灰かぶり君

 王道君の転入に合わせて、俺は光熱関係の手続きをした。桃香さんが管理するとは言え、年に二回の休み以外使わないからだ。
 卒業まで一年以上空けることにはなるけど、このアパートを手放す気はなかった。亡き両親の思い出が残ってる――だけじゃなく。すぐに、俺がお払い箱になる可能性があるからだ。
(王道君が退学になったら、そこで終わりだよな)
 桃香さんの話によると、暴力事件って言っても王道君が自発的に起こした訳じゃなく、誰かを助けようとしたり複数から喧嘩を売られてやむを得ず、らしい。
(ただ、その理由だと……懲りてないよな、多分)
 本人が反省してないからこその結果が、四校の退学だ。いっそ、最初から白月学園に入っていればと思ったが、本人が普通の学校に通うことを熱望したらしい。
(悪い奴じゃないんだろうけど、甘いって言うか……世間知らず?)
 そこまで考えて、俺はガラケーを手に取った。スマホにも惹かれるが、布団に寝転がっての読書だとガラケーの方が楽だ。
 転入準備の合間に、デリ☆で桃香さんに薦められた王道学園物を読んでいる。
 どうやら、変装(鬘に眼鏡)はほぼ必須だが、王道転校生には二つのタイプがあるらしい。一つは、訳ありの愛されキャラ。もう一つはアンチと呼ばれ、愛されるのが当然と思ってる困ったちゃんだ。切り分け方としては、下の名前呼びを強要するかどうからしい。
(名前呼び、ねぇ)
 桃香さんに呼ばれてはいるけど基本、下の名前を呼ばれるのは苦手だ。平凡な見た目に似合わない、変わった名前だからだ。
(……それに)
 実は、この名前呼びについてある疑問がある。
(明日、王道君に聞いてみよう)
 そう結論づけると、俺はネットを切ったガラケーを枕元に置き、目を閉じた。

※

 そして次の日、つまりは今日の昼に俺はバスで白月学園へと到着した。
 王道学園物を読んでると、朝に着いてそのまま授業に出てる。けど、人里離れた山の中にあるのでそれは無理だった。ここの導入部は、リアルにするか様式美にこだわるか桃香さんと相談しよう。

「……でかい」

 そして俺は門を見て、王道転校生のようなことを呟いてしまった。いや、だって本当、無駄にでかいしデザイン凝ってるんだよ。
(王道展開だと閉まってる門に文句言って、飛び越えるんだよな)
 とは言え、俺はどっちもしない。
 敷地内に寮も学校もあるから、むしろ閉まってるのがセキュリティ的に当たり前だし。アスリートじゃないんで、三メートルくらい高さがある門を飛び越えるのも無理だ。
 だから俺は正門の左少し横、塀にひっそりとある通用門へと向かった。それから、そこにあるカメラ付インターホンを鳴らして「はい」と聞こえてきた声に答えた。

「二年に転入する、谷です」
「あぁ、お前が……もう一人には、会わなかったか?」
「はい」

 そう、不思議なのはバスで王道君に会わなかったことだ。
 朝・昼・晩の三本しかないから、もう着いたんじゃなければ、一緒だと思ったが――授業は明日からだから、ギリギリに来るんだろうか?

「今、開ける」

 通用門越しの立ち話も何だと思ったのか、その言葉と共にカチンと音がした。
 そして、開けて貰った通用門から中に入ろうとしたら――。

「デカ……ってか、閉まってるのかよ」

 車のドアが開く音と、男にしては高い、澄んだ声が聞こえた。
 まさか、と思いつつ声の方へと目をやって、俺は固まった。

 来た方向へと走り去る高級車。
 その車から降り、正門に気を取られて俺に気づいていない声の主――モジャ男君。
(……うわー、あんなんなんだー)
 ボサボサの黒髪と、瓶底眼鏡。確かにアレだと下の素顔なんて解らないし、毬藻や毛玉なんて呼ばれもする。
(王道的には髪とか目の色が珍しい、美少年らしいけど)
 くり返すが、素顔は解らない。って言うか、頭と眼鏡のインパクトが強すぎて、その下の顔まで頭が回らない。
 ……何てことを考え、呆然としていた俺の前でモジャ男君が担いでたバッグを門の向こうに放り投げた。
 そして、少し下がり――助走をつけて走り、軽々と門を飛び越えたモジャ男君を追いかける為、通用門を慌てて潜(くぐ)った。
(ちょっ、オリンピック出れるぞ!?)
 恐るべき身体能力に内心、ツッコミを入れながら中に入ると――出迎えらしい眼鏡が、何やらモジャ男君に話しかけてた。
 その内容はよく聞こえなかったが、パターン的には役職付きの自己紹介と、転校生の名前の確認だろう。今回は二人いるしな。
 それに対するモジャ男君の声は、不思議なくらいハッキリと聞こえた。

「オレは、北見(きたみ)真白……なぁ、無理して笑わなくてもいーぞ?」

(……へぇ)
 作り笑いをズバリ「気持ち悪い」って言わない、マイルドな対応もだけど。元凶(お前)が言うなって見方はあるが、スルーしないでいっそ突っ込めって言ってるなら意外と真っ当かもしれない。
 天然と生真面目、どちらともとれるけど、さて作り笑いを指摘された眼鏡はどう出るか。
 ……まあ、この後のリアクションは王道通りであり、現実(リアル)としては痛かった。

「僕の笑顔を見破るなんて……気に入りましたよ、真白」

 そう言って、眼鏡がモジャ男――いや、王道君にキスをする。
 そして冒頭に戻り、俺は王道君を追いかけながら考えた。
(早くも一人、陥落か……でも)
 無理してって王道君は言ってたが、作り笑い自体は別に悪いことじゃないと思う。周りと円満に接する為には有効な手段だからだ。
 非王道だと、余計なお世話だって突っぱねる場合もあるみたいだけど――あの変態は、素直に落ちたみたいだな。
(それにしても、あの状況って)
 強烈な出来事の連続に、吊り橋効果が働いたんじゃないかって分析をした――俺、イマココ。