水縹(みはなだ)に眠る


 僕の体は生まれた時からガラクタだった。

 心臓病の一種だかなんだかをこの小さな身に宿して生まれた僕は、生まれながらに〝可哀想なこども〟というレッテルを貼られながら生きてきた。病名は難しくて忘れてしまったけれど、十歳の頃に自分の生きられる限界の年齢が、十八歳に届くかどうか分からないと聞かされた時は、さすがの僕も驚いた。

 大人になれない体だと知った時、絶望するよりも先に「終われる」と思った。

 もううんざりだ、思い通りにちっともいきやしない。こんな欠損品の詰め合わせみたいな体なんて。世界の移り変わりにも順応できないこんな体も、両親の気遣いが痛い慰めも、医師の励ましも、この世界に、生き続けることにも。

 十七歳最後の冬の夜だった。僕の心は疲れ果てていた。
 病室のカーテンを開き窓の外を眺める。空高くに浮かぶのは満月にも引けを取らない欠けた三日月。さあ出かけよう、とその月は僕にそう囁いた。ああいこう。僕は三日月に導かれるように、病室から抜け出した。

 時刻は消灯時間を過ぎているから、ほかの患者は寝静まっていていなかったけれど、夜勤で働く医師や看護師たちと鉢合わせたら面倒だ。エレベーターで目的地まで上がりたかったけれど、今日はちょうど定期で行われる点検日で稼働していなかった。
 仕方ない。どうにか忍び足で受付を掻い潜り、人の目を気にしながら非常階段口に向かう。

 何も持っていないから、靴だって無い。靴下は自暴自棄になり始めた頃から履くことを止めた。素足で触れる病棟の廊下は、まるで雪の中を歩いているようでつい反射的に跳ねてしまう。入院着にと母に用意された、どこか子供じみた色のパジャマの上に羽織ったカーディガンが薄くて、病室の暖房がいかに有能だったかを思い知らされる。

 細く白い僕の肢体。ただ歩いているだけなのに、呼吸をするたびに肺に満ちていく冬の冷気に、体が悲鳴を上げている。
 非常階段口に着いてドアノブを引く。「ギィ……」と鉄の重量を感じさせる音が骨に響き震えた。非常灯のみが灯る階段は、病院という場所に相応しい陰鬱とした空気で満ちていた。

 一段、また一段と上がるごとに息が途切れる。僕がいたのは七階で、目的地である屋上は九階だ。健常者であればそれほどの距離でなくても、僕にとっては地獄にも似た長さの道のりに感じる。ここまで体力が落ちていたのかと自覚して、僕は自分自身に対して呆れる感情すら湧かなかった。

 やっとの思いで屋上に続く最後の階段を上り、外へと繋がるドアノブを引く。びゅうと冷たい風が、上がり切った息と発熱した僕の体を癒した。

 息が多少落ち着いて、冴えた思考で前を向く。初めて踏み出す未知の世界に心が躍る。見上げると、夜空には星の海が広がっていた。新鮮な景色に見惚れていると不意に目の前のフェンスが壊れていたのが見えた。