と澤村と浜崎に声をかける。
「はよー」
浜崎は視線を向けて返事をする。
「おはー」
澤村はスマホから視線を上げずに返事をする。そしてそのまま、浜崎にスマホの画面を見せて喋り出す。
「ほら、これこれ。めっちゃ上手く撮れたくない?」
「えー、いいじゃん。アップしないの?」
「それがー、見て。ここ、映りこんでるじゃん?」
週末に澤村が自宅で撮ったショート動画の話。それは分かる。でも、澤村は、未桜には見えない角度で、浜崎だけにそれを見せている。
それは、わざとか、偶然か? 未桜は一拍分躊躇した後、意を決して澤村のほうへ体を向ける。
「えー、私も見せ――」
「てか、なんか台風来るらしいじゃん」
同時に、澤村はスマホを机上に置き、話題を変える。
「最悪なんだけど」
「えーマジ。じゃコスメ見に行けなくない?」
「なんか電車止まるかもとか聞いた。アメリカって台風ないの?」
「ハリケーンだし」
何気ない会話。つまらないとさえ思える天気の話題。それなのに、二人の間には、なんとなく、二人だけで共有している前提があるように聞こえた。
……澤村と浜崎は、きっと、一緒に秋コスメを買いに行く約束をしたのだ。 未桜は知らないところで。
置いてけぼりの休日と話題――それが示すのは、二人は、未桜を外すと決めたということだ。
それを理解した途端、未桜の席だけ、二人から切り離されたような感じがした。
ホームルームでは、夏期課題テストの結果が出そろい、各科目の順位を示す紙が配られた。隣では、澤村が浜崎を呼びつけて「やばくなーい?」と甲高い声で笑っている。
「てかハマ、マジ英語ずるいんですけど」
「でもやってないと忘れるしー。授業とかテストで復習できていい感じ」
「余裕かよ、コイツー」
きゃっきゃと笑い合う二人の隣で、未桜は自分の結果を見る。定期テストと変わり映えしない結果で、でもきっと、隣の二人よりずっといい。澤村はいつだってほとんど赤点すれすれだし、浜崎は英語以外は平均点以下なのだから。
「あ、ねー、デコリアー」
澤村が不意に東田を捕まえる。成績表を受け取ったばかりの東田は、驚いた顔で澤村を見つめ返した。
「デコリア、何番なのー?」
「……3番」
「えー、すごーい」
頬を上げて、口元を手で押さえる仕草。褒めているとは思えない、どちらかというと「やっぱガリ勉だね」と揶揄しているように聞こえた。
ランクの前では、成績なんて何の意味も持たない。大事なのは勉強なんかじゃない。それがよく分かる光景だった。
では、大事なのは何か。それを、未桜はちゃんと分かっている。
流行を理解して、ダサくない自分でいること。自分に似合うメイクに髪型、服装をちゃんと理解して選んで、友達と同じ話題を共有できて、異性が話しかけたいと選ぶ相手であること。そのためには、ちゃんとランクA以上の友達と一緒にいること。
だから未桜は努力した。流行のチェックは欠かさないし、インスタは朝一で確認しているし、Be Myselfで繋がっている数だって大石、2年生になったときは真っ先に澤村に話しかけたし、男子にも「ノリがいい」と言われるようなリアクションに努めた。
だから、ランクSとAの友達を持つランクAだったのに。それが今、揺らいでいる気がする。
……人間も、テストと同じように、誰かが採点してくれればいいのに。並んだ数字を見ながら、ふとそんなことを思った。今の自分が、澤村達のグループから排除されて、そのランクが有耶無耶になってしまっているせいだろう。澤村のグループにいなくても、自分はきちんとランクAなのだと自負できる要素が欲しかった。
でも、じゃあ、その誰かにつけられた点数が、到底ランクAに及ばなかったら、一体何を変えていけばいいのだろう。中学生のときに恐怖したその可能性は、今でも直視するのが怖くて、そっと蓋をしてしまう。
そんな個人の事情を、学校生活は待ってくれない。金曜日の昼休みは、体育では変わらず「二人一組」のバドミントンが行われ、いつもなら無理矢理三人組になるのを、澤村と浜崎は知らん顔で、二人で練習を始めてしまった。
羽根が飛ぶ軽快な音が飛び交う中、体育館の端にぽつりと立ち尽くす。寂しい、と感じるより先に、惨めだと思った。自分はこんなところに取り残されるような立場の人間じゃないはずだった。自分は、クラスの中でも一目置かれる澤村と浜崎の友達で、そのグループのメンバーで、同じく一目置かれるべき存在であるはずだった。それなのに今、ランクBやCごときが当然のような顔をして二人一組を作る中で、自分は一人で取り残されている。まるで、ランクCごときよりも下であるかのように。
なんとかして、澤村の機嫌を直したい。とにかくいまこの状況を打破しなければという焦りはあるが、それよりもっと根本的な解決をするべきだ。なんとかして澤村に許してもらわなければ。
澤村が許してくれること、なんだろう。上原と別れて「上手くいかなかったー」と自虐すること。きっと澤村は「未桜ってば、男に慣れてないからじゃん」と未桜を見下す。そうして許してくれる。
でも、上原と別れたくなんかない。第一、もし澤村が許してくれなかったら、ただ彼氏と別れただけになる。そんなの嫌だ。
誕生日プレゼントを奮発するのはどうだろう。なしではないけれど、澤村の誕生日は十一月。まだ先だし、何より、その頃には修学旅行の班決めも終わってしまっているに違いない。それじゃ駄目だ。他にないか。他に何か、澤村に許してもらえそうなことは、何か。
「てかさー」
その澤村の声に、反射的に顔を上げてしまう。未桜が立ち尽くす、そのほんの数メートル前に澤村は立っていた。
そしてその顔は東田に向いていた。今日はランクCに欠席がいて、東田はそのおこぼれにあずかっていた。
「デコリア、結構上手くない? バドやってたの?」
まただ。また、澤村が東田なんかに話しかけている。澤村は未桜には話しかけてこないのに。
東田は「あ、えっと、うん」と曖昧に頷いた。
「お母さんとたまにやってるから」
「へー、そうなんだ」
さして興味もなさそうな相槌だった。内心では、未桜と同じく「この年になって母親と一緒にバドミントンってなんだよ」と思っているに違いない。
でも東田の、いつもの不細工な横顔は、ランクSの澤村に話しかけられて嬉しそうだ。
それを見て、唐突に理解した。ああ、きっと、澤村が東田に話しかけたのは、この光景を見せつけるためだったのだと。“お前は東田よりも話しかける価値がない”と言いたいがために、まるで興味もないコメントをしたのだ。
なんだよ。リアなんて、ちょっと顔とスタイルがいいだけで、他に取り得なんて何もなくて、でも顔が可愛ければいいって馬鹿な男子にモテるから、ランクSの座にいられるだけなくせに。そんな風に友達を見下して、楽しいの?
もういい。澤村から顔ごと視線を背ける。苛立ちのあまり、澤村に媚びる気がなくなった。カッとなって、というのは、こういうことを言うのだろう。
日頃、侮蔑にさえ近い視線を向けていた相手に向けて、一歩踏み出す。緊張のせいか、シューズの裏についたゴムが床で引っ掛かり、キュッと音がした。
「ねー、東田さん、私も入れてよ」
東田を選んだのは、絶対に断らなさそうだと当たりがついたからだ。
東田は面食らいながらも「……じゃ交代でやる?」と申し出た。そこに余裕たっぷりの笑顔を向ける。
「うん! そうしよ!」
ランクFに混ざったわけじゃない。ランクAはランクFを差別しないだけなんだから。そうだ、そういうスタンスだって考えればいい。誰相手にも分け隔てないランクA、それでいいんだ。もう、リアのことなんて知らない。
その決意を込めて、でも隣に立つ澤村の表情をしっかりと視界から排除しながら、羽根を打った。
昼休み、未桜は弁当箱を手に東田の席に向かった。なるべく愛想のいい、満面の笑みを浮かべながら「東田さーん」と声をかける。東田は机の上に弁当箱を出したばかりで、驚いた顔をして振り返った。
「ね、お昼一緒に食べよ?」
「……いいけど」
なんで、急に? そう言いたいのが見てとれた。聞くなよ、と未桜は心の中で念じる。ランクFがランクAに誘われたんだから、喜んで受け入れればいい。
溜息をつきたい気持ちになりながら、前の席の椅子を借りる。東田の弁当箱は紺色の水玉で、そんなところまで地味だった。それを顔に出さないようにしながら、未桜は自分の弁当箱を開く。
「澤村さん達と喧嘩でもしてるの?」
そこへ、とんでもない爆弾が投下された。未桜は愕然として顔を上げるが、東田は眉を顰めるだけで、悪いこと聞いちゃった、なんて顔はしない。まさかこの世に、そんなことを同じ教室の中で直球で聞いてくるヤツがいるとは。
「……喧嘩っていうか」
潜めると声が掠れた。でも喧嘩じゃない。喧嘩じゃなくて、ちょっと、澤村の気分に振り回されているだけだ。ただ、それすらも赤裸々に言えやしない。
「……ほら、バドで東田さんと組んだし。もうちょっと喋っときたいなと思って」
「ふーん?」
東田はまるで納得していなかった。当然だ。でもそれ以上訊ねてはこなかった。それに安堵しながら、この話題には戻らないよう、会話の主導権を握る。
「東田さんてさ、普段誰とお昼食べてるっけ?」
少し白々しいが、これくらいしかない。東田は少しだけ嫌そうな顔をして「一人だけど」と答える。
「友達と食べないの?」
「なんか、わざわざ席移動するのも面倒だし」
「へー、ドライだね」
友達がいないことを誤魔化す常套句に、愛想ではない笑いが出た。東田は変わっていると思っていたけれど、でも同じところは同じだ。お昼を一緒に食べる友達がいないのは恥ずかしい、と思っているのだろう。であれば、自分達の関係はウィンウィンだ。
「そういえばさー、東田さん、って長くない? “リア”でいい?」
「……いいけど、澤村さんと被るんじゃないの?」
東田は、自分がデコリアと呼ばれるようになった経緯を充分に理解していた。ほらやっぱり、と未桜は鼻で笑ってしまう。周りに何を言われようが気にしません、なんて顔をしているくせに、澤村に声を掛けられれば喜ぶし、自分がその澤村達にどう見られているのか、ちゃんと気にしてる。
そして、奇しくもこれは踏み絵だった。いま、澤村も浜崎も教室にはいないけれど、ここで未桜が口にしたことは二人に伝わるだろう。澤村と東田を同じ“リア”と扱えば、澤村も知るところになるかもしれない。そうなれば澤村とのグループに戻るのは絶望的だ。
――でも、だからなんだ。そう自分に言い聞かせた。澤村は未桜を外した挙句、園芸委員なんて面倒な役目を押し付けて、しかもよりによって東田と一緒に名前を挙げたのだ。
そんな澤村に媚びてたまるか。だいたい、東田を「リア」と呼び始めれば、遅かれ早かれ澤村の耳にも入る。だったら、ここで東田の機嫌を取ったほうが、今後の自分のランクにはプラスに違いない。
「いーじゃん、そんな細かいこと気にしないで。ね!」
東田と心中する気はさらさらない。でも、澤村に媚びる気もさらさらない。
その勢いで、そう口走った。東田はどこか嬉しそうな顔をした。
でもやっぱ、しょせんランクFの顔だな。そう思った。



