灰かぶり君

「……あのっ」

 岡田さんのおかげで、俺は王道君に何とか下駄箱で追いつくことが出来た。
 さっきの会話で名前は聞こえていたが、何て呼んでいいのか解らなくてとりあえず声をかけるだけにする。すると、振り向いた王道君がボサボサ頭を不思議そうに傾げた。

「あ、俺、お前と同じ、転校生」
「へぇ、お前が! オレ、北見真白。お前は?」
「谷出灰」
「そっか! なぁ、真白って呼んでくれよ。お前のことも、出灰って呼んでいーか?」
「やだ」

 良かった、アンチじゃない(名前呼びを強要されなかったから)みたいだ。作者として、主人公には(たとえ男でも)可愛くあって欲しい。
 一安心したところで、俺は名前呼びを拒否した。そして断られて固まる王道君に、俺はある質問をぶつけてみた。

「下の名前、変わってるから恥ずかしいんだ。だから、あだなで呼んでくれないか? イズとかいっくんとか」
「えっ……」

 下の名前呼びにこだわるが、親しさの象徴ならあだなの方が上じゃないだろうか? 現に、王道学園物のチャラ男とか双子とかはあだな呼びだし。
 そう思って王道君を見ると、耳まで真っ赤になっていて驚いた。そんな俺の前で、王道君が口元を手で覆って言ってくる。

「……悪い。ちょっと、いきなりは無理」
「そうか。じゃあ、谷で……お前のことは、真白って呼ぶな」
「おう、よろしくな、谷!」

 俺が下の名前で呼ぶと、王道君――真白は嬉しそうに俺の手を握り、上下に振った。
(……人懐っこく見えるけど、照れ屋? ってか、友達つき合いに慣れてない?)
 疑問に俺なりの答えが見つかったところで、俺の名前呼びイベントは終了した。

※

 下駄箱で、真白に追いついて良かった。俺がそう思ったのは、同じ地図の載ったパンフレットを手にした状態で、真白が反対方向に進もうとした時だった。

「よく校舎まで迷わなかったな」
「だ、だって、デカイの見えたしっ」
「そうか」

 目印がないとアウトな方向音痴か。流石、愛されキャラ。
 赤面する真白の力説を流しつつ、俺は理事長室へ――正確には、理事長室のある階に昇る為の、エレベーターへと向かった。
 地図によると、職員室と各学年の教室が三階まで(ここまでは階段使用)そこから上、四階は風紀委員と生徒会の、五階は理事長のエリアだそうだ。
 四階以上は普段、一般生徒には解放されてないけど、今回は転校初日なんで届いてたカードをかざして、エレベーターを使うことが出来た。
(さて、最上階のラスボスに会いに行くか)
 ゲームみたいだけど、あながち間違っていないだろう。もっともラスボス、もとい理事長はすでに、甥の真白に落とされてるけどな。
(心配で、わざわざオトモダチ用意するくらいだし)
 あ、断っておくけど嫌味じゃない。むしろ、手間隙(てまひま)かける愛情には素直に感心する。
 そこまで考えて、俺は真白が高級車らしきものに乗ってきたことを思い出した。理事長が用意した? それとも、真白の家も金持ちなのか?

「真白って金持ちなのか?」
「えっ!? いや、フツーフツー! ってか、谷だって……」
「俺、特待生」

 疑問に思って尋ねたが、何となくうやむやになった。それより『特待生』と言った瞬間、瓶底眼鏡で見えない筈の真白の目が輝き、全身からキラキラオーラが放たれて驚いた。

「オレ……オレも、特待生なんだ! うわ、スゲェ嬉しいっ」

 そう言って、また俺の手を握って上下に振る。面倒なのでされるがままになりながら、俺は真白とエレベーターに乗った。
 ……真白は『普通』と『友達』にこだわってる。だから、どっちにも当てはまる俺に構うんだろう。
(特待生ってことは、クラスも多分同じだよな)
 観察するには好都合だけど、面倒に巻き込まれるかもしれない。一瞬、そう思ったけど俺はすぐにその考えを打ち消した。
(まっ、もう巻き込まれてるからな)
 王道学園物を読む限り、巻き込まれるともれなく親衛隊――イケメン達のファンクラブから、呼び出される。警告で済めばいいけど、制裁って名の私刑もあるらしい。
 真白と違って、俺は運動神経も普通だし喧嘩もしたことがない。小説が書けなくならないよう、手の怪我だけは気をつけよう。
 ささやかな決意を抱くと俺はエレベーターを降り、門同様に豪華な理事長室のドアをノックした。

「失礼します。転校生の北見と谷です」
「どうぞ」

 そして促す声を受け、中に入ろうとしたら――いきなり抱き着かれて、ちょっと驚いた。

「伯父さん! 何、やってんだよ!?」
「真白? あぁ、谷君すまないね。間違えてしまったよ」
「……いえ」
「解ったんなら、離れろ……ってば!」

 すっぽり腕に収まった俺の代わりに、真白が理事長を押し退けてくれた。まあ、俺としては理事長と王道君のハグを体感出来たんで、申し訳なく(主に理事長に)は思うけど、別に怒ってはいない。
 ……と、真白が不意に硬直する。
(そっか。真白は俺が、理事長の紹介で来たって知らないのか)
 そんな俺の前での『伯父さん』発言等に、今更ながらに焦ってるんだろう。社会を生き抜けるかどうかはともかく、主人公キャラとして正直者はありだと思う。

「……伯父さんって真白、もしかして理事長と親戚なのか?」
「ふぇっ? う、うん、隠しててゴメンな、谷!」

 だから俺は、わざとらしく質問してこの場を収めた。あまりにも簡単に騙されるのに、ちょっと真白の将来が心配になった。
 それにしても理事長、白々しいのは自覚してるんで、笑いを堪えるのはやめて下さい――岡田さんもだったけどこの学校、笑い上戸が多いな、オイ。