水縹(みはなだ)に眠る

 ガタンゴトン……と電車の揺れる音が心地良く鼓膜に触れる夕暮れ。
 僕と死神は今、時に身を任せ揺れる車両に仲良く隣同士に座り、目的の地である海に向かっている。

 ……我ながらキモいと思う。

 僕が幽体離脱している間の、周囲への配慮はすべて死神側が責任を持つという。死神は「これは俺からのサービスだ」とダッサいグッドサインを見せてきたけれど、当たり前だろうと心の中でツッコんだ。何がサービスだ。被害者は僕だ。

 明朝、院内すべての目を掻い潜り外に出た。こんなにもこの病院(ろうごく)はあっさりと出られるものだったのか。なんだか、とても拍子抜けだ。
 冬の朝は寒く、けれど澄んだ空気が空を覆っていた。眩しくて思わず目元を手のひらで隠す。綺麗で、気持ちが晴れる天気だった。

「——で。海にはどう行くんだ?」

 手を腰に添えた死神が隣で小首を傾げた。そもそも、人間界の常識は死神界には無いのだろうか。いや、それはない。だって覗きが犯罪だってことを知っていたし。だから多分、この質問の意図が示すのは『何を使って海に向かおうとしているのか』だろう。

「……バスとか電車とか、そういう公共交通機関を使って行くんだよ。……それより訊きたいことがあるんだけど」

 なんなりと、と死神が言う。

「今の僕の状態で物には触れられる?」
「……あー。完全な幽体じゃないから、触れることは可能だと思うぞ」
「そう」

 あまりこういったことは訊かれないのだろう。死神はハッキリとは答えなかった。
 それを聞いて安心した。物に触れることができなければ、バスも電車も使えない。いくら今の僕の状態が死人に近いからと言って、そういったズル(・・)はしたくなかった。

「ああでも人と関わることはできないね。さっきも言ったように、大半の視えない人間にアンタが認知されることは極めて稀だ」

 つまりそれは、道を尋ねたり、店頭で何かを購入する時に声をかけることができないということ。

「……まあ、行く場所の行き方は分かってるし、お腹も空いてないし大丈夫だよ」
「便利だろう? 死人の体って」
「……」

 今便利か不便かなんて分からないよ。そうツッコみたかったけれど、からかわれるのが目に見えていたからやめた。

「それで、まずは何をする?」
「家に帰るよ。遠出にはお小遣いとか必要だし」

 僕が断言すると、死神は目をぱちくりと瞬かせてその場に呆然と立ち尽くした。ついてこないならそれでいいよと心の中で独りごち、僕は死神のことを置いて行こうと歩き出す。

「……どこまでも真面目だねえ、アンタは」

 不意に聞こえてきた彼の言葉に、悪かったなとツッコんだのはここだけの話。結局死神は僕の後をついてきた。